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ALKINIST -あるきにすと-

La Gramita 



彼らに声をかけられたのは2日前の事。
お菓子の差し入れと一緒にクシャクシャのレシートの裏に彼らの住所を書いて手渡してきた。住所といってもハイウェイ沿いに1キロごとに設けられたマイルストーンの数字。
夕方頃の到着ならテントを張らせてもらおうと思ったけど、到着は翌々日の昼頃になりそうなので素通りだなと思う。

そして翌々日。
素通り予定だったものの、携帯している水の量が不安だったので、彼らの元を訪れ水の補給をさせてもらおうと考えた。

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砂漠地帯に突如現れた建物。あそこに彼らが住んでいるはず。

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347キロ地点。

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集落があってそこに彼らが住んでいるものと思っていたけどレストランだった。
渡された紙をよく見れば確かにレストランと書かれている。

その紙とデジカメで撮った彼らの写真を奥さんらしき女性に見せると、ニコリと微笑んだ彼女はテーブルに案内してくれた。
オーナーのクレメンテさんは不在だったが、すぐに戻ってくるとの事だった。
そしてノートを渡されたのだけど、そこに目をやれば体に電気が走ったかのような衝撃を受けた。

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ノートを開けば池田拓さんによる書き込みが1ページ目にあった。
池田さんは徒歩で北米大陸横断、南米大陸縦断をされた方。
今から10年ほど前、徒歩行の前例について調べていた時、彼の名前を見つけたのだけど、帰国後に仕事中の事故により他界されていた。
当然面識はないが、まさかこういう形でお会いする事になるとは。

池田さんがこのレストランを最初に訪れた旅行者らしい。
日付は1990年8月。
26年前に池田さんもこのルートを歩き、このレストランを訪れていたのか……。
感動と驚きで鳥肌が立った。

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3ページほどめくればグレイトジャーニーの関野吉晴さん。
池田さんに関野さんって、何だこのレストラン。凄すぎるぞ!
なんて思っていたら横から声がかかる。

「2人のサイクリストとすれ違わなかった?」 「女性2人なら昨朝見ましたけど」
「そう。彼女達もここに寄って行ったのよ」と奥さん。


どうやらサイクリストや徒歩旅行者を招き、無償で食事を与えてくれるレストランらしく、魚のフライが運ばれてきた。
そういえば世界を走って旅しているアイルランド人からそんなレストランの存在を教えられていたけどここだったのか。
このレストランを訪れた旅行者が書き込んだゲストブックは4冊あり、読み進めていく。

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次に目が留まったのはチリ・プンタアレナスからロンドンまで人力のみで向かっているカール・ブッシュビーによる書き込み。
1998年より歩き始め、ゲリラがウジャウジャいるコロンビア・パナマ間の危険地帯ダリエンギャップを徒歩で越え、アラスカからロシアまで凍結したベーリング海を歩いて渡り、不法入国で捕まって裁判を受け、今尚歩き続けているカールは最も尊敬する徒歩旅行者なのである。
これまで南米を歩いてきても、彼の旅の軌跡に触れる事は全くなかったが、ようやく出会えたなと思う。

とりあえずメールでこの写真を送ったら、゛Bahahahaha”と爆笑し、喜んでくれた。
そして彼は言った。 
「I miss that desert(砂漠が恋しい)」

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ランナーか徒歩旅行者。

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バンクーバーからブエノスアイレスまで走り、今年1月にゴールしたジェイミー・ラムジー

日本人サイクリストの書き込みもあり、見覚えのある名前がいくつかあった。
しばらくしてクレメンテさんが帰宅。

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ゲストブックに書き込むよう言われ、ここを訪れた963番目の旅行者となった。
南米大陸徒歩縦断という非常に狭い世界ではあるけど、その系譜に自分の名前が刻まれたかのようで気分が高揚してきた。

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感謝の気持ちを伝え、レストランを後にすれば、心なしか力がみなぎっている気がした。
延々と続く砂漠地帯は単調だけど、池田さんやカールが歩く姿を思い浮かべれば、見慣れた景色もなんだか新鮮に思える。
池田さんがここを歩いてから26年。様々なものが変化し発展してきたけど、この褐色の世界は何ら変わっていないはずだ。そんな事が嬉しくもある。

自分の信じる道を突き進もうと改めて思った。

Norte Desierto 

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ペルーを北上中。
砂漠地帯が延々と続く。
歩き始めからしばらくは曇り空だけど、昼前から青空が見え始めるという毎日。

