ブックマーク
ALKINIST -あるきにすと- USA

国境で待ち受けていたもの 

IMGP9766_convert_20101104085734.jpg

国境が近付いている。

この先を左折、そのまま30キロも進めば、そこはカナダ。
フィラデルフィアを出た時は遥か彼方だったカナダはもう目の前。

思えばいつもこんな感じ。
出発時こそ遥か先と思われた場所も一歩一歩、足跡を刻んでいけばいつの間にか目指していた場所に着いている。
ユーラシア大陸横断にしても580日、16000キロとそんな数字を見れば大きいなとも思えるのだけど、イマイチ実感がわかないのは、一歩一歩をただひたすら繰り返してるだけでしかないからかな。

少しずつ暗くなり、歩ける距離も知れているけど、少しでも距離を縮めておきたく、一歩一歩、いつも通りの事ではあるけど、さらにペースを上げて進む。

IMGP9764_convert_20101104085705.jpg

そんな時に歩行停止を指示し、パスポートの提示を求めたのがこの車。
車体には「BORDER PATOROL」の文字、やって来たのは防弾チョッキを着用し、腰に銃や手錠を装備した男。

「どこへ向かっているのか?」

簡単な職務質問を受けた後、

「この車の写真を撮ってもいい?」「もちろん」

勝手に写真を撮って捕まるなんて絶対に勘弁してほしいので、慎重に彼の許可をいただく。
米国って警官に触っただけで公務執行妨害になるような国なのです。慎重に、慎重に。

そんな心配は結局のところ無用で、写真を撮り合い、メールアドレスまで交換してフレンドリーな彼と別れた。

IMGP9775_convert_20101104091542.jpg

この日のうちに国境へ辿り着くのは不可能で、薄暗くなった頃、歩行を終え、林の中、濡れたテントで米国最後の夜を過ごした。

IMGP9776_convert_20101104090130.jpg

翌朝、再び現れたBORDER PATOROL。
「昨日も別の職員にパスポート見せたけど」
とりあえずそう伝えるも、無線で本部にパスポート番号やらを伝える。
すぐに解放されるも、リヤカー引いて歩く姿ってそんなに怪しいのかと。
多分怪しい。

IMGP9795_convert_20101104090140.jpg

国境までの距離は20数キロ。
いつもは全く気にならないけど、目指していた場所に近付けば近付く程、時間とか距離とかが気になって気になって、何度も時間を確認したり、いつも以上に遠く感じられた20数キロだった。

両国の間を流れる川が国境の役割を果たしていて、そこには橋が架かっていた。
橋の手前には小さな建物があって、時折通過する車はその横を通り、橋を渡っている。
ここで出国スタンプあるいはパスポートの提示が必要なのだなと思い、リヤカーを近くに置き、建物へ向かった。

国境施設と思われたその小さな建物は実はただの料金所で、男と女、2人の職員がここを通過する車から料金を徴収していた。当然パスポートの提示も必要ない。
何気なく「歩いて渡っていい?」そう尋ねた時、料金所の男は何をしゃべるでもなく、無言で橋の手前に立てられた標識を指差した。

IMGP9799_convert_20101104091257.jpg

IMGP97991_convert_20101104090934.jpg

・・・・・。

なるほど 

なかなかシュラフから出る事ができない。
体をシュラフの中に入れたまま、テントのジッパーを下ろせば、一瞬で眠気を吹き飛ばせてくれるようなひんやりとした空気が入ってくる。
テントから顔だけ出して、空模様をうかがえば、まだ暗い6時半、満天の星空が空一面に広がっていた。

「今日は晴れだ」

そう確信し、テントを片付け、まだ薄暗い中、歩行を開始する。
意気揚々と出発したものの、あれだけ星がきれいに見えたはずの空は次第に怪しげなどんよりとした雲に覆われ始め、パラパラと雨が降り始め、その後は雪へと変化。

IMGP9747_convert_20101104080254.jpg

この写真では分かりにくいのだが、この辺りかなり吹雪いていた。


雨、雨、雪。

3日連続の悪天候。
こんなにも天候に悩まされた事はこれまであっただろうか。

雨や雪に打たれる毎日。
毎日のように体を濡らし、いつの間にか風邪をひいて「ゴホゴホ」と咳をしながら歩いて、雨や霜で濡れたままのテントに横になる日々。

2日目だったか、すぐに止むだろうと思った雨は全く止む事はなく、すでに体は濡れているし、今更レインウェアを着用したところで意味はないと、そのまま冷たい雨に体を震わせて歩いていたのだけど、なんかずいぶんと楽しく感じられて。

