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ALKINIST -あるきにすと- オーストラリア

スチュアートハイウェイでの日々 

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ポートオーガスタよりスチュアートハイウェイの歩行が始まった。
ここに立った時に見据えた先はアリススプリングスでもダーウィンでもなく、まずはピンバだった。最初の補給地点であるピンバに辿り着く事が全てだった。
その日1日、目の前の一歩に全力を尽くした。

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スチュアートハイウェイ上の歩行は基本的には長い無補給区間を歩いた。
途中、ガソリンスタンドやレストランなどを兼ねたロードハウスが現れ、そこで水などを補給した。
ロードハウスが1軒ポツンと建っているものから、小さな集落を形成しているもの、あるいは町だったり様々。

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アリススプリングスまでの前半は最長250キロ、他にも200キロ弱の無補給区間がいくつかあった。
長い無補給区間を歩き抜き、ロードハウスに到着する度にハンバーガーとビールで祝杯をあげて自らを労い、「また次のロードハウスまで頑張ろう」と鼓舞。
ハンバーガーとビールは長い無補給区間を歩く上でのモチベーションだった。

アリスからダーウィンまでの後半は無補給区間が短くなり、それまでと比べるとロードハウスのありがたさが薄れたし、辿り着いた時の喜びもなく、そのまま素通りする事さえあった。
苦労して辿り着いた前半の全てのロードハウスは名前など覚えているけど、後半は名前すら覚えていない所が多い。

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日本人旅行者が多いからか、日本語で注意を促している。

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しかしこのフォントはないだろうと思うのだが。
州か国かは分からないけど、国土交通省の様な公的機関が作ったのだろうと思われる。
この斬新なフォントの標識は1ヶ所どころじゃなく、10ヶ所以上はあったと思う。

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確かに轢死体は多かった。

動物は牛以外にもカンガルー、馬、羊、ラクダ、エミュー、ディンゴと呼ばれる野犬、猫がいた。

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歩行者なので動物に注意する必要はなかったが、たまに2車線にまたがってオーバーサイズトラックが走っていて、こちらに注意を払う必要があった。



参考動画

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最も注意すべき天敵ロードトレイン。

ノーザンテリトリーは130キロが制限速度で、こいつらはこのスピードで真横を通過する。
ちなみに全長50メートル以上。前から後ろから、何台ものロードトレインが走っている。

後方からの対向車があれば路肩を外れたし、基本的には道を譲っていたが、対向車が全くない場合、そのまま路肩を歩いていたら、ロードトレインは避ける事など全くせず20センチ、30センチ横を通過するなんて事もしばしば。

スチュアートハイウェイ上に3ヶ月近くいたので何度か自分の姿を見ているからか、対向車がなければ逆車線にはみ出して通過してくれる優しいドライバーもいるけど、これまで3年超歩いてきて、最も不快なドライバーの国だった。個人的には中国以上。


カナダを歩いていた時、カナダ人徒歩旅行者と会ったけど、豪州をすでに歩いていた彼はこれから豪州へ向かうという自分に「豪州のドライバーは最悪だ、気をつけろ」と言ったのだが、実際に歩いてみて納得。

これまで歩いてきた国々のドライバーがあまりにも優しくて、歩行者優先なんて言葉に甘えているのでしょうか?それともこの国は他の国々と価値観が異なるのでしょうか?

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日の出前から日没近くまで歩き、テントを張りながら北を目指す日々。

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延々と単調な景色が続く中、雲が現れるという程度の変化でさえ嬉しく感じられた。

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250キロの無補給区間。
何もない中、突如現れたレストエリア。
宿泊可能で5回くらいはここにテントを張った。
ウルル前後からキャンピングカーなど旅行者の車が急増し、居心地は良くなかった。
ブッシュで夜を過ごす方が断然良かった。

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メリットは雨水タンクがある事。
3度くらいは洗髪した。

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南オーストラリアからノーザンテリトリーへ。

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人との出会いは多くはなかったけど嬉しいもの。

バイクを止め、話しかけてきた台湾人夫婦。
色々と気遣ってくれ、お世話になった。謝謝。
またしばらく進んだ先でウルル観光などを終え、戻ってきた彼らと再会した。

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こちらの方とも2度会った。
ラーメンやチョコレートなど差し入れてくれた。

