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ALKINIST -あるきにすと- ブルガリア
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ブルガスへ 

凍傷を負った翌朝、まずぼくは10キロ離れたネセバの病院へ運ばれた。
しかし、思っていた以上に状態が悪く、そこから40キロ、さらに大きな病院があるブルガスへ救急車で搬送され、1月23日を最後に歩行中断する事となった。

当初は日帰りで戻るつもりで、リヤカーなどほぼ全ての荷物はハンティングクラブに残したままだったが、入院後数日して、猟帰りなのか、仕留めたキツネと共にリヤカーごと荷台に載せられ、運ばれてきた。

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そしてリヤカーごと病室へと運ばれた。
巡回のドクター、掃除のおばちゃんに好奇の目でジロジロ見られたのは言うまでもない。


いずれ歩行を再開する事になるのだが、まずは歩行を中断したハンティングクラブへ戻り、ブルガスへの空白の50キロに足跡を残さないといけない。
そして何より、お世話になった事に対する感謝を伝え、迷惑をかけた事を謝らないといけない。併せて現状の報告、少しずつ回復している事も。

引き篭り生活が続いている現在。
不健康この上ないのだが、

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食事はなるべく野菜を摂取し、

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さらにはドクターから勧められたビタミンなども。

その甲斐あってか、順調に回復中。
そして昨日、「とりあえずブルガスまで歩こう」と思い立ち、ハンティングクラブへ戻り、ブルガスへの50キロを歩く事にした。


スピードスケートの日本人選手の活躍を見届け、朝一で乗り込んだヴァルナ行きバス。
朝日に照らされた黒海が美しく、日の出前に歩き始め、少しずつ変化していく空の色を楽しんでいた日々を懐かしく思う。
3週間も足を止めているうちに、日の出、日の入りの時間などすっかり忘れてしまった。

ブルガスからネセバへの黒海沿岸部は雪など全くないのだが、山へ入った途端、一面銀世界。バスはノロノロと上り坂を進み、しばらくするとハンティングクラブが見えてきた。

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山中に1軒ポツンと建つハンティングクラブ。
「なぜこんな所で下車するのか」と不思議そうな顔をしている運転手に下車する事を伝え、およそ3週間振りの歩行中断地点へ。

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温かく迎えてくれ、親切にしてくれたおばちゃんに会えなかったのは残念だが、オーナーにしっかりと感謝の気持ちなど伝えた。


これまでも沢山の人に助けられてきたわけだが、改めて感謝をしつつ、こうしてまた歩ける事に感謝しつつ、ブルガスへの一歩を踏み出した。

あの夜、ぼくを苦しめた上り坂は15分歩いたところで終了。
あとはひたすら下るのみ。
快調に進んでいると黒海が姿を現した。

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ちなみにブルガスは矢印の辺り。
弓の様な形の黒海沿岸部。その先端に位置する。
ここよりおよそ40キロ。


その後も歩き続け、ブルガスへ。

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だが、ブルガス入りこそしたものの、残念ながら50キロを歩き抜く事はできなかった。

午前中こそ4時間ぶっ通しで歩いたものの、やはり久々の歩行だからか、30キロを過ぎてから極度の疲労、足の痛みを感じ、足を止め道脇に座り込む頻度が増した。
足が痛い、腰も痛い。前方にホテルの建物が見えていたのだが、色々と考えた結果、無理せず5キロ手前で今日はリタイヤ。バスに乗り込んだ。

もちろんこの空白の5キロもしっかりと歩き、上海からの足跡をブルガスまで残します。



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運 

「運がいいよ」

ある方からそんなメールを頂いた。


2月いっぱいをグータラ過ごそうと越冬地へ向かっている途中、トルコまであと100キロに迫ったところで、60数年振りの寒波に襲われ、凍傷を負い、病院送りにされた挙句、グータラ生活どころか入院・療養生活を送る羽目になったぼくに「運がいいよ」と。

