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ALKINIST -あるきにすと-

Arbaminch 

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分岐の町にて地図を広げ、この先のルートについての情報収集。
できる事なら未舗装路もある最短ルートを歩きたかったが、「道などない。アルバミンチを経由しろ」と皆が口を揃えるのでそれに従う事に決めたのだが、結果論ではあるけど無難な道を選んで正解だった。


勾配のきつい坂を歩いているわけではないのに足取りが重く、違和感を覚えたのがシャシャマネを発ってから2日目の事。休養をとったばかりなので疲労が溜まっているとは考えられない。
マラリアにその他の感染症、あるいは最近飲み始めたマラリア予防薬の副作用だろうか。最悪死に直結する問題。アフリカで体調不良に陥れば嫌な想像はどんどんと膨らんでいき、不安が尽きる事はない。

50キロ歩いた翌日の夕方もまた疲労困憊な状態、さらに翌朝も体がずっしりと重い。
人目につかない薄暗い朝を狙って茂みにしゃがみこめば、自分の体から出てきたものに血が混ざっている事に気付く。
これが体調不良の原因か。血便ではあるけど下痢ではないし、症状も赤痢のものとは違う。赤痢に罹った経験があるのでそれは確か。

1週間前に食べた生肉か、毎日飲んでいる生水だろうか。心当たりはいくつかある。
排便後に手で尻を拭うエチオピア人が食べ物を扱えばそれなりのリスクがあるのだけど。


幸いにも約100キロ先にアルバミンチというこの辺りでは大きな規模の街があった。
歩けば2日の距離。こんな状態で歩けるのだろうかと思ったけど歩くしかない。
ダメになったらその時はその時、通りすがりの車に助けを求めればいいのだ。

目指す先にある程度の大きさの街があるというのは精神的に楽なものだった。
もし未舗装ルートを進んでいたなら道に迷うかもという不安や悪路へのイライラに体調不良という新たな不安要素が加わるはずだった。


翌日も血便は続いた。体のだるさを感じつつも、食欲はあるし、エチオピア人と格闘するだけの元気もあり、行き倒れる事なくアルバミンチに到着。
標高が下がり、照り付ける陽射しが痛いくらいだ。
エチオピアは緑豊かな国だが、この辺りは格別でバナナの木々など鬱蒼とした緑が茂っている。ほんの少し前まではサトウキビをかじる人が多かったけど、この辺りではマンゴーを食べている人をよく目にする。

ネット環境は良くなく、連日の停電、今泊まっている宿は水が出ないので洗濯どころかシャワーすら浴びる事ができない。
この先さらに劣悪な環境になっていくのは確実であり、そんな場所で体調が悪化なんて事は絶対に避けたいので今日は無難に病院へ。
大勢の現地人と共に待って待って待たされての6時間だったが、聞き覚えのある感染症を告げられる事もなく、特に大きな問題はなさそう。

治療費は保険会社に請求しようと思っていたが、診察と薬で計2ドル。
わざわざ請求するのがばかばかしいくらいの金額だった。

時間調整中 

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70キロも道を間違えていた事で精神的な疲れを感じ、シャシャマネにて休む。
アディスアベバからいい感じで歩いていたのに年末のダラダラモードが戻ってきたかのように本日3泊目。
この先民族巡りをする予定の南部では、マーケットが開催される曜日が重要となるのだが、目指すカイアファールのマーケットが毎週木曜日。
他にも少数民族が暮らす町を訪れるけど、マーケットはカイアファールのみ。

道を間違えなければ来週のマーケットに間に合うはずだったが、再来週のマーケット開催日に合わせてカイアファールを訪れる事に決めた。
日数の余裕はあるし、ネット環境や電気、水が整っていない不便な場所で時間をつぶすよりはシャシャマネでのんびりした方がいいと滞在を1日延長。

この先、舗装された道路を歩くか、100キロ以上の未舗装路があると思われる辺鄙な道を歩くか、ここ最近ずっと考え中。
食料や飲料の補給など全てにおいて無難なのは前者。ルート的には冒険心をくすぐられる後者の方が良いけど、本当にこの道で辿り着けるか不確か。
バスは全て前者のルートを走っているようだし、道を間違えたばかりなので尚更不安である。現地人に尋ねて慎重な判断を下そうと思う。

