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ALKINIST -あるきにすと- トルコ
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もやもやしながら準備中 

最近やたらと日付を気にするようになった。


学生時代、夏休みが終わりに近付くにつれ、憂鬱な気分になった。
社会人時代も年末年始の休み、夏休みが終わりに近付くにつれ、ため息の数が増えた。

まさにそんな感じ。
イスタンブール滞在が終わりに近付いている。


上海からの14ヵ月半というのは自分のやりたい事をやっているわけで、非常に贅沢な時間であり、長い長い休暇みたいなものなのかもしれないけど、40-50キロ歩く日々、テントで寝泊りする日々から解放され、宿に泊まって食って寝て、自分の好きなように時間を使える現在っていうのは、学生時代、社会人時代の夏休みみたいなものなのだ(一応療養中)。

これまでもビシュケク、オデッサ、ブルガスで長いこと足を止めたけど、いたくていたわけではなく、それぞれに理由があってのロングステイだった。
現在もまた療養という名目があるにせよ、イスタンブールには自ら望んでの滞在。毎日が楽しい。本当に楽しい。

どっぷりと腰を落ち着かせているうちに、歩行意欲は失せ、出たくない、歩きたくないとそんな風に思うようになった。モチベーション低下中、そりゃ楽な方がいいですから。
歩行開始日が近付くにつれ、もやもやとした気分になり、日付を確認する度にうんざりとした気分になる。


しかし、ぼくは歩かないといけない。


うんざり、もやもやなどと言っているけど、歩き、テント張る日々も嫌いではないし、むしろ好きだし、好きじゃなきゃ11000キロも歩けないし、この憂鬱な気分は一時的なもので、歩き始めればすぐに気持ちを切り替える事ができるはず。

イスタンブールではいくつかやらないといけない事があり、それらに全く手をつけていなかったので、歩行再開に備え、少しずつ準備をしている。

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まずは名刺作成。
歩行中に出会った人、お世話になった方々に渡そうと、日本から500枚の名刺を持って来ていたものの、ウクライナにてなくなる。
ファティさんに名刺作成会社をご紹介いただき、現在作成中。
写真を使って凝ったものを作ろうと思ってたけど、面倒なのでトップ画像をそのまま使用し、手抜き。

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マットや工具類も揃えた。
マット(12TL)、ゴムひも(2TL)、スパナ(4TL)。

地面に石があってゴツゴツしていようが、かまわずその上にテントを設営し、眠ってきたが、さすがに雪上、コンクリート上は地面に体温を奪われ、シュラフの中に入っていてもきつかった。
今後雪の心配をする事はないのだが、一応購入しておいた。別の店では安いものでさえ19ユーロ(約38TL)もしたので12TLなら悪くない。以前使っていたものより厚い。


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髪も切った。
1月頃から切ろうと思っていたが、ようやく切る事ができた。
床屋を見つける度に料金を尋ね、最も安かったカシムパシャにて。
中国、キルギスに続き、この旅3回目。ビシュケク以来なんで8ヶ月振りです。
これまでイラン、グルジア、エジプト、イエメンでも散髪。
海外で髪を切るのは楽しく、また怖くもあり。
イラン、イエメンはひどいものだった。

証明写真を見せ、「こんな感じで」とお願いする。
伸び放題の髪にザクザクとハサミをいれ、髪がどんどん落ちていく。
珍しい日本人の客だからか、外から数人のトルコ人が笑いながら眺めていた。
「チャイを飲むか」との誘いに頷けば、すぐに隣のチャイ屋からチャイが運ばれてきた。
散髪を中断してのお茶の時間にトルコらしさを感じる。
「もっと短くしてほしい」とジェスチャーでお願いし、随分とすっきりとした。
言葉通じずとも何とかなるものだ。


あとはできればシートを買い替え、食料を揃え、デジカメデータをDVDに焼いて、日本に荷物を送って、日本からの荷物を受け取ってと、まだまだやる事は多い。
歯医者を予定してたけど中止。


学生時代、社会人時代の夏休みみたいなもの、と例えたけど、それらと違うのは、始業日を遅らせる事ができてしまうという事。歩行開始日を予定より遅らせる事ができるという事。

