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ALKINIST -あるきにすと-

Victoria Falls 

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象と遭遇した後、川の向こうにビクトリアフォールズの水しぶきが見えた。

リビングストンから2時間歩き、2日連続のザンビア・ジンバブエ国境に到着。
昨日はパスポートをイミグレーションに預けて橋まで行ったが、今回はパスポートに出国スタンプを押してもらいザンビア出国。ビザ切れ前日でした。

とても退屈な日々だったけど、最後の最後に最高の経験をありがとうザンビア。

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橋の中央辺りで記念撮影。
ジンバブエ側に到着すれば、名誉の負傷である血が滲んだ膝と手を見て「どうしたんだ、何があった?」と尋ねられ、「象が向かってきたので逃げようとしたら転んだ」と説明。
その後宿やビクトリアフォールズで出会った旅行者などからも「どうしたんだ?」尋ねられる。

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ビクトリアフォールズの宿。テントを張るだけで8ドルと高い。
普段からブッシュでテントを張り続けている自分からしてみたら金を払ってテントを張るなんて本当にアホらしい。
アフリカ南部ではテントを持って旅するバックパッカーも多いようです。

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町の中心近くに落ちていた大きな糞。
どうやらここにもいらっしゃるようで……

ウォ―キングサファリ 

ザンビアから先へは2つの選択肢があり、リビングストンからボツワナへは65キロ、ジンバブエへは10キロ。

色々と悩みつつも気持ちはほぼ固まり、ライオンが生息するというボツワナ北部の歩行を避け、ザンビアからボツワナのカサネを経てジンバブエ・ビクトリアフォールズを目指そうと考えていた。
昨日ジンバブエ国境まで歩いたのは、この道を歩く事はないからせっかくなので歩いてみようかという気持ちからだ。


今朝は5時前に宿を出発し、ボツワナ国境を目指したのだけど、数キロ歩いたところで足を止めた。「本当にこれでいいのだろうか」と自問する。野生の象が生息するボツワナ北部を歩くのはアフリカ縦断のメインだったし、そんな簡単にあきらめて良いものなのかと。

しかし草食の象はともかく、相手は百獣の王ライオン。強盗であればお金を全て渡して命を助けてもらう事ができるけど、ライオン相手に交渉などできるはずもない。
「これでいいのだ」と己に言い聞かせ歩き始めるが、100メートル先で再度足を止める。
そしてボツワナ国境に背を向けて歩いてきた道を引き返し始めた。

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昨日歩いた道をリヤカーと共に歩き、国立公園入口に到着。
野生の象を見た道なので期待が膨らむ。
昨日はこの入口から15分歩いたところで象を目にしたが、残念ながら今日は象の姿はなかった。

カナダ人にとっての熊の様にこの辺りに住む人にとって象というのは身近な動物なのだろうと思ったけれど、それは言い過ぎだったかもしれない。昨日はラッキーだったのだ。
なんて思っていたら、道路を横断する象の群れが前方に見えた。

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急いでカメラを取り出すも間に合わず、自転車に乗った現地人と1頭の象しか撮れず。
わずかのタイミングで象との出会いのチャンスを逃してしまったと悔やんだのも一瞬の事。

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道脇の茂みの中に象の群れを発見した。
草を食べている象をしばらく観察、少しずつ動きが活発になり、来るぞ来るぞと思いながらカメラを構えたら、来た!

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車も数台やって来て、象が道路を渡り終えるまで待機。
クラクションを鳴らしたり、象を刺激するような事はもちろんしていないのだが、1頭の象が威嚇するかのようにこちらに近づいてきた。
ドライバーも危険を感じ、ゆっくりと車を後退させる。ビデオカメラを手に動画を撮っていたのだが、モニターに映った殺気立った気配の象を見てまずいなと思う。



自分と象との間には鉄の柵も車のドアも何もないのだ。象に背を向けて逃げる。
リヤカーが目に入り、どうしようかと一瞬考えたけど、「知らん」と相棒を置き去りにする。
しかし突然の事に体が対応しきれず転倒。ゆっくりと後退していた車の側部に頭をぶつけたが、すぐに立ち上がる。車に助けを求めようかと思ったが、振り返ると威嚇してきた象の姿はなく、九死に一生を得た気分。



象の群れが道路を渡り終え、車が動き始めた時、もう1頭の象が茂みから現れ、道路を渡っていった。


こちらに向かってくる象を目にした時の恐怖心は表現できないのだけど、カナダでテントを張っていた時、熊が押しつぶしてきた時の絶望感に似ているかもしれない。
興奮が鎮まると、転倒した時に負った右手と両膝の傷がズキズキと痛み始めた。左肩も打ったようで痛みがある。
そして自分でも何だかよく分からないのだけど無性に笑えてきた。

