ブックマーク
ALKINIST -あるきにすと-

Keep strong, keep walking. 

12日連続歩行の9日目からちょうど1週間が過ぎるも、歩行10日目を迎える事なくビューフォートウェストで止まったまま。
白昼堂々、ビューフォートウェスト郊外のハイウェイ上で強盗被害に遭った。

DSC_4559_R.jpg

逃げていく3人の男を撮影し、警察に提供。
翌々日に3人のうち2人が捕まったが、パスポートを奪った男は逃走あるいはどこかに潜伏中。住所や名前は割れており、1週間待ったが依然捕まっていない。


南アフリカでは町の端にトタンや板、ビニール袋など廃材で造られた家々が集まる居住区を見かける事がある。
錆の色が異なるトタンをいくつも継ぎ合せられた家は見るからにみすぼらしく、周囲にはゴミが散乱していて雰囲気は悪い。これをスラムというのだろうと思いながら足早に通り過ぎる。

DSC_4615_R.jpg

犯人の家はそれに比べたらましではあるけど、似たような小さな家々が集まり、貧しさを感じる居住区。
現地人曰く「デンジャラス」らしい。警官と一緒なので危害を加えられる事などないものの、1人で歩いていたら間違いなく身ぐるみ剥がされるだろうなと思った。

DSC_4612_R.jpg

昨日、今日と犯人の家へ行くが扉は閉ざされ、裏の壊れた窓から家の中を覗くも誰もいなかった。
今日はビューフォートウェスト最終日、もうこれ以上ここで待つ事ができず時間切れ。
パスポートをあきらめるしかなく、苛立ちが募り、家の壁を思い切り蹴ってきた。

DSC_4571_R.jpg

病気や治安など不安要素がいくつかあったアフリカだが、思っていたよりもずっと安全で、大きなトラブルなく順調に進み、「ネタが少ないな」と不謹慎な事を思った矢先の強盗だった。
朝夕の薄暗い時間ならまだしも白昼堂々の犯行に精神的ショックを受けたが、1週間経ってだいぶ落ち着いた。
昨日届いた友人サイクリストからのメールには"Keep strong, and keep going."とあった。

警察からはケープタウンまでバスで行く事を勧められたが、歩き続けます。

"Keep strong,keep walking"

Beaufort West 

12日連続歩行の9日目。

DSC_4456_R.jpg

道路の両脇に有刺鉄線の柵が設置され始めたのはジンバブエだった。
それ以来ボツワナ、南アフリカと、ほとんど途切れることなく数十キロ、数百キロ、延々と続く。よくこんなにも柵を張り巡らせたものだと感心。

ジンバブエ、ボツワナではたまに入口があれば勝手に侵入してテントを張っていたけれど、南アフリカでは入口があってもしっかりと鍵がかけられていて侵入不可能。
ここは治安の悪い南アフリカ。日没が近付き、忍び寄る闇に焦りが生じ、テント設営場所には連日頭を悩ませている。

DSC_4483_R.jpg

昨日久々に現れたケープタウンへの距離標識。
思っていた以上に近付いていてモチベーションが高まった。
現在いるビューフォートウェストからは460キロ。歩いて8日の距離。
さっさと終わらせたいという気持ちもあるけど、少し寄り道をしようと思う。

南アフリカ入り 

DSC_3988_R.jpg

アフリカ大陸縦断10カ国目、最後の国である南アフリカに入国。
現地人ですら「デンジャラス」と口を揃える国。「危ないのは都市だけで田舎は大丈夫なんでしょ?」と尋ねれば「どこも危ない」と彼らは言う。
国境の警官は「自転車でここを通過する旅行者もいるから大丈夫じゃない?」と気休めの言葉をかけてくれたけど、自転車と徒歩では1日に進める距離が3、4倍は違うのである。

DSC_4050_R.jpg

最初に現れたマフィケンという町では歩道にスーパーのショッピングカートが倒され、ストリートチルドレン風の少年達が腰かけていたり、ギラギラとした視線を浴びたり、町の雰囲気は良くないけれど、人のいる所を抜けてしまえば延々と何もない景色が続く。
たまに声をかけてくるドライバーに治安を尋ねれば「この辺りは安全だ」という言葉にほっとする。南アフリカに入って以来、挨拶を交わした後は治安状況を尋ねるのが常となった。

田舎であっても朝夕の暗い時間の歩行は避け、これまで60キロ超だった1日の歩行距離を50キロ程に下方修正。
テント設営も慎重に場所を選んでいる。というか道路の両脇には延々と柵が設けられておりブッシュへの侵入は難しく、テント設営場所には毎日苦労している。
この国では慎重になりすぎるくらいがちょうどいいです。油断と過信は禁物。

