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ALKINIST -あるきにすと- カナダ

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ありがとう、北米 

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オーストラリアへ向かう準備は整った。
北米からの便は23キロの荷物を2つ預ける事ができるので超過料金はかからないはず。
ポルトガルからアメリカへ渡った時より荷物は軽い。


さて、2010年8月に米国へ渡り、始まった北米での日々も終わりです。
なんだかんだで1年2ヶ月もいてしまいました。

特にカナダ。
カナダに入国したのは紅葉の見ごろが終わりつつあった昨年11月1日。
トロントで厳しい冬を過ごし、暖かな春を迎え、歩行を再開したのが初夏の6月8日。
トロントから4ヶ月かけてバンクーバーまで歩いているうちに、季節は巡り夏から秋へ。
気が付けばカナダで2度目の秋を迎えていた。昨年11月1日の入国から滞在する事約1年。ようやくサヨウナラです。


フィラデルフィアで6週間もお世話になったヴァレリーファミリー、ありがとう。
フィラデルフィアやオタワ、トロントで会った皆さんもありがとう。
悪天候や厳しい歩行環境の中、家に招いてくれ、救いの手を差し伸べてくれた皆さん、ありがとう。
歩行中、「頑張れ」とクラクションを鳴らしてくれたトラックドライバーもありがとう。
話しかけてくれ、差し入れをくれた皆さんもありがとう。
クリスとマルゴ、ありがとう。

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みんなありがとう。

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Panorama Ridge 

6時20分。

部屋が突然灯され、目を覚ます。
「起きろ」とクリス隊長。

なぜ突然明かりが灯されたのか、頭がうまく働かなかったけれど、ああそうだ今日はクリス達と山へ行く約束をしていたのだと出発準備を始めた。
リビングへ行くとコーヒーがすでに用意され、ちょうどトーストが焼きあがったところだった。
トーストにジャムを塗り、コーヒーで胃袋に流し込んだ。

ぼくはもうすぐオーストラリアへ、冬の間はニュージーランドで過ごすカスリンも来週バンクーバーを発つのだとか。
5月から半年を北半球のバンクーバー、冬が来る前に南半球のクライストチャーチへ行きそこで半年過ごすという大橋巨泉の様な生活を彼女は送っている。
また来春カスリンは戻ってくるけど、皆がバラバラになるのでという事で山へ行こうという話しになったのだった。


とても良い景色だったので何枚か写真を載せておきます。



歩行開始時はごく普通のトレイル。

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少しずつ白くなり始めた。

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気が付けば周囲は真っ白、深い雪。
靴底に穴が開いているので、思い切り水が浸透、ソックスは濡れた。

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クリスが先頭、そしてカスリンが2番手。
誰の足跡もない新雪を彼らは踏み込んでいく。
ぼくは彼らの足跡を追っていくだけなので彼らに比べれば楽なものだった。ポールは持ってなかったけど。

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ところどころ深い場所あり。

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青空の下、雪原の上に続いていく足跡、進んでいく2人。
とても美しい。

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目指していたのは山頂ではなくてPanorama Ridgeという稜線。
四方を山々に囲まれ、標高約2100メートルからは美しい景色を見渡せた。

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クリス隊長とカスリン副隊長。
クリス一家は皆恐ろしくタフな人達ですが、カスリンの夫・ライナーも競泳スイス代表としてオリンピックに出た経験があったり、すごい人達です。

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下山開始。

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往復10時間のトレッキングだった。
カナダでトレッキングに惚れこんでしまいました。

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カナダの自然は本当に素晴らしかった。

素晴らしい日々 

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バンクーバーダウンタウンのビル群。
ここから1度眺め、先日山登りへ行った時にダウンタウンを車で通過したくらいで、郊外のクリス家でのんびりと過ごす毎日。
もともと観光はしないし、ダウンタウンへは行かないんじゃないでしょうか。

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いつも座っているソファからはこんな感じで見える。
前の椅子にクリスが座り、色々と話しながらネットをしたり、マルゴがスーパーの買い物へ出かけるのについていったり、とてものんびり。