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池袋で英語の先生をしていたリーさんは日本語を話した。
色々と差し入れてくれたけどカボチャは賞味期限が10日も過ぎていた。

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東京Tシャツ。

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ダーウィンは遥か先。

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アリスから北はレストエリア、ロードハウスなどとても多かった。
豪州を北上するのであればアリス以降は楽だけど、物足りなさを感じるかもしれない。
これまで以上に全然面白くなく、このつまらぬ環境から早く抜け出したくなり、

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やる気を失う。

キャサリンまでは早く終わらせたく、1日12時間歩行だったけど、キャサリンで完璧にやる気を失い、その後は1日35キロくらいのスローペースで進み、昼過ぎには歩行終了、テントを張った。

つまらんつまらんと散々文句を言っているけど、星空と朝夕の空、キャンプだけはとても素晴らしいものだった。これだけは認め、絶賛しておく。

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アリスから北ではこんな景色をよく目にするようになった。
これをアリ塚と呼ぶという知識はあっても、何なのかは良く分からなかったけど、今調べてみた。

「土や砂や松葉や粘土など(あるいはそれらの混合物)の堆積でできた山であり、アリが巣を地中に作る過程で入り口付近に捨てたものである。」

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北上するにつれどんどんと大きくなり、ダーウィン手前で見つけたものが自分が見た限りでは最も大きかった。
ちなみに身長180センチです。4メートルくらいあるんじゃなかろうか。

ここ数日の事 

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6月20日

ダーウィン近郊に到着。
地図を見て近くにキャンプ場がある事は把握していたので、シャワーを浴びて汗を流して身を清めて、翌日にダーウィン到着、豪州縦断終了というプランがあったのだが、観光シーズンのキャンプ場はまさかのフル。
そのままダーウィン中心部へ向かうしかなかった。

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この交差点がスチュアートハイウェイの起点。
ポートオーガスタから北上してきた自分の場合、約2700キロにも及んだスチュアートハイウェイ上の歩行はここで終了。
長かったの一言に尽きる。さらにもう一言加えるならとても単調だった。
モニュメントでもあればいいのだけど何もない。


ありがとう、スチュアートハイウェイ。
「お疲れ様」と自分を労いたいところだけど、それはもう少し先の事。


交差点の写真を撮っていると、信号待ちのドライバーからジロジロと見られていたけど、自分にとってここがどれだけ大きな所でどんな意味があるのか彼らには分からないだろうな。


当初はカカドゥ経由で250キロ多く歩き、ダーウィン着のつもりでいたけど、面倒だしこれ以上豪州を歩きたくなかったので、結局最短距離を歩き4日も早くダーウィン入り。

市内のホステルなどを3軒回ってみたけどどこも満室。
出国前の2日は無難に宿を予約してはいたけどそれは5日も先。

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野宿する事に決め、適当に街を歩いてみた。
公園から海が見渡せたし、港もあるらしいけど、まだここでは豪州縦断は終わらない。

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豪州縦断ラストナイトは大きな木の裏に隠れる様にテント。

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いつもはラーメンだけど、スーパーでチキンとワインを買っておいたのでダーウィン到着を祝し、翌日の豪州縦断終了の前祝。



6月21日

北端の海で終わると決めていたので、街から20キロ離れた海を目指した。
海の近くにキャンプ場があったので行ってみるが、1泊45ドルとかありえない。
ホステルの30ドルでさえ高いと思っているのに、テント張ってシャワーを浴びるだけで45ドルなんてなめてんのかと。この日も野宿決定。

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目指していた海近くのトイレに水シャワーがあったので浴びておく。

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青く美しい海が見えた。
リヤカーを引いて波打ち際まで達し、約4800キロの豪州縦断が終了。
総歩行距離は中国と同距離で、大した事ないけど一区切り。
無事に到着した事への安堵、この国をもう歩かなくていいのだという嬉さがあった。
色々あったけれど、最後は素晴らしいものだった。

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海近くの一帯はピクニックエリアになっていて、テーブル、椅子もたくさんあった。
海で1時間程過ごした後、米を炊き、前夜の残りのチキンを食べる。

縦断終了後、日本と連絡を取る必要があった。
モバイルブロードバンド持ちなのでネット環境はあるけど、バッテリーがない状態で電源がほしい。シャワーがあるくらいなのでトイレなどコンセントを探すがさすがに見つからず。