サファリカーでは体験できないリアルウォ―キングサファリだった。
動物の生活圏をサファリカーで訪れる事にはあまり興味がない。逆に一般道沿いに野生の動物が生息しているというシチュエーションにはものすごく魅力を感じるのだが、今回の件でその危険性を存分に感じる事ができた。

歩きたいと思っていた野生の象やライオンが生息するというボツワナ北部だったが、さすがにもう歩こうとは思っていない。
十分に野生の象を堪能できたし。ライオンやヒョウはまずいが象はとろそうだし大丈夫だろうという考えも全くの過信であった。

象はやばいです。

Livingstone 

先日、ヨハネスブルグからルサカへと向かうバスとすれ違ったのだけど、もう南アフリカからの長距離バスが走っているところまできてしまったのかと驚いた。

「ようやく」とか「やっと」ではなくて「もう」と感じたのはタンザニア、ザンビアとハイペースで歩き続けているからに違いない。
現在地よりタンザニアへ戻るより南アフリカへ行く方が近いという事実にもびっくりしてしまう。


この2カ月、ハイペースで歩き続けたのは単純に足を止めたいと思う所、見所がなかったから。ルサカの宿も高かったから1日休んだだけで再び歩き始めた。
そしてようやく辿り着いたオアシス・リビングストンでは丸3日の休養をとる。

リビングストンにはザンビア随一の観光地ビクトリアフォールズがあるのだけど、ザンビア側ではなくジンバブエ側から見る予定なのでパス。

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2日間ダラダラと過ごし、3日目の今日はジンバブエとの国境を隔てる橋まで散歩。
入り口には゛ELEPHANT CROSSING"の看板。

ボツワナには多くの象が生息していると聞くが、ザンビアにはいないだろと思っていたら、


看板通過から15分後……

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本当にいた。


道路からは見えにくい林の中に5頭程の象。
自転車に乗った現地人はいても歩いている人間など自分以外いない。
まともな旅行者はタクシーやホテルの送迎バスで町から10キロ離れたジンバブエやビクトリアフォールズを目指すのだけど、歩いてきてよかったと心底思い、初めて目にする野生の象に感動。

我々の間には鉄の柵や車のドアなど、隔てるものは一切なく、対等だった。
カナダで熊と遭遇した時もそうだったけど、この緊張感がたまらない。

ギリギリまで近づいて写真を撮れば、終始耳をバタバタさせてこちらを見ていたけどあの行動は威嚇なのだろうか?と思い調べてみたら、体が熱いため耳を動かして熱を逃がしているらしい。

カナダでは人と会う度に「野生の熊を見た事がありますか」と尋ねていた時期があった。皆が「イエス」と口を揃えたように、ザンビア人に「野生の象を見た事がありますか?」と訊けば、やはり皆「イエス」と答えるのだろう。

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この後象を目にする事はなく、リビングストンから10キロ歩き、国境に到着。
パスポートをイミグレーションに預ければ、ジンバブエとの国境を隔てる橋まで行ける。
右手には世界三大瀑布の一つビクトリアフォールズ。ここからの眺めでも十分な気がしたけど、ジンバブエで30ドルを払って入場する必要はあるのだろうか……。


この先はジンバブエを経てボツワナと考えていたが、ボツワナ北部は無人地帯が300キロ続き、象やライオン、ヒョウが生息するらしい。野生動物と遭遇できる魅力的なルートではあるけど、象はともかく肉食獣はちょっと……、という感じだ。

数カ月前にボツワナを自転車で走ったであろうジョンソンに無人地帯で水を補給できるか否かをメールで尋ねたところ、「ライオンが多く生息するので自転車での通行が許可されず、ザンビアへ引き返した」と返答があった。
彼が走ろうとしたのはチョベ国立公園を東から西へ抜けるルートで自分の考えている南下ルートとは異なるのだけど、ライオンへの恐怖心から気持ちが折れつつある。

インターネット上には同ルートを自転車で通過したサイクリストの記録がいくつか残っており、肉食獣に殺されたという情報はないのだが、やはり彼らもまた「ライオンがいるので自転車は危ない」と現地人から言われている。
数人のサイクリストが無事に通過したから自分も大丈夫なんて過信する事はできないし、こちらは時速5キロの徒歩なのである。