実を言うと、今回、凍傷を負う以前から、「運」について考えていた。
ブカレスト出発前、コーヒーを飲みながら、色々と考えたばかりだった。

とにかくひどいのだ。


ロシアで羊飼いに襲われ、
ウクライナでジプシーに荷物を盗まれ、
モルドバ、ルーマニアでもちょこちょこトラブルに見舞われ、
欧州入り後、トラブルが続いている。

アジアが順調過ぎたとは言え、運に見放されている気がしていた。


そこへ今回の凍傷が加わる。


ロシアで羊飼いに襲われ、
ウクライナでジプシーに荷物を盗まれ、
モルドバ、ルーマニアでもちょこちょこトラブルに見舞われ、
ブルガリアで凍傷を負う。


凄まじい。

越冬地へ向かっている途中に寒波に襲われるなんて前代未聞かと。
しかも60数年振りの寒波を見事に引き当てるなんて。


病室のベッドの上で考えていた事がある。

ヴァルナを目指していた時、ブルガス方面との分岐路があり、地図を広げ、どちらへ進むべきか、ものすごく迷った。
そこからブルガス方面へ進めば、ヴァルナ経由でブルガスを目指すより、60キロもの距離を短縮する事ができた。

不運続きだったので、この時も「運」について考えた事を覚えている。
どちらへ進めば順調に、何事もなく、ブルガスへ辿り着けるかと。

迷った末にヴァルナ方面を選んだ。
ブルガス方面へ進めば山を越えないといけないし、ブルガリア通貨の手持ちも少なかったし、ヴァルナまで2日歩けば暖かいホステルが待っているという事が決め手となった。

とは言え、60キロもの距離を短縮できる事は大きい。歩けば1日半の距離なのだ。
ヴァルナ方面へ進むと決めたとは言え、後ろ髪を引かれるかのように、何度か後ろを振り返った。ああやっぱりと足を止めた。

雨、雪に打たれ、ずぶ濡れになって到着したヴァルナ。
その後も雪は降り続け、あっという間に街を白く染めた。
あの分岐でブルガス方面へ進んでいたら、雪上で悲惨な夜をすごしていたはず。

雨風をしのげる暖かいホステルのベッドの上で、賭けに勝ったと笑みを浮かべた。


そして、賭けに勝ったぼくは凍傷を負った。


あの分岐がターニングポイントだったかなと病室で考えた。
あの時ブルガス方面へ進んでいたらと。

でも今になって思う事は、あの時の2つに1つの賭け、2つに1つの道に必ずしも自分の望む答えが用意されているわけではないという事。バカラと違って勝ち負けは存在しないという事。
難なくブルガスへ辿り着けたかもしれないし、悪い人間に身包みを剥がされて無一文になっていたかもしれない、凍傷どころか事故に巻き込まれ、命を落としていたかもしれない。

そんな事を考えているうちに、今回の凍傷も必然的、運命的なもののように思えた。
今回の事に限らず、人生なんてそんなものなのではないかと。

もちろん凍傷など負わない方がいいに決まっている。
でもあそこにハンティングクラブがなければ、躊躇していたぼくに病院へ行く事を勧めてくれる人がいなければ、病院まで送ってくれる人がいなければ。
挙げていけばキリがないけど、やはり運が良かったのだ。

呪われているのではないかと悲観的になった事もあるけど、ロシアで羊飼いに襲われ、ウクライナでジプシーに荷物を盗まれ、モルドバ、ルーマニアでもちょこちょこトラブルに見舞われ、ブルガリアで凍傷を負いながらも歩き続ける事ができるぼくは間違いなく運がいい。

凍傷日記 

1月23日

5:30 起床

道路から丸見え、墓地の隣というロケーションとは言え、前日テントを設営した場所は、雪が少なく、ところどころ土がむき出しになったテント設営に適した場所だった。
日没まで歩き続け、ようやく見つけたテント設営地。