延々と続く山道、延々と降り続ける雨。

楽しい要素なんて何一つないのだけど、灰色の空から落ちてくる雨を顔に受けながら、「楽しいな」とそう思ったのです。

それは、

IMGP9728_convert_20101104075920.jpg

百数十キロ手前の町で初めてカナダへの標識が現れたからでも、

IMGP9738_convert_20101104075954.jpg

国境まで50マイルに迫ったからでもなく、
なんなんだ、なんでこんなに楽しいんだと、考え続け、思い出したのがこの言葉。

IMGP9929_convert_20101104080436.jpg

全力投球で自分のやりたいことやることは楽しい事である

初めてこの言葉を見た時の感想っていうのは「そんなん当たり前じゃねーか」というものだったけど、激しい雨が吹きつける中、この言葉を自分なりに解釈できた気がします。

カザフスタンの無人地帯で車輪がダメになった時、ブルガリアで凍傷を負った時、アルバニアの山々に苦しんだ時、飽きっぽく何かとあきらめがちな自分がそれでも歩き続けてきたのは執念であり信念だと思ってたけど、なるほどこういう事かと。

シンプルだけど実に深い言葉だと思います。

別れの朝 

慌しく出発準備をしていると、次男のアーソンがやって来て、粘土で作ったカップをくれた。
「気持ちはありがたいけどこれを持ち歩くのもなんだかな」
そんな事を思いながら、困った表情を母・メリッサに向けていると、彼女は気持ちを察してくれたのか、カップを持って去っていった。
しばらくして戻ってきた彼女は、梱包してくれたものを渡してくれ、「割れるから」とかそんな風に断る事ができない雰囲気になってしまった。
忘れたフリをしてどこかへ置いていくのもできず、衝撃が少ない所にカップを入れる。


まだ薄暗い中、スクールバスで学校へ向かう子供達を見送った。
子供達3人と握手して、ハグをしてお別れ。
6才の末娘・ビアータは泣いていた。
お世話になった人との別れは苦手です。
別れ際の涙も好きではない。
けど、別れ際、こうして涙を見せてくれた事に寂しさを感じるのと同時に嬉しく思ったのも確かなわけで。
わずか5日の滞在だったけど、いい家族と出会えたなと思いながら、スクールバスが見えなくなるまで手を振った。


「It's beautiful day」
天気予報をチェックしたお父さん・ジェミーはそう言った。
気温も高いし、天気も良いし、歩行日和だと。

「またどこかで手紙を書きますから」
互いの住所交換もした。


お母さんからは、「昼食時に食べなさい」とサンドウィッチなどを渡され、ジェミーからはカナダドルに米ドル、お餞別をいただいた。
初雪が舞う寒い朝、彼が車を停め、声をかけ、マグカップに入った紅茶を差し入れてくれたのが始まりだった。素敵な家族と出会うきっかけを与えてくれた事に心から感謝する。

そして出勤時、別れの時、涙を流すジェミー。
6才のビアータはともかく、40過ぎたジェミーに泣かれるとは思ってもいませんでした。
「君と過ごした時間はカーティス家の宝物だ」
涙と共にそんな風に言っていただけて、ぼくは何を思えば良いのでしょうか。
ほんと幸せものです。

「本当に素晴らしい経験をありがとう」

心からの感謝を伝え、
「またメールなり手紙を書くから」と、
「またいつでも会えるさ」と、
手を振りながら彼の車を見送った。
車が見えなくなる頃、ブーっと彼の車のクラクションが鳴り響いた。


ここまでしておいて未だにカーティス家にいて、6泊目を迎えてしまったなんて口が裂けても言えません。



IMGP9699_convert_20101028084247.jpg

一応いつでも出れる状態。

出る出る詐欺 

当初は一晩だけのつもりでした。いやこれ本当に。
雪舞う寒い中、ご主人からの電話を受け、わざわざぼくを拾いに来てくれ、久々にシャワーを浴びさせてくれ、洗濯もしてくれ、メールチェックもさせてくれ、美味しいお寿司をご馳走してくれ、その翌日から歩くつもりでした。

