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ALKINIST -あるきにすと-

カンパラ4日目 

3月以降のウガンダは降水量が多いのだが、もちろん3月1日を境に雨が降り始めるわけではなく、2月下旬から徐々に雨が降り始めている感じ。
雲一つない青空だったのが突如一転し、どんよりとした厚い雲に覆われ、強い風が吹き始めて、というパターンが多い。

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雨に打たれるために金を払ってキャンプ場にテントを張っているのかと考えれば本当にアホらしいのだけど、怪しげな空を指差し、「これから雨降りそう?」と現地人スタッフに尋ねると、「心配なら屋根下にテントを張ればいいよ」との事なので、屋根下へ移動。
深夜、パラパラと屋根を叩く雨音を聞けば、屋根下へ移動しておいて良かったなと安堵するのと同時に、この先も雨の多いタンザニアを歩く事に一抹の不安を感じる。

今思うとケニア北部までは雨の心配など全くなく、とても気楽だった。
そんな乾燥地帯の動画は以下。エチオピア/ケニア国境への道。
今日は時間があったので調べものやら、動画の整理に時間を費やした。

Kampala 

これからアフリカを南下していくにつれ、キャンプ場を併設した宿が増えてくる。
ジンジャでもこの手のキャンプ場を利用したが、シャワーにWiFiなどがあるとはいえ、テントを張るだけのために5ドルとか7ドルを払うのはバカバカしくも思える。だって毎日無料でテントを張っているのだから。
そんな自分からしてみたら、街でゆっくりする時くらいベッドで眠りたい。

カンパラにもキャンプ場を併設したバックパッカーズがあり、ダウンタウンの安宿に泊まるかの二択。

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ミニバスの大渋滞に巻き込まれ、バイクや人が縦横無尽に行き交うダウンタウンを歩き、結局安宿を選んだのだけど、キャンプ場よりも安いし、ダウンタウンのど真ん中という立地だし、ネット環境がない事を除けば全てにおいてこちらの方が勝っていた。
旅行者は1人もおらず、長期滞在の行商ウガンダ人が大量の商品と共に暮らし、廊下ではネイルアートで商売する人が仕事をしていたり、このカオスっぷりがたまらない。

ダウンタウンでやるべき事を済ませたら、今度はネットを使った作業をする必要があったので、ネット環境が整っているキャンプ場へ移動。
しかしWiFI故障中でネットは使えず。テント張るだけなのに安宿の個室より高いのにネットができないならここへ引っ越してきた意味などないではないかと不満。

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昨日靴など2キロの荷物を日本へ送り、軽量化したというのに早速ムダなものを買ってしまった。実は昔ナイロビを訪れた際もコンゴのマスクを買っているのだけど、これもコンゴのものらしい。
コンゴマスクいい仕事しています。

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5200キロ 

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ここまでの歩行距離約5200キロ。
カンパラからはニューシューズを履く。
思ったより距離が少なく感じるのは、4800キロを歩いた中国横断を物差しにしているからだと思う。改めて中国の大きさを再認識。
ユーラシア横断だとまだキルギス辺りか・・・。ロカ岬は遠かった。

ケープタウンまでの距離をチェックしたら最短で5300キロ、自分の予定では6200キロ。

久々のサイクリスト 

ジンジャで1日休養をとる事も考えていたけど、滞在していたキャンプ場がロンプラに掲載されていた5ドルではなく7ドルと割高だったし、首都カンパラまで1日半という近距離である事、キタレ以降、順調に歩行が進んでいるのでこのまま歩きたくもあったなどなど、いくつかの要因が重なり、半日のみの滞在で翌朝カンパラを目指して出発。

鬱蒼とした森の中を歩いていた昼下がり、後方からやって来た自転車が視界に入る。
ウガンダで自転車はポピュラーな乗り物であり、珍しくもないのだけど、追い抜きざまにこちらを振り返ったのは黒人ではなく白人。荷物満載の2台の自転車。
3ヵ月振り、アフリカで2組目のサイクリストだった。

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エジプト・カイロからアフリカ旅を開始したというスイス人イヴォとブリギック。
スイスからユーラシア大陸を横断して日本まで走った事もあるらしい。