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電源を求め、海沿いのトレイルを歩く。

しばらく歩いた先にショッピングセンターがあり、電力を確保。
最低限の用だけ済ませておいた。

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ガソリンスタンドで水を補給。

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この日はビーチにテントを張る。
夜、空を見上げてみたけど、内陸で見たような満点の星空はもう見る事ができない。

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6月22日

数キロ歩いてトイレにてシャワーを浴びる。
本来ならこの後ファーストフード店で電力確保、ガソリンスタンドで水補給というホームレス的な流れになるところだったけど、幸か不幸か用事があった。

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20キロ程歩いてダーウィン中心部へ戻ってきた。

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10日前に一緒にテントを張ったジョナスと偶然にも再会。

「どこに泊まってるの?」とジョナス。
「ブッシュとビーチ」としか答えられない。

20日と同じところにテントを張った。


ダーウィン到着から4日目、ようやくホームレス生活は終わり、今日から1ヶ月振りのベッドです。

Day1268 Darwin 

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上海出発から1268日目。
オーストラリア大陸北端のダーウィンに到着。

時間がないので取り急ぎ報告のみ。

ダーウィンから35キロ地点 

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今朝。

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14時30分。

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夕方。
ハイウェイから20メートルの茂みにテントを張る。

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キャサリンにてボーダフォンのモバイルブロードバンドをリチャージしたので、試しにPCの電源入れてみたらボードフォンのWiFiキャッチ!!!
そんなわけでテントでネット。


現在地はダーウィンから35キロ地点。
もう少しです。

2000キロ振りの再会と新たな出会い 

アリススプリングスを出て、気候も砂漠性気候から熱帯性気候へと変わり、アリスではガクガクと震えた朝の寒さなんて今にしてみれば遥か昔の話。
しばらくは過ごしやすい気候が続いていたけど、キャサリン辺りからまた一段と暑くなったのは確か。


暑い暑いと思い、汗を流しながら歩いていると前方に車が停車。ブーっとクラクションが鳴らされた。
運転席の窓が開けられ、おばちゃんが興奮気味に話しかけてきた。
おばちゃん曰く「以前会った」との事だが、さっぱり思い出せない。

助手席のご主人を見ても、会った事がある様なない様な・・・。
そんな困惑気味の自分を見て「思い出せないの?忘れちゃったの?」と悲しそうな表情をするおばちゃん。
そんな表情をされ、思い出せない事が罪のような気になり、「あー思い出した!」と驚き、久々の再会を喜ぶフリをしておく。


満足したおばちゃんは「あなたと出会った後、ウルルへ行って、ウェスタンオーストラリアへ行って、今ダーウィンから戻ってきたところなの」と教えてくれた。

このウェスタンオーストラリアというキーワードが引っかかった。
そういえばウェスタンオーストラリアへ行くと言っていた人がいた気がする。

全力で思い出して思い出して思い出した。


そして本日2度目の「あー思い出した!」
今度は嘘じゃない。


「以前出会ったのってクーバーペディ近郊ですよね?」
「あなた達はメルボルンから来ましたよね?」
「ぼくに冷たいビールをくれましたよね?」


もちろん答えは全て「イエス」だった。

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ちなみに前回彼らと会ったのは4月25日、クーバーペディ近く。
あれから1ヵ月半、直線距離にして約2000キロ振りの再会。

南から北へ、迷いようのない一本道を歩いているだけだけど、2000キロ振りの再会なんてスケールのでかい話だ。
ロシア・ウクライナ国境では5ヶ月前にカザフスタン・アルマティからキルギス・ビシュケクへ歩いているところを見たというドライバーと会ったりもしたけど、うーんやっぱりでっかいなと改めて思う。


「再会できて嬉しいです」

ご夫婦とガッチリ2度目の握手。南へ向かう彼らの車を見送った。
1度目は特に何も感じずビールをありがとうくらいだったけど、「もうお会いする事はないのかな」と思いながらの2度目の別れ。少し寂しくもあった。




この後しばらく歩いたところで歩行を終えた。

テントでラーメンを作っているとドレッド頭のおっさんがやって来て、「近くにテントを張るからよろしくな」と挨拶に来た。

広い広いオーストラリア。いくらでもテント張れる土地があるのになぜここに?
しかも車持ち。わざわざ近くにテントを張るなよと思いつつ、少し話す。
去り際にリヤカーを見て「自転車か?」とおっさん。
「いや徒歩だ」と答えると「ジャパニーズはクレイジーだ」と言って去っていった。

