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ALKINIST -あるきにすと- ベトナム
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番犬に注意 



サイゴンを出てからの3日程は全く面白くなかったけど、タイ南部以来の山が見えてからは景色も変化に富み、アップダウンもあり、楽しくなってきた。

海が見え始めた辺りからは風が強くなり、2日間、100キロ近くに渡り、強い向かい風が吹き続けた。
終わりがある上り坂と違い、いつ止むか分からぬ風は厄介なもので楽しいものではない。
ペースは落ちるし、風を受け続け、その中を歩き続ける事で体は消耗した。


アップダウンはタイ以来、久々だった。
カンボジアには山はもちろん、丘さえもなく延々とフラットな道が続いた。

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小さな山を上り終えた時、遠くに海が見えた。
頭の中でベトナムの地形をイメージし、現在地と照らし合わせてみた。
細長い国土の海岸近くにいるのだ。そしてこの海岸線に沿って歩けば上海か。

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牧歌的な景色が続く。
やかましいバス、トラックさえいなければ完璧なのに。

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意外にもベトナムでは田舎であっても安宿が多かったが、サイゴンからの7泊はテントを張り続けた。
テントを張って、ストーブでラーメンを作って、コーヒーを飲んでという生活が無性に楽しい。カンボジアと比べたら安全だしテントも張りやすい。


住宅地であっても空地を見つけ、隣接する家の人に許可をいただきテントを張った。
しかしまだ暗い明け方、テントを片付け、出発準備をしていると、犬が吠え始め、空地の隣の家の人がライトを片手に1階から2階へと見回りを始めた。

こちら側の家にはテント設営の許可をもらっておらず、見つかれば面倒な事になりそうだと思いながら闇の中、息を潜めた。悪い事をしていないのにこの緊張感は何なのか。
何度か空地に向けてライトで照らしたけど、幸い光は届かず見つかる事はなかった。
しかし犬がいそうな住宅地でのテント設営は慎重にしないといけないなと思うのである。

ベトナムという国 

カンボジアを歩いていた時、ベトナムナンバーの車から5人くらいの男が降りてきて、人目を気にする事なく一斉に立小便をし始めた。品のない汚い連中だなと思った。


ベトナム入国前からすでにそんな事を思っていた訳だけど、入国後も彼らの立小便について少し驚く。


東南アジアの国々、ヨーロッパや北米、豪州。
どこの国の人も立小便をする際は人目を気にして道路から10メートル、20メートル離れた茂みに入っていき用を足したものだけど、ベトナム人は道路からほんの2,3歩歩いたところで放尿する。
1人とか2人とか数人とか、そんな程度ではなくほぼ100パーセント。

ひどい奴は道路上から離れる事なくその場で立小便をする。
露出狂ではないので堂々と見せつける様にするんじゃなくて、自分のトラックとかバスの車体にぶっかけている。


ある朝、前方にバイクが停車し、男がバイクから降りて道路から離れていった。
これまで1度も見る事のなかった茂みで立小便をするベトナム人なんじゃないかと思い、「やればできるじゃないかベトナム人よ」と少し嬉しくなった。奇跡を感じた。
そしてぼくがそこを通過する時、彼の勇姿を目にしようと茂みに目をやれば、しゃがみこんで堂々と野グソをしているおっさんの姿があった。


この国は色々とおかしい。

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フランス人サイクリストは「クソッタレだ」と罵倒し、ベトナム人ドライバーのムチャな運転のせいで転倒した欧米人ライダーは「ファック」とドライバーに詰め寄っていた。


クソッタレ、ファック、いずれも否定しない。

ベトナムを1日半歩きサイゴンに着いた10日前、「ベトナム人ドライバーのクラクションは許容範囲」なんて書いたけど取り消します。
殺意がわき、ペットボトルを投げつけたろうかと思う事もしばしば。



サイゴンからニャチャンへの8日間の歩行でバイク、車と2度の接触。

車との接触は全く大した事ないけど、後方からの追突気味のバイクとの接触には驚いた。
バイクは思い切り転倒し、後続ののバイクも転倒したものを避けようとして転倒した。
こちらは体、リヤカー共に問題ないけど、荷台のバッグが少し破損した。

北米、豪州では安全のため対向車線側の路肩を歩いていたけど、東南アジアではその時次第という感じだった。
自分の身は自分で守るしかないので今は対向車線を歩いている。



羞恥心を持たずどこででも小便をし、割り込みも当たり前、ゴミもそこら中に投げ捨て、ゴミで溢れる汚い国土、外国人であると分かれば何に対してもふっかけてくるし、連日何度も響くやかましいクラクション。