DSC_4116_R.jpg

ケープタウンも見えてきた。

Gaborone 

DSC_3679_R.jpg

アフリカ9カ国目のボツワナに入国。
これまでの8カ国に払ったビザ代は総額325ドルなのだが、9カ国目にして初めてビザ不要の国。ボツワナはできる子です。


相変わらず朝は日の出前の暗い時間から歩いている。
タンザニアやザンビアと違うのは歩行者の自分に配慮してハイビームを落としてくれるドライバーがいるという事。決して多いわけではないのだが、こんな配慮をできるアフリカ人がいる事に驚いた。タンザニア、ザンビアはゼロだったから。
ビクトリアフォールズで会ったカナダ人サイクリストの言う通り、のんびりと走る車も少なくない。

DSC_3901_R.jpg

路肩は広々として歩きやすいし、街灯の灯りが延々と続く首都近郊の風景は先進国そのもの。
首都の道路はここまでのアフリカでワーストと言っていいくらい歩きにくい道だったが。

ボツワナの首都はハボロネ。この国に来なかったら知る事のなかった名前。
ボツワナにいる今でもハボルネ、ハボロゲなど間違える事が度々ある。

DSC_3911_R.jpg

ボツワナに入ってからはやたらと車が止まり、声をかけられるようになった。

どこから来て、どこへ向かい、なぜ歩くのか……。

こんなにも多くの車が止まるのはカザフスタン、ウクライナ、カナダくらいがぱっと思いつくのだけど、ウクライナ、カナダは現地メディアで紹介されたというのが大きかったし、メディア露出抜きで声をかけられるのはボツワナが最も多いはずだ。国民性なのだろうか。

DSC_3936_R.jpg

先日声をかけてきた人の中に新聞社の記者がいて、紙面掲載されたけど、掲載日はハボロネに到着した今日だったので、新聞を読んだという人に声をかけられたのは1度だけ。


「冷たい飲み物でも飲みなさい」とお金を渡されること2度。3ドル少しとはいえ、アフリカ人から金を渡された事が意外だった。
エジプトを発ってから金を渡された事なんてあったっけとこれまでの旅路を振り返ってみる。

東方砂漠でジュースと水をくれた男、水をくれた警官、アスワン手前でジュースをくれた父子、スーダンの砂漠地帯ではスイカをもらい、水を与えられた。食事に招かれる事も度々あったし、イスラム圏でチャイをごちそうになる事は常だった。
エチオピアではインジェラを振る舞ってくれたおばあちゃんにコーヒーセレモニーをしてくれた家族、ケニアでは警察が食事をごちそうしてくれ、タンザニアではおじさんがビールを奢ってくれた。
ざっと振り返ってみてもこれだけの事があったし、テント設営場所の提供や飲料補給などお世話になった事数え切れず。


お金じゃなくて気持ち。
そんな気持ちをもらい続けた結果、無事ここまで辿り着いた事に改めて感謝。

南アフリカまであと2日、100キロ少し。

Bulawayo 

これまでずっと半袖短パンで過ごしてきたのにザンビアから寒さに耐えられなくなりフリースを着用。
夜明け前から歩いていると寒さのあまり指先がかじかみ、片方の手をポケットに突っ込んで温めるという事を交互に繰り返しながら歩いたが、リビングストンにて手袋を購入する。

日に日に朝の冷え込みは厳しくなっていき、朝の気温は5度前後。
数日前より朝の数時間は長ズボンをはいて歩くようになった。

DSC_3445_R.jpg

道路脇の木々の葉は赤や黄色に染まり、落葉の絨毯の上にテントを張る毎日。
5月の紅葉に違和感を覚えるけど、ここは南半球で季節は秋なのだ。

DSC_3427_R.jpg

1台の車が止まり、ケープタウンに住んでいるという人がコーラを差し入れてくれた。
そういえばビクトリアフォールズで「写真を撮らせて」と言ってきたおばちゃんもケープタウンの人だった。
「南アフリカを目指しているのか」と尋ねてくる人もいるし、ジンバブエでは補助通貨として南アフリカの通貨ランドが使われていたり、南アフリカがぐっと近づいてきた気がする。
というか、気が付けば南アフリカと国境を接する国まで達していた。


ジンバブエ第2の都市ブラワヨに到着。
ジンバブエは昔知人が強盗被害に遭ったり、ハイパーインフレで経済がボロボロになったり、治安面に不安を感じていたけど、予想外に良い所でした。

DSC_3576_R.jpg

昨日リヤカーを引いて宿を目指していた時、マーケットがあったので足を運んでみる。
目当ては衣料品。さらに暖かなウェアが欲しいと思っていたら、

DSC_3593_R.jpg

靴などを支援してくださっているコロンビアのジャケットを発見。
JAPAN SIZEが書かれているから日本で流通していたものだろう。
お値段は驚愕の2ドル。即買いだった。明日から寒さが緩和されるはず。


