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ALKINIST -あるきにすと- エチオピア
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アディスでやるべきいくつかの事 

年末に申請したケニアビザ取得以外にもアディスアベバでやるべき事が色々とあって、毎日少しずつ消化している。

日本へ荷物を送り、歯医者へ行き、市場で必要なものを買い揃えた。
人口9000万人を有する国の首都、アフリカ有数の都市ではあるが、ここはアフリカ。
タイやカンボジアでは買えたのに購入できなかったものもいくつかあったが代用品で何とかするしかない。


インスタントコーヒーが残りわずかなので数軒のスーパーを回り値段を確認した。
エチオピアの物価は安いものの、輸入物は日本以上に値が張り、最も安い所でネスカフェ200グラムが約7.5ドル(150ブル)。円安の今だと900円もしてしまうが、歩行後にテントで飲むコーヒーはやめられない。

より安いコーヒーを求めてスーパーを見つける度に値段をチェックすれば、4軒目のスーパーで100グラム3ドル弱の安いインスタントコーヒーを発見。
Mac Coffeeというシンガポール系企業のコーヒー。
聞き覚えのある名前。昔どこかで買ったような気もする。
あと150円出せば100グラムのネスカフェを買えたのだけど、安かろう悪かろうでない事を祈る。
新年早々150円を巡り悩むなんてみみっちい気もするけど、その150円があれば毎朝通っているカフェのコーヒーが6杯も飲めてしまうわけだから、日本の150円とエチオピアの150円とでは価値が全く異なるのである。

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そしてもう一つ、ケニアビザに次いで重要だったのがマラリアの薬の購入。
これからマラリア流行地域に入っていくので、ドキシサイクリン、エロキンという予防薬を2種類、コアルテムという治療薬、体温計を買った。

Addis Ababa 

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峠の最高地点に達した時、眼下にアディスアベバの街が広がった。ふぅやっと着いたか。
ここからはひたすら下り、2時間程歩いて安宿が集まるピアッサという地区へ。

さすがは首都。
皆きれいな服を着ているし、裸足で歩いている人も我が物顔で歩く家畜もいない。
何より無遠慮に突き刺すような視線をあまり感じなくなった。
田舎では数冊の教科書やノートを手で持って登下校する学生が多かったけど、アディスアベバの学生はリュックを背負い、外国人を見たからといってバカ騒ぎをする事もない。どことなく上品で教養があり洗練されている気がする。

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これから数日拠点となる宿。


10年振りに訪れるアディスアベバ。
しかし記憶は曖昧であり、まずは地図を見て宿周辺の通りやレストランなどの位置関係を頭に入れてみる。
そして翌朝、それをなぞるかのように歩いてみれば10年前と変わらぬ景色があったり、当時の記憶が少しずつ蘇ってきた。

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まずは10年前にも通ったコーヒー店TOMOCAへ足を運ぶ。
アジスアベバで最も人気のあるコーヒー店。その人気は今も健在。

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大晦日なので休館しているはずだけど、年明けのケニアビザ申請に備え、大使館の場所を下見。
守衛に「さすがに今日は開いていませんよね」と話しかけてみれば、ボディチェックを受けた後、中へ通されまさかのビザ申請。
ビザの即日取得はできず、受け取りは年明けになるものの、予定外の展開であった。
日本のケニア大使館は12月18日から1月5日までビザ申請を受け付けていないというのに駐アディス大使館は働き者である。

もっともこれは大使館がある国の慣例に倣い定められた休みなのだろうけど。
日本では年末年始が重要だが、欧米だとクリスマスや感謝祭の方が大きな意味を持つし、イスラム圏だと断食明けや犠牲祭、中華圏では旧正月が最も重要な日。
で、エチオピアで重要なのはいつなのかというと1月7日、エチオピア正教会のクリスマス。

大晦日や元日は大きな意味を持たず、新たな年を迎え、街を歩いてみても特別変わったものはなし。
さすがに元日はレストランなど閉まるだろうとインスタントラーメンを食べるつもりでいたけど、レストランに商店、さらには銀行までもが通常営業なのには驚いた。

こんな感じで2015年はアディスアベバから始まった。

G/Shanoo 

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前日の疲労が残っているのか、足取りが重く感じられた。
1300メートルの上りに比べたらこの程度の上りなど大した事ないと自分に言い聞かせるも、何度も足を止めながら進む。