エチオピアからは同じくトゥルカナルートを走ってきた強者で、イミグレで「ちょっと前にカートを引いて歩いている奴がいた」と教えられたのだとか。

目指す先はもちろんケープタウン。
やはり共に人力移動なので妙な親近感、連帯感を勝手に感じております。

Jinja 

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商店で何を買うにも金網越しに商品を渡されたケニアから来れば平和な空気が満ちていて、夜明け前からの歩行も怖くない。
往路の両側にはサトウキビ畑や水田など、とにかく緑が溢れ、とてものどかで心が落ち着くウガンダの旅路。


新しい国を歩き始めれば、物価の把握からテント設営場所の探し方まで少しずつ分かってきて、その国でのリズムみたいなものが確立されていく。

ケニアではミルクティーから1日が始まり、ウガンダでもそれが継続されていくものと思われたが、残念ながらウガンダの紅茶はストレートティー。
ケニアの隣国だし、同じスワヒリ語圏、かつては英国の統治下にあり、インド人も多いなどなど、共通点が多いので絶対にミルクティーが飲まれていると思ったが、この3日、「ティー」と注文して出されたものはストレートティーだった。

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赤道直下なので日中の陽射しはきつく、トロロから歩き始めた初日は商店の冷蔵庫にコーラが見える度に足を止めていたけど、2日目以降はもっぱらこいつ。
現地人が袋に入った水を飲んでいるのをちょくちょく目にしていたが、道路から見える場所にある冷蔵庫には置かれていない。
注意深く商店前の地面に目をやれば袋が散乱していたり、白い業務用冷蔵庫が店内にあれば、高確率でこの水が手に入ると分かった。

ミネラルウォーターではないけどジュースやミネラルウォ―ターの10分の1、よく冷えているし、5円もしないのでお得だ。

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今日はナイル川の源流があるジンジャまで。
青ナイルと白ナイルの違いこそあれど、エジプトにスーダン、エチオピアとナイル川を目にしてきて、ようやく辿り着いた白ナイルの源流。
感慨深いものだ、と書いてみたけど、ここを目指してきたわけではないし、源流の存在を知ったのも数日前の話なのでそれほど強い思いがあるわけでもないというのが正直なところ。

Tororo 

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ウガンダに入国。
エチオピアでは70日超、エジプトも1ヵ月半、スーダンも1ヵ月とそれなりの日数を要したので、一部区間をバスで移動したとはいえ、もうケニアが終わりだなんて呆気なくも思えたのだが、14日の滞在だった。
思ったより長かった気がするのも当然で、北部での200キロを歩くのに7日を要していた。

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ウガンダ初日は10数キロ歩いてトロロまで。
ウガンダシリングを入手する必要があり、銀行のATMへ向かう。
ケニアシリングは1ドル90シリングだったが、ウガンダシリングは1ドル2800シリング。
数字を見れば30倍も違い、頭がついていけない。
40万シリングを引き出すつもりが誤って4万シリングと打ち込んでしまった。桁の多さに慣れるにはもう少し時間がかかりそうである。

Malaba 

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コーラを飲み、休憩していたら、強い風が吹き、空を見上げればどんよりとした厚い雲に覆われていて、「雨が降るぞ」と商店の店主。

ウガンダ国境に接するマラバは目の前だったので歩き始めるが、ポツポツと腕に雨粒を感じ、懐かしい雨のにおいがした。
9月上旬にアレクサンドリアを発って以来、わずかに雨が落ちたエジプト・マルサアラム、エチオピア・ゴンダールでの夕立があったくらいでしかなく、歩行中に雨に見舞われた事は1度もない。

懐かしさを覚えながら東南アジアで雨に見舞われた時の事を思い出し、最も取り出しにくい場所に収納されている雨具を荷物の上部に移動させないといけないなと考える。
乾いた腕に落ちる雨粒が気持ちよく最初は楽しんでいた雨だが、次第に雨脚は強まり、衣類は濡れ始め、早足で避難場所を探しながら歩いた。

民家の軒先に逃げ込んでいる人の姿があったので、そこに逃げ込めば、その後2台の自転車とバイクが同じように逃げ込んできた。

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パラパラとトタン屋根を叩く雨音を聞きながら、現地人と一緒に雨宿りというのも懐かしいものだなと思う。