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ALKINIST -あるきにすと-

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Laguna Meandr 



ケポス出発。
朝から陽射しがきつく、暑い。

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写真を撮っていたら、おじさんが近付いてきてマンゴーをくれた。

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スーパーの前にリヤカーを置いて買い物というのも久々。
チリ以来だが、チリより安心感がある。
パナマにもスーパーはあったけど、大型店舗が多く、リヤカーを残して買い物という気にはなれず。コスタリカはちょうどいい大きさ。

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2日目。
Jacoという町が見えてきた。
友人のチャンさんにカツ丼をご馳走してくれる所を紹介してもらっていたので立ち寄ってみる。

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しかし店が閉まっていた。
カツ丼のために店が開くまでの5時間以上も待つのはアホらしいのでそのまま町を去る。

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そして先程までの青空が嘘のように激しい雨。

ここから1.5キロ先に屋根付きの良いテント場所を見つけたが、あいにく自炊用の水は持ってなく、2キロ以内に水を得られるならここへ戻ろうと思い、先へ進む。

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1.5キロ歩いた先に「ワニに注意」の看板が設置された橋があり、

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橋から下を覗いてみると、目視できるだけで25頭のワニがいた。
橋の先に店などがあり、水を補給後、先程見つけたテント場所へ戻る。

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道脇に湖がある事を示す小さな看板があり、そこへ入っていけば駐車場と小さな屋根付きのスペースがある。
普通に車で走っている限りはほぼ見落とすであろう看板で、この湖を知っている人しかやって来ないと思うし、日没が近かったので多分大丈夫だろう。

人も怖いのだけど、駐車場にたてられた看板もまた怖い。

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湖までどれだけ離れているだろうか…。
ワニがやって来ることはないよな…。
夜は何度か暗がりの中にライトを当て、ワニの存在がない事を知り、胸をなでおろす。

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Quepos 

今回ケポスという聞いた事のない町に立ち寄る事にしたのはここに手頃な料金で泊まれる安宿があるからで、ここに何があるかなどよく分かっていなかったのだけど、マヌエル・アントニオ国立公園への拠点となる町らしい。



国立公園・自然保護区の総面積は全国土の1/4を超えるコスタリカ。
紙幣もこの通り動物だらけ。

動物好きなので、一応国立公園へ足を運んだものの、無理に行く必要もなかった気がする。
現地人は1600コロン(約3ドル)なのに16ドルという外国人料金は本当にふざけている。

国立公園を訪れた日も含め、ケポスでは丸3日のんびりと過ごす。



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久々のサイクリスト 



ケポスまで101キロ。

コスタリカに入ってからマイナス1時間の時差が生じる。
これまで5時半に起き、6時過ぎに歩き始めていたのが、コスタリカでは4時半起、5時出発、早い時には19時半就寝となり、まるで老人のよう。超健全な響きがある。
5時を過ぎて徐々に明るくなっていくのだが、現地人の朝も早く、動き出している人が多い。

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Palamar Norteからは路肩が広くなり、とても快適。

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南下中のドイツ人サイクリスト。
中南米を走るサイクリストは意外と多く、エクアドルから歩行再開しての2カ月で30人くらい目にしたが、あくまで目にしただけで、わざわざ引き返して声をかけてきたのは彼だけ。
30人のサイクリストは皆南下であり、北上していたのはオタバロを発った日に見た1人だけ。
南北アメリカ大陸は南下が流行っているらしい。皆が皆目指しているわけではないと思うけど、「世界の果て」と形容されるウシュアイアはゴール地点として相応しいとは思う。


前日にムダにネットをして夜更かししたのが悪かったのか、暑さにやられたのか、ちょくちょくあるアップダウンに疲弊したのか、体が動かなくなり、何度も休憩しながらUvitaまで歩く。
何とか屋根下にテントを張る許可をいただいた直後、豪雨となり危機一髪だった。



翌日、体調が心配だったが、うっすらと雲がかかり、歩きやすい天候だったので問題なし。
ビーチは点在しているが、商店はあまりなく、民家で水の補給をさせてもらうと、なんとペットボトルに冷水を入れてくれた。

