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ALKINIST -あるきにすと-

アスワン最終日 

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ようやくアスワン最終日。
この数日は全く何もしていないので、船でナイル川を渡り対岸へ。


アスワンでの退屈な日常から一転、三日後からは歩く日々。
1500キロを1ヵ月で歩くというタイトなスケジュールになる。
1500キロという距離に加え、スーダンの首都ハルツームではエチオピアビザを取得するので、大使館の休館日と重ならないようカレンダーを睨みながらスケジュールを立てる。

ハルツームまで900キロ。
休まず歩けば16日。ゆっくり歩いて19日。
20日以上かかるようだとその後の行程に支障をきたしてしまうので少しでも余裕がほしいところ。悩ましい。

停滞 

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アスワンからスーダンへ向かうにはバスと船、2つの選択肢がある。
共に行き先はスーダン北端の町ワディ・ハルファ。

バスは180ポンド(約25ドル)、船を使えば326ポンド(約45ドル)。
バスが金曜日以外週六便運行されているのに対し、船は週一便のみ。
バスならば宿から5分の駅前から乗車できるけど、乗船場所は町から17キロ離れた所。
バスの座席は確保されても、船内に居場所を見つけられるかは不確か。
エジプト南下をあきらめたのが月曜日、週一便の船は次の日曜日。


船を使うメリットなど全くない。
しかし簡単に越境できるとはいえ、歩けなかった陸路をバスで通過するというのは許し難い事であり、東方砂漠を歩いてきた苦労が無になってしまう。
納得する事などできるはずもなく、現在は船待ちのため停滞中。

そんなわけでアスワンにはさらに6日、計10日を過ごす事となった。
なんて非合理的なのだろうか。



エジプトに限った事ではないけど、食に対するこだわりが全くないので、色々な食堂で食べてみようとは思わず、一軒の店に通い詰める。安く、まずくなければ良いという考えである。
朝昼夜とローテーションができ、おかげでサンドウィッチ屋の店主は注文を覚えてくれ、こちらが何を言わずとも「いつものやつ?」と聞いてくる。
常連さんになったかのようでなかなかいい気分だ。

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エジプトの国民的メニューであるコシャリ。
米、マカロニ、スパゲティが混ざったものにトマトソースがかかっている。
この8日で12食を食べた。
おそらく今最もコシャリを食べている日本人だと思う。

エジプト縦断終了 

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さらに南を目指すべく、まだ暗いうちから歩き始めるが、30分歩いた先に検問があり、アブシンベルへ向かう数台のツアーバスなどが停車していた。
「アブシンベル方面へ行くにはパーミッションが必要であり、徒歩での通行は認められていない」と警察は言った。
例え西岸へ渡って南下したとしても検問で必ず追い返されるだろうとの事だ。

この瞬間エジプト縦断は終了した。
エジプトでの歩行距離は約1300キロ。

徒歩で南下できない事は残念だけど、一旅行者の都合で覆るルールではないし、当初よりエジプトはアスワンまでのつもりだったので割り切っている。
ここまで途絶える事なく足跡を刻めた事に比べれば全く大した問題ではない。

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出発から1時間半後、本日も宿へ帰還。
300キロの無人地帯に備えて用意した食料が重い。

さらに南へ 

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スーダンへの入国はアスワンからの船以外に選択肢がなく、エジプトの歩行はアスワンで終わる予定だったが、8月末に陸路での越境が可能になったとの事でさらに300キロ程を南下するつもりでいる。
開放されて間もない国境なので前例はなく、徒歩での越境が認められているかは実際に行ってみないと分からないが、行けるところまで行ってみようかなと。

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ナイル川西岸へ渡ろうとしたところ、歩行禁止のアスワンダムに行く手を阻まれる。
歩行禁止の道に遭遇する事はごく稀にあるのだけど本当に気が滅入る。
誰もいなければ見て見ぬフリをして渡ってしまうものの、そこには銃を持った数人の警備兵の姿。朝5時半という交通量の少ない時間だったが、交渉の余地なく、一切の権限を持たない警備兵は首を横に振り続けた。