失態 

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シャシャマネから2日目。
70キロ超歩いたところで歩行を中断し、ミニバスでシャシャマネへと戻る。

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リヤカーの故障、あるいは事件、事故が原因ではなくて、道を間違えておりました。
西へ向かうつもりが南下しており、それに気付く事なく70キロ歩き続けるというのもあり得ない話なのだけど、標識など一切ない道をひたすら南下していた。

カフェで休憩中、現地人にこの先のルートについて話したところ、「は?この先ケニアなんだけど」などと言われてしまい、すぐさま地図を広げれば、どうやらケニア国境のモヤレへ至る道なのらしい。自分としてはそんなはずないだろという感じだったが。

目指していた西へはシャシャマネへ戻る以外に道はなく、1日半かけて歩いた道をさーっとミニバスで戻ってきた次第である。
エチオピア人って子供達がやたらと「マネーマネー」言うのに対し、大人は「ウェアアーユーゴー?」と行き先を尋ねてくる(子供もよく言うけど)。その質問に答え、行き先を教えているのに、「この道違うよ」なんて言う人は1人もいないのはどういう事なんだろうか。

そんなわけでシャシャマネに戻ってきております。



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昨日は警察署にテント。
200人くらいの村人に囲まれる。

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Shashemene 

年末のダラダラ歩行モードから脱し、予定通りアディスアベバから5日目にシャシャマネに到着。

当初は2日程足を休ませるつもりでいたけど、今後の行程を考えたら日程がややタイトである事が判明し休みは1日のみ。
洗濯をし、穴の開いたチューブを修理した後、ラスタ村へと足を運んだ。

実はシャシャマネを訪れるのは2度目であり、ラスタ村にあるナイアビンギ教会を訪れるのも10年振りの事。ここにはアフリカ回帰主義を信仰するジャマイカからアフリカへと戻ってきたラスタマンが暮らしている。

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当時一緒にここを訪れた日本人は子供達にまとわりつかれ、石を投げられ、ポケットに手を突っ込まれたりと、やや危ない状況で、自分が通りがかりの車を止めて彼を助けたなんて事があった。10年前からエチオピアのガキはクソガキであった。

昨日リヤカーを引いてシャシャマネに到着した際、アディスアベバからの幹線道路沿いにラスタカラーでペイントされた壁がやたらと目についたのだが、その辺りがラスタ村だった。
すぐに胡散臭い男が声をかけてきて、マリファナを勧めてきた。旅行者相手に小遣い稼ぎをしたい自称ガイドも多く、10年前と同じくあまり雰囲気の良い所ではない。

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2001年にエチオピアへ戻ってきたラスタマンが教会の壁にかかっている絵などについて説明してくれた。
入場無料であるし、いくらかの寄付をしてきたが、その後マリファナを手にした別のラスタマンが勝手に案内を始め、別れ際に寄付を求め、出口を塞いだが、無視して脱出した。

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シャシャマネへと戻り、昼食はクットフォー。
エチオピアには生肉を食べる食文化があるのだ。
寿司や刺身など、生魚を抵抗なく食べる欧米人も多いけど、それはあくまで日本食文化が世界中に広がった結果であり、これまで訪れた国々で生肉を食べたのはタイのみ。
生肉を食べるのは世界的に見ても極めて稀な食文化であると思う。

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クットフォーを扱うレストランにはこのような肉を切る場所が併設されている。

この生肉をインジェラに巻いて食べたのかというとそうではなくて、フライパン持参で宿近くのレストランへ行き、生肉を買いたい旨を伝える。
90ブル(4.5ドル)との事だったが、高すぎるので、半分の45ブル分を購入。十分な量があったので半分で正解だった。

宿はレストランから目と鼻の先なのだけど、宿への帰り、この生肉を狙うとんでもない奴がおり、上空から何か物体が見えたかと思ったら手にしていたフライパンに衝撃を感じた。生肉を狙ったでかい鳥であった。

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米を炊き、味噌汁を作り、白米が隠れるくらいに生肉を敷き詰めて、日本ではもう食べられなくなったユッケ丼を堪能する。醤油でもあれば良かったけど、エチオピアのピリ辛ソースでいただき、大満足。
生卵があれば更に良いけど、サルモネラ菌がやや怖いし、それはまた次回ユッケ丼を食べる機会があった時に。

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気が付けばケニアが見えてきていて、ケニアまで509キロ。
しかしもう少し寄り道をしようと思う。

