ブックマーク
ALKINIST -あるきにすと- ラオス-2

スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

嵐 

ウドムサイからハノイへの670キロは大部分が山岳地帯でアップダウンのない日はわずか2日程。多くの山を越え、豪雨に見舞われ、体調不良もあり、とてもきつい毎日であった。

IMGP9444_R.jpg

2日目の夜、雷と強風と共に強い雨がテントを襲った。
自然をなめていた訳ではないけど乾季なので全く雨は降らず、ここ最近はフライシートをかぶせる事もせず、完全に油断していた。

フライを取り付けに外へ出れば、あまりの強さにあっという間に体は濡れた。
焦りもあったし、強風にフライはあおられ、ライトを持ち出す事もしなかったため、フライの取り付けは難航。その間にも雨を浴び続けていたけど、耐え切れなくなってフライの取り付けを断念しテント内へ逃げ込んだ。
ライトを持って再び外へ出る事はできなかった。豪雨と強風がとにかく凄まじかった。

普通の雨でさえフライシートなしでは耐える事ができないのに、この豪雨に耐える事などできるはずもなく、あっという間にテント内は水没。
天井、側面から雨はどんどんと侵入し、水溜りができた。
さらにはテントごと吹き飛ばされるんじゃないかというくらいの強風。
飛ばされないよう必死にテントを押さえ続け、早くおさまってくれと祈り続けた。



雨といえば思い出すのはカザフスタンの無人地帯で見舞われた雨で、あの時はどうする事もできないまま雨を浴び続け、結局風邪をひいてしまった。
フラフラになった体で次の町に辿り着くまで長かったけど、ここもまた山岳地帯。
次の町までは遠いし、山を越えていかないといけない。ここで風邪をひく訳にはいかず、濡れた体を拭き、乾いたシャツに着替え、ジャケットを取り出して体を温め、その後はテント内に溜まった雨水を外へ出した。

夜明けまではまだ時間があるし、睡眠をとらないといけない。
しかし濡れたテントで横になるわけにはいかず、テント内の荷物にもたれかかり座ったまま眠る。
上半身は温かいけど、下半身は着替えても濡れるだけなので朝まで濡れたままの状態だった。

数時間後、稲光と共に再び雨雲がやって来て、強い雨に見舞われたけど、フライは取り付けてあったし何とかしのぐ事ができた。

IMGP9485_R.jpg

嵐が過ぎ去った翌朝。
木が折れていたり、崖上からの落石など、至る所でこのような光景が見られた。
無事に朝を迎える事ができて本当に良かったなと思う。

IMGP9490_R.jpg

しかしこの日も勾配のきつい上り坂に苦しみ41キロしか歩けず。
歩行終了前に新たな上りが現れるも、それ以上は歩く事ができず、耐える事ができず、早々にテントを張り、翌日に備える。


2日目、3日目と45キロ以上は歩く事ができなかった。
4日目はベトナム入りを予定していたので少しでも早く着いておきたく3時前より歩行を開始。
しかし闇の中を切り裂く雷鳴と稲光に不安を感じるのは当然の事で、また嵐なのかと前日の恐怖がよみがえり、これは遠くの空に違いないと現実逃避をしてみる。


とにかく不安だった。
この辺りには建物もなく雨から逃げる事はできないし、崖沿いの道なのでテントを張れる場所も少ない。
無難にいくならテント内で夜明けを待つべきだったのだが、悩み葛藤しつつも坂を上り始めた。

わずか1.5キロを歩いた所で一瞬の判断だった。
雷が近付いている気がした。幸い道脇にわずかなスペースがあったのでテントを張った。
するとその5分後、月のおかげでわずかに明るかった周囲が一気に漆黒の闇に包まれ、パラパラと空から雨が降り始め、すぐに激しい降りになった。