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夕方、キャンプに備えて、民家にて水を補給させてもらうとまた冷水。
庭にあるヤシの木を指さして「飲むか?」とおばちゃん。ココナッツジュースとクッキーまでくれた。

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ケポスまで9キロの所でテント。
町まで行けなくはないけど、遅い時間に到着してただ寝るだけというのは宿代がもったいないので。

Palmar Norte 

パナマシティへと至る道は路肩がなかったり、狭かったり、工事区間が多かったり、歩きにくかったのだが、その後国境へ至る道は数年に及ぶ大規模な工事のおかげでとても快適だった。



コスタリカに入ると一転してこんな感じになる。
歩きにくいが、交通量は多くない。
道の両側に広がる鬱蒼とした緑は東南アジア、中でもボルネオ島を思い出させ、退屈だったパナマの景色に比べ、面白くなった。

国境から少し歩いたところで警察車両が停車。
職務質問なんていつ以来だろうってくらい久々の職質。
本当にいつ以来だろう。中南米では記憶がないし、アフリカでもなかった気がする。
コスタリカは中米で最も安全な国なのだが、早くもその片鱗を見せつけられたかのよう。
パスポートチェックの後も警官は荷物に興味を示し、面倒だなと思ったので、「マリファナとか持ってないから」と言ったら、即解放される。

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職質後、しばらく歩いたところで激しい雨。バス停に逃げ込む。

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中米は5月から10月までが雨季。タイミング悪すぎるとしか言えない。
東南アジアの雨季のように雨が降る時間が決まっているならまだいいのだけど、中米の雨は不規則なのでとても厄介。

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コスタリカ初日のテントは橋の下。
雨宿りを終え、歩行再開後も雨が降り、夜間の雨が心配。あと前夜の雨で濡れたテントを乾かす必要があった。
比較的安全な国と言われているけど、テント設営場所はやはり気を使う。
このすぐ近くに川が流れており、夜に雨が降って増水したらまずいかなと少しばかり不安を感じた。

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コスタリカ2日目。
景色は本当に自分好みで最高。

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コスタリカは中米で最も治安が良くて、最も物価が高い国。
2日目にして初めて商店へ入り、物価をチェックすると、0.5リットルのコーラが850コロン(1.5ドル)という値段に驚かされる。
物価が高いと思っていたパナマですら1ドルだったのに、1.5倍に跳ね上がり、強烈なインパクトを与えられ、早く歩き抜かなければという気分になる。
ちなみに瓶コーラもパナマでなら大瓶を買えた値段で小瓶が買えるという感じ。

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コーラを飲んだ後、商店前のテーブルで用意していた昼食を食べる。
不憫に思われたのか、商店のお姉さんがお菓子をくれた。

GPSはもちろん、中米は紙地図すら持っていない。
パナマで入手したロンリープラネットに掲載されている地図だけが頼り。
大雑把なのであまり使えないけど、ないよりはまし。
パナマはパンアメリカンハイウェイを歩いていれば迷う事なくコスタリカまで来れたけど、ここでは少し不安なので何度か道を確認する。


ケポスを目指しているのだが、自分の把握している距離と50キロくらいの誤差があるような気がして、少しでも距離を縮めておこうとPalamar Norteまで63キロがっつりと歩き、テント設営場所探し。
安全と言われるコスタリカの小さな町なのだが、現地人曰く「安全ではない」との事。

まずは消防署へ行くも宿泊拒否。テントを張れるスペースもなかったので仕方ない。
教会を紹介され、行ってみるもここでも宿泊拒否。
教会がテントを張って眠る場所でない事、100パーセント自分の勝手である事は十分に承知しているけれど、助けを求めて訪れた宗教施設に助けてもらえないというのは正直なんだかなという気分になる。

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教会で紹介された警察署横にテントを張らせてもらう。
夕食を作っていると先程やり取りした教会のシスターが来て「教会でテントを張るか?」と言ってくれたけど、今更そんなこと言われてもというのと、少しありがたかったのと気持ちは半々。