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ガレージには彼らの自転車。
この自転車でバンコクからパリ、南米などを走った。

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我が愛車もガレージに置かせていただいている。

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銀行口座を閉じて全額を引き出したし、彼らはリヤカー輸送用のダンボールを確保してくれていたし、バンクーバーでやるべき事はもうない。
先日マルゴが「シュラフを洗濯してあげる」と言ってくれ、ダウンシュラフ用洗剤を使い、一緒に洗った。2年9ヶ月、1度も洗った事はなく、黒い汁が出てきたので彼らに笑われた。
犬の臭いがしてたけど、いい香りになったので良かった。

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ハミで買ってから2年半も使っていた人民サンダルがダメになった。
これは捨てていこう。これまでありがとう人民サンダル。

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今日はThanksgiving dayという祝日で、昨日は彼らの娘、息子、その他たくさんの友人がやって来て、約20人が集まるパーティだった。
レイクルイーズに滞在時、「パーティするからそれまでにバンクーバーにおいで」というメールをもらってたのだけど、間に合ってよかった。
メインは10キロもある七面鳥。七面鳥の中に色々と詰め込んでいく作業をお手伝い。

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七面鳥焼けた!!!

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彼らの娘とは何度か会ってたけど、息子のジョンと会うのは今日が初めてだった。
バッファロー66の時のヴィンセント・ギャロにオダギリジョーを少しミックスした感じでした。
「ギャロみたい」とマルゴに伝えると、ハロウィンの時はパイレーツ・オブ・カリビアンのジョニー・デップに変装したんだって。確かに似合いそう。

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食後は皆でゲームをします。

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皆真剣です。

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真剣過ぎて怖い。


2週間弱もお世話になるという事で、こちらはたいして英語を話せるわけではないし、話す事なくなって居辛くなったらどうしようなんて考えた事もあったけれど、それは杞憂に終わり、とても楽しい毎日。相変わらず適当な英語だけど、話題も尽きないし。

1週間後、オーストラリアへ向かい、さらに1週間後、メルボルンから歩き始める予定。
あと2週間もすれば汗を流しながら歩き、テントを張って、孤独な夜を過ごす日々になるのだけど、あまりにクリス・マルゴとの生活が居心地良くて、幸せすぎて、その落差を考えるととても憂鬱な気分になる。

ここまで憂鬱な気分にさせてくれた彼らには心から感謝しないといけません。
今は本当に幸せだし、とても素晴らしい日々なのです。


北米横断は大した苦労もなく、何が最も印象的だったかというと人の優しさだった。
いきなりフィラデルフィア近郊で6週間もお世話になり、その後もカーティス家で1週間、米国滞在約12週間の7週間が居候だった。

カナダに入ってからも大雪、酷暑、熱中症で体調を崩した日、ヒョウに雨と、ことあるごとに現地の方々に助けられてきた。そして北米横断を終えてクリス家にお世話になってる今、改めて北米での思い出は人に尽きるなと実感する。



オーストラリア行きたくないなー。
歩きたくないなー。



行くし、歩くけど。



クリスとマルゴのブログはこちら

クリスとマルゴ 

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メルボルンへ向かうまでの2週間弱をクリス・マルゴ夫妻の家でお世話になる。
北米大陸徒歩横断を終え、彼らの家に着いた時、とても美味しい料理で迎えてくれた。
アップルパイも絶品だったし、お世辞とか抜きでマルゴの料理はとても美味しくて、毎日食べるのが楽しみ。

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彼らとはウイグル自治区の荒野の小さな商店前で出会い、その時は10分程度話しただけ。その後メールのやり取りを重ねたくらいで、実はほとんど彼らの事は知らない。
当時バンコクからパリまで自転車で旅した彼らのスライドショーを見せていただく。
本格的にスクリーンです。家も大きくてトイレ・シャワールームが4つもある。
キルギスからタジキスタンへかけてのパミールハイウェイの写真は鼻血出そうでした。
残念ながら歩けなかったけど、ここはとても行きたかった所なので。