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オデッサで買ったスコップ(ちりとり)は、いつの間にか荷台から姿を消し、
マリウポリで断熱マットを破棄して以来、マットなしで眠る日々。

クッションの利いた快適なエアーマットなど、別にどうでもいいのだけれど、
失って気付く断熱マットの必需性。

高性能なシュラフであっても、断熱マットなしで眠れば、地面に熱を奪われ、あまりの寒さに目を覚ます事もしばしば。雪上にテントを張った日など本当に悲惨。
ヴァルナでも断熱マットを探し歩いたが、エクササイズマットしか見つからず。
テント内でエクササイズするわけにもいかず、とりあえずはシュラフ下にジャケットを敷き、なんとか寒さをしのいでいる。

風が強い夜だった。
何度か目を覚まし、その度に寒さを感じ、シュラフにもぐり込む。

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翌朝。
一夜にしてテントの周りは雪に覆われていた。

昨夕のテント設営時、地面は凍り、テントのペグは打てず。
代わりに紐をリヤカーに結び、何とか前室を作ったが、やはり強度不足。
不幸にもテント入口が雪の吹き付けてくる側。
強風に煽られ、フライシートはめくれ、前室内の荷物、シューズ内にも雪。

シューズ内の雪を払い、外へ出て、積雪量などを確認。
ブルガスまでは90キロ。
この中を歩く事ができるのかと不安を感じ、降り積もった雪を見て途方に暮れる。
この先テントを設営できるか確かでなく、ヴァルナへ戻ろうかと弱気になる。

テント内にてパンにチョコクリームを塗り、朝食。
チョコクリームはシュラフ内で温めておいたので凍ってはおらず。
飲料は全て凍結。
ダウン、レインジャケットを着用。


7:45 歩行開始

こんな雪の中、テントは張りたくなく、雪上でテントを張ろうにもスコップがなく、最悪夜間歩行、ブルガスまで一気に歩く事も覚悟しての出発。

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すぐにブルガスへの距離標識。ブルガスへ87キロ。
雪は降ってはいたものの、道路はしっかりと除雪されており、歩行には問題なし。
むしろ前日より歩きやすいくらい。

これなら雪が降って良かった、と罰当たりな事を考えた。


11:30 町に到着。

出発時より天候悪化。
警察に声をかけられる。

町外れのカフェでコーヒーを飲み、休憩。
「どこへ向かっているのか」と尋ねられ、「ブルガス、トゥーキー」と答えると、「私達はトルコ人なの」とおばちゃん。
「メルハバ」とトルコ語で挨拶する。

コーヒー片手に窓の外を見れば、吹雪。
外は寒いが、ここは暖かい。
気候的なものだけでなく、人の温もりも感じる。

ここからイスタンブールへは400キロとの事。

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手持ちの飲料は全て凍っているので、ジュースを購入。
ヴァルナで用意しておいたパンも凍りつき、お菓子を食べながら歩く。

相変わらずの吹雪。視界は非常に悪い。
一時的に雪が止んでも、強風のため、道脇に降り積もった雪が地吹雪となり、視界を遮る。

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温度をチェックすると-10度。

一日を通してアップダウンが多く、ピークは16時30分頃から始まる。
後に地図を確認すると、やはりこの辺りが最も厳しい山だった。
雪上の歩行はリヤカーを引く腕、足にも負担がかかる。

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ヴァルナ-ブルガス間、
アップダウンの少ない平地、穏やかな気候の中、黒海を眺めながら歩けると目論んでいたのだが。ヴァルナ以降、海など見えず、ひたすら山が続く。

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満面の笑みでこちらを見つめる季節外れのリゾートホテルの看板。
その看板を見ながら、「話が違うではないか」とぼやく。


17:00 村到着

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ホテルがあれば泊まるつもりでいたが、20キロ先の町までないらしい。