宿代をさらに3泊分支払って、4月1日からの歩行再開を予定。
年度始めに新たな気持ちでというか、もう3日グータラというか。
どちらかと言えば後者かな。

ロカ岬への距離 

世界地図に上海からの足跡をマジックでなぞってみた。

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上海からイスタンブールまでマジックでなぞるだけなら1分、約20センチ。
歩けば14ヶ月、11000キロ。

線が引かれた地図を改めて眺めてみると、随分と遠くまで来たものだとしみじみ思う。
地図に載らないいくつもの町や村、そこで暮らす人々、地図を眺めただけでは察する事のできない山や無人の荒野など、実際にこの道を歩いてきた今となっては、わずか20センチの線から色々なものを読み取る事ができる。

マジックでなぞられた線は現在イスタンブールで止まっているけど、これからまた西へ西へと歩を進め、上海からロカ岬まで、ユーラシア大陸の端と端とを1本の線でつなげる。

今後のルート確認も兼ね、イスタンブールからロカ岬までの距離を調べてみれば、その距離およそ5000キロ。
最短ルートを選べば、歩行距離の短縮も可能だが、自分の選んだルートでは5000キロ前後を歩く事になるかと。

地図では10センチに満たない長さも、歩けば5000キロか。

トルコを食す 

先日取材を受けた際、いくつかの質問を受け、その中に食に関する事があった。
基本的にガソリンストーブを使い、調理している事など説明した後、

「ロシアで何を食べてた?」

なぜかロシアを指定しての質問に返した答えは、

「缶詰とラーメン」


「他には?」と尋ねられても、「缶詰とラーメン」としか答えようがない。
食堂で食べたのはロシア人におごってもらった1度だけ。カルミキア人、車輪探しの際に世話になったロシア人宅でごちそうになり、あとはたまにロシア人からピロシキや魚などを差し入れられたくらいで、それ以外は昼に缶詰、夜はラーメンという食生活だった。

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<写真>
アストラハン近郊で買い込んだ食料。缶詰15缶。


「オンリー?」「エブリデー?」

オンリーでエブリデーなのだ。
理由を尋ねられても、説明するのが難しいので「安いから」と答えたものの、食に対するこだわりがないというのが最大の理由かと。
けっこうなボリュームのある牛の缶詰が1ドルもせず、腹も満たされるし、調理の必要もないし、歩行の合間に食べるものとして非常に優れていた。ラーメンは簡単に作れるという事に尽きる。わざわざ歩行終了後に手の込んだものを作ろうなどと思わないのだ。

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<写真>
テントを張っていたら「寒いでしょ」と温かいスープなどを持って来てくれたロシア人一家。
ほんと泣きたくなりますね。スパシーバ。


もちろんたまに招かれた食事がこれらと比べられないくらい美味しかったというのは言うまでもない。何より久々に感じる家庭の温もりが心にしみた。
でも缶詰とラーメンに飽きるという事はなく、逆にウクライナで安い缶詰を見つける事ができずに嘆いた。ちなみにウクライナでは毎日サンドウィッチを作っていた。夕食はラーメン。


そんなグルメなわたくしはここトルコではドネルケバブを主食としている。

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凍傷を負った指は満足に動かせず、何か作ろうという気にならず、歩行中は昼も夜もドネルケバブを食べ続けた。


幸か不幸か、現在滞在している宿はキッチンが使用できない。
何が不幸って、毎日ラーメンなら安く済むものが、自炊をできないがために出費がかさむ事。ラーメン生活から解放され、まともなものを毎日食せる事はメリットに違いないのだけど。

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不幸にもこのドネルを食事中に目の前で思い切りゲロを吐かれるという災難に見舞われ、時折思い出したりもするのだが、相変わらずドネルケバブを主食としている。
缶詰にしてもラーメンにしても、このドネルにしても、同じものを毎日食べ続けても飽きないというのは、一種の特技ではなかろうかと最近は思う。


イスタンブールは海に面した街なだけあって魚介類は豊富。
到着翌日、真っ先に向かったのがここ。

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船上で焼かれるサバ、そしてそれをパンに挟んだサバサンド。
日本を思い出す懐かしいサバの風味、食感。7年前と変わらぬ味です。

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サバを焼く煙、そこから発せられる匂いに食欲は刺激され、サッカー観戦帰りはガラタ橋周辺で営業するサバサンド屋で食べる事が習慣となっている。