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数十キロ置きに町が現れ、あとは時折集落がぽつぽつとある感じで基本的には何もない。
車通りが急に途絶える時は、心細さといくらかの不安を感じてしまう。
ここはまだ危険地帯でないはずだけど、徒歩旅行者など簡単に狙えてしまうわけで。
前方数百メートルのところで突然車が道脇に停車したり、砂漠地帯を男が一人で歩いているという事もあったんだけど、そういうのは本当に勘弁してほしい。怖いです。

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こんな無人地帯にいるのは徒歩旅行者と、

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サイクリスト、

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巡礼者。

以前出会った巡礼者かと思ったけど違った。
チリ・アリカからペルー北端に近いピウラを目指しているとの事。

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大きな十字架を持ちながらの巡礼。
試しに持たせてもらったけど、かなり重かった。
彼らと違って不真面目な徒歩旅行者はベニヤ板や発泡スチロールで作ればいいのにと思い、この巡礼衣装を着て十字架を持てばこの先の危険地帯でも襲われないのではと考えた。そして「巡礼」って響きのカッコよさに憧れた。

巡礼といえば四国のお遍路やサンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路に興味があるけど、特別な信仰心があるわけではなくて、所詮はスタンプラリー的に寺を回っていくものでしかない。あとは美味しいうどんを食べるというテーマ。
サンティアゴ巡礼は実際巡礼手帳にスタンプを押していくスタンプラリーだし。

それだけに深い信仰心を持ち、歩き続ける彼らに畏敬の念を抱いてしまった。
旅路の終わりで彼らは何を思い、何を得るのだろうか。



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Chancay 



明るくなった6時半頃、歩行を開始。
あちこちにごみが散乱し、とても汚い。住人のモラル、教育レベルがうかがえる。
さらに歩いた所はもっとひどかったのだけど、カメラを出そうと思うような雰囲気ではなく、足早に抜ける。
危険地帯は脱したかと思いきや、サンドウィッチのスタンドで朝食をとった際、治安について尋ねれば、「安全ではない」との事。

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その後リマ都市圏を抜けるも、点在する家々は住人の生活レベルを表しているかのようで今後も注意が必要だなと思う。
しかし無事にリマを抜けれた事は良かった。

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次の目的地はトルヒーヨ。

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パンアメリカン・ハイウェイを外れ、海沿いの道を歩く。

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道幅は狭く、カーブが連続するこの道は自転車禁止の標識があったが、料金所で咎められる事もなく、問題なく歩けた。


夕方、チャンカイに到着。
ガソリンスタンドでテント設営のお願いをするも、十分な広さがなく、断られる。
この先に別のガソリンスタンドはないとの事、さらにこの辺りの治安は良くないようなので、無難にホテル泊をする。

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自分にとって宿泊費というのは無駄なものでしかないけど、お金で安全を買おうと割り切る。

Independencia 

上海、イスタンブール、トロント、メルボルン、シンガポール、バンコク、ホーチミン、カイロ、ケープタウンなどなど、これまで何度もリヤカーを引いて大都市を出入りしてきたけど、治安の悪さと交通量の多さからリマのセントロは避ける事に決めた。

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不本意ながらタクシーでリヤカーと荷物を運搬。
ワラスで一緒に遭難したチャンさんがタクシーで空港へ行くので、それに同乗。
空港からリマ北部にあるインデペンデンシアへ。

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Plaza Norte近くに宿をとる。

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空白地帯を残したまま北上するという事はあり得ないので、翌日ミラフローレスへ戻り、ミラフローレス・インデペンデンシア間を歩く。
ワラスでは連日気持ちの良い青空が広がっていたのにリマでは連日の曇天。

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しばらく歩いてリマへ。

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最高裁判所。

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サン・マルティン広場。

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ラ・ウニオン通り。
その他教会など、ガイドブック片手に観光も兼ねて歩く。
荷物満載のリヤカーがないというのは本当に楽。

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先日訪れた自転車屋が集まる所にてタイヤを入手。
現在予備タイヤがなく、同サイズのタイヤを今後入手できるかも不確かなので。
日本からIRCタイヤを送ってもらうというのがベストではあるけど、終わりが見えつつある状況で高い送料を払ってまで送るいうのはできれば避けたい。

しかしながらこのタイヤはMADE IN CHINA。
フランス後半からポルトガルにかけて中国製タイヤにはずいぶんと悩まされたので非常に心配。
「このタイヤ丈夫なの?」とおばちゃんに尋ねると「もちろん」という答えが返ってきたけど、ポルトガルの自転車屋のオヤジにも同じ事を言われたから信じないでおこう。