カフェに入り、コーヒー。

「どこから来たんだ?」「どこへ向かってる?」

歩行中の姿を見たという人から色々と尋ねられ、コーヒーをごちそうになる。

ここで改めて地図を確認。ブルガスへは60キロ弱。
何かの間違いではないか。朝の時点で87キロ、予定ではあと50キロ弱なのだ。
何度も地図上の数字を計算するも、やはり60キロ弱。
予想以上の距離にがっかり。

ブルガリアに限らず、距離標識というのは必ずしも正確なものではないのだが、
車で走る10キロと徒歩での10キロは当然ながら全くの別物。
これまで何度うんざり、がっかりさせられた事か。


日没後、歩行を再開。
吹雪の中、20キロ先の町を目指す。
途中、廃屋か有人か何とも判断がつかない建物の陰にテントを張る事を考えた。
しばらく足を止め、悩んだ末、歩き続ける事に。

次第に暗くなっていく山中。
雪のおかげで、真っ暗というわけでなく、周囲の景色は何となくは分かる。
除雪車など、時々車は通った。車が通過する度に道端に寄る。
夜、吹雪の山中をリヤカーを引いて歩く姿はどのように映っているだろうか。

熊など出てきそうな山道。
風に煽られたシートが音を立てて舞い、前方を地吹雪が舞い、その度にびびる。

上りが延々と続き、何度も足を止め、呼吸を整える。
のどが渇く。昼に購入したジュースはペットボトルを振ってみれば、わずかに液体が残っているも、大半が凍っていた。ナイフで凍った部分を削り、穴を開け、なんとか水分確保。
甘く、疲れが取れた気がする。しかしすぐに液体は尽きた。

歩いても歩いても上り坂は続き、疲労を感じた。
下りになり、ようやく上りが終わったと安堵するも、再び上り坂が現れる。
前方、さらに高いところに車のヘッドライトが見え、うんざりする。
あそこまで上らないといけないのかと。

足を止めたいが、周囲は雪深く、テントは難しい。
あそこでテントを張っておくべきだったと少し後悔。

日中は感じなかったが、夜になり寒さを感じた。
-15度。この温度計は正確でないのでもっと寒いかも。


疲れた。もう歩きたくない。のども渇いた。


何度もしゃがみこむ。次第にその回数は増えていった。
100メートル歩いてはしゃがむ。その繰り返し。


こんな所で何をやってるのか。

中国で、カザフスタンで、きつい時にはいつも自分に問いかけている。
もちろんこの山中でも。

この環境から脱するには歩き続けるしかない。


わざわざ車が引き返してきてくれ、乗車するよう勧められるも拒否する。
「10キロ先に町があるから、そこまで歩く」と。
「町まで遠い」とドライバーは言った。2,3度「乗っていけ」と繰り返した。
彼の気遣いはとてもありがたいと思う一方、煩わしさも感じていた。
疲れていた。話をしたくなかった。会話する事で余計な体力を使いたくなかった。
何より今更車なんかという気持ちが強かった。

彼はまだ何か言っていたけど、それは耳に入っていない。
もうこれ以上、話したくはなく、彼の言葉を遮り、感謝の言葉を連呼し、半ば無理矢理会話を終わらせた。とても疲れていた。

車が去った後、こんな環境下でさえも歩く事に執着し続ける自分をアホだなと思い、こんな状況の中、わざわざ引き返してきてくれた彼に感謝した。

正直なところ、ほんのわずかな後悔も。
だって歩きたくないんですから。


20:20 ハンティングクラブ到着

それからしばらくして前方に明かりが見えた。
家かホテルか、あるいはカフェか、定かではなかったが、まさに希望の明かり。
遭難者の様な心境。とにかく水分を摂取したかった。

ドアを叩き、「水をください」とお願いし、雪の少ない敷地内でテント設営の許可をいただく。
リヤカーを見たおばちゃんは「クレイジー」と一言。
室内へ入れてくれ、濡れた衣類を脱ぎ、暖炉前で温まる。
与えられた水を一気に飲み干し、ワイン、コーヒーをいただく。

