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ALKINIST -あるきにすと- 中国2013

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新たな一歩 



去り行く前にもう一度人民広場ゼロ地点。


ゼロ地点、ゼロ地点ってしつこく言っているけど、上海発の国道の始点というだけで、ガイドブックに載るような名所でもなく、何がある訳でもなく、このプレートが地面に埋まっているだけで、大半の人はこのゼロ地点に気付く事もなく素通り。
たまにプレートに気付いた人が一瞬足を止める程度で、自分以上に価値を見出せる人はいないんじゃないかと思う。

なんて事を考えると愉快でおかしくて、そんな場所がある事が無性に嬉しく思えた。


ここから始まり、1621日かけてここで終わった。

2009年元旦に歩き始めた方向に目をやる。
ここからユーラシア大陸最西端・ロカ岬までずっとつながっている。
自分はロカ岬まで歩き抜き、それを証明した訳だけど、やはり遠いなと思う。
「もう一度今から歩いてみるか?」と自問してみたが、今はもう無理だ。


時間ギリギリまで30分くらいここにいた。
去り難くて、なかなか足が動かなかった。

いつかまた上海を訪れた時、きっとここを再訪するだろうけど、その時はただの思い出の場所でしかない。

今尚残る1週間前の余韻。
今だからこそ感じられる事、思う事、とても貴重なものに思え、そしてあの朝と同じ様にここから新たな一歩を踏み出した。

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明日飛びます 



明日は上海にバイバイして空路移動なので、リヤカーを清掃しておく。
飛行機に乗せるからきれいにするというより、タクシーに乗車拒否されないように。

詳細は書かないけど、ここへきて問題が勃発。
最大の目標だった上海到着後だったのが本当に幸いで、台湾での歩行に支障をきたすような、最悪歩けなくなるかもというような厄介な問題なんだけど、これから向かう山岳地帯で色々と試しながら歩いてみるつもり。


人民広場ゼロ地点にゴールしたのはもう1週間前の事。
この4日程は食って寝て、適当にブラブラと歩いてという繰り返しで特筆すべき事はない。

街でゆっくりというのも悪くはないけど、時速5キロの世界に戻りたい。
さっさと終わらせて楽になりたいと思う事もあったけど、やはり歩いている方が満たされるし、自分にはよく合っている。

台湾入りは7月初め 



あと数日で上海を去るので少しずつ準備している。
空路移動に備えガソリンストーブを洗浄、たまっていた洗濯物も洗った。
カビ臭いマットは明日にでも洗おう。

この先2週間の過ごし方として、ビーチでゴロゴロ、街でダラダラ、山でヒーヒーという選択肢がある。
時間がないので歩いたとしても200キロ程になるけど、やっぱり山だな。


台湾入りは7月初め。滞在期間は1ヶ月少し。

縦断なら600キロだけど、時間を余す。
1周なら1100キロだけど、最後はゆっくり終わりたいとも思う。
3000メートルの山を越えたいとも思うけど、モチベーションは高くない。
最後は楽に終わりたいとも思うけど、最後だからこそ苦しみたいとも思う。
引き続き要検討。1周なら時計回りの予定。

一期一会 

kazakhstan (2)

地球一周に要した4年半、4万キロのハイライトは間違いなくカザフスタンだった。

40度を超える気温、水は濁った井戸水を飲み、顔や手を洗う水すら貴重だった。
延々と続く無人地帯にデコボコの悪路、無人地帯では車輪が壊れて動けなくなり、一晩をその場で過ごすも1台の車も通らなかった。
雨が降っても隠れる場所すらなく、雨に打たれその場に立ち尽くすしかなかった。

kazakhstan (1)

しかしそんな過酷な環境下で暮らす人達もいて、変なものを引いたどこから来たかも分からぬ、言葉も通じぬ自分に対し、家へ招いて、食事を与えてくれ、寝床を与えてくれ、そんな事が何度もあった。