コーヒーセレモニーと恐喝 

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首都脱出。

PM2.5が盛んに報道されていた頃に中国を歩いた。
体への影響を考え、念のためマスクを着用していたが、そんなものをつけているのは外国人だけ。大気汚染などどこ吹く風という感じで中国人はいつもと変わらぬ日常を過ごし、脅威を覚えるような大気汚染を視覚で感じる事もなかった。
確かに写真で見る北京の大気汚染はひどかったが、中国全土に対して危険という印象を与える報道は過剰だったというのが個人的な感想。

そんな事を思い出すアディスアベバの朝。ここの方がよっぽどひどい。
朝靄と排ガスで視界悪し。モクモクと黒煙を発する車とすれ違う度に息を止める。


ストーブの燃料が少ないので、燃料補給のためガソリンスタンドに寄るが、3軒のガソリンスタンドで「フィニッシュ」と言われた。営業時間が終わったわけではなく、ガソリンが尽きたとの事だが、ここは経済制裁を食らう某国でも辺鄙な田舎でもなく、一国の首都なのにこれで良いのか……。

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そしてエチオピアを南下していく。
最短ルートではなく60キロの遠回りになるルートを歩くのは単純に最短ルートの方がアップダウンが多く、きつそうだったから。
アディスアベバを発ってから3日目の朝、歩行開始直後にパンクに気付き30分のロス。

そんないくつかの要因が重なっての出会い。
いつも思う事だけど出会いというのは偶然の連鎖によるものなのだ。
民家に隣接する小屋にテントを張らせてもらい、ラーメンでも作ろうかと調理道具を取り出していたところ、コーヒーのお誘いをいただいた。

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もちろんインスタントコーヒーなどではなく、エチオピアの伝統的習慣であるコーヒーセレモニーが小屋の中で始まった。
コーヒーの生豆を煎るところから始め、木臼と棒で豆を粉末にし、コーヒーを煮立てる。
尋ねてみたい事がいくつかあったけれど、英語は通じず共通の言葉はなく、彼女の動きをじっと眺めていた。

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最初のコーヒーを口にするまでに40分を要し、2杯目のコーヒーを飲む頃はすっかり暗くなっていた。
初めて体験するコーヒーセレモニー。冠婚葬祭の際や、客を迎える際などに行われるらしいのだが、とてもありがたいおもてなしだ。
さらには「小屋ではなくて家の前にテントを張りなさい」と気遣ってくれたり、素晴らしい出会いに恵まれたなと思うのである。

エチオピアでは苛立つ事が多いけれど、連日の様にテント設営場所を現地の方に提供していただきお世話になっているのは確か。エチオピア人に苛立ち、エチオピア人の優しさに救われてを何度も繰り返している。



なんて事を思った翌日。

前方の道脇に10人くらいの男がいて、1人の男が進路を妨害。
右へ避けようとすれば男も右へ、左へ避けようとすれば左へ。
不快感を露にして「なんだお前」と言えば、「ギブミーサムマニー」と男。右手には拳大の石が握られていた。
ちょっとまずいかなと思ったが、日中だし道路を走っている車もいるし、車道の方へ出て強行突破。
通り抜ける際、「ユーアークレイジー」と頭をつんつんと叩くジェスチャーをすれば、別の男がリヤカー後部を軽く蹴り、男は石を投げつけてきた。

子供が相手ならキレているところだが、相手は10人である。関わらない方が賢明だと考え、その場を去る。
連日のように「マネー」と言われているが、石を手に脅すかのように「マネー」だなんて物乞いではなく恐喝ではないか。日本なら立派な刑事事件である。

怒りを抑え込んだ分、余計にむしゃくしゃしていたが、直後に笑顔で挨拶してきたおっさんによって少しだけ緩和された。
他国に比べ、変な奴の割合は高く、不快な思いをする事も多いが、正と負の波が交互にやって来て、必ずしも「嫌いだ」とは言えない国エチオピア。

アディスでの日々 

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アディスでの1日は行きつけのカフェから始まる。
日本のガイドブック、現在持っているロンリープラネットにも掲載されているエチオピア1の人気店TOMOCAへ行ったのは2回だけ。
現地の常連客でにぎわうこのカフェへ通い詰めた。