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トルコの庶民的な食堂はロカンタ。
トルコ語で書かれたメニューを渡される事はなく、パレットに入れられ、並べられた料理を指差し注文する。
ロカンタへはイスタンブールで2回、トルコ入国後計4回入ったのみ。
トルコ料理は世界三大料理の一つと言われるらしいのだけど、残念ながらそれを語れる程、トルコ料理を食べているわけではない。


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お気に入りの食堂も見つける事ができ、

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適当に何かつまみながら歩くという日々を過ごしている。


そうそう、先日は日本食を食べに出かけた。
日本出発以来、一度も口にする事のなかった日本食。
15ヶ月振りの日本食。

なんとか指は箸を持てるまでに回復するも、以前の様に器用に扱う事はできず、やや違和感がある。うどんの麺が箸の間からするりと落ち、ご飯はボロボロとこぼれ、トルコ人従業員に「フォークプリーズ」と声を掛けようかと一瞬考えたものの、大和魂で頑張りました。

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毎日缶詰やラーメンを食べ続け、決して味にうるさいわけでなく、たいていのものをうまいうまいと喜んで食べる人間なのだが、さらに15ヶ月振りの日本食、日本食に飢えていたにも関わらず、食後に残ったもやもや感。これは一体何なのか。

日本茶とうどんのだしは合格でした。

カシムパシャ 

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カシムパシャを一望できるここからの景色が好きで、何度か足を運んでいる。


洒落たカフェ、ファーストフード店が並ぶ通りから細い路地へと入っていくと景色は一変。

旅行者の多いスルタンアフメット、タキシム辺りからも十分に歩いていける距離にありながら、カメラを構えた旅行者と会う事も、すれ違う事もなく、生活感溢れるカシムパシャ。

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ややくすんだ色をした建物と建物との間にはロープが張られ、洗濯物が干されていたり、スルタンアフメットでは見る事のできないトルコ人の日常、感じることのできない匂いがここにはある。

美しい外観を持つモスクを見ながら、石畳の道を歩くのも悪くないけど、真上に洗濯物が干された細い路地をあてもなく歩くのも楽しく、ここを訪れる度に新たな景色、人と出会え、新たな発見がある。

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とっておきの場所とでも言おうか。
特別な場所とでも言おうか。

そんな場所です。

イスタンブール蹴球日記 

普段はおおらか、穏やかなトルコ人。
しかしサッカーの事となると熱くなる方が多いようで。

本日も相手サポーターと小競り合いがありまして、かなりの数の椅子が投げられておりました。投げられた椅子というのはスタジアムに固定されている椅子。
彼らはそれを無理矢理外してぶん投げます。10個くらいは投げられていたのを確認。

ただ、あらかじめそういった事が想定されていて、アウェイサポーターが陣取る場所は隔離というか、まず周囲にネットを張られ、さらにはホームサポーターとの間に上から下まで警察が2列で警備。

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こんな感じで。赤枠部分がアウェイエリア。

さすがに今日は盾を持った機動隊みたいな軍団が現れたのだが、怖いもの知らずのアンカラサポーターは機動隊にも攻撃。トルコのサポーター凄まじいです。
暴力は肯定できないけど、スタジアムの雰囲気など、この熱さは病みつきになります。

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このアウェイエリアを除けば残りは超満員のガラタサライサポーター。
選手がファウルを受ける度にブーイング、ファウルをとられなければ審判にブーイング、相手がボールを持てばブーイング。スタジアム中からブーイング。

ブーイングだけならまだしも、彼らは物を投げる。もちろんそれをたしなめる人が多数ではあるが、相手のコーナーキックの際にはライターやコインがピッチに投げ込まれる。
で、相手選手が審判に「蹴れないよ」と告げれば、「さっさと蹴れやヴォケ」とブーイングがスタジアム内から起き、また物が投げ込まれる。
ガラタサライの選手が「物を投げるな」と客席に向かってなだめる始末。

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ちなみにスタジアムに入る前は2度のボディチェックがある。
ジャケットのジッパーを下ろすように言われ、上から下まで、足首辺りまで入念なチェック。帽子の中までチェック。
このチェックでこれまで$1程の硬貨、ライター、ボールペンが没収された。そして今日また2つ目のライターが没収された。硬貨は靴の中に隠して持ち込んでいる。スタジアムに足を運ぶ度に没収されるのは困るのだ。