警察署前の広場には公衆WiFiがあり、コスタリカの先進国ぶりを垣間見る。
誤差があると思っていたケポスへの距離も問題なかった事が判明。

Paso Canoas 



朋あり、遠方より来る。

中米を訪れている知人とDavidで会う。
この日は夜行バスで移動予定のため日中は時間があり、一緒に歩きたいとの事で22キロ歩いた。

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2009年以来、6万キロ超を歩いてきたが、海外を歩き始める前は日本を中長期的に、いや短期的にも1日歩き続けた経験すらなかった。
さすがに何の経験もないまま歩くのはまずいと仕事休みの週末に徒歩トレーニングを始めた。最初は20キロから始め少しずつ距離を延ばしていったが、普段全く歩かなければ20キロですらきつく感じられた。
そんな事を思い出しながらの休憩。

中国を歩き始めてからはインターネットの歩き旅サイトで推奨されていた1時間に1回の休憩をとり、足裏にまめができるのを防ぐため靴下は脱いで乾燥させるという事をしていたけど面倒ですぐにしなくなった。
歩行前後のストレッチもやらないし、歩くのに慣れてきてからは休憩の頻度も減っていった。
今となっては休憩の必要はなくて、足を止めるのは昼食時、写真を撮る時、誰かと話す時くらい。

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知人と別れた後、さらに10キロ歩いてテント。

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差し入れをいただいた。
パナマシティだけを見るならパナマは先進的で他人の事に干渉しないクールなパナマ人を勝手にイメージしていたが、パナマの人は親切でフレンドリーだった。

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コスタリカとの国境まで20キロ程なのでパナマ最後の夜となる。
近くの商店でビールを買い、お疲れさまディナー。ここもやはり中国人経営の店だった。


ここには2軒のガソリンスタンドがあり、裏には屋根もあったが小便臭いのでここで寝る気にならず。もう1軒の方にテントを張った。
夜は雨。フライシートを付けていなかったので、飛び起き、フライを装着するため外へ出た。
小便臭い中での安眠とどちらが良かったか。

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翌日、国境へ。
国境施設というのは基本周りに何もないのだが、ここはパソ・カノアスという町の中で2国が分断されている。
めったにないパターンなので面白い。

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地面に引かれた線が国境。
このすぐ前にはコスタリカの警察が立っていて、赤色のタクシーがうじゃうじゃいた。
コロンビアもパナマもタクシーは黄色だったので猛烈な違和感。
国が変わるのだという事をタクシーの色によって強く意識させられた。

パナマを西進 

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パナマシティから2日目。100キロ地点。
パナマシテイから大陸を北上しているつもりだったけど、地図を見るとパナマ国内は西進する事が分かった。
北上というより緯度を下げて、実はパナマシティより南にいたりする。

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マンゴーがたくさん落ちているので拾って行動食に。
これまで散々食べてきたであろう現地人は見向きもせず、自分以外に拾っている人はいない。
ボルネオ島にエチオピア、ケニアなどで食べたくらいで、これまでの人生で口にしたマンゴーは恐らく20個程。26時間程で同数の20個のマンゴーを完食。
マンゴーがなくなればまた拾って貪る。重いのと手がベタつくのが難点。

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日中はとにかく暑い。
現地人が連続して水を差しいれてくれるくらいに暑い。
商店が現れれば冷たい瓶コーラで喉を潤しているが、商店は頻繁にあるわけでもないので、突如冷たい水が差しだされればなんていうかとにかくありがたいとしか言えない。

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ペノノメ通過。パナマでは大きいと言える規模の町だけど、マクドナルドや大型スーパーがある程度。パナマシティは都会だけど、それ以外は大した事ない。

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基本的に単調で退屈な景色が続く。

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ツナ缶に玉ねぎ、醤油、砂糖で味付けした炊き込みご飯とラーメンが毎日の夕食。
ご飯を多めに炊き、翌日昼食分も用意。パナマは物価が高いし、必ずしも昼時にレストランがあると限らないので。

