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ALKINIST -あるきにすと-

汐見荘9泊目 



汐見荘9泊目。
歩いている時より遅いとはいえ、昨日まではどんなに夜更かししても7時台に起きていたが、今朝は9時起き。
だらけてきたなと実感するが、他の宿泊客に比べればこれでもまだ早い。

宿から一歩も出ない完全引きこもりな一日を過ごす。
そんな宿泊客は何人かいて、自分だけが堕落しているわけではないのだという安心感がある。

当初3泊の予定がズルズルと伸びている現在であるが、「意志が弱いんですよね」と宿のご主人に話すと、「意志が弱い人間が歩けるはずない」と言われた。
確かにそうなのかもしれないけど、歩くのも、ダラダラ過ごすのも好きなのだ。

ワイン、コーヒーを飲みながら、「ロバと歩いた南米アンデス紀行(中山茂大)」を読み、昼寝。起きたら夕方だった。

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朝食 ホットケーキ

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昼・夕食 から揚げと炊き込みご飯

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昨夜から作り始めたチャーシュー


汐見荘にて調理技術が向上中。
新鮮なアサリと魚の見分け方を覚えた。

汐見荘のサイクリスト 

汐見荘に到着して間もない頃、宿の片隅に2台の自転車が置かれているのに気付いた。
宿泊客に尋ねてみると、2人のサイクリストが滞在しているとの事。
「日焼けして真っ黒だからすぐに分かりますよ」と彼は言った。

数日後、他の宿泊客とは明らかに異なる褐色の肌を持つサイクリストと出会う事ができた。
同じ宿にいながら彼らと顔を合わせる機会がなかったのは人力旅をする者同士だからか。
町に滞在中は休養に徹する自分と同じく、彼らも部屋から出てこず引きこもっているらしい。

「1日中宿に引きこもり、周りの旅行者からはなんだこいつと思われてるはずだけど、町では何もせずにゆっくり休みたいよね」という言葉に彼らが頷くも至極当然の事。
旅のメインは観光ではなく路上で過ごす毎日、常人の2倍は食べる食事量など、自転車乗りとの共通点は多い。
人力で旅する者にしか理解できない事も多く、そんな事を話し合えるのが嬉しい。

南米大陸を南下してきた彼らにこの先のルート、治安状況を尋ね、情報を交換する。
ガイドブックに載っていない生の情報はとても貴重なのだ。
アウストラル街道、プユアピの南30キロの所で13時から17時まで道路工事で通行止めという有益な情報をプレゼントした。
逆に彼らは「襲われるとしたらあそこですかね」と不謹慎な予想を始め、「そんな予想は頼んでない」と突っ込みを入れる。



コロンビアからウシュアイアまで南米大陸を単独で縦断中の女性サイクリストが汐見荘を去った。女一人で自転車南米縦断とか猛者としか言えない。

迷った末にマチュピチュへ行ったという彼女。「マチュピチュは興味ないから行かない」と言う自分に対し、「一応行っといた方が良いですよ」と助言をくれた。
そんな彼女は1週間も汐見荘にいたのに、9キロしか離れていない世界遺産バルパライソを訪れる事なく、ビーニャを去った。


もう一人のサイクリストは帰国間近であり、汐見荘でのんびりと過ごしている。
卵30個を4日で食い尽くした大食漢。人の事言えないけど、いつもガッツリと食っている印象。
今朝は特大ホットケーキを3枚くらいペロリと平らげ、「美味しそうだね」と語りかけた自分に1枚くれた。チャーシューを自分で作ったり、いつも美味しそうなものを食べている。
料理への情熱が凄まじい。

30個の卵が尽きた彼は新たに30個の卵を買うためスーパーへ行くというので、同行する。
ホットケーキパウダーにシロップ、豚肉のブロックに鶏肉……。
今日で汐見荘滞在8日目だというのに、すぐに出る気がないのでガッツリと食材を買い込んでしまった。

ここにいるべき理由は特にないのだけど最低あと4泊する予定。

Valparaiso 

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電車を降りると、小便の臭いが鼻をついた。
小便の臭いに迎えられるなんて嬉しいはずはなく、この街の第一印象は良くない。

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ビーニャからわずか9キロ、首都サンティアゴに次ぐ都会のバルパライソ。
丘が多く、丘陵地に街が築かれている。パステルカラーの家々が多く、良い感じの街並み。
しかし中心部はゴチャゴチャとして落ち着かず、パタゴニアからここへ至るまでなかった雰囲気がある。アジアやアフリカでも感じられなかった雰囲気。これが南米なのか。

宿のご主人にバルパライソの歩き方を教えてもらい、最初の丘を目指す。
坂が多い街なだけあって、斜面にはアセンソールというケーブルカーがある。
歩いていけそうだったので階段を登り始めるのだが、「しまった」と思うのに時間はかからなかった。