しかし、スタジアム内で何か買えばお釣りが硬貨で返ってくるわけで、この硬貨持込禁止にどれだけの効果があるというのか。没収されるのが嫌で隠し持っている人が大多数だろうし。

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さらにこの発炎筒をいかにしてスタジアム内に持ち込んでいるのかが謎。
あの厳しいチェックを毎度毎度どうやって通過しているのでしょうか。



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<写真>
先週のカシムパシャ-ブルサ。

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<写真>
入場しないつもりだったけど、なんかすごく楽しそうだったので急遽チケットを購入。

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<写真>
ブルササポからシミットをもらい買収され、

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<写真>
アウェイ・ブルサ側へ。カシムパシャの皆さんごめんなさい。
この写真の人達楽しそうでしょ?とても楽しかった。
かなりの人数がいて、ホームジャクしていた。
熱いのはイスタンブール3大チームだけでない。

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<写真>
ベシクタシュへ移動。連戦です。
ホステルスタッフはベシクタシュ派らしい。

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<写真>
コーナーフラッグもベシクタシュカラー。
ロドリゴ・タバタっていう日系ブラジル人が所属しているが、出場せず。

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イスタンブール馬券日記 

突然ですが、馬好きです。


海外にいて馬券を買えない環境であってもG1レースは動画をチェックし、武豊がリーディングを逃した事をルーマニアにて嘆き、ここイスタンブールでもウオッカにお疲れ様とつぶやき、日本競馬の動向は常にチェック。好きな馬はスペシャルウィークです。


イスラム圏はギャンブルが禁止され、ドバイの競馬では馬券は販売されない。
ちなみに某イスラム国で有馬記念の結果をチェックしようとしたところ、サイトにアクセスできなかったという経験あり。それくらい厳しいのである。


ここトルコもイスラム国。

そんなトルコにおけるギャンブル事情はと言うと、場外馬券売り場もあれば、サッカーくじを買う事もできる。
チャイを飲みながら、オッズの書かれた新聞を睨み、どれに賭けようかと思案している人の姿も見かけるくらい。
3月3日に会った人はこの日の日本-バーレーン戦で日本の勝ちに賭けたと教えてくれた。オッズはブックメーカーが定め、日本の勝ちは1.2倍程度だったと思う。「他にもイラン、香港などに賭けたんだ」と彼は言った。
日本は勝ち、何とか面目は保てたけど、この日のトルコ-ホンジュラス戦、トルコ人のくせに彼はホンジュラスに賭けたと言っていた。ご愁傷様です。
とまあ、ギャンブルに関しては他のイスラム国と比べれば寛容であると言える。


イスタンブール到着後、場外馬券売り場を発見。
すぐさま中へ入り、今後の開催日程をチェックした。
過去2週間の開催日は天候に恵まれず、競馬場へ行くのを見合わせたものの、本日ようやく競馬場へ足を運ぶ事ができた。

海外での競馬は2003年の凱旋門賞以来2度目。

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ヴェリフェンディ競馬場の入場料は2TL。女性はなぜか1TL。
T.J.Kはトルコジョッキークラブの略。

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競馬新聞も何種類かあり、1部購入する。0.75TL。
競馬新聞と言っても日本の様な何ページもあるようなものでなく、1枚の紙のみです。
そこに本日開催9レースの出馬表、ほとんど理解できないデータがあるくらい。
日本の様に◎○×の様な予想印はなし。

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競馬場に着いたのは2レース発走前。
競馬新聞によると16:15から20:30まで9レースあるらしい。
そうなんです。ナイター競馬なのです。

最も賞金が高いレースが本日のメインか。
第7レースで44000TL。日本円で300万円にも満たない額。
ちなみにJRAだと最も賞金の少ない未勝利戦でさえ400万円くらいはあります。

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投票用紙は日本と同じくマークカードを塗りつぶすもの。
開催地、レース番号、購入金額の部分はなんとか理解できたが、トルコ語なのでそれ以外はさっぱり分からぬ。
凱旋門賞だと立派なレースプログラムがあって、発売券種の説明も英語で書かれていて、さすがフランスという感じだったけど、そんなもの一切ありません。