おばちゃんはとても陽気な人で、得体の知れない怪しげな訪問客であるにも関わらず温かく迎えてくれ、「もっと飲め、もっと飲め」とグラスにワインを注いでくれた。

ペンション、あるいはレストランのような建物。
尋ねてみれば、壁に掛かった鹿の角を指差した。
ここはハンティングクラブなのだとか。


しばらくして、指の異変に気付いた。凍りつき、紫色に変色した3本の指。
感覚はない。凍傷。
すぐに湯に指をつけ、少しずつほぐれていくも、ただただ不安。

17時の時点では異変、違和感は感じなかった。
日没後3時間の歩行で凍傷を負ってしまった。

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スープ、ステーキを与えられるも、指が心配でそんな気分になれない。
ついさっきまで空腹を感じていたのに、食欲はない。


22:00

食後、暖炉の前に座り、凍傷を負った手をあてる。
疲労と不安、ワインの酔いもあって余計にぐったりとしていた。
頭を抱えていると、眠りたいと思われた様で、部屋へ案内された。
トイレ、シャワー付きのホテルのような一室。
ヒーター前で手を温めていると、停電になった。
手探りでベッドへ辿り着き、指先をパンツの中に入れ、温めながら眠る。

療養日記 

ここ数日、暖かい日が続き、雨も降り、
歩道からも雪が消え、歩きやすくなったと思ったのも一瞬の事で、
ほんの一時間前から降り始めた雪は、あっという間に街を白く染め、今尚振り続けている。

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我が部屋から見る白く染まった街。

歩行中であれば、げんなり、うんざりするに違いない景色だけれど、療養中の今はぼーっと窓の外を眺めているだけ。時折、2週間前の吹雪の山中を思い出しながら。

現在は、テント生活、安ホステル暮らしから脱し、18階建てホテルの一室にて療養中。
退院後、チェックしておいた安ホステルへ行くつもりも、病院近くに位置し、通院に便利な2軒のホテルを勧められ、安い方に連泊値引きの交渉をしてチェックイン。

しかし、3,4週間と聞いていた通院はわずか1週間で終了。

通院が終わった今、もうこのホテルにいる理由はないのだけれど、「最低3週間滞在するから」と40%も値切っているので、出ていくことはできず。
もうしばらくブルジョワライフが続きます。なんだかんだで居心地はいいし。

あっ、ブルジョワなんて見栄張ってますが、1泊13ユーロです。

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しかし何が苦痛って、暇で暇でしょうがない。
凍傷を負った指を冷たい外気にさらしたくなく、外出は極力控え(ドクター曰く「問題ない」らしいが)、スーパーへ出かける程度。残りの時間は部屋で過ごしている。

旅行者など皆無。
思えば10月初めにカザフスタンでオランダ人サイクリスト・コーエンと会って以来、4ヶ月もの間、旅行者とは会っていない。

誰とも話さず、朝から深夜まで部屋に篭ってひたすらネット。
完璧、引き篭りです。

ここにアップしてないネタもいくつかあるので、そういう作業をすればいいのだけど、面倒で。ほんと堕落してます。

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機会があればまた。


※お見舞いメールありがとうございました。

凍傷 

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-20度、吹雪の山中を歩き続けた結果、

凍傷を負い、除雪車、救急車で病院へ運ばれ、5日程入院。

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今週から通院治療となり、ようやく今日、包帯が取れたところ。
少しずつ感覚は戻ってきているものの、リヤカーを引いたり、不自由なくテントを設営するにはもう少し時間がかかるかと。

歩行中止、あるいは帰国という選択をするつもりはありませんが、
もうしばらくこの地に留まり、完治するまでは歩行を中断します。



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ヴァルナの朝食 

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ヴァルナで束の間の休足、一日は宿での朝食から始まる。

テント生活から解放され、雨風をしのげる建物に守られ、ゆっくりと休み、こうして落ち着いて朝食をとれるという事は本当にありがたく、幸せな事だなと思う。


カザフスタンでの日々は、常にない事が前提で、
たまに現れる小さな町や村、品数乏しい商店で食料を確保する度に安堵し、
現地の方から貴重な水を分けていただく度に、心から感謝していたのだけど、
今となってはそんなシチュエーションなど皆無。

