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ALKINIST -あるきにすと- マレーシア

タイに備える 

これからまたマレー半島に戻って、あと3日も歩けばタイ。


タイビザを取得しました。
タイバーツを少しだけ両替しました。
洗濯をしました。
シャワーを浴びました。
ひげを剃りました。
チューブの修理をしました。
インスタントコーヒーを買いました。
地球の歩き方をもらいました。
ゴロゴロしました。


ジョージタウンでは目前に迫ったタイ入国に備えた。
そして最重要任務だった靴の修理。


この靴は豪州・アリススプリングスから5千キロ近く履き続けているのだけど、そろそろ靴底に穴が開いてしまう状態。
予備シューズは持っていないし、シンガポールやKLならまだしもペナン島で自分の望む靴を探すのは難しい。
これから半島に戻ってバンコクまでの1300キロを今の状態で歩き抜くのも不可能。


バンコクまでのつなぎとしてランニングシューズを購入する事も考えたけど、靴職人を探し、修理してもらう事にした。
しかしジョージタウンを散策した際、靴修理屋を探しながら歩いたけど、全く見つからず。
そして今日は現地人に尋ねながら靴修理屋を探してみた。


「次の信号を右折した所にある」

そんな情報をもらい、言われた通りに行ってみるけどそれらしきものは見つからない。
また別の人に尋ねてみたけど、やはりその方向を指差した。
そしてまた別の人は「12時以降に来い」と言った。


そして12時を過ぎてから再びその場へ戻ってみれば、ああなるほどなと。

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道脇に店を構えているわけではなく、歩道の隅で営業する職人さんだった。
看板を探しながら歩いても見つからないわけだ。

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破れてしまった側面を応急処置し、磨耗した靴底にラバーを貼りつけて修理してくれた。
修理を終えた靴を見て、不安要素はひとまず解消された。
この靴でバンコクまで辿り着けるか不確かだけど、修理を重ねて歩くしかない。

George Town 

マラッカから11日、550キロを歩き続けた。


500キロ超を連続で歩き続けるのは豪州以来。
無人地帯などあるはずもなく、商店や食堂は至る所にあるし、豪州での歩行と比べたら遥かに楽な環境。

豪州の砂漠地帯は過酷だったけど、早く抜け出したい一心でひたすら歩き続けた。
550キロくらいなら9日で歩いていただろうななんて豪州での事を何度か振り返った。

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青く大きな空と無人の砂漠地帯の中を地平線に向かって伸びる1本の道路っていうのが自分にとっての豪州を象徴する景色。

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時間が経つにつれて苦い思い出は薄れ、都合よく美しい思い出ばかりが残っている。

あの青く大きな空が懐かしく、あの空の下に戻りたいと思う事もあるけど、いやちょっと待てと冷静に考えてみれば、数日ならまだしも3ヶ月超に渡ってあの中を歩き続けるっていうのはやはり普通じゃない。しかし今となっては素晴らしい思い出と経験。



11日、550キロ、数字にしてみるとけっこうな日数と距離。
やはり長く感じるもので、残りの日数と距離を指折り数え、終わりが来るのをひたすら願い、歩く毎日だった。

歩幅が急に大きくなる事なんてあるはずないし、1日に歩ける距離もそう簡単に増やす事はできないし、結局は今まで通り一歩一歩目的地へ向かい刻んでいくだけの事。
それ以上でも以下でもなく、特別な事をするでもなく、一歩一歩。
こうしてこれまで3万キロを刻んできたわけで。

そうそうマラッカからの行程中に節目の3万キロを超えております。

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マラッカから11日目。
バタワース近郊に到着。
中心部へ進んでいけば、歩いていた道が自動車道に変わり、そのせいでよく分からぬ住宅地を現地人に尋ねながら進んだ。

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マレー半島を離れ、ペナン島へフェリーで渡る。

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半島と島は意外と近くて橋も架かっている。
フェリーで少し話した現地人曰く「フェリーの方がベター」なのだとか。
東ティモールで会ったスウェーデン人のヨットマンから「橋を歩いたか?」と早速メールが届いたけれど、この橋は高速道路なので歩いて渡れないのである。

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タイビザ取得と休養のためペナン島・ジョージタウンに到着。

現地人なのだ 

6月末の東ティモール入りから4ヶ月。
その間ずっと常夏の東南アジアを歩いていて、あと何ヶ月この気候が続くのだろうかと考え、季節感とかそんなものは全くないなーと、四季のある日本を懐かしく愛おしく思ったある日の午後、真横を通り抜けた1台の自転車に気付いた。