ライオンがいる危険地帯、300キロの無人地帯という過酷なルートを避け、200キロ歩行距離が増えるけど無難な道を選ぶべきなのかとても悩ましい。

7:3で気持ちは固まっているが……。

4000キロ振りの再会 

夕方、リビングストンの町を歩いていたら日本語で声をかけられた。
顔を上げてみれば、明確に覚えのある男性が目の前に立っており、「なぜあなたがここに」と頭が混乱し、戸惑う。
目の前の彼も同じ様に戸惑っていたと思う。

「ここまで歩いてきたんですか」と彼は言った。

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彼と出会ったのは少数民の村を巡っていた2月初めのエチオピア。
警察と些細なトラブルがあって苛立ちながらチェックインしたディメカという小さな町の宿だった。
翌日自分はトゥルミという町まで歩いていき、宿でゆっくりしていたら、バイクタクシーを雇って同じくトゥルミへやって来た彼と再会。話をしてみればエチオピアに派遣された青年海外協力隊の隊員だった。

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ちなみにこの日トゥルミではハマル族の成人の儀式があった。


その翌朝、土煙の舞うメインストリートでいつやって来るのか分からぬバスを待つ彼と握手をしたところまではっきりと覚えている。その後自分はさらに西のオモラテという僻地を目指し、彼はショートトリップを終え、任地へと戻っていったのだった。


で、エチオピアにいるはずの彼がなぜザンビアのリビングストンにいるんだと混乱するのは至極当然の事なのである。
一応メールアドレスなどは交換していたけど、一度も連絡を取った事がなかったし。
彼曰くプライベートな旅行であって、こちらの所在地なども全く把握していなかったらしい。

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それにしてもトゥルミから3カ月半、4000キロ近くも離れたザンビアで再会するとは……。
3カ月半で出会った日本人はウガンダの孤児院ニュートピアにてカマウさん、ボランティアなど計3人のみ。

いやエジプトを発って以来出会った日本人を思い浮かべると、アモーレ丸山氏、共同通信の記者、カイロで旅行者2人、ニュートピアでカマウさんなど3人、そしてこの協力隊員と友人の女性。
日本人と会う事は非常に稀なのだが、エチオピアとザンビアで2度も会うなんてどんな確率なのかと、驚いたわけである。

昨夕に続き今日もスーパーで彼と出会ったのだが、もしかして相性抜群なのだろうか。

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トゥルミから4000キロか……。
同じアフリカとはいえ、品揃え豊富な外資系スーパーがあって、ネクタイを締めたビジネスマンが歩いていて、道はしっかりと舗装されている環境下にいる現在。かつての日常はすっかり非日常となり、遥か遠く。
しかしながら独自のアイデンティティを守りながら暮らす少数民族の世界と陸続きでつながっている事に深い感慨を覚えるのである。

退屈な日々 

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ルサカから南も変化のない退屈な景色が続く。
ザンビアで歩いた1500キロ、ずっとこんな感じだ。
面白い事などまったくなく、早くこんな環境から抜け出したいと思う。
豪州のスチュアートハイウェイでもそうだったようにこんな時はがっつり歩いてさっさと終わらせるに限る。日の出前の真っ暗な時間から日没前までひたすら歩き続けた。

1000キロ歩いた北部では大型スーパーが2ヵ所しかなかったのに対し、ルサカ以南の約500キロにスーパーのある町は3、4か所あり、町と町との間隔も北部のそれと比べたらずっと短く、楽なものだった。


徒歩生活が非日常な人からしてみたら食料はどのように補給するのか、不思議に思うかもしれない。
実際2009年の出発以前、徒歩での旅を反対する母からもそんな事を尋ねられた事をよく覚えている。リヤカーを含む大きな荷物があるのにどこでどうやって食料を入手するんだ!と。

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まあこんな感じ。
欧州やカナダではスーパーの入り口にリヤカーを置いて買い物をするという事が当たり前だったけど、いくらザンビアの治安が良いと言ってもここはアフリカ。
ザンビア北部のスーパーでは荷物が心配で入店を躊躇したものの、南部では3度、この様にリヤカーを入り口に置いて買い物をした。

何があっても自己責任だけど、入り口付近には警備員がいるし、まあ大丈夫かなと。カメラの入ったバッグを持って入店するけど、パソコンの入ったバックパックはリヤカーに残してある。

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レシートを見て気付いた事は消費税が16パーセントもあるという事実。
日本もこれから10パーセントになるようだけど、これに比べたら全然ましと励まされた気分である。
ちなみにレジ袋は無料。

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4種類のラーメンに3種類の缶詰。
食の選択肢が多いとテント生活も楽しくなる。

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暇な徒歩旅行者に目をつけられた哀れなカメレオン。

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リヤカーに乗せたら色が変わるかなと思い観察するも変化なし。

