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ALKINIST -あるきにすと-

Bukoba 

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ニュートピアのある村から20キロほど歩いてタンザニア。
ウガンダでのんびりしすぎたため、雨季につかまってしまった。
ウガンダと違って人口密度は低く、テントを張りやすいけれど、軒下を見つける事はできないし、宿のある町もほとんどない。
これから毎晩テントの中で雨が降らぬよう祈る日々になりそうだ。

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ブコバ到着後、宿を探していたところ、警察に声をかけられパスポートチェック。さらには荷物をチェックするとの事で警察署へ。その後イミグレーションオフィスへ行く必要があるとかで車にリヤカーごと乗せられ、なんだかんだ4時間も拘束されていた。

イミグレーションでは全荷物だけでなく、写真データまでチェックされた。
国境付近で撮ったものならまだしも、路上で撮影したものまで削除される。
国境から1日半歩いただけで、ほとんど写真は撮っていなかったし、リカバリーできるかもしれないので大した事はないけれど、路上で撮影した写真がなぜ問題で彼らに削除する権利があるのか。そもそもなぜ荷物チェックを受けないといけないのか。
タンザニア警察の印象は今のところ最悪。


悪い事は重なるもので、いつも使っているミシュランマップがない事に気付く。
最後に目にしたのは国境の町の宿。置き忘れてしまったらしいのだが、ブゴバから国境まで80キロの距離があるし、戻ったところで地図があるかは不確か。
しかし都市間の距離など詳細な地図で重宝していたし、同じものを入手できるとは思えないので、今朝ミニバスで国境へ戻り、何とか地図を回収してきた。


タンザニア最大の都市ダルエスサラームやザンジバル島にキリマンジャロ、サファリなど、見どころの多い東部には寄らず、何があるのか全く分からない内陸を縦断予定。
一般的な旅行者が訪れる事のないエリアだと思うので、そういう意味では楽しみ。

Newtopia 

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タンザニア国境近くの小さな村にいる。
ここにはニュートピアという小さな孤児院と学校があり、1人の日本人が運営している。

1981年にケニアに渡って以来、ケニア、ウガンダ両国で子供達のために尽くしてきたカマウさん。
「モノによる援助は依存心を起こさせ人間を堕落させる」という考えから大々的な資金集めはせず、毎年日本へ出稼ぎを繰り返し、私財を投じてきた。

30年で育てた孤児は約500人。
1人の人間が人生を賭ければそれだけの子供達を養う事ができるという現実。
この先の生き方への刺激を与えてくれるし、カマウさんとのお話は本当に勉強になる事ばかりだ。

正直なところ、子供が大好きというわけではないし、ボランティアに興味もなく、ここを訪れた最大の目的はカマウさんからお話を伺うという事だった。

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ニュートピアは基本的に最低1週間からボランティアを受け入れている。
カマウさんにしか興味がないのに、本当に1週間も滞在できるのだろうかと危惧していたのだけど、気が付けば15日目。

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朝5時半から始まる1日、水汲みに掃き掃除など楽な事ばかりではないけど、思いの外、子供達が可愛すぎた。
翌々日の出発を控えていた時、出ていく事を子供達が知るはずないのに、「アンクル、ドントゴーバック・ジャパン」と女の子が口にすれば、周りの子も「ドントゴーバック」と言い始め、心が揺れた。
その他いくつかの理由があって4日の延泊を決めたところだ。

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カマウさんとの話、可愛い子供達と過ごす日々と同じくらいにニュートピアで強烈な印象だったのは毎日の飲料水運び。
20リットルのジェリ缶4本を持って夕方、水場へと向かうのだけど、得られる水は毎分わずか2リットル。
1缶につき10分ちょっと、4缶で50分。待っている人も多いので、基本的に2時間はかかるし、最も長い時で3時間も要した。

蛇口をひねれば限りなく水が流れ続ける世界がある一方で水汲みに3時間を要する世界がある。
自分のような短期滞在ならまだしも、ここで暮らす人達は一生の事である。
水を得るためにどれだけの時間と労力を要するのかなどなど、思う事が多すぎる。

カンパラ4日目 

3月以降のウガンダは降水量が多いのだが、もちろん3月1日を境に雨が降り始めるわけではなく、2月下旬から徐々に雨が降り始めている感じ。
雲一つない青空だったのが突如一転し、どんよりとした厚い雲に覆われ、強い風が吹き始めて、というパターンが多い。

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雨に打たれるために金を払ってキャンプ場にテントを張っているのかと考えれば本当にアホらしいのだけど、怪しげな空を指差し、「これから雨降りそう?」と現地人スタッフに尋ねると、「心配なら屋根下にテントを張ればいいよ」との事なので、屋根下へ移動。
深夜、パラパラと屋根を叩く雨音を聞けば、屋根下へ移動しておいて良かったなと安堵するのと同時に、この先も雨の多いタンザニアを歩く事に一抹の不安を感じる。

今思うとケニア北部までは雨の心配など全くなく、とても気楽だった。
そんな乾燥地帯の動画は以下。エチオピア/ケニア国境への道。
今日は時間があったので調べものやら、動画の整理に時間を費やした。