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人通りのない階段に男が腰かけ、周囲にはビール瓶の破片が散乱していた。

バルパライソを訪れる前、「パスポートもカードも宿に置いて、必要最低限のお金だけ持って行きなさい。旅行者だと思われないような格好をし、カメラもカバンの中に隠すように」と宿のご主人からの指導があった。

そこまでする必要があるのだろうかと思ったけど、早速バルパライソの治安の悪さを肌で感じる。
危険な雰囲気を醸し出す階段だった。
歩いてはいけない道だ。引き返すべきと思いつつも、なぜか足は前へと進んでいく。
男の横を通った時、大麻のにおいが漂っていた。
上へ行ったらまた変な奴が現れ、挟み撃ちにされるのではと思った。何度か後方を振り、注意深く進んで何とか無事に上に到達。

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また別の場所ではカラフルな階段があり、先へ進もうとしたが、「行ってはいけない」と第六感が警鐘を鳴らす。
人通りはなく、小便臭く、雰囲気は最悪。通りがかった現地人に「セグーロ(安全)?」と尋ねたところ、「ぺりグロ(危険)」と言われる。

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サンチアゴで危険を感じる事はなかったけど、バルパライソは雰囲気の悪い場所は多く、治安は良くない。
丘の上から街並みを眺めれば、貧しい家々を目にする事もしばしば。


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しかし旅行者の多い場所に限っては安全だし、路地裏散策がとても楽しい。

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当初はビーニャに3泊のみの滞在予定だったので、到着翌日にバルパライソを訪れた。
その後日本へ荷物を送るため郵便局を訪れたついでに街歩き、さらには珍しく青空が広がり快晴だったのでまたまたバルパライソへ。ビーニャ滞在7日のうち3度もこの街を訪れている。

なんだかんだで好きな街なのだ。



暇なのでまた動画を作る。

Viña del Mar 



サンティアゴから西を目指したのはこの宿が目的だった。
ビーニャ・デル・マールの汐見荘。

中南米には日本人宿が点在する。
かつてバックパックを背負って旅していた時、そんな日本人宿の名前は口コミで広まっていて、バックパッカーの間ではよく知られていたのだが、汐見荘もその一つ。

1970年代に自転車でヨーロッパなどを走られたご主人が1990年に始められた宿。
ご主人が旅していた時代の話、インターネットが普及した現代と昔の旅人との違いなど、当時の話を聞かせてもらうのはとても興味深い。
最も長い人で5年滞在し、数か月の滞在は当たり前だったけど、現在は1カ月も滞在する人はいないのだとか。現代の旅行者がしているのは『旅』ではないと言われた。

インターネットが急速に普及し始めたのは2000年頃だと思うけど、パソコンを携帯している旅行者はとても少なかったし、WiFi環境も整ってなく、SNSもスマホもない時代。
旅人が集う宿には情報ノートが置かれ、それを頼りに情報を交換しながら旅をした。

情報が少なく困難な事が多かったであろう沢木耕太郎『深夜特急』の時代に憧れた事もあった。しかしほんの十数年前の事だけど、現在より旅しているという手応えを感じられる良い時代だったなと思う。
インターネットの普及により便利な時代になり、その恩恵を受けているが、その利便性と引き換えに失われたものは確実に存在する。

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長い海岸線を持つチリであるが、宿からは海を見渡せ、魚市場も徒歩圏内。

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カモメだけでなく、アザラシもいる。

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市場の人が桟橋から魚を捌いた後の不要な切り身などを捨てるので、ごちそうにありつくべく、桟橋下で待機しているのだ。


「土曜日が最も魚が多い日で市場が賑わう」と宿のチェックイン時、ご主人に教えてもらった。
しかし到着した日は日曜日であり、3泊で出るつもりだった自分には関係のない話だと思っていたのだが、気が付けば7泊目、土曜日を迎えてしまった。

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市場へは3度出かけ、サーモンの刺身、アサリの炊き込みご飯と新鮮な海の幸に満たされている。土曜日の今日は刺身、炊き込みご飯に味噌汁。
炊き込みご飯はツナ缶、サバ缶をそのままぶち込んでも十分に美味しいので今後のキャンプ生活のメインメニューになる事必至。
この作り方をマスターしただけでもここへ来た甲斐があるというものなのだ。

Earth trek expedition -PATAGONIA-  



パタゴニアの動画をまとめた。
大きな画面はこちらから。




オーストラリア、アジア、アフリカ縦断動画。
大きな画面はこちらから。

西へ 



「もう一泊……」という誘惑に打ち勝ち、首都脱出。
交通量の多い大都市への出入りは憂鬱なのだけど、サンティアゴには自転車道や歩道があるのであっさりと郊外へ抜ける。

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10キロほど歩き、交通量が落ち着いたところで再びルート5。
ペルー国境までチリの南北を貫くハイウェイなので長い付き合いになるでしょう。