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さらに北へ進めば雰囲気が悪くなる。

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気楽に歩けたミラフローレスから一転、常に周囲の様子に気を配りながら歩く。

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そういえばミラフローレスではリードでつながれた犬に糞の後始末をする飼い主を見ても、野良犬を見る事はなかったなと思った。
しかしここは野良犬しかいないし、糞の後始末がされるどころか、人糞が路上に落ちている。

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17キロ歩き、インディペンデンシアへ戻る。
リマのセントロをどう抜けるかというのは不安の一つだったので、無事歩き抜けた事に安堵。
明日から再び北を目指す。

Lima 

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リマではセントロではなく、ミラフローレスという富裕層が多く暮らすエリアに滞在した。
セントロと同じく人通りは多いけど、落ち着きがあるし、秩序が保たれて治安も良い。

ここに到着して衝撃を受けたのは、犬の糞の始末をする飼い主の姿。
日本では当たり前の光景とはいえ、ここはペルー。ペルーなんだけどミラフローレスには先進国同様のモラルがある。

以下、リマでの日々を列挙していきます。

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ワラスへ行く前、まずはスポークの修理。
欠けている5本だけのつもりだったが、結局全て張り替える事に。
スポーク、工賃込みで約5ドルと思っていた以上に安かった。めったにあげないチップを渡す。

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楽しみにしていた中華街で舌鼓を打つ。

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噴水公園。

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ワラスから戻った後も、とりあえず中華。

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中華マーケットで買い物。
香港製の出前一丁がズラリ。
今後の歩行に備え、お気に入りのみそ味を6袋購入。1袋約1ドル。

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ペルーの街の中心にはたいていアルマス広場があるのだけどリマもまた然り。
リマの中心アルマス広場。

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さらに北へ向かい、川を渡った先には治安の悪いエリアがある。
丘の上が展望スポットになっているのだけど個人で行くとリスクが高い。

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よって観光バスに乗車。10ソル(約3ドル)と良心的なお値段。

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スラムを走っていく観光バス。

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丘の上からの景色はガスっていてイマイチ。
二階建てバスからの眺望、ペルーの抱える負の部分を垣間見れた事は良かった。

Huaraz 

リマに数日滞在した後、バスでワラスへと向かう。
ここを徒歩で訪れるか不確かだったので。
以下写真を数枚。


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4日目のテント。

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牛。

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牛。

テント設営時、テントから離れていたら、牛が食料に近付いたので慌てて戻る。
植村直己さんが南米最高峰アコンカグアを目指した時にテントを牛に荒らされたという話を思い出す。

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牛。

5日目はここにテントを残し、必要最低限のものだけ持って歩き始める。

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詳細は書かないけど、ルートを誤り、さらには判断ミスをしてしまい、同日中にテントに戻る事はできず、4800メートル地点にてテント、寝袋なしで一夜を過ごす事になってしまった。

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夜を過ごした岩場。
少しでも風を遮ろうとライトの明かりを頼りに2時間かけて石を積み重ねた。

ちなみに今回のトレッキングは単独ではなく、チャンさんという方と一緒でした。
石積みの知識が豊富な方で大変助かりました。

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無事に朝を迎える。朝日を浴び、真っ赤に染まる山に感動。

ラグーナを眺めながらラーメンを食べるという崇高且つくだらない目的のためストーブなど調理道具は持ってきていた。出発前にラーメン(出前一丁みそ味)を食べたが、冷え切っていた体は温まり、最高の味だった。

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ラグーナ69。

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テントに帰還したものの、1日半放置していたテントに異変が…。
入口の鍵は閉められたままだが、牛の放牧地帯に張っていたテントは噛み破られ、フライシートは引き裂かれ、悲惨な状態だった。
人間による仕業だったら怒り狂うに違いないけど、あまり怒りは沸いてこなくて、牛で良かったかなと思う。

無事に生還できたし、オチもできたし、たくさんの事を学んだし、良いトレッキングでした。
テント、フライシート共に後日ワラスの町で修理したので問題なし。

国立公園内には道路があり、リヤカーを引いて歩く事も可能。
車窓からの景色は絶景で、ここを再訪して今度はリヤカーを引いて歩こうと思ったけど、どうしようか……。

南米道中写真展 

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まだ南米縦断中なんですけど、鳥取砂丘砂の美術館南米編サマーフェスの一企画として南米道中写真展やってます。



【吉田正仁南米道中写真展~リヤカー引いて地球横断~】
8月6日~31日 9:00~18:00 砂の美術館1階