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ALKINIST -あるきにすと- 中国

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打ちのめされて瓜州 

打ちのめされております。

地図を見て無人の荒野、砂漠がある事を予測できても、そこで吹き荒れる強風まで予測できるはずもなく。
台風接近を思わせるような強風に苦しむ日々。

幸いにも追い風ながら、毎日何時間もその風を浴びれば確実に体力を奪われてしまうわけで。
道脇に座っての昼食中、砂と共に襲いかかってくるわけで。

「風よ止め」と唱える日々。

そして1日の中で最も苦労するのがテント設営時。
酒泉からの7日間、その大半をテントで過ごす事になったものの、
吹き荒れる強風に設営途中のテントは飛ばされ、テントポールは曲がり、散々な目に遭わされている。

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打ちのめされております。

地図を見れば太い赤字で線が引かれ、さぞや立派な道があると思いきや、実際は車1台が通れる程の狭い道。

その狭い道の片隅を歩く訳なのだけど、もちろんそこを車も通る。
普通車ならまだしも、恐らくは新疆へと運ばれる新車のトラックが何台も隊列を組んで、わざわざこの狭い道を通る。
1日に何台も何台も、連日。

で、このトラック共が背後からクラクションを鳴らすわけです。

「ブーブーブー」と。
「道を空けやがれ」と。

このやかましいクラクションを聞く度に道を空けてもキリがなく、無視して歩くのだけれど、舗装路を外れたトラックの片輪が巻き上げる砂埃が半端ない。
ブワーっと舞い上がる砂煙、背後から何台もトラックが来て、同じ様に砂埃を巻き上げていくんだからたまったものではない。
1日に何度も何度も、連日。

横を見れば並行して走る高速道路。

「お前ら、高速使えや」とぼやく日々。

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食料尽き、しけたビスケットで空腹をしのぎ、思い切り手を振ったにも関わらず欧米人サイクリストに無視されたりと、色々あったものの何とか到着した瓜州、辿り着いた瓜州。

ようやく辿り着いたオアシスで待ち受けていたのは宿泊拒否の連続。
どうやら外国人が泊まれる宿は限られている様。
中国人を装い、チャイニーズスマイルで「1泊いくら?」と尋ねても、「身分証を見せろ」と一蹴されてしまう。
そして紹介されるのが生活費数日分にもあたる立派な賓館。
そんな所には泊まれません。

風に疲れ、砂に疲れ、宿探しに疲れ。
瓜州にて1日休足決定。
しっかりと休養し、英気を養い、再び荒野へと戻る事にします。



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<写真>
かなり分かりづらいけど、遥か遠くに見える瓜州。
遮るものが何もない荒野では20キロ先のものさえ見えてしまう。
そして街影が見えた瞬間というのは本当に嬉しく、安堵してしまう瞬間でもある。
ちなみにこの撮影地点より瓜州まで15キロ程。

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<写真>
瓜州到着前におじいちゃんと一緒に休憩。

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<写真>
朝食の牛肉麺。

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歩きながら考えた 

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3月の歩行距離・約1100キロ。
グレイトの一言に尽きる。

寧夏での吹雪から始まった3月。
その後も氷点下、体調不良の中での3000メートル越え、そして今尚続く無人の荒野、砂漠と、目まぐるしく変化する環境、過酷な環境下であったにも関わらず、まあよく歩いたなと改めてそう思ってしまう。

3月末に歩行距離は3000キロを突破。
すでに中国での残りの行程は2000キロを切っている。
「まだ」とも「もう」とも思える距離ではあるけれど、
「もうあと千数百キロ」というのが今の率直な気持ち。

中国ビザ期限6月26日。
この順調すぎるペースに中国ビザの期限には十分間に合う。
今のペースで進めば早くて5月中にも中国を歩き終える事ができるはず。

終わりが見えてきた中国、そしてその先に待ち受ける中央アジアの国々。
そろそろ準備しとくかと、酒泉にて中央アジアの地図を広げ、各国での歩行距離、滞在日数を計算。
さらには、元アルマティ在住の友人ミヤシェンコ氏から紹介してもらった代理店とコンタクトを取り始めた。

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中央アジア入りの準備を進める一方で、再浮上したのがカシュガルルート。

ウルムチの西約1500キロに位置するカシュガル。
当初、中国最西端カシュガルまで歩きたいと考えていたものの、180日というビザ日数を考えると厳しいだろうと、無難にウルムチからカザフスタンへ抜けるルートを取ったのだけれど、今のペースなら期限内にカシュガルまで行けてしまう。
ウイグルの地に点在する町や村、そこで暮らす人々というのはものすごく魅力的に思えてしまうのです。

そして広がる選択肢。
カシュガルからキルギス・オシュへ抜ける事もできれば、ビザさえ何とかすればパキスタンさえも見えてくる。

しかしながらこのパキスタンルート、ビザは何とかなるにしても治安が問題でして。
もっと言えば、クエッタ以西を歩ける可能性はかなり低い。
歩かせてもらえない。
仮に運良く歩けたとしても、その先で待ち受けているのは悪名高きイラン・ケルマン州。げろげろ。
治安状況が好転していればとも考えていたけど、少なくとも好転していない現在、このルートは選択肢に入れる事ができないと判断。
大変魅力的なルートであるもののサヨウナラパキスタンという事で却下。

金もコネもない一般人が徒歩でユーラシア大陸を横断するとなると中央アジアを通るルート以外考えられないというのが現状。
ぼくは金もコネもないので、必然的に中央アジアを通らざるを得ないという事になります。

・ウルムチからカザフスタン
・カシュガルからキルギス

ここ数日、上記2ルートについて歩行中はもちろん、シュラフにもぐり込んでからも、あるいは食事時にも常に考えてきた。
で、出した結論はと言うと、今のところウルムチからカザフスタンかなと。