前後左右に4つのバッグが付き、そんな自転車に乗っているのは現地人でないのは明らかで、欧米人サイクリストのようだった。


これが北米や豪州ならサイクリストもその場に止まり、適当に話をして、写真を撮って、さようならというパターンが主で、止まらないにしても「ハロー」とか言葉を交わして去っていくものだけど、このサイクリストはこちらに一瞥する事すらなく、スピードを緩める事もなく、あっという間に消えていった。


どんどんと小さくなっていく彼の背中を見ながら、ああそういえばインドネシアでも同じ事があったなと思い出す。
さらにさらに記憶を遡っていけば、中国でもあったしカザフスタンでもあった。

新彊のど田舎で日本人サイクリストと会った際、「現地人かと思いましたよ」なんてステキな褒め言葉をいただいたことも思い出した。


なるほど、現地人かと妙に納得。

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歩いて旅する人間がいるなんて思わないだろうし、真っ黒に日焼けして、麦わら帽子かぶって、マレーシア人からも「タイ人か?」と頻繁に尋ねられる現在の風貌。


現地人なのだと改めて納得。

ナシレマから始まるマレーシアでの1日 

ボルネオは人口密度が高くなく、食事をとる場所や水を補給できるところなどなかなか現れず、空腹と渇きに耐えながら歩く事もしばしば。

しかしマレー半島ではそういう事はほとんどなく、基本的に食堂も商店もあり、水もその日限りの量しか持たないし、食料は全く所持していないし、ガソリンストーブの燃料ボトルも空っぽ。


現地の食事が美味しいのにストーブを使ってまでしてまずいラーメンを作るなんて愚かな事はしないだろうし、もうお役御免で日本へ送り返そうかと思ったりするけど、でもこれからラオスや中国の僻地も歩くかもしれないと考えると持っておくのも悪くないかなと。

しかしガソリンを入れておかないといざという時に使えないので、どのタイミングで入れようかというのが最近のどうでもいいちっぽけな悩み。
東ティモールでもガソリンを入れたけど、ティモール島で2度使っただけだった。

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マレー半島を歩き始めてから毎朝食べているのがナシレマ。

「ココナッツミルクで炊いたご飯に、ゆで卵や小魚、ナッツなどが盛られている」というのがナシレマだけど、ココナッツミルクで炊いたご飯とはなかなか出会えない。

これは持ち帰り様のものなので見た目はよろしくないけど、食堂ごとに味も異なるし、ナシレマを食べるのは毎朝の楽しみでマレーシアでの1日の始まり。

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Beruasという小さな町に到着した朝、ここでもまたいつもの様にナシレマを食べていると話好きな華人のおばちゃんに話しかけられ質問攻めにあう。


「この日本人はシンガポールから歩いている」


食堂内はもちろん、道を歩いている人にまで説明するおばちゃん。
そんな宣伝の効果なのか、食事代を払おうとカウンターへ行くと、「俺が払っといてやったぜ」と写真左のおじい様。

Beruasなんて食事をとって素通りするだけの町でしかなかったのに、この人達のおかげで良い思い出ができた。謝謝。

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そして1日50数キロの歩行が連日。
マレー半島の景色はボルネオとあまり変わらなくてヤシの木の林が道脇に延々と続いているのだが、林を抜けた先に現れた水田に思わず感嘆の声をあげた。

水田を目にするのはインドネシア以来じゃなかろうか。とても眩しい緑だった。




歩行を終えるのは日没近くになってから。
基本的に林の中にテントだけど、先日Kuala Selangor手前で明かした夜に雨に見舞われた後は屋根下にテントを張る事が増えた。
民家に招かれたり、バス待ち所、食堂の軒先など。


この日も日中は青空が広がり、晴天だったのだが、夕方近くになってからどんよりとした雲が上空を覆い始め、これまでの経験から雨が降るのは明白。

とりあえず食料を確保して、どこか屋根下にテントを張ろうと考え、歩き続けたものの、こんな時に限って食堂や商店は現れない。
そしてようやく現れたガソリンスタンド内の店でパンなどを買っていたら、激しい雨が降り始めた。

まさに危機一髪。その後延々と雨は降り続けた。

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「22時に営業が終わるから、その後ここで眠っていいよ」と華人の店主。