Kampala 

これからアフリカを南下していくにつれ、キャンプ場を併設した宿が増えてくる。
ジンジャでもこの手のキャンプ場を利用したが、シャワーにWiFiなどがあるとはいえ、テントを張るだけのために5ドルとか7ドルを払うのはバカバカしくも思える。だって毎日無料でテントを張っているのだから。
そんな自分からしてみたら、街でゆっくりする時くらいベッドで眠りたい。

カンパラにもキャンプ場を併設したバックパッカーズがあり、ダウンタウンの安宿に泊まるかの二択。

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ミニバスの大渋滞に巻き込まれ、バイクや人が縦横無尽に行き交うダウンタウンを歩き、結局安宿を選んだのだけど、キャンプ場よりも安いし、ダウンタウンのど真ん中という立地だし、ネット環境がない事を除けば全てにおいてこちらの方が勝っていた。
旅行者は1人もおらず、長期滞在の行商ウガンダ人が大量の商品と共に暮らし、廊下ではネイルアートで商売する人が仕事をしていたり、このカオスっぷりがたまらない。

ダウンタウンでやるべき事を済ませたら、今度はネットを使った作業をする必要があったので、ネット環境が整っているキャンプ場へ移動。
しかしWiFI故障中でネットは使えず。テント張るだけなのに安宿の個室より高いのにネットができないならここへ引っ越してきた意味などないではないかと不満。

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昨日靴など2キロの荷物を日本へ送り、軽量化したというのに早速ムダなものを買ってしまった。実は昔ナイロビを訪れた際もコンゴのマスクを買っているのだけど、これもコンゴのものらしい。
コンゴマスクいい仕事しています。

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5200キロ 

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ここまでの歩行距離約5200キロ。
カンパラからはニューシューズを履く。
思ったより距離が少なく感じるのは、4800キロを歩いた中国横断を物差しにしているからだと思う。改めて中国の大きさを再認識。
ユーラシア横断だとまだキルギス辺りか・・・。ロカ岬は遠かった。

ケープタウンまでの距離をチェックしたら最短で5300キロ、自分の予定では6200キロ。

久々のサイクリスト 

ジンジャで1日休養をとる事も考えていたけど、滞在していたキャンプ場がロンプラに掲載されていた5ドルではなく7ドルと割高だったし、首都カンパラまで1日半という近距離である事、キタレ以降、順調に歩行が進んでいるのでこのまま歩きたくもあったなどなど、いくつかの要因が重なり、半日のみの滞在で翌朝カンパラを目指して出発。

鬱蒼とした森の中を歩いていた昼下がり、後方からやって来た自転車が視界に入る。
ウガンダで自転車はポピュラーな乗り物であり、珍しくもないのだけど、追い抜きざまにこちらを振り返ったのは黒人ではなく白人。荷物満載の2台の自転車。
3ヵ月振り、アフリカで2組目のサイクリストだった。

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エジプト・カイロからアフリカ旅を開始したというスイス人イヴォとブリギック。
スイスからユーラシア大陸を横断して日本まで走った事もあるらしい。

エチオピアからは同じくトゥルカナルートを走ってきた強者で、イミグレで「ちょっと前にカートを引いて歩いている奴がいた」と教えられたのだとか。

目指す先はもちろんケープタウン。
やはり共に人力移動なので妙な親近感、連帯感を勝手に感じております。

Jinja 

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商店で何を買うにも金網越しに商品を渡されたケニアから来れば平和な空気が満ちていて、夜明け前からの歩行も怖くない。
往路の両側にはサトウキビ畑や水田など、とにかく緑が溢れ、とてものどかで心が落ち着くウガンダの旅路。


新しい国を歩き始めれば、物価の把握からテント設営場所の探し方まで少しずつ分かってきて、その国でのリズムみたいなものが確立されていく。

ケニアではミルクティーから1日が始まり、ウガンダでもそれが継続されていくものと思われたが、残念ながらウガンダの紅茶はストレートティー。
ケニアの隣国だし、同じスワヒリ語圏、かつては英国の統治下にあり、インド人も多いなどなど、共通点が多いので絶対にミルクティーが飲まれていると思ったが、この3日、「ティー」と注文して出されたものはストレートティーだった。

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赤道直下なので日中の陽射しはきつく、トロロから歩き始めた初日は商店の冷蔵庫にコーラが見える度に足を止めていたけど、2日目以降はもっぱらこいつ。
現地人が袋に入った水を飲んでいるのをちょくちょく目にしていたが、道路から見える場所にある冷蔵庫には置かれていない。
注意深く商店前の地面に目をやれば袋が散乱していたり、白い業務用冷蔵庫が店内にあれば、高確率でこの水が手に入ると分かった。

ミネラルウォーターではないけどジュースやミネラルウォ―ターの10分の1、よく冷えているし、5円もしないのでお得だ。

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今日はナイル川の源流があるジンジャまで。
青ナイルと白ナイルの違いこそあれど、エジプトにスーダン、エチオピアとナイル川を目にしてきて、ようやく辿り着いた白ナイルの源流。
感慨深いものだ、と書いてみたけど、ここを目指してきたわけではないし、源流の存在を知ったのも数日前の話なのでそれほど強い思いがあるわけでもないというのが正直なところ。