まだ朝3時。ラオスの山奥の道脇のテントの中でじっと雨に耐える姿がなんかとても惨めなものに思え、「こんなところで何をしているのか」と自問した。

スポンサーサイト

Oudom Xay 

IMGP9330_R.jpg

銀行があって宿や食堂がいくつかある程度の町でしかないけど、ここまでラオス北部を歩いてきた中では最も大きな町。

ラオスはタイ、ミャンマー、中国、ベトナムと国境を接していて、現在地より最も近いのが中国、次いでベトナム、タイ、ミャンマー。
中国語併記の看板は良く目にするし、中国人は多いし、マーケットで売られているものの多くが中国製。中国色がまたさらに濃くなった。

IMGP9359_R.jpg

ビール、ビスケット、ラーメンを買い揃えたけど、ほぼ全てが中国製だった。


明日からまた12日間連続歩行の予定。
今後のルート上の地形を確認したら延々と500キロも山地が続くらしい。
単に標高が高いだけなのか、アップダウンを何度もも繰り返すのか、それは歩いてみなければ分からないけど、やけにきつそうなこの先の200キロ弱を正念場と考えている。
さらにその先の2週間も時間の余裕がないので正念場。

この先18日が勝負です。

ラオス北部を横断中 

イミグレには業務開始の30分前に到着。
すでに何人かの人達が待っていて、その後も続々と人がやって来たのだが、1番最後にやって来た親子3人組が窓口の最前列に陣取った。

彼らのパスポートを見たら納得の中華人民共和国。
そういや以前ベトナム大使館でも同様の事があったなと思い出した。

中国の常識は世界の非常識である事を知った方がいい。
後ろの欧米人にどんな顔をされていたのか知った方がいい。

IMGP8885_R.jpg

ここの国境には橋がないので船でメコン川を渡りラオスへ。


ラオス入国後はまたさらに中国の車が増えた。
自家用車やトラック、昆明とを結ぶバスなど、全体の1~2割が中国ナンバーの車だ。

地図を見れば中国が近い事は明白。
中国の車が増え、中国語併記の看板が現れるも、どうも実感がわかない。
2年、2万キロ以上も目指し続けてきた国が目の前にあるなんて全く実感がわかない。

IMGP9210_R.jpg

やはり中国が近いのだろうかと唯一実感するのは空気の悪さ。

この写真は朝という事でさらにもやがかっているけど、チェンマイから北上するにつれ、視界が悪くなっているのは明らか。
朝の陽光は弱々しく、標高千メートル超の場所からも周囲の景色はかすんでいた。
この辺りでは野焼きがされていたり、中国の大気汚染の影響が全てとは言い切れないけど、空気は悪い。

IMGP9164_R.jpg

中国へ20キロの所まで接近。



IMGP9224_R.jpg

ラオス北部は山岳地帯で1200メートルの峠を2つとそれ以下のものをいくつか、上っては下り、また上り、アップダウンする日々。

IMGP9238_R.jpg
IMGP9281_R.jpg

勾配はそれ程きついものではないので、1200メートルの峠を越えた日でも平地と変わらぬペースで歩けた。

IMGP9184_R.jpg

村。
豚や鶏が歩き回るなんてタイではなかった。家の作りも景色もメコンを越えたら一変した。
ラオス人は軒下でぼーっとしていてこちらを不思議そうに眺めている。のんびりしている。
他国では犬によく吠えられたけど、ラオスの犬はやる気がないのであまり吠えない。

IMGP9083_R.jpg

日本昔話に出てきそうな家。南部とは違う。

IMGP9121_R.jpg

子供もその辺を走り回っている。
カンボジアとよく似ているけどタイとは違う。
パンツをはかず下半身を露出させた子が多いです。
下半身を露出させたおっさんじゃないので許します。

IMGP9018_R_20130329123945.jpg

村には水場があるので水を補給する。現地人が飲めると言うので飲んでいる。
たまに乳丸出しのおばちゃんが堂々と体を洗っていて、大胆だなあと感心。

大胆といえば、車を降りていきなり路肩にしゃがみ込み小便を始めたおばちゃんもいた。
緩やかな坂で液体がこちらに流れてきたので、たまらず逆車線へ。
ラオス人もなかなか大胆な人達です。

IMGP8976_R.jpg

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。