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ハム、チーズを携帯するには暑すぎてサンドウィッチを作れなくなったので、最近は米とサバ缶という昼食が多い。サバ缶の残りは夕食に回り、全く同じものを食べる。
夕食時に翌日昼食用の米も炊いておく。

チリ北部は砂漠地帯があり水の補給はとても難しい。
携帯する水は全て飲用とし調理用の水は持たない予定なので、今後ずっとサバ缶生活が続くものと思われる。
同じく水の補給が困難だったオーストラリアでもパンと缶詰生活だったが、缶詰の種類が豊富で美味しく、飽きる事はなかった。しかしチリでは選択肢が限られてしまう。

北か西か…。
ギリギリまでサンティアゴからの行き先について悩み、地図を睨みながらの食事。

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悩んだ末にルート5を外れ、西へ。
前回とは逆側のタイヤ、4200キロにしてパンク。

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道の両側には延々と有刺鉄線の柵が続き、テント設営場所を探すのに一苦労。

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サンティアゴからルート68を西進すれば短い距離をもっと楽に歩く事ができるのだが、歩行不可のトンネルがあり車に乗せられるため、あえて迂回路を選んだ。
しかしそこには山があり、延々と10キロも上り坂が続く。
ここ最近雲が空を覆う日が続いていたけど、こんな日に限って雲一つない快晴。
滝のように流れる汗を拭いながら、そこまでして人力での踏破にこだわるのかと思ったけど、こだわるのである。

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サンティアゴから2日半。
山を越えた先には太平洋がありました。

問題解決 



1日滞在を延長して本日5泊目のサンティアゴ。
時折旅行者もやって来るが、部屋が汚いからか皆一晩過ごしただけで出て行ってしまう。

宿には朝からキッチンで大量のドーナツを揚げるドーナツ売りのおじさん、ギターを弾いて日銭を稼ぐおじさん、いつも深夜に帰ってくる若者などチリ人が多い。
自分にとってはまさに住めば都。米国で暮らすメンドーサ出身のおじさんが出て行ったので、ドーナツおじさん、深夜帰宅若者に次ぐ3番目に古い滞在者となってしまった。


カメラ修理依頼、車軸交換とサンティアゴでやるべき仕事を着々と済ませているのだが、カメラを受け取りに行ったら「修理できない」と言われてしまった。
同機種の予備カメラも持ち2台態勢だったが、1台はメモリーカードを読み込まず、もう1台は一応写真は撮れるけど設定をいじれず、セルフタイマー撮影ができないという状況。
風景を撮るだけなら問題ないが、セルフ撮影できないのは痛い。

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ちなみに両機共、パタゴニアの強風にやられてしまった。
撮影可能な方はボロボロなのでテープで補修してある状態。


ニコンショップで同機種は買えないか尋ねてみると、上位機種なら在庫はあるが640ドルと高すぎる。
その後はひたすらカメラ屋探し。日本のような家電専門店は見当たらず、ショッピングセンターの家電売り場を巡る。安いものは100ドル強で買えるがおもちゃのよう。
どうしようかと思いながらも探し続け、現地人に教えられたカメラ屋へ行ってみると、念願の同機と出会う事ができた。
新古品のくせに強気の値段で、決して安い買い物ではなかったけど、カメラ問題は解決。

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これまでのベージュ、シルバーに加え、今回はホワイト。
同じカメラを3台所有している状態だ。


カメラの次はサングラス。ビジャリカのキャンプ場でテーブルの上に置いていたサングラスが夜の間に猫に持っていかれ紛失。
アマゾンで買った2000円の安物、しかも破損してテープで補修してある状態ったので金銭的に痛いものではないものの、陽射しのきついチリだと目に違和感を覚える。
サンティアゴ到着3日前に路上で拾ったものを装着していたけど、誰が使っていたか分からないサングラスは気持ち悪い。露店で200円のサングラスを買い、こちらも問題解決。


今日はATMでお金を引き出した後、両替所へ行き、米ドルの現金を少し用意。
チリからペルーではなくボリビアに入る可能性があるのだが、かなり辺鄙そうなところで、ATMがあるか不確か。確実にボリビア通貨を得るため米ドルの現金が欲しかった。
お金の問題も解決。


先日サンティアゴを発ったサイクリスト・トムのアンデス越えの写真を見たらかなり惹かれ、この2日ほどアンデスを越えようかと悩んでいた。しかしアルゼンチンの道は狭くて歩きにくいし、何よりアタカマ砂漠を歩きたい気持ちが強いので、東へは行かない。
サンティアゴからは北か西へ向かうが、出発前日の今でもどちらへ向かうか決まっていない。気持ち的には北だけど、会ってみたい人が西にいる。
ルート問題は未解決。