人間が立ち入るのを拒絶するかのような厳しい自然環境。
そんな中で触れる人の優しさは本当に心に沁み、あれから4年近く経った今でも鮮明に覚えている。

「どこが印象的だったか」と問われた時、真っ先に答えるのがカザフスタン。

kazakhstan (5)

欧州後に出会った人達とはインターネットを通じてコンタクトを取れたりもするけど、電話もネットもない環境でお世話になったカザフの人達の事を上海へ向けて歩きながら何度も思い出した。

どうやったら彼らに地球一周という目標を果たせた事を伝えられるだろうか、そんな事を何度も考えた。人民広場に着く直前、思い出したのもカザフの人達の事だった。

kazakhstan (4)

「またあの厳しいカザフの地を歩きたいか」と問われたら、一瞬考えてしまうけど、もう一度歩くのも悪くはないかなと思う。しかしもう再訪する事はないでしょう。

再訪すればお世話になった方々と会う事もできるけど、人生でたった一度の出会い、忘れられない出会いというのは美しいものだなと思うので。

これが一期一会かと知った2013年中国。



と、軽く前置きを書くつもりがとても長くなってしまった。
アップするつもりのなかった写真までアップしてしまった。

で、本題はというと、

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カザフの無人地帯を歩行中、無性に食べたくなってその後の4年近くもずっと頭から離れなかった念願の赤福を食べましたという非常にどうでもいい事だったりします。

メモリアルシューズ 

IMGP6598_R.jpg

人民広場に到着した際に履いていた靴。

4年半、4万キロの歩行で履きつぶした靴は7足。
これまでの6足は全て日本に帰国済み。

自分の歩行を支えてくれた靴を捨てる事はできないし、この穴の開いた靴こそ約4万キロを歩いてきた証に違いないので。

他の人から見たら何の価値もない穴の開いた靴も自分にとってはプライスレス。
送料に40ドル程かかる事もあったけど、それでも送り返してきて良かったと思っている。

IMGP6313_R.jpg

ゼロ地点を踏み、地球一周を果たしたこのメモリアルシューズも明日帰国する。

日本に帰ったら7足全て並べてやろう。
きっと最高の輝きと異臭を放つに違いない。

IMGP6576_R.jpgIMGP6592_R_20130611212503.jpg

ベトナム南部から上海まで6000キロ以上履き続けてきた証。

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靴底だけでなく、側面もこんな感じなので、雨が降ればすぐに雨水が靴の中に浸透し最悪な状態になった。

IMGP6599_R.jpg

約4万キロを歩くのに7足の靴とたくさんのソックスを要したけれど、唯一同じものを使い続けたインソールはこんな感じになっていた。インソールも帰国します。

ここまで支えてくれてありがとう。

上海人民広場 

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1日目 2009年1月1日

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1621日目 2013年6月9日


4年半、39500キロを歩いて人民広場へ戻ってきた。
今日はとにかく忙しくて慌しくて、この4年半の日々を振り返る事もかみしめる事もできたとは言い難いのだけど、全てのものから解放された夜、一人でまた人民広場のゼロ地点に立ち寄った。

あの日1人でここへやって来て、ここから歩き始めて、当時の心境などを思い返し、ゼロ地点に背を向けて歩き始めた後ろ姿をイメージしてみた。幸せな時間だった。


家族と友人とサポートしていただいた企業の方々、その他色々。
そして何より歩行中何度も救いの手を差し伸べてきてくれた現地の人達、感謝の気持ちしかありません。ありがとうございました。


時間がないのでとりあえず人民広場到着のご報告だけ。

上海 

IMGP6232_R.jpg

1620日目。

これまでの日々を振り返り、色々な事を思い、かみしめながら上海入りしようと思っていたのだけど、道を間違えてしまい、それどころではなかった。
何度も何度も道を尋ね、確認しながら上海中心部を目指した。

今日は人民広場手前まで35キロの歩行。
これまでの事を振り返るのは明日でいいや。


明日で終わりです。

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