TOMOCAのコーヒー一杯分の値段でここならコーヒーに加えドーナツやケーキを一品頼めてしまうし、もちろんコーヒーの味も申し分ない。
それはテーブルを埋め尽くしている常連さんが証明している。

もう一つ理由を加えるなら、コーヒーのカップの大きさ。コーヒーに少量のミルクを入れて泡立てたマキアートは小ぶりのカップに注がれ、これはTOMOCAも同じ大きさなのだけど、普通のミルクコーヒーはその3倍くらいはあるマグカップに入れられている。
マキアートの方が濃厚ではあるが、個人的にはミルクコーヒーの方が好みだし、お得感を感じるのである。


アディスアベバには7泊の滞在。
特に何かをしたわけではなく大晦日にケニアビザを申請し、受領日をひたすら待つ日々。
マラリアの薬を購入し、日本へ荷物を送り、歯医者へ行き、マーケットで必要なものを買い、短パンを補修し、自転車屋を探し、国立博物館へ行ったくらい。
これらを一気に片づけるのではなく、1日1つずつゆっくりと消化し、のんびりとカフェやレストランを巡り過ごした。

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アディスアベバ最終日の今日は温泉へ。
10年前もここの温泉につかり、今回も行くつもりではいたが、のんびり過ごしているうちに最終日になってしまい、日本を出て以来初めて、4カ月振りに湯船につかる。
1等から3等までクラス分けされ、これは2等の個室。
45分で1ドルだが、平日午前中にも関わらず大盛況で1時間以上待たされた。

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アディスに限った事ではないけど、街に滞在すればあちこちにレストランがあり、食事の選択肢が多いというのは本当にありがたい。
と言いつつ、アディス滞在中の5食はピザ。生涯で最もピザを食べた1週間だった。

スーダンで酷暑の砂漠を歩いていた時、冷やし中華やビビンバを無性に食べたくて、「アディスに着いたら絶対にビビンバを食おう」と誓ったものの、1軒だけある韓国レストランは遠いのであっさり却下。

食の選択肢は確かに多いけど、ピザやハンバーガーなど同じようなものばかり食べていた。ピザに関しては3つのレストランを巡り、お気に入りのピザを探した。
イタリアに占領されていた歴史を持つ国なのでそのレベルは高く、安いものはビール込みで5ドルもしない。

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ケニアビザが貼られたパスポートを受け取って、これ以上アディスに滞在する理由がなくなった。7泊もすれば腰が重くて、ベッドにずっしりと埋まってしまいそうである。
もう1泊とも甘い誘惑が頭をよぎるのだけど、結局延泊してもカフェを巡ってのんびりと過ごして1日が終わるだけで、これ以上ここにしがみついてもしょうがないので多分明日出ます。

アディスでやるべきいくつかの事 

年末に申請したケニアビザ取得以外にもアディスアベバでやるべき事が色々とあって、毎日少しずつ消化している。

日本へ荷物を送り、歯医者へ行き、市場で必要なものを買い揃えた。
人口9000万人を有する国の首都、アフリカ有数の都市ではあるが、ここはアフリカ。
タイやカンボジアでは買えたのに購入できなかったものもいくつかあったが代用品で何とかするしかない。


インスタントコーヒーが残りわずかなので数軒のスーパーを回り値段を確認した。
エチオピアの物価は安いものの、輸入物は日本以上に値が張り、最も安い所でネスカフェ200グラムが約7.5ドル(150ブル)。円安の今だと900円もしてしまうが、歩行後にテントで飲むコーヒーはやめられない。

より安いコーヒーを求めてスーパーを見つける度に値段をチェックすれば、4軒目のスーパーで100グラム3ドル弱の安いインスタントコーヒーを発見。
Mac Coffeeというシンガポール系企業のコーヒー。
聞き覚えのある名前。昔どこかで買ったような気もする。
あと150円出せば100グラムのネスカフェを買えたのだけど、安かろう悪かろうでない事を祈る。
新年早々150円を巡り悩むなんてみみっちい気もするけど、その150円があれば毎朝通っているカフェのコーヒーが6杯も飲めてしまうわけだから、日本の150円とエチオピアの150円とでは価値が全く異なるのである。

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そしてもう一つ、ケニアビザに次いで重要だったのがマラリアの薬の購入。
これからマラリア流行地域に入っていくので、ドキシサイクリン、エロキンという予防薬を2種類、コアルテムという治療薬、体温計を買った。