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商店という程の大きさではないけど、小さな村の売店が中国人経営じゃなかった。
パナマ滞在中50軒くらいの商店へ寄ったが、9割以上が中国人経営の店だった。

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連日の猛暑で体中から汗が吹き出すも、毎日テントなのでシャワーを浴びる事ができない。
3日目くらいから頭の痒さも気になり、早くシャワーを浴びたいと思い始めた。
オーストラリアでは3週間くらいシャワーを浴びれなかったが、今ほど汗はかかず、不快さは感じなかったし、レストエリアの水タンクで洗髪もした。
教会横の蛇口が目に留まり、ようやく髪を洗えたのは6日目の事。

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退屈としか言えない道。
起きて、変化の乏しい景色を歩いて、昼食とって、また歩いて、寝るというルーティンワークを繰り返す日々。

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雨季が近付いてきたからか激しい雨が降る。
パナマには屋根付きのバス停が多いので安心だ。

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パナマシティから7日目のテントはマンゴーの木の下。
目の前には警察のチェックポイントがあるので安心だ。
この辺りは延々と何もなく、水、食料共に十分でない。水は警察で分けてもらうも、商店がないので翌朝食べるものがない状況。

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そんな時はテント周りを歩いてみればいい。
翌日の朝食をゲット。ここのマンゴーは美味しかった。

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サンティアゴを過ぎてからは工事区間が点在。
片側2車線の分離道路だが、一方が閉鎖されている事が多い。
歩くには問題ないので閉鎖された側を歩く。工事車両しか車はやって来ないのでとても快適。

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しかし調子に乗って閉鎖された道を歩いていたら、工事中の橋にぶつかる。
引き返すのは面倒なので、作業員に尋ねてみたところ、渡らせてもらえた。

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「水はあるか?飲んで行けよ」と作業員用の水を何度かいただいた。
おかげで終盤はコーラを買う回数が減少。

パナマシティ脱出 

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宿があった新市街は安全で、ビル群が建ち並ぶ様はシンガポールのようでもあったが、そこを抜ければ雰囲気は一転。
ごちゃごちゃとして生活感溢れ、何やら危険な感じでもある。
パナマシティのきれいな部分しか見ていないというのも何だかもったいなくも思えたけど、病み上がりだし別にいいやと思い交通量が少ない早朝に街を去る。
途中道に迷い、危なげな路地に入ってしまったが、足早に通り抜ける。

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しばらく歩いた先には大きな橋。地図を持っていないので「ドンデエスタ プエンテ(橋はどこですか)」と何度も聞きながらここを目指した。
片側2車線の道路だが、朝のラッシュで上り線の交通量が多く、下り線の1車線も上り線になっていた。

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橋の下は有名なパナマ運河。

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橋を渡った先には中国人のパナマ移住150年を記念して造られた公園がある。

そういえば海外で見かける中国人(華僑)って、もちろん例外もあるはずだけどけっこうな確率で純血な気がする。
ペルーやブラジルに渡った日系移民は現地人と結婚したり、3世くらいになると日本語を話せなかったり、日本人としてのアイデンティティを失っているケースもあるが、中国人同士なら中国語で会話をし、漢字の新聞が流通し、独自のコミュニティが築かれている。
中国人としての血を守ろうという意識が彼らの中にあるのならそれは本当にすごい事だ。

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パナマの個人経営の商店はほぼ中国人が経営している。
パナマシティなど大きな街に限らず、旅行者が訪れないような田舎の村まで。嫌な言い方をすればパナマの小売り、流通を牛耳っているのかもしれない。

パナマの人口比率における中国人の割合がどんどんと高まっていき、この先小売りだけでなく、国の中枢機関にまで入っていき、パナマを乗っ取ろうとしているのではないかと妄想してしまうくらい異様な光景に思えた。

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暑いのでサトウキビジュースで喉を潤す。

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暑さと体調不良で食欲がないのでオレンジを食べる。

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とりあえず次に目指すDavidまでは400キロ。

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