土曜日の朝食時だったか、「もう1泊する?」とお父さんのジェミーに尋ねられ、あまりに居心地が良く「ぜひ」と即答。
日曜日は、「ハロウィンのカボチャをペインティングしたりするけど一緒にどう?」と尋ねられ、「ぜひ」と即答。
月曜日は、お母さんのメリッサに「子供達の学校の先生があなたの話を聞きたがっているけど、どう?」と尋ねられ、「ぜひ」と即答。

さすがに今日は出ようと思っていたのだけど、「今日出発する?それとももう1泊する?」と尋ねられ、少し考え、いや考えた振りをして「もう1泊お願いします」と。
実をいうと7時頃に起床も、数分前にスクールバスで学校へ行った子供達とお別れができなかったのです。
あと10分早く起きていれば、あるいは昨夜のうちにお別れを済ませておけば、迷う事なく出発できたのだけど、でもしょうがない理由なのです。もう1泊延泊するための口実のような気がしなくもないのですが、でもやっぱり彼らとお別れをしてから出発したいなと。

明日は子供達が学校へ行くのと同時に歩き始めます。
「雨だけどどうする?」なんて聞かれない限りは。



IMGP9690_convert_20101027011359.jpgIMGP9689_convert_20101027011529.jpg
<写真>
カーティス家。

IMGP9684_convert_20101027004339.jpg
<写真>
学校。

こんな毎日 

IMGP9560_convert_20101026222131.jpg

歩行再開後は街を避け、小さな町や村が点在する山中、赤や黄色に染まった山の中をひたすら歩いている。

IMGP9575_convert_20101026222939.jpg

霧深い朝も、

IMGP9623_convert_20101026223306.jpg

雨の日も、

IMGP9541_convert_20101026224257.jpg

長い上り坂も、

ただひたすら歩き続けている。


最初の数日こそ、昼を過ぎてからの疲労に苦しみ、全くペースが上がらなかったのだけど、ユーラシア大陸を歩き抜いた足なだけあって、いつものペースを取り戻すのにそれ程時間はかからず、すぐにいつも通りのペースに戻った。
自分の足はどうにでもできるけど、さすがに日照時間を延ばすなんて事はできるはずもなく、春や夏に比べ早くなっていく日没時刻に合わせ、歩行を終える毎日。


毎日、陽が西に傾くにつれ、今晩のテント設営について考え始める。
これはアメリカに限らず、ユーラシアでもずっと同じ。

「歩行中何を考えているのか」と尋ねられる事が何度かあるのだけど、そんなたいした事を日々考えているわけではなく、いつも答えに困り、んーと色々と思考を巡らすのだが、なかなか答える事ができない。
一人でしりとりをしているとか、絶対に答えたくない。
思考をめぐらせた結果、「日没が近付くにつれ前のテント設営、寝床の確保にいつも頭を悩ませる」と答えるのだが、やはりこれに尽きるなと今は思う。

IMGP9750_convert_20101106133208.jpg

山の中ならテントを設営するのも余裕だと当初は考えていたけど、このアメリカの田舎の山って私有地がとても多く、「POSTED」と立ち入りを禁止する看板がいたる所に立てられている。
アジアや欧州なら文字を読めない事をいい事に勝手に侵入し、山や畑にテントを張り放題だったけど、さすがにアメリカの立ち入り禁止区域でテントを張ろうとは思えないのです。
これまで堂々と目立つ所にテントを設営する事もあったけど、これもまた絶対に避けたい。

銃社会アメリカ。
大袈裟だけど、どんな些細な事であっても揉め事を起こさず、慎重に歩きたいなと。
自分の身は自分で守るしかないのです。
こんな事は常々頭の中に入れておくべき事だけど、初心に帰るというのか、アメリカへ来て、今一度、より強くそんな事を思う。

IMGP9469_convert_20101026224739.jpg

テント設営地が見つからず、暗くなるまで歩いていると、声をかけてきたおばちゃん。
彼女に「ここにテントを張っても大丈夫?」と立ち入り禁止の看板の先を指差し、尋ねてみる。
「Maybe」
多分という曖昧な返答だったけど、こんな返答でも心強い。

