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ALKINIST -あるきにすと- クロアチア

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Split-Slovenia 

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目指すはスロベニア国境近くに位置するリエカ。

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「ドブロブニク、スプリット手前、そして今回。あなたを見るのは3度目なの」と、オランダ人夫婦が話しかけてきた。

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ドイツ人やハンガリー人など、何度かキャンピングカーが停まった。

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差し入れをくれたミラン、トニ兄弟。
彼ら以外にもたくさんの出会いがあった。

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色々とお世話になったカフェ。

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コソボやボスニアならまだしも、まさかクロアチアでこんなものを目にするとは思ってもいなかった。地雷注意の看板が広範囲に渡って設置。
旅行者が多く集まるアドリア海沿岸の町からは紛争があった事など微塵も感じられないが、こういう現実がある。

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人気のない場所などでなく、道路沿い、町や畑といった人々の生活圏のすぐ側にある地雷未撤去地帯。

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紛争犠牲者の碑。
名前、生年、没年が刻まれ、没年は皆1992年。
20年近く前の出来事だけど、まだ20年弱しか経っていないのだと改めて気付く。
碑の後ろには、ここにも地雷注意の赤い看板。

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地雷注意の看板を見た後、茂みの中にテントを張るのは怖い。
恐る恐る足を踏み入れ、設営。

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クロアチアの高速道路は歩行可能。

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イギリス人、名前は忘れた。
これまで出会ったサイクリストと同じく、1日の走行距離は150キロだとか。
同じ人力とは思えないほどの機動力の差がある。
あっという間に背中が小さくなった。

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廃墟で雨宿り。

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自動車道侵入。

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スロベニアへ。

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スロベニアは30キロ歩いただけなのだが、職務質問は3度。
5ヶ月歩いた中国も同じく職質3度。
いかにスロベニア警察が職務を全うしているかよく分かるかと思います。

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Split 

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アドリア海沿いの道を歩いているとツアーバスとよくすれ違い、その際、ドライバー横に座っているガイドが「こいつは一体何者だ」とでも思っているのか、ポカーンと口を開けてこちらを凝視する。時には手を振ってくれたりもするのだけど、そんな反応を見るのが楽しい。

スプリットの海辺を散歩していると、道脇に数台のバスが停車していて、ふと目をやれば、我が日本国からのツアーバス。

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スプリットへ至るまでの5日間でも何度かJTBなんかのツアーバスを目にしたのだけど、ガンガンガンガンと4台もの日本人ツアーバスが停車していた。それぞれ異なるツアー会社。

何があるのか全く知らぬままやって来たスプリット。

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どうやら普通に観光地なようです。



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レストランとか怖くて入れないんで、今後しばらくの食料を買い込む。20ユーロ弱。

Croatia 

途中ボスニア領も通過して、5日程このクロアチアという国を歩いているのだけど、たいしてネタもないので時速5キロから感じるクロアチアについて書いてみます。

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モンテネグロから入国し、まず感じたのが路上、道脇にゴミが落ちていないという点。
これまで歩いてきた国々の中で際立っている。                 
ゴミ箱もよく目にし、分別できるように色分けされて設置。
至る所ゴミで溢れていた中国ではゴミ箱にゴミを捨てる人を見て、「おおっ」と唸り、奇跡を感じ、「聖人に違いない」なんて思ったりもしたけど、クロアチア人の大半は聖人な様です。

動物の轢死体も一度目にしただけで、何台もの車に踏まれ、潰れたようなものはなく、迅速に処理されているものと思われる。
ライダーやキャンピングカーも多く、カーブの多い道だし、そういった事は当然なのだけど、これまで歩いてきた国々が悲惨だっただけに、尚更素晴らしく思える。


一番の驚きは、商店などでの会計時、「ファーラ(ありがとう)」と声を掛けられる事。
そういえば、以前日本で働いていたというルーマニア人も日本の素晴らしい事の一つに、店に入る度に「いらっしゃいませ」「ありがとうございました」と声を掛けられる事を挙げていた。
「ルーマニアでは一部の高級店、高級レストランでしかそんな事言わないと」と。
これについては、今ものすごく共感。こういった日本の文化をとても誇らしく思う。

逆に水の補給をさせてもらう際、「ファーラ」と感謝の気持ちを伝えると、よく分からないけど、恐らく「どういたしまして」とそんな言葉がいつも返ってくる。
挨拶って大事ですね。

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一言で言えば、すごくまともな国。日本並みのモラルがあります。
物価も跳ね上がり、2リットルペプシが最安で1.5ユーロ、2ユーロ以上で売ってる店も多い(ちなみにモンテネグロは0.7ユーロ)。旅行者も多く、治安も良いと思います。

まともで、モラルが高くて、
アドリア海に沿った道からの景色は確かに美しいものの、でも何て言うか、それだけです。
満足もしているし、楽しんでもいる。
しかし、まとも過ぎる事につまらなさを感じてもいます。
ただ景色のいい道を歩いているだけでは何も得られません。



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ドブロブニクが見えてきた。

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道路からはこんな感じで見える。

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ドブロブニク旧市街。

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海辺にテント。

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ボスニアは3時間の歩行。

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「写真を撮らせてくれ」とフランス人。
ずいぶんとラフな服装です。裸の大将みたい。

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景色は素晴らしい。
けどモンテネグロから400キロも海沿いを歩き、そろそろ飽きてきた。
あと400キロ弱海沿いの道が続きます。

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ご覧の通り、路肩は狭い。
カーブが多く、見通しは悪く、バスなど大型車も頻繁に走る。
景色に関してはカザフ・新疆の無人地帯とは異なった素晴らしさで、それらと同等の評価。路面状況も悪くないです。ただ、このカーブの多さ、事故に巻き込まれる危険性という意味では最悪の道だと思います。

出会った人達 

モンテネグロ辺りからライダーの姿を頻繁に目にするようになったのだけど、このアドリア海沿岸を走るライダー、キャンピングカーの数が凄まじい。毎日数十台ものバイク、キャンピングカーなどを目にしている。大袈裟に言っているわけではなく、毎日数十台。
フランス、ドイツのナンバーを付けたものが多く、イタリア、チェコ、オランダ、スイス、オーストリアなどがそれに続く感じ。

これらヨーロッパ諸国の人達が簡単に遊びに来れる所まで来てしまったんだなと、そんな事を思う。


以下出会った人達。

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ドイツ人のグループ。
東京生まれの人もいて、グミをいただいた。
すでに昼を過ぎていた頃だと思うのだけど、「今日はコトルに泊まるの?」と尋ねれば、「アルバニアへ行く」との事。バイク速過ぎです。

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イギリス人ジェームスとエミリー。
雨が強まり、道脇でレインジャケットを取り出しているところ、彼らも同じく道脇に停車した。
これからトルコへ、中央アジアを経て中国、パキスタンへ向かい、シンガポールを目指しているらしい。
以前カザフスタンで会ったティファニーの事もご存知でした。
たまたまカザフスタンで出会ったティファニーの事をたまたまモンテネグロで出会った彼らが知っているなんて狭い世の中だと思います。

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ハンガリー人のご夫婦。
サンドウィッチ、オレンジなどを差し入れてくれた。
手作りサンドウィッチは本当に美味しかったです。
彼らの様に普通車で旅行している人も多い。

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親日イタリア人ジョセッペ。
彼はベスパで旅している。
一日の走行距離は200~250キロとの事。

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