どこにでも商店があって好きなものを好きなだけ買う事ができて、
これじゃなく、あれがほしいなと思えば、別の店に行けば解決し、
蛇口をひねれば、水が出てきて、お湯も出てきて、
ぼくは次第にそんな環境に順応していって、
いつの間にかそんな環境が当たり前になりつつあるのだけど、
何不自由なく暮らせるというのは、それはそれで幸せな事だとは思うのだけど、
あのカザフスタンでの日々は忘れたくない。
些細な事であっても、感謝し、幸せを感じていたい。

カザフスタンでの日々は過酷なものであったけど、人との出会いなんかはもちろん、あの時の感情や思考、経験っていうのは本当に大きな財産になった。


そんな事を振り返り、感謝しながらの朝食。



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黒海。
夏場は多くの旅行者で賑わうであろう海沿いも、オフシーズンの今は閑散。

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<写真>
休足日につき、昼間からチキンとビール。
また明日から頑張るので、いいのです。許されるのです。

Varna 

躊躇というのか、あるいは億劫なだけなのか、自分では後者の占める比率がかなり高いと思っているのだけど、パラパラと小雨が降り始め、レインウェアを着用しようかと一瞬考えるも、大雨というわけでもないパラパラとした雨だし、わざわざバックパックからレインウェアを取り出して、靴を脱いでパンツを穿くのは面倒で億劫だし、レインウェアを着た途端雨が止んだら何となくむかつくし、まあええわと思い、歩き続けると、いつの間にかこの小雨がボディブローの様に効いていて全身ずぶ濡れなんて事がこれまで何度かあったりする。

で、そんなずぶ濡れになった状況で、例え雨が強くなったとしても、今更レインウェアを着用するのは悔しくて、とても悔しくて、大雨だろうが、雪に変わろうが、氷点下の中だろうが、そのまま歩き続ける。

今回も氷点下、雨は雪へと変わり、その中をずぶ濡れになって6時間も歩き続け、寒さに震えながらヴァルナに到着。

毎度毎度思うのですが、学習能力ゼロです。


そんな風に到着したこのヴァルナっていう街、オデッサ滞在時、今後のルートを考える際に浮上し、ルートに加えるか迷った街だったりする。
何が魅力って、温暖な気候。ここはブルガリアを代表する保養地なのだ。

オデッサで氷点下の寒さに震えていた時、このヴァルナの気温を調べてみると、それは本当に暖かそうな街で、今回もソフィアとヴァルナ、どちらへ向かうか迷ったものの、温暖な気候を求め、ヴァルナへやって来たのだった。


しかし、


しかし、ヴァルナよ。

これはちょっとやり過ぎじゃないのか?

温暖な気候を求め、はるばる歩いてきた者に対し、ちょっと酷過ぎやしないか?

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昨日からの雪は街をを真っ白に染め、温暖な気候どころか氷点下。
今日も一日中吹雪、両替をしに外出したのみ。

今後もしばらく氷点下な日々が続くようで。

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夏季は多くの旅行者で賑わうこの街だが、冬季はクローズする宿が多いらしい。
わざわざこの寒い時期に保養地を訪れる旅行者もおらず、宿は閑古鳥が鳴いている。

現在滞在中のホステル、スタッフが3人もいるのに、宿泊客は1人だけ。
それはそれで非常に快適ではある。
部屋もシングル状態だし、オフシーズン料金だし。


早速、「安くするから春までいなよ」と声を掛けられるも、とりあえずは歩行を続けるつもりでいる。

もう少し雪の状況を見ながら、色々な事を判断しようかなと。



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昨夕、宿に到着後、ごちそうになったブルガリア料理。