エジプト・アレクサンドリアからここまでの歩行距離は8800キロ。
総歩行距離は節目の5万キロに達した。

象の恐怖はまだまだ続く 

明りなどないテントで過ごす夜は7時から8時に寝るのが常だが、宿に滞在する時はここぞとばかりに夜更かしをし、睡眠不足に陥るという事を繰り返している。
4日滞在したリビングストン、ビクトリアフォールズでも1日の睡眠時間は4時間程で、眠い目をこすりながら再び歩き始めた。

暑すぎる事のないぽかぽかとした陽気が気持ち良く、次第に瞼が重くなっていく。
少しでも目を閉じればそのまま眠りに落ちていくのではないか。
気が付けば車道にはみ出していてという居眠り歩行がありそうで怖い。

腕時計に目をやれば歩行終了の目安と考えている17時まであと3時間もあった。
今日は早めに歩行を終えた方が良いかもしれないなと思った時だった。
こちらを直視する象の姿がブッシュの中に見えた。

一瞬にして目が覚め、体が熱くなっていくが、再度ブッシュを見てもそこに象の姿はなく、寝惚けていたのか、ただの見間違えなのか、大きな溜め息を吐いた。

おかげですっかり目は冴えたものの、こんなにも頭の中が象に支配されているなんてと苦笑い。

DSC_3297_R.jpg

野生の象が多く生息するボツワナ北部は避けたが、ジンバブエにも象はいるようで、象に注意の標識を何度か目にした。常に周囲を見回し象を探す。暇つぶしにはとても良い。

歩いていて象と遭遇する事はなかったが、テントを張ろうとブッシュの中へ入ると大きな象の糞が落ちていたり、その気配は確かに感じる事ができた。

ここにテントを張るのはやはりまずいのだろうか……。
進行方向にテントなど障害物があった場合、象は避けてくれるのだろうか……。

DSC_3414_R.jpg

悩みつつも象の糞から5メートルほどの場所にテントを張る。
倒木が左右,後方をガードしてくれるはずなので大丈夫だろう。

幸か不幸か、この夜、象が現れる事はなかった。


この2日後、そろそろ歩行を終えようかと思っていた夕方に辿り着いた村の外れで警察が検問をしていた。
田舎だし大丈夫だとは思うけど、念のためこの辺りの治安でも確認しておこうかと「この辺にテントを張っても安全ですよね?」と尋ねてみれば、「デンジャラス」という予期せぬ答えが返ってきた。
「えええっ」と声を上げれば、「エレファント!」と警官。
その返答に思わず「おおっ」と感嘆の声をあげ、「ここにも象がいるんですね!」と目を輝かせて興奮。

「この先は危険だからこの周辺でテントを張るように」という警察の指示に従い、検問の裏へ行こうとしたら、警官は「そこは村人がうんこをする所でくさいからやめとけ」と鼻をつまむジェスチャーを示した。
人糞まみれのテント場所は象の生息地より嫌である。


翌朝はいつものように真っ暗な日の出前から歩き始めた。
暗闇の中にいつ象のシルエットが浮かび上がるか、いつ道脇から現れるか、心臓をドックンドックンと激しく鼓動させながら歩く。
やはり夜明け前まで待つべきだったのではと思い、この場に留まる事も考えたけど、前進を続けた。結局象が現れる事はなかったが、このスリル、緊張感がたまりません。

Victoria Falls 

DSC_3052_R.jpg

象と遭遇した後、川の向こうにビクトリアフォールズの水しぶきが見えた。

リビングストンから2時間歩き、2日連続のザンビア・ジンバブエ国境に到着。
昨日はパスポートをイミグレーションに預けて橋まで行ったが、今回はパスポートに出国スタンプを押してもらいザンビア出国。ビザ切れ前日でした。

とても退屈な日々だったけど、最後の最後に最高の経験をありがとうザンビア。

DSC_3083_R.jpg

橋の中央辺りで記念撮影。
ジンバブエ側に到着すれば、名誉の負傷である血が滲んだ膝と手を見て「どうしたんだ、何があった?」と尋ねられ、「象が向かってきたので逃げようとしたら転んだ」と説明。
その後宿やビクトリアフォールズで出会った旅行者などからも「どうしたんだ?」尋ねられる。

DSC_3236_R.jpg

ビクトリアフォールズの宿。テントを張るだけで8ドルと高い。
普段からブッシュでテントを張り続けている自分からしてみたら金を払ってテントを張るなんて本当にアホらしい。
アフリカ南部ではテントを持って旅するバックパッカーも多いようです。

DSC_3110_R.jpg

町の中心近くに落ちていた大きな糞。
どうやらここにもいらっしゃるようで……