ダム上の歩行を拒否されたものの道がなくなったわけではない。
アスワンへの帰路はいかにして西岸へ渡るかを歩きながら検討する。
船でナイル川を渡るか、10キロ北へ戻って橋を渡るか。
自分の足で渡る選択肢がある限りはそれを選ぶので20キロの距離増が面倒だがやはり後者か。

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モチベーションの低下により3時間前にチェックアウトした宿に帰還。
往復15キロを歩いたが足指に痛みや違和感がなかったのは良かった。
地図でルートをチェックすればさらに南のアスワンハイダム上にも道路があり、ツーリストインフォメーションで尋ねてみれば歩行可能との事である。

明日はアスワンハイダムへ。

Aswan 

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東方砂漠は全くの無人地帯ではなく軍や警察の施設などもある。
東方砂漠での最後の夜は救急隊の駐在所で過ごす。
近くにテントを張らせてもらうつもりが「そこに寝ればいいよ」と言われ、屋外に置かれたベッドで眠った。
秋の風情も季節感も皆無ではあるが、朝夕は日に日に冷え込んできており、季節の変化を感じている。潜るまではしなくとも寝袋を腹にかけないと寒くて眠れない。
いつでも取り出せるようにバッグの奥底に入れていたジャケットを上の方に移動させた。

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ナイル川が近付くにつれ一面褐色だった世界に少しずつ色が加わっていった。
900キロも砂漠地帯にいたのだ。風に揺れる草木を目にすれば自然と顔が緩み、心底癒される。

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有人地帯になればあちこちに水がめが置かれ、飲料補給に困る事はない。
北部でも店や家々の前にウォ―タータンクが置かれていたけれどその比ではない。
誰か特定の人のためのものではなくてあらゆる人たちのためへの水。
美しきイスラムの精神である。

しかしながら悪ガキどもから投石を受け、「マネー、マネー」と声をかけられ、人のいない砂漠地帯が恋しくもあり。

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突き刺すような足指の痛みに顔をしかめ、足を引きづりながらアスワンに到着。
トレッキングシューズを履けば足指が圧迫されて激痛が走り歩行困難な状態に。
当初は魚の目だろうと思っていたのだが、一夜明ければ足指はさらに腫れ上がり、血が溜まって黒ずんでいた。
患部を針で一刺すれば、どろっとした膿血が流れ、足の状態は良くなりつつある。
前回の地球一周の時はキズドライ2本にテーピング数本などを持っていたけど出番は全くなく、今回は念のためテーピングを1本持ってきただけ。また何かあれば患部にぐるぐるとテーピングを巻いてやろう。

スーダンビザを取得した。エジプトもそろそろ終わる。

日本出国後に取材を受け記事掲載されたもの 



■共同通信社によって配信


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■Japan Times掲載


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■BBC


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■マスルアルヨウム(エジプト)

東方砂漠踏破 

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当初予定していたルート上で軍の検問所が武装グループにより襲撃され、21人の兵士が死亡したのが7月のこと。
そしてそんな話をカイロ在住の知人に教えられたのが出発5日前の8月末だった。

エジプトを南下するルートは3つあるのだけど、リスクの高い同ルート、行動が制限されるナイル川沿いのルートを避けるなら東方砂漠ルート以外に選択肢はなかった。

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東方砂漠を徒歩あるいは自転車で踏破したという情報は全くなく、歩く事ができるかは不確か。さらにはテロが頻発しているシナイ半島が目と鼻の先にあり、砂漠という場所柄何が起こってもおかしくはなく不安が消える事はない。
機動力に劣る徒歩という手段で暑さに苦しみながらも、26日、900キロに及んだ東方砂漠を踏破。

これまでの三大陸とは違い、アフリカ大陸に関しては自分の足のみで歩き抜く事は難しいだろうと割り切ってはいるけれど、足跡を途切れさせることなく刻めた事はやはり嬉しいものである。

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エジプトという不安要素が一つ消えた。
あとはスーダンを1ヵ月のうちに1500キロ歩けるか、あるいはビザ延長できるか。
そして最大の難関であるケニア北部をいかにしてかわすか。
さらには昨日から足の指にできた魚の目という新たな問題にも頭を悩ませている。痛い。