隅に座り、コーヒーを飲みながら文庫本を読み、それなりに快適だったけど、哀れに思われたのか5RMを手渡してくれたマレー人。


連日多くの人に助けられている。

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そして雨もまた連日。

最悪な事にこの時は周囲に何もなく、シートをリヤカーにかぶせ道脇に放置。
そして木の下に逃げ込んだ。
木の下といっても完璧に雨から逃れられるものではなく、体を濡らしながら雨が弱まるのをただじっと待った。

Kuala Selangor 

マラッカからはルート5を歩いている。
このままルート5上を歩けば、マレー半島を北上できるのだが、地図を見ればルート5を外れ、KL空港方面へ向かえば大きく距離短縮できる事が分かり、空港方面へ進んでみる。

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標識などほとんどない小道で、持っている地図もKL広域マップなどではなくマレーシア全土の大雑把なもの。それでも何とか空港まで辿り着けた。
KL国際空港だけど、KLの中心までは約80キロも離れている。

その後ルート5へ至る道があるはずなのだけど、どの道がルート5へつながっているのか全く分からず、道を行ったり来たり。


「この道に違いない」と自信を持って選んだ道を歩くが、現地人に念のため確認してみると、「そっちはエアポートだ」。

「じゃあこの道は?」と別の道を指差すと、「KLへのハイウェイだ」。

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「空港の西のこの辺に行きたいんだけど」と地図を指差すと、「それならその十字路を左折して、またすぐに左折しろ」と現地人。


テリマカシ。おかげさまで迷う事なくルート5に戻る事ができた。

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予定通りKLをかわし、翌日カラン着。
リヤカーを路駐して歩道橋に上ってみた。

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片側3車線の道路、なかなか大きな街な様だけどここはまだ郊外。
イオンもあります。

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マラッカを出発してから5日目の今日。
青い空が気持ち良く、前方の大きな雲にわずかながら不安を感じる。
今朝もまた5時から1時間雨が降ったので荷台にテント、フライシートを載せ、乾かしながらの歩行。

Port Dickson 

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久々に青空が見え、陽射しを浴び、いつもより気温は高く感じられた今朝。

しかし雨に見舞われ続けているこの8日間。
午前中は快晴でも昼前後から雲が出始め、雨が降るというパターンもあるし、楽観していなかったが、次第にどんよりとした雲が上空を覆い始め、ああやはりと思う。
そして昼頃に雨が降り始めた。食堂で50分の雨宿り。


これでシンガポールを出てから9日連続の雨。
今の時期、ベストシーズンらしいマレー半島西海岸。
これのどこがベストシーズンなのか。

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ポート・ディックソンというKLから近いリゾート地に到着するもまた雨が降り始め、ガソリンスタンドで30分の雨宿り。

そして現在、マクドナルドで本日3度目の雨宿り中。

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これからテントを張る場所を探さないといけないのに止む気配がないのでサムライバーガーセットを食べるか。

本日の歩行距離40キロ。

Melaka 

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60キロ近くを歩いて、日没ギリギリにマラッカに到着するも、安宿を探しているうちにあっという間に暗くなった。
2軒の宿へ行ってみたけどベッドの空きがない。以前訪れた時に泊まった宿を探そうにも全く記憶にないし、少し場所を変え、チャイナタウンで3軒目の宿を探してみた。

細い路地には提灯が明かりを灯し、なかなか良い雰囲気。

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10ベッドが並ぶドミトリーの最後のベッドを何とか確保。
1泊約5ドル。安いし、2段ベッドじゃないし、ベッド一つ一つに扇風機が付いているし、宿のオーナーが超良い人だし、良い宿を見つける事ができた。

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昨日ガッツリと歩いたからか両膝に少し痛みを感じ、テントのポールを修理したり、ゆっくりと過ごし、オランダ広場周辺などを適当に散策。
教会とか博物館とか全く興味なくて、まあこんなものかなと30分で終了。
最大3日のオフをとるつもりでいたけど、マラッカは2日でいい。


2008年に世界遺産に指定されたらしいけど、生活感溢れるチャイナタウンを歩いている方が面白いし、そんなものよりもぼくを興奮させたものがありました。

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イオン。

日本と同じように郊外型。しかもでかい。

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寿司とお好み焼きとコロッケを買って帰る。


首都クアラルンプールは避け、マレー半島を北上する予定なので、マラッカを出れば10日、500キロ超も歩き続ける事になる。しっかりと栄養を摂らねば。