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ALKINIST -あるきにすと-

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おひさしぶりです 

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帰郷 

"Your feet don't know how to stop walking."

「あなたの足はどうやって止まるのかを知らない」


米国の母と呼べる方からのメールにはそうあった。

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大阪から鳥取までの230キロも歩き、帰宅する事を選んだ。

難波から梅田の先までは歩道があって順調だったのだが、その後は荷物を下ろして階段を上がり、さらにはまた荷物を下ろしてガードレールを越えたり、歩行予定ルートが歩行不可能な高架なので別の道を探したり、ストレスのたまる歩行だった。

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峠を越え、20以上のトンネルを抜け、交通量の多い狭い道を慎重に歩く。
全長3692メートルの蘇武トンネルはかなり広い歩道があり余裕だったが、台湾同様車輪の片側を車道に落とし、歩く事も何度かあった。

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台湾が人情味のある素晴らしい国だったので果たして日本はどうなのかと、僅かに不安もあったけれどそれは杞憂に終わった。

都市部の人は他人に無関心、田舎は保守的で排他的。
そんなイメージもあったけど、何度も声をかけられ、差し入れをいただいた。

狭い歩道では道を譲りあい、譲られた側は「ありがとう」と軽く会釈をして通過。当たり前といえばそうなのだけど、どこかほっとした。

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お世話になった植村直己冒険館の方々。
帰国後に初めてうまいと思ったのはここでいただいた冷奴。

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鳥取県入りし、お世話になった知人宅での朝食。

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ついに帰郷。

Day1706 帰国 

帰国が近付いたので数えてみたら、2008年末に日本を出国してから1705日目が異国で過ごす最後の夜であった。

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1人で色々な事を思い返しながらしんみりと過ごす夜も悪くはないけど、1705日目の夜は多くの素晴らしい方々に囲まれ、賑やかに過ごした。
自分のためにこれだけの方々が集まってくださり、何と言えば良いのだろうか。感謝の気持ちで一杯なのであります。素晴らしい仲間を紹介してくれたジェフにも感謝です。


出発前の歓迎会に来てくださった人、歩行中にも差し入れを持ってきてくれた人、知った顔が多かったけれど、この2人はサプライズだった。

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遠く離れた台南、台中から駆けつけてくれた高さんと謝さん。
感謝と感激で涙が出そうだった。

本当にありがとう。謝謝。



そして8月28日。
その翌日、翌々日なら台風の接近で危うく欠航になりそうだったけど、なんとか台湾を脱出し、1706日目にしてようやく帰国。

帰国が近付いても全く実感がわかず、日本パスポートを持った人がウジャウジャいて周囲から日本語が聞こえてくるような飛行機に搭乗して、「帰国するのだな」と少しずつ感じ始めるも、心のどこかではアフリカのどこかへ飛ばされるんじゃなかろうかとくだらない事を考えた。

着陸態勢に入った飛行機の窓からは見えたのは見覚えのある関西国際空港周辺の景色。
ここが日本である事を認めつつも、徐々に高度を下げた飛行機から日本語で書かれた看板を探し、「海上保安庁」という文字を見て、ここが日本であるのだとようやく納得できた。

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帰国初日は空港にて野宿。
毛布の無料貸し出しまでしていて、日本のサービスの質の高さを再確認。
なかなか寝心地の良い椅子だった。

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翌朝はリヤカーと共に始発電車に乗り込んだ。
そんな訳で今は4年8ヶ月振りの日本です。

林口 

台風が過ぎ去った翌日、「もう1泊していけ」と高さんは言ってくれたが、予定通り北海岸を経て台北を目指すならこれ以上は足を止める事ができなかった。
残り100キロ程、最後はびしっと終わりたくて、出発する意思を伝えた。

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基隆でお世話になった方々がに見送りに来てくれ、最後に皆で写真を撮って出発するも、30分程歩いたら激しい雨が降り始め、長時間の雨宿り。
不本意ながらもう1泊お世話になる事になってしまったのだけど、台湾で出会った多くの人の中で最も強烈だった高さんともう1日過ごすのも悪くはない。