Lusaka 

ザンビアの首都ルサカの200キロ北にカピリという小さな町があるのだけど、立派なスーパーマーケットがあって驚いた。
この規模のスーパーはスーダン・ハルツーム、ウガンダ・カンパラなど首都レベルの街でしかお目にかかれなかったのになぜこんな辺鄙な田舎にあるのだろうかと。

さらに南下してルサカの130キロ北にカブウェという町がある。
カピリよりさらに大きくてスーパーはもちろんあるのだけど、ここでも驚いた。

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確かにここまで1000キロ近く歩いてきたザンビアの中では最も大きな町だし、ルサカにも近い所に位置するのだけど、なんでこんなところにサブウェイがあるのだろうかと。
リヤカーを店の前に放置して迷う事なく入店。

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北米大陸横断時は何度もお世話になったサブウェイ。カナダ以来だろうかと思ったけど、エジプト入りする前にドバイの空港でも食べていた。
ここ数年に限れば最も食べているファーストフード店である。

パンはいつもイタリアンで、サンドする野菜も決まっていて、スウィートオニオンとマヨネーズで仕上げるという自分好みの形があるのだけど、スウィートオニオンはなかった。
お値段もそこそこだったけど、腹は満たされ癒された。


歩行中は1日12時間を路上で過ごし、時間はたっぷりとあるが、特に何を考えるでもなく黙々と歩く。
時速5キロというスピードなので地面や道脇に何かあれば気付く事ができるし、足を止める。

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ある日、足元をのろのろと歩いていたこいつと遭遇。
一度は通り過ぎたもののすぐに引き返し、観察。カメレオンは何度か目にしたけどどれも緑色だったが、体をアスファルトと同じ色に変化する事もできるのだと知る。

道脇には色々なものが捨てられていて、田舎の町ではお目にかかれなかったミニッツメイドの空ボトル、コーラの缶が転がっていて少しずつ首都に近づいている事を実感。

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大型スーパーがあって、サブウェイにKFCもあり、思っていた以上に何でもあるルサカ。
アフリカで目にする白人は援助団体関係者が多かったけど、ザンビアに定住する白人は多い。物価も高くなり、これまで歩いてきたアフリカとは明らかに異なる国。これから南部アフリカを歩いていけば当たり前の環境だと思うけど、正直まだ違和感を覚えている。

長丁場 

タンザニアのムベヤに滞在中、スーダンで出会ったサイクリスト・ジョンソンから「ケープタウンに着いたよ」と報告メールがあった。
返信ついでに「ザンビアはどうだった?」と尋ねてみれば「難しい事は何一つなかったけど、長く、とても退屈なサイクリングだった」とジョンソン。

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ザンビアを訪れた事のある数人の知人にも感想を尋ねていたけど、「つまらなかった」と皆が口を揃える国ザンビアに入国。

ようやくタンザニアのクソドライバー共とお別れかと思いきや、ザンビアでも数えきれないくらいのタンザニアのトラックが走っていて頭が痛くなった。ザンビアは内陸国なので、タンザニアからガソリンなどを輸送しているらしい。うーむ……。

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で、このタンザニアのトラック共は相変わらず猛スピードで突っ走る連中で、路面状態など良くなかった国境からの3日でこんな光景を見ること4度。
全てタンザニアナンバー、さすがタンザニアドライバー。
タンザニアではライオンなど肉食獣より交通事故に注意するべきである。

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景色の変化も少なく、皆の言う通り、とても退屈なザンビア。村や商店、食堂もタンザニアと比べたら激減。
足を止めたいと思う場所はないし、ザンビアビザの日数もギリギリ。ビザに関しては無料で簡単に延長できるらしいけど、わずか数日のためにイミグレーションオフィスの場所を調べ、出向くという手間が面倒。

そんなわけで結局ムベヤから18日連続歩行、1125キロを歩き続けた。
1100キロってどんな距離だろうと調べてみれば、青森市から神戸市への距離に相当する。


ユーラシア大陸横断時、イタリアのベネチアからフランスのピュイローランという町まで1000キロ超を歩いた事があった。あの時はニースのバーでワールドカップをテレビ観戦したり、マクドナルドで数時間足を止めたりしたものだけど、今回はがっつりと歩くだけの毎日。

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タンザニアではタボラまで13日、ムベヤまで10日を歩き続けたけど、宿なし、風呂なしの18日間。7、8日目辺りが精神的にきつかった。もちろん肉体の疲労も半端ない。

これからケープタウンまで400~500キロ歩いて、1、2日休むというパターンが多くなる。
さすがに今回のような長丁場はもうないけれど、とにかく疲れた。その一言に尽きる。