「うっさいわ、アホ」と思いながら粉末スープを鍋に入れ、仕上げる。
ズルズルと麺をすすり、ハイウェイのほうに目をやると、こちらの様子をうかがっている顔がある事に気付いた。

周囲に家はないし、アボリジニだろうか。
テントの場所を知られるのは嫌だなと、ラーメンよこせと言われるのは嫌だなと思いながら、こちらも様子をうかがったのだけど、ヘルメットをかぶっているし、肌の色もアボリジニとは異なる。
自転車を引いてこちらへやって来たのはアボリジニではなくドイツ人サイクリスト・ジョナスだった。
タスマニアからメルボルン、アデレード、パース、ブルームを経て現時点で豪州を半周。


「ハイウェイからテントが見えた?」と尋ねてみると、テントではなくおっさんの車が見えたから来たのだとか。
彼もまたこんな所で人力で旅する人間と会えた事を喜んでくれた。

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おっさんもやって来てジョナスと話をしていた。
こんな所に3人の人間が集うなんて。

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我々は北を目指すのである。
翌朝はジョナスより30分早く出発したけどすぐに追いつかれ、追い抜かれ、あっという間に彼の背中は見えなくなった。

Katherine 



アリススプリングスにいたのってほんの少し前にも思えるけど、キャサリン手前で後ろを振り返り、アリスへの距離標識を見て、「けっこう歩いたなー」と思う。
アリス出発から22日目、約3週間を費やしてのキャサリン到着。

マタランカ付近で同じように後ろを振り返り、アリスからの歩行距離が1000キロを超えている事を知った時、「単調で退屈な景色が続く日々の中、自分は一体何を励みに、何をモチベーションに歩いているんだろう」と自問した。


次の町やロードハウスに辿り着く事を目指し、歩行後にテントで飲むぬるいビール、あるいは夜に飲むコーヒーが毎日の数少ない楽しみでモチベーション。

そして何より早くこの環境から、この国から脱したいと考え歩き続けている。

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延々と続く単調な景色。
こういう変化のない景色が何百キロ、千キロ超に渡って続いているっていうのは確かにすごいけど、まあそれだけで、豪州に来てから感動した事など1度もないし、息を呑む様な鳥肌の立つ様な景色と出会った事などない。

実際にこの環境に身を置いてみれば多分3日で飽きるはず。
ぼくは半日で飽きました。
そしてその後2ヶ月もこのつまらない景色の中を歩き続けている。


いやこれ本当にクソッタレなんですって。
毎朝4時半から12時間も延々と続くこの単調な景色の中を歩き続けるという日々。
何度か緩やかなアップダウンもあったけど、そんな変化は嬉しくない。
楽しみなき日常。何のために歩いているんだろうって何度も自問した。

歩かなきゃ終わらないから歩き続けているけど、テナントクリーク手前で遂にキレてしまい、「もうええわ」とブッシュにテントを張り、翌日も一歩も歩かず。
その後はテナントクリークを経てキャサリンまでまた休みなしで歩き続けたけど、ストレスが半端ない。


そんなストレスは今に始まったことではなくて、アリススプリングスに到着した時、こんな環境から得られるものなどないと思い、まだ半分以上も行程が残っている事を嘆き、もう終わりにしたいなとすでに思っていた。
これがもし豪州大陸単体としての縦断だったら投げ出していたかもしれないけど、地球一周の過程であるので投げ出したくなるのを堪えた。
2009年の上海出発以来、黙々とひたすら歩き続けてきたけどこんな精神状態に陥るのは初めての事だった。

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ここを歩いて得られるものは多くないけど、ダーウィンが目前に迫った今改めて考えてみると、「3千キロに及ぶクソつまらない環境下での歩行に耐える事ができた」なんていうよく分からぬ精神的強さを得られるのかもしれないし、時間が経てばこの自然、ここでの経験に対する考え方も変わってくるかもしれないけど、今はとにかく早く終わらせたい。