彼らと再会してからの数日で分かった事は、バンコクからパリまで自転車で走り抜き、パミール高原の4600メートルの峠を自転車で越え、24時間70キロ歩き続けるトレイルウォークをしたり、テントや装備品を持って5日程山の中を歩いたりする人達で、その彼らの娘もトレイルランニングが好きで、高低差1000メートルある山の中を5時間40分で50キロ走り抜き優勝し、カナダトップのランナーというすごい家族でした。


北米大陸横断を終えた翌日から家の近くのトレイルを5時間くらい一緒に歩き、さらにその夜、「翌日はマルゴと一緒に家でのんびり過ごすか、クリスと山へ行くか」という選択肢を与えられ、「そりゃやっぱ家でゴロゴロでしょ」と思いながら、何を血迷ったか「マウンテン」と言ってしまった。



そして翌朝、クリス隊に入隊。山へ向かう。
マルゴはお留守番で、山仲間のカスリンも一緒。
ちなみにカスリンはバンクーバー到着前日にお世話になったスイス人。
まあ最初はこんな感じの山道でハイキング気分でした。

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「あの山を目指す」とクリス隊長。

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川を渡る。
カスリンはおばちゃんだけどアルプスの少女ハイジの国の出身なだけあってなかなか軽快な動き。

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ルートを工作中の隊長と副隊長。
口出しはせずにカメラマン役に徹する事にした。
自分達で山頂へと至るルートを探しながら歩いたのだけど、復路に迷わないように木の枝にリボンを結びながら進んだり、なんかこれ普通の山登りと違うと気付き始めた。

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万年雪というのだろうか。
硬く厚い雪上を歩く。

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景色は良かった。

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快晴なら下界が見渡せるらしいけど、雲海もまた素晴らしい。

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歩き始めて約4時間、山頂はもう目の前。

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岩壁をよじ登っていく2人。
ハイキング気分だったのに「なんだよこれ」という感じだった。
この人達はいつもこんな事をしているのかと。

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上写真の岩壁をなんとか登った。
写真で見る限りはそう難しそうに見えないけど、クライミングもやった事ないし、命綱もないので超怖いし、岩の出っ張りを探しながら、足を置けるわずかなスペースを探しながら少しずつ登った。

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前の2人はさらに先を目指すようだったけど、これ以上はもう無理だと判断。
オーストラリアへ行けなくなるのは絶対に避けたく、「隊長、もうダメです。ここで待ってます」と伝える。
彼らもロープや道具など持ってないし、しばらく先まで行った後、無理だと判断し、引き返す事となった。

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必死によじ登った岩壁を下る事になったのだけど、行きは良い良い帰りは怖い状態で降りる事ができない。
別ルートを探そうにも、楽に降りれる所はなかったが、幸いにも以前来た人が残していったロープを発見。何とか皆無事に降りる事ができた。

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結局1500メートル付近が最高地点。

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下山開始。
体力的には上りより楽だけど、危ない。
自分の親と同年代、自分より倍も年をとってる2人を追いかけるのが精一杯だった。
たまに霧がかって前を行く2人の背中が見えなくなった時は焦った。山の怖さを知る事ができた。

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結局往復10時間も歩いた。
「再挑戦はするのか?」とクリス隊長に尋ねたが、「ここはもうやらない」との事。
あれだけ勇敢に岩壁に挑んでいたけど、やはり怖かったらしい。


今回の山登りから得たのは、
自分の限界を超える事をしない事。
無理だと思ったら引き返す事。

今後歩いていく上で重要な事で、それらを再確認できただけでも来た甲斐はあったかな。

ワレ到着セズ  

インドのデリーからイギリスのロンドンまで、乗合バスだけでいけるか友人と賭けをした沢木耕太郎。そしてその旅の過程が書かれているのが深夜特急。

日本の友人に「ワレ到着セリ」と電報を打つため、最終目的地はロンドンの中央郵便局。
しかし、中央郵便局に到着後、電報は公衆電話から打つものだったと分かり、郵便局から電報は打たず、中央郵便局には到着しなかったという意味で、沢木氏は「ワレ到着セズ」という言葉で締めくくった。

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なんて事を思い出したのは、湾を抜け、目の前に大きな海が見えた時。