どのような券種が発売されているのかと、近くにいたトルコ人から指南を受け、とりあえず1着の馬を当てる単勝が「G」である事が判明する。

新聞を読んだところで理解できるのは斤量や過去の距離別タイムくらい。
前走の結果さえも分からない。

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分からない事だらけなので、この方の馬券を見せてもらい、同じやつを買うから、マークしてくれとお願いする。どういった種類の馬券かも分からぬまま、記入してもらったマークカードを持って券売所へ。

そして渡されたのがこれ。

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まさかの7連単(1着から7着までを当てるもの)。

3連単でさえ当たる気がしないのに、7連単って・・・。
3,4,5,7連単があり、なぜか6連単はない。
この馬券を見る限り1点買いではないのだけど、1.2TLと激安。
多点買いで1.2TLなら1点買いならいくらなのか。
ますますトルコ競馬の仕組みが分からなくなった。

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こちらの競馬にも当然ながらパドックはある。
見ていて気に入ったのがこの馬。BOY BEYI。
落ち着いていて、気合が入っているようで、艶も良く、

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単勝(1TL)を追加購入。

2番人気に支持され、期待もしていたのだが、いいところなく馬群に沈む。
7連単も当然撃沈。

当初は20ユーロくらいの予算で遊ぼうと考えていたものの、その後もう1レースに賭けただけで馬券購入は終了。

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競馬新聞の解読に疲れ、早々にリタイア。
競馬場内では、いくつかのトルコ料理など食べる事ができ、ビールを飲む。

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日本の競馬場の様に人で溢れているというわけでなく、ゆったりとしたスペースでビールやチャイを片手に競馬新聞と睨めっこ。
トルコ人の馬券をのぞいてみると7連単を購入している人が多かった。

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馬券購入を放棄した後は、パドックを見たり、レースを見たり。
馬ってやっぱかわいいです。

ターフを駆け抜ける馬を見たかったので、芝のレースがなかったのが残念。
そんなわけで、最終までいるつもりだったけど、7レース前にさようなら。

3.2TL(約$2)のマイナスでした。

いま、会ってきました 

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約7年振りの再会。

ご夫婦にはお子さんができ、奥さんは基本的に家にいるらしく、お会いする事はできなかったものの、トルコ人の旦那ファティさんとお会いし、写真を渡す事ができた。

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覚えていてくれてありがとう。
チャイを飲みながら、当時の話などで盛り上がり、色々な事がよみがえってきました。

あの時は宿でグータラ、行動範囲も極めて狭く、堕落した日々を過ごしていたようにも思えるけど、幸せな毎日でした。毎日夕食の材料の買出しに行き、皆で夕食を作り、洗い物係を決めるじゃんけんをして、適当に過ごし、馬鹿馬鹿しく、くだらない事が多かったけど、あれから7年経った今となっては“なんでもないような事が幸せだったと思う”と、ロードの歌詞に激しく共感できるのです。
この日々を大切に思っているからこそ、未だに当時宿で共に過ごした面々とつながっているのだと思う。


ファティさんは7年前から日本語は話せたが、さらに上達していた。
相手がトルコ人だからと意識してゆっくり話すでもなく、日本人と話すのと同じ様に会話。
奥さんの近況、変わりはないか尋ねてみれば、7年前の写真を見ながら、「この時よりまるくなった」と。
イスタンブールに日本語を話すトルコ人は数え切れないが、「太った」でなく「まるくなった」と表現できる人間がどれだけいようか。これって何気にすごいと思う。

一応、相手が女性なので断っておきますが、「まるくなった」と言ったのはファティさんです。ぼくじゃありません。


お子さんは4歳にしてバイリンガル。
ファティさんとはトルコ語で、奥さんとは日本語で話すのだとか。
また当時よく宿に来ていたお父さんもお元気との事で、ファティ一家の近況を知る事ができた。

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別れ際、7年振りにファティさんを撮影。

「また7年後に持って来て」とのファティさんの言葉に思わず笑った。

でも、メールでも郵便でもなく、またいつかイスタンブールを訪れ、近況報告と共に写真を手渡せたらと、そんな事を強く思うのです。