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豪州内陸はロードトレインという大型トラックの荷台部分を3~4つ連結させたトラックが走っている。
たまにひどい運転の奴もいるけど、2ヶ月もこの道を歩いているんで、自分の事を何度も見かけているであろうドライバーは対向車がない時はセンターラインをはみ出して走ってくれる。そんな時はありがとうと手を挙げ感謝の気持ちを伝える。

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北上するにつれ、少しずつ景色も変わってきたけど、変化のない景色という点では全く変わらない。

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マタランカ・キャサリン間ではワラビーの轢死体が多かった。
道脇を腹這いに進むワラビーがいた。血は見えなかったけど、もしかしたら車と接触し、足がダメになったのかもしれない。近付くと威嚇された。

Banka Banka 

前方、遥か先に小さな影が見えた。
その大きさから車でない事は明らか。
そのスピードからバイクでない事は明らか。

「もしかしたら」と思い、胸が高鳴る。
そしてさらに進み、その影が大きくなった時、それは確信に変わった。
道路の端をゆっくりと進むサイクリストの姿。しかもその影は2つ。



ダーウィンからアデレードまで豪州縦断中の台湾人。
アリススプリングスからビクトリア州へ走っているという現地人サイクリストはいたけど、大陸縦断系は初めて。

「どこで眠ってるの?」「1日何キロ歩くの?」
そんないくつかの質問に答えたり、10分程立ち話。
そして別れ際に彼らは言った。

「バンカバンカへ行くといいよ。サイクリストは無料でテントを張れたよ」

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長い無補給区間を歩き抜いた先にガソリンスタンドやバー、レストランなどを兼ねたロードハウスが現れ、ここで水の補給をしたり、久々に人と話したり、まさにオアシスの様な存在。


南オーストラリアでは最大250キロ、それ以外にも200キロ、180キロなど、長い無補給区間があり、ロードハウスに辿り着く度に冷たいビールを飲み、祝杯をあげていたのだけど、ノーザンテリトリーに入ってからは頻繁にロードハウスが現れ、無補給区間は短くなり、以前と比べたらかなり楽な環境になった。

ピンバ以降の南オーストラリアのロードハウスは名前や景色など鮮明に覚えているけど、たいした苦労もなく辿り着いたアリススプリングス以降のロードハウスは記憶が薄い。名前すら覚えていないところもあるから。


バンカバンカでは給油はできないみたいだけど、キャラバンパークがある。
水は補給できる環境だろうけど、キャンプ場にお金を払ってテントを張るという事は基本的にはしたくないので寄らないつもりでいたのだが、無料でテントを張らしてくれるのならそれはとてもありがたい。

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この日はバンカバンカまで歩く事に決め、夕方に到着。

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ガソリンスタンドもないしレストランもないし、どうせ客の少ないしょぼいキャンプ場だろうなどと思っていたら、敷地内にギッシリとキャンピングカーが駐車していて、あまりの多さに正直驚いた。
ここは個人所有のオアシス地で、家の敷地を開放している。
一体何の魅力があって、何を求めてここにやって来るのか、当初自分には全く理解できなかったけど、オーナーの人柄なのかなと思う。


「無料で泊まれると聞いたのですが」などとストレートに言いにくいので、「ここにテントを張りたいのですが、いくらですか?」と尋ねてみれば、リヤカーを見たオーナーは「フリー」と言った。

そして「水を飲むか?」とオーナー。
十分な量の水を携帯していたので、その事を伝えれば、「でも冷たい水は持ってないだろ」と言い、ペットボトルに入った冷水を渡してくれた。

暑い中60キロ近く歩いた後に飲む冷水。うまいに決まってる。
ありがとう、オーナー。

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「そこら辺にテントを張りなさい。シャワーとトイレはそこ」

オーナーに案内してもらいテントを張った。
前日にテナントクリークでシャワーを浴びたばかりだったけど、歩行後に汗を流すのはとても気持ちが良かった。

ありがとう、バンカバンカ。

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翌日。
2日連続でサイクリストと遭遇。
オーストラリア1周中のイングランド人ダン。
着てるシャツは汚いし、汗臭い。
しかし汚さと美しさは紙一重とでもいうのか、嫌いじゃない。

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ダンと別れた後、10分くらい遅れてやって来たダンの友達。
名前は忘れた。臭い。

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「君ら臭いからバンカバンカへ行きなさい」

あまりに臭いんでバンカバンカを紹介しておいた。