アトランティックシティから始まった北米徒歩横断。
大西洋から歩き始めたわけだけど、出発当初は目的地が決まっていない状況でして。
そもそも北米を歩くつもりはなく、本来はアフリカ横断、サハラ砂漠横断が目的だったので。


アフリカ行きの準備を万全にするため一時帰国
準備不足のままアフリカに突っ込む
北米横断


という3つの選択肢から消去法で選んだ北米徒歩横断だった。
ユーラシア大陸徒歩横断はロカ岬という目的地を歩行開始前の準備段階から何年も思い続けてきたのだが、北米はどこを目指すのか全く決まってない状況。
ただ大陸横断に挑むのであれば、その西端を目指すのは当然で、ならば太平洋が目的地だと太平洋を目指し歩く事にした。
アラスカの北米最西端、バンクーバーという2つの選択肢があったけど、バンクーバーを目指すと決めたのはトロント滞在中の事だった。


そんなわけでバンクーバーというよりは太平洋を目指し続けてきたわけだけど、エドモントン辺りで重大な事に気づいた。
何気なく地図を眺めていたら、バンクーバーに面した海辺に「Pacific Ocean」太平洋の文字はなく、「Strait of Geogia」とあった。「Pacific Ocean」はバンクーバーの先のバンクーバー島に面していた。他の地図を見ても同様だった。


そうなのです。
バンクーバーに着き、北米大陸西端に達する事はできても、北米大陸徒歩横断を終える事ができても、目指している太平洋に達する事はできないというよく分からぬ状況。
着いたんだけど、着いていない状況に苦笑いせざるを得なかった。

そしてぼくも沢木氏と同じ様に思いました。

ワレ到着セズ



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バンクーバーはもう目の前。

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Lions Gate Bridgeを渡りバンクーバー入り。

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北米大陸西端到着。
バンクーバー島へ渡り、太平洋を見る事も考えたけど、あくまで徒歩での大陸横断が目的なのでここで終わり。
消去法で決まった北米徒歩横断だけど、出会った人や自然、そして熊、とても満足で歩いて良かったと心から思う。

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アトランティックシティ出発から414日目。
クリスの家の前で6385キロの北米徒歩横断は終了した。

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Day1007 Vancouver 



上海出発から1007日目。
北米大陸西端のバンクーバーに到着。
ユーラシア大陸横断に続き、北米大陸横断を終える事ができました。
当計画をサポートしてくださってる皆様、歩行中に出会った方々、様々な形で支援してくださった方々、本当にありがとうございました。

今日は少し時間がないので取り急ぎ報告のみ。
数日以内にまた別途ご報告などさせていただきます。

明日で北米大陸徒歩横断終了  

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昨夜は北米最後のキャンプだった。
いつもの様に森を探して、食料を吊るして、そんな事がカナダでは日課だったけどこれで終わり。

北米最後だというのに夜通し雨で、テントを叩く雨音を聞きながら、明朝までに止んでくれたらと思ったものの、一夜明けた今朝も雨は降り続けていた。
靴底に穴が開いているのでそこから水が浸透し、靴の中、ソックスが濡れるのを少しでも軽減しようとビニール袋を2枚重ねて足に装着。
濡れたテントをたたみ、歩行を開始。


もともと今日のうちにバンクーバーに到着するつもりはなく、手前の村まで33キロの歩行。
朝から歩行終了まで雨は降り続けた。2枚重ねて足に装着したビニール袋も全く効果はなく、靴の中までびしょ濡れだった。

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しかし確実にバンクーバーに近付いた。
一歩一歩の小さな繰り返しだけど、少しずつ確実にバンクーバーに近付いている事が唯一の心の支え。

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これは湖ではなくて湾。海へつながっている。

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今夜はクリスに紹介していただいたスイス人のお宅に泊めさせていただく。
ありがとう、Kathrin&Rainer。


明日の天気も雨の予報。
しかし明日も歩きます。明日で北米大陸徒歩横断は終わりです。

ここから10キロほど歩けばバンクーバー郊外。
クリス宅へも45キロなのだとか。

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