また別の日は「NO HUNTING」の看板を「YES CAMPING」と勝手に解釈してみたり、どうしようもなく立ち入り禁止の茂みの中にテントを設営したり。

ちょうど日没頃、嫌なタイミングで到着したHuncockという町。
町の手前で歩行を終えたく、テント設営に適した場所を探すも見つからず、町へ入ってしまった。どんどんと暗くなっていく中、テント設営地を探し、歩き続けるのは避けたいところ。
久々の窮地であったけど、この日3度目の遭遇、差し入れを持ってやって来たカトリーナにテント設営地について尋ねてみると、

「この先に橋があるからその下にテントを張りなさい」と彼女。
「そこは安全なの?」「イエス」
「でも」と彼女は続け、「若者に気をつけなさい」と言った。

気をつけなさいと言われても、どう気をつければよいのか?
安全なのか危ないのかよく分からぬ答えだったけど、ここにテントを張る以外に選択肢などなく、

IMGP9568_convert_20101026224202.jpg

デラウェア川に架かる橋の下にテントを張る。
熊の心配のない場所だったけど、万一に備え、ベアスプレーを枕元に置いて眠る。
しかしながら、幸いな事に夏ならまだしも、こんな寒空の下、ビール瓶を片手に橋の下でタバコをふかすような気丈な不良少年などおらず、無事に朝を迎える事ができた。


「熊よ出てくるな、無事に朝を迎えたい」

そんな事を祈るのも1度や2度ではない。
熊の事は別にしても、ユーラシアでも何度も祈った。
祈りが通じ、熊にも人にも襲われず無事に迎える朝。
色々な事に感謝して、また歩き始めて、日没前に頭を悩ませて、長い夜を迎える。
こんな毎日です。

カーティス家での日々 

雪が舞う寒い日に声をかけていただき、始まったカーティス家での日々。
当初は一晩だけのつもりだったけれど、現在3泊目。

とても温かい家。
野営生活が続き、久々に屋根・壁のある家へ招かれれば、外との温度差、家の温もり、ありがたさを感じる。
熊の心配をする必要もなく、ベアスプレーを枕元に置く必要もない。
何よりこのカーティス家の家族の温もりがたまらなく居心地がいい。

特に何をするでもなく、家の子供達のホッケーの練習についていったり、買い物へ行ったり、教会へ行ったり、子供達と庭で遊んだり、彼らの日常を一緒に過ごさせていただいている。お寿司もごちそうになった。

ご一緒させていただいた教会ではたくさんの方から激励され、カンパをいただきました。
決して小さな額ではなく、「こんなに受け取れません」と断ったものの、皆の気持ちだからと、頑張って、気をつけて歩きなさいと言われ、最終的には受け取らせていただく。
歩行再開後、これまでも色々な方からカンパをいただいたのだけど、基本的に山の中を歩いているので、お金を使う場所はほとんどないのですが、大切に使わせていただきます。
本当にありがとう。


今の時期、アメリカを歩いてよく目にするのが玄関に飾られたハロウィンの飾り。

IMGP9658_convert_20101025095826.jpg

カーティス家でも今日、大きなカボチャを5つ買い、カボチャをくり貫き、ハロウィンの飾り付けをする。

IMGP9678_convert_20101025095748.jpg

わずか数日ではあるけれど、ここでの日々も忘れられないものになりそうです。
この家の子達、ほんと大好きです。

人を信じるという事 

「ここまで自分の力で歩いてきたのだから優れた感、本能を持っているのでしょう。それを信じて、「危ないな」と感じたら、良さそうな人でも、信用しない様に」

歩行再開前にある方からいくつかのアドバイスをいただいた。
その一つがこんな感じのアドバイスだった。

確かにここまで21カ国を歩いてきて、時速5キロという人間的なスピードで旅行者の訪れないような小さな町や村を歩き抜けてきて、たくさんの人と出会ってきて、普通の人よりはそういった優れた感を持っているのかもしれません。
何が怪しくて危ないかっていうのを言葉で説明するのはとても難しいのだけれど。
やはりその時々の感であり本能なのだと思う。