東南アジア、タイやマレーシアなんかと並べればそれらの国々に失礼な気がするし、同列に語りたくはない。
「こんな国さっさと出てやろう」と思う事も何度かあり、カンボジアへ抜ける事やバスでプノンペンへ戻る事も考えたくらい。ひどい国だなと思う。


不愉快な事が多かったけど、楽しかった中国での日々を思い出し、ぼったくりを除けば中国そのものである事に気付いた。
ベトナム人の顔立ちもタイ人なんかよりも中国人の方が近いと思う。

不思議な事にここが中国であると考えたら色々と許せる気がし、楽しもう、良い所を見つけてやろうと寛大な心を持つ事ができた。
しかしその直後バスのやかましいクラクションに殺意を覚えたのだけど。

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バイクとの接触後、キレていた自分を家に招いてくれた。
「飯を食っていけ」というのでお邪魔したのだが、食事が出てくるまで1時間半もかかり、結局2時間も滞在。
共通言語がないので彼のベトナム語にうんうんと適当に相槌をうった。

名前をロティエットと言い、伸ばし始めて15年の髭という事くらいしか彼の事は分からなかったけど、こういう出会いがあるからもう少しベトナムを歩いてみようと思えるのです。

北へ 

遂に中国と国境を接する国まで歩いてきた。
まだ距離はあるけど、あとは北へ北へと進むだけ。

昨日は中国ビザを取得できず玉砕。
今後中国ビザ取得に挑戦できる場所はラオス・ビエンチャンとハノイのみ。
いずれも厳しいはず。


お金を費やせばビザ取得できるけど、そこまでする気はない。
時間とお金を費やしてロシアビザを取得した時はそれ以外に選択肢がなかったけど、ここでは他の選択肢も残っているし。そしてまた改めていくつかのルートを探した。
上海へのルートは不確かで、その時々の条件次第でルートは変わる。

無理だろうと思っていたルートが、調べてみたらなんとかいけそうな事が判明。
探していたパズルの1ピースがうまくはまってくれた感じでとても快感。


色々と悩ましいけど1000キロ先のフエまで歩く事は確定。
その後の事は歩きながら考えよう。

次は約400キロ離れたニャチャン。もしかしたらムイネー。

Saigon 

パスポートを無言で受け取り、何か尋ねる事もパスポートの顔写真と照らし合わせる事すらせず、無言で入国スタンプが押されたパスポートが返された。
他の職員も全くの無表情、こちらが何か尋ねた時だけ表情を変える事なく事務的に教えてくれた。やはりここは社会主義国だなというのがまず最初の印象。

入国スタンプが押されるまでの間、職員の顔をしばらく眺めていた。
米国が50万もの兵力を投じても屈する事なく打ち勝ったベトナム人にとても興味があるのだ。決して屈強には見えなかったけど、彼らベトナム人達があの大国と戦ったのか。


7時ちょうど、国境のあるモックバイより歩き始めた。
カンボジア側では道端に蚊帳を張って眠る家族を目にしてきたばかりだけど、人々の家や生活、信号もあるし街灯もあるしインフラなど何もかもが豊かになったと感じた。

バイクがとても多く、ほぼ全ての人がヘルメットを着用しているのには驚いた。
カンボジアの交通なんてモラルもルールも秩序もないひどいものだった。
時折クラクションが響き、やかましいのはやかましいんだけど、カンボジアに比べたら全然オーケー。この程度なら許容範囲だ。

すげ笠にアオザイ、この国独自のものも国境を越えた途端現れて、多くの変化が感じられた越境だった。



約50キロ歩き、日没が近付いてきたのでベトナム初日はテントを張る事に決めた。
ここもまた人口密度の高い国でどこにでも人がいるのだけど、道路から少し離れた所にポツンと1軒の家が建っていて、「近くにテントを張りたい」とお願いしてみる。

家主からは条件付で許可をいただけた。
真っ暗になってからテントを設営しろとの事だった。
警察の目に付くと色々と面倒なのだとか。
ベトナムでは現地人の家に外国人が行く事は禁止されているのだが、これはなかなか厄介な話である。

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今朝はいつもより早く5時前から歩き始めた。
一定の間隔で橙色の街灯が並び、バイク大国なので車道と分離されたバイク車線があり、とても歩きやすい。しかし本当にバイクが多い国だ。


24キロ歩いてサイゴンへ。
ベトナム戦争後、ホーチミンと名を変えたベトナム最大の都市。
ベトナム戦争なんて自分が生まれる前の話。
世界中でサイゴン陥落が報道された時代の事など本で読んだ程度の知識しかないけど、サイゴンという響きの方が好きだし、こちらではむしろサイゴンの方が通じる。