カシュガルからオシュへ抜けるのはいいけど、ビザ取得のためビシュケクまで行くのがものすごく面倒で。
もし万が一、何らかのトラブルに見舞われてしまえば、ビザ切れの恐れもある。
さらには6月にはカザフスタンでスペシャルなイベントもあったりするので。
無難で確実なルートを取るべきかなと考え中。

ウルムチ以西のウイグルの皆さん、ごめんなさい。

あー、でもまだルート変更の可能性は少なからず残っています。
ウルムチまでもう少し時間があるので検討を続けます。

職質 

荒野のど真ん中で職務質問を受ける。
南京以来2回目。

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まだ春が始まったばかりだというのに真っ黒に日焼けし、得体の知れないものを引いて歩く姿だけでも十分に怪しいのに、パトカーをちらっと見た後、下り坂をさーっと小走りで駆け抜けたのが怪しさを助長させたのかも。

わざわざUターンしてきたパトカーから停止の指示。
パスポート、ビザの確認のみのとてもシンプルなもので、対応も紳士的。

どこぞの国も見習ってほしいもの。


野宿していた深夜、「野宿するならイタリアでしろ」と、わざわざイタリア国境までパトカーで送ってくれ、国外追放してくれた某国。

乱雑に扱っていたためボロボロになったイエローカードを見て、「ボロボロだから金をよこせ」と訳の分からない因縁をつけてきた某国。

盗難証明書の発行さえもできない某国。


警察絡みのネタはたくさんあるものの、どうやらこの国では無縁そう。


中国と日本。
隠れ蓑を着て姿を消すとまではいかないにしても、共に東アジアの国で、皮膚や髪、顔立ちも似ていて、何とか目立つ事なく歩いて来れたけれど、今後、中央アジアやロシア系人種の中へ入っていけば、どうしても目立ってしまうはず。
荷物満載のリヤカーを引く怪しげな東洋人なら尚更。

中央アジアの悪徳警官との攻防戦。
恐らくは防戦一方であるけれど、想像すれば憂鬱でもあり、ほんの少し楽しみでもあり。



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<写真>
嘉峪関の長城。

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<写真>
ある日の夕食。

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<写真>
夕焼け空。

甘粛省酒泉 

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張掖から5日、約220キロ。

当初は1泊だけしてそのまま通過する予定だったこの街で足を休める事にした。
今後しばらく大きな街もなく、水・食料の確保も必要だったので。

しかし、この狭い部屋にこれだけの荷物を入れるとなると落ち着かないなあ。

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休足日の今日はスーパーを見て回り、食料を揃えた。

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無人地帯では基本的に昼食は道脇で果物、パン、ソーセージなど。
夕食はレトルト丼・カレーもしくはラーメン。
まな板やら調味料各種揃えているものの出番なし。

シルクロードで感じる春 

好きな季節を問われれば、春と答える。

生物が行動を開始する春。
花咲き乱れる春。
穏やかな春。
新たな生活が始まる春。

何より冬の終わりを告げてくれる事が嬉しい。


氷点下の雪山を下りれば、そこは夏を思わせるような強烈な陽射し。

「春を通り越すとは何事か」

と憤慨していたのも束の間。
張掖辺りから穏やかな気候に落ち着いている。
やはり冬の後は春なんだと、そんな当たり前の事が何だか嬉しくもあり。


さて、現在歩いているシルクロード。
色とりどりのチューリップが咲き乱れるどころか、生命の存在を拒むかの様な乾いた茶色い台地が延々と続いている。

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春の気配ゼロ。

張掖手前で物凄い強風に襲われるも、あんなの春一番どころか台風一号としか思えず。

シルクロードで感じる春と言えば、時折見かける畑を耕したり、農作業をしている人々の姿くらい。
こんな乾いた土地で一体何を作っているのかは定かでないけれど。
それでも、牛やロバを使っての耕作を目にすれば、春の訪れを感じずにはいられない。

で、今回目にしたのがこちら。

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ラクダ。

シルクロードと言えばラクダ。
シルクロードで見た初めてのラクダ。

ラクダを見て喜ぶような年でもないけれど、正直なところ、シルクロードで見るラクダは無性に嬉しい。

農作業にラクダ。
春の訪れを感じるのと共に、ここはシルクロードなんだなと改めて思ってしまう。

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再見 

「再見」

これまで幾度となく交わした言葉。
中国語でさようなら。
別れの言葉は数あれど、この言葉が一番好き。
さよならよりもシーユーよりもアディオスよりも。
再び見るなんて、なんかまた会えそうな気がして。

スリー・デイズ・イン・チャンイエ 

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甘粛省張掖。

かつてマルコ・ポーロが1年間滞在した街。
時代こそ違えど、共にシルクロードを歩く同志。
十分に理解できるその気持ち。

強風吹き荒れる荒野からこの街に辿り着けば、何とも言えぬ安堵感に包まれてしまう。
今となっては多くの事が解明され、詳細な地図もあれば言葉も通じるものの、色々な事が謎めいていたマルコ・ポーロの時代なら尚更そうであったに違いない。


張掖に着いて3日目。
洗濯や荷物の整理、必要な買い物もすでに済ませているのだけれど、なかなか出る事ができず。
特に何があるという訳でもなく、どこにでもありそうな典型的な中国の街でしかない張掖。
決して面白い街ではないのだが。

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「両替をしないといけない」

決して手持ちの中国元が乏しい訳ではないけど、どうでもいい理由を作って延泊した今日一日。
無意味にスーパーをハシゴし、テレビを見て、読書にネット。
このままズルズルと滞在し続けてしまいそうな雰囲気。

そんな訳にもいかず、3日間の滞在をもって明日この街をあとにします。

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