その感、本能でいうならば、ジェシーは限りなくグレーに近かった。
のどかなアメリカの田舎を歩いていると後方からクラクションを鳴らされ、興奮気味に車から降りてやって来たジェシー。
この日掲載された自分の記事を読み、2時間探し続けたんだと教えてくれた。

そして彼と出会って5秒もしないうちに「泊まりにこいよ」と。
こちらが「イエス」とも「ノー」とも答える前から「何泊する?2泊、3泊、1週間でもノープロブレムだ」と彼のペースに乗せられていた。

「17年前日本に5年間住んでいたんだ」
「アイアムナイスガイ、ノープロブレム」

彼の口からはどんどんと言葉が飛んでくる。

またここまで送り届けてくれるというジェシーの車に荷物を載せ、リヤカーをすぐ側の家に預かってもらい、彼の誘いに応じたのは、彼が信頼できると判断したからではなく、単純に雨が降りそうだったから。会う人皆から「これから雨だよ」と教えられていて、雨の中歩きたくなく、テントを張りたくなかったから。


彼の家へ車を走らせ始めてから、

「俺はノーアルバイト、無職だ」
「妻も子もいない、一人暮らしだ」

無職・独身という怪しい言葉を聞かされる。
無職・独身は同じなのであまり人の事は言えないのだけど、やっぱ怪しく思います。
ちゃんと働いて、世帯を持ってというステータスって大事ですね。

日本で5年間、英語教師、商社、英語雑誌を作る会社で働いていたと彼は言ったけど、本当は偽造テレカでも売ってたんじゃないのと彼を疑い、「本当に大丈夫なのか」とそんな事を思い始め、少しばかりの後悔も。
本能や感に従うならば、ついていってはいけない人だった。


日本で5年間働き、そのお金で買ったという彼の家。
「スコシオオキイ」日本語で彼はそう言った。

IMGP9406_convert_20101025055432.jpg

ジェシー宅に到着。
田舎の家の大半は広い庭を持ち、入口から家が見えないなんて事はよくある話。

でもなジェシー。
これは「少し大きい」じゃなくて「とても大きい」と言うのだよ。

IMGP9403_convert_20101025055030.jpg
IMGP9432_convert_20101025060351.jpg
IMGP9435_convert_20101025060450.jpg

とても広いリビングルーム、プールにジャグジー、バー。
とにかく広い、でかい。
なんでトイレ・シャワールームが4つもあるのか?

IMGP9401_convert_20101025054803.jpg

与えられたゲストルームもこんな感じ。

念のため確認しときますけど、48歳無職独身の一人住まいです。
日本で稼いだ金でこの家を買った彼曰く「Thank you Japan」との事。
しかし無職なのにどうやって生計を立てているのか。
疑問を彼にぶつけてみれば、曖昧な答えしか返ってこず、彼が何者なのか分からぬままだった。


2晩お世話になったジェシー宅。
不安や暗夜懸念は杞憂に終わり、彼を通じてたくさんの人達と出会う事ができた。

「君はいいゲストだった」

一緒にジャグジーに浸かりながら彼が言った言葉。
何を求めるでもなく、ただリラックスする事のみを求め、何かを見るとかよりも、より多くの人に会いたいと言った事が彼にとっては嬉しかったようで。

いやいやジェシー、最初は疑ってばかりだったけど、あなたもいいホストでした。
疑ってごめんなさい。本当にありがとう。

人を信じるという事、見抜くという事、なかなか難しいです。



IMGP9422_convert_20101025085954.jpg
<写真>
ジェシーの友人の画家。

IMGP9356_convert_20101025081810_20101025085605.jpg
<写真>
道を尋ねたら家に招いてごちそうしてくれたニュージャージーの家族。

IMGP9384_convert_20101025085914.jpg
<写真>
シャワーを浴びさせてくれたマーケットのマダム。

IMGP9391_convert_20101025082318.jpg
IMGP9443_convert_20101025090504.jpg
<写真>
掲載された新聞を読み、食料やら水やらを与えてくれたり、食事に招いてくれたり。
全てをここに掲載しきれないくらいにとにかく米国人にはお世話になりまくってます。
こんなにももてなされるとは思っていませんでした。

IMGP9561_convert_20101025090706.jpg
<写真>
この日3度声をかけてくれたカトリーナ。
面白いおばちゃんだった。