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水里、霧社、合歡山、そして基隆と高さんがやって来ること4度。
あまりにメチャクチャでここに書けない事が多いけど、とにかく楽しく、ぶっ飛んだ人だった。

高さんの着ているシャツには自分の名前が書かれているけど、これはぼくが書いたものではなく、高さん自ら書いている。

基隆で待ち合わせたコンビニでは入ってくるなり、大声で見知らぬ買い物客に「こいつは歩いて地球一周している日本人なんだぜ」と説明。
コンビニに限らず、食堂や市場など至る所で連日何度もあって恥ずかしかったけど、「Nice to meet you」と最後に高さんが言ってくれたように、自分とってもまた最高の出会いだった。

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時間がなくなったので、最短ルートで30キロ歩いて台北。
安宿の主人が歩いている事をやけに褒めてくれ、タダで泊めてくれた。感謝。

台湾では与えられ、助けられる毎日だった。
楽すぎて、楽しい事ばかりで、物足りないなと思い、こんなのでいいのかと自問する事も少なくなかったけど、最後くらいは楽に終わってもいいんじゃないかと途中から割り切った。

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台北に2泊し、ジェフの待つ林口まで最後の歩行。
詳細な道路地図は持ってなく、道に迷う事は必至と思っていたが、迷う事なく完璧だった。

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そして帰還。
台湾での総歩行距離は1517キロ。
特に何を思うでもなかったけれど、帰国前の歩行はこれで終わりなのだと後に気付く。
とりあえず無事に歩き終えて良かったなとしみじみ思う。


素晴らしいホストのジェフ・ミッシェル夫妻には感謝の気持ちで一杯です。謝謝。
台湾中でお会いしたジェフの友人、人情味あふれる台湾の皆さん、本当にありがとうございました。

基隆 

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再び台風がやって来た。
最接近する前日になってようやく知ったのだけど。

基隆に到着後、用事があったのでラップトップを広げたところ、いつもお世話になっているジェフからメールがあり、基隆で大きな祭がある事、これまで3度お会いした高さんがこちらへ向かっていて台風も近付いているので高さんの家に泊まればいいとあったので、高さんと再会、祭も少しだけ見て、そして台風による足止めをくらう。

それにしても台湾滞在中に2度も台風に見舞われるとは・・・

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今日は大雨、強風の中、九份という観光地へ連れて行っていただくも、こんな悪天候の中観光などすべきではないです。

澳底 

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今日という日を思い返せば、まず「暑い」というワードが真っ先に思い浮かぶ。
さらに思考を続けても「暑い」「暑い」「暑い」と続き、その後ようやく「海」というワードが思い浮かんだ。
特筆すべき事はないし、写真を撮ってもいない。

強烈な陽射しを浴びながら海沿いの道を歩いている。
この辺りは自転車専用道路があり、同じ海沿いでも清水断崖とは全く異なり、安全な道。

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今日は47キロを歩き、公園にテントを張った。
道路を挟んで向かいには小学校なのだけどあまりに暑いんでテントではパンツ1枚で過ごしている。
日本なら不審者どころか露出狂の変質者として通報されるに違いないけど、台湾人は優しく放置してくれている。見て見ぬフリというやつかもしれないけど。

テントを放置して食事をとりに出かけるなんて平和な台湾だからこそできるんだな。

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昨日は往路でも立ち寄った礁渓という温泉の町で午後を過ごし、チューハイを持ち込んで温泉を楽しんだ。

冬山 

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歩行開始早々から崖上への上り。
およそ20キロ、アップダウンを繰り返し、2つ目の上りでは足を止める回数がやけに多かった。

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昼前の時点で疲労困憊。
さらには酷暑もあってぐったり。

派出所で冷水を補給後、木陰で冷水を口にするも、太陽の下を歩く気力はすっかりと失せ、そのまま2時間程派出所に居座ってしまった。34キロしか歩かず。

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