疲労、勾配など要因はいくつかあるけど、標高が高くなって酸素が薄くなった事もその一つか。

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標高は3000メートルを超えていた。
リヤカーを引いて3000メートルを超えるのは中国、台湾に続いて3度目。
この2日で1900メートルの高低差である。

今夏に働いていた富士山八合目の山小屋から須走口五合目まで下山した時の高低差は1400メートル。
舗装路とはいえ、それを上回る高低差を荷物満載のリヤカーと共に歩いている。

山小屋では「高山病になるから無理せずゆっくり動け」といつも社長が言っていたけれど、もっとペースを落とすべきなのだろうか。

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標高3000メートルの所に中国系のセメント工場があり、中国人労働者の姿も見えた。
工場の壁には中国語のスローガンが書かれ、入口には春節の飾りが貼られ、アフリカにいながら中国を歩いていた時の事を懐かしく思った。
工場の隣に警察があり、テントを張らせてもらう。

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歩行後にテントで飲むビールは最高だ。
不思議なものでテントで飲むコーヒーもまた最高だし、たかがインスタントラーメンであってもうまい。今はやめたけどテントで吸うタバコもうまかった。

Abay Gorge 

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のどかな風景の先に待ち構えていたのは、今年最後のヤマ場である大地溝帯

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ここを境にアフリカ大陸が分断されると言われている。

数十万年後という気の遠くなるような話だけど。

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向かいの谷との間にある亀裂が大地溝帯。まさに地球の割れ目。
谷底まで下り、向かいの谷を上らないといけないのだけど、想像以上の高低差である。
20キロかけて1200メートルを下り、20キロかけて1300メートルを上るという行程。

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腕時計の高度表示はどんどんと数字を減らしていき本当に1200メートルまで下ってしまった。ここまで下れば陽射しのきつさを感じる。
谷底には日本が支援して造られた橋が架かっているが、歩行者は通行不可で左の古い橋を渡らされる。

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この辺りは道路も全て日本が整備している。

前方遥か上を走るトラックが見え、本当にあそこまでいけるのだろうかと唖然とする。
足を止めて汗を拭い、ふと腕時計を目にしたとき、「12.25」という表示に気づき、今日がクリスマスである事を知った。そんな華やかな響きとは遠い所にいて、汗を流していた。
クリスマスにこんな激坂を上っているなんて、神からの素晴らしいプレゼントだと皮肉ってみたけど、ここまで散々足を止めまくったからであり自業自得なのである。

疲労もあり150メートル上っただけで歩行終了。この先水を補給できるか不確かなので節水し、クリスマスディナーはバナナとサムサだった。

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翌日も早朝からひたすら上り続ける。
1日で1200メートルを上った事などこれまでにあっただろうか。

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向かいの谷からこちら側を見た時、本当に上れるのだろうかと自分でも半信半疑であった。
最悪リヤカーなどをこの先の町にでも置いて歩こうと思っていたけど、荷物満載のリヤカーと共に歩き抜く事ができた。

我ながらよく歩いたなと思う。
汗を流し、自分の足のみで上った事に対するご褒美。
1日遅れのクリスマスプレゼントはこの絶景でした。

Debre Markos 



3歩進んで2歩さがるってわけではないけど、1日歩いて1日休むペース。
バハルダールを出たのはかなり前に思えるが、10日目にしてやっと250キロ進んだ。
スーダンなら4日で歩いている距離だ。

警察沙汰があった事もあるけど、スピードが上がらない最大の理由はアディスアベバでのケニアビザ取得があるから。
年末年始に大使館がビザ発給業務を行っているか不確かなので急ぐ必要はないかなと。



ようやくアディスアベバまで300キロを切った。
当初はクリスマス頃の到着を予定していたけど、年内に着ければと思う。
いや絶対に年内に着いておきたい。

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夕方町に着き、宿かキャンプか迷った末に宿を選ぶ。
エチオピアの宿はバーやレストランを併設している事が多いのだが、バーにて炭酸水を発見。
昔は全く好まなかったが、カザフスタンを歩いていた時に頻繁に差し入れられ、それ以来飲めるようになった。

酷暑のエジプト、スーダンを歩いていた時、冷たいものが欲しいのだけど、コーラなどは甘ったるいし水という気分でもない。そんな時何度も頭に浮かんだのが炭酸水だった。
できればあの砂漠地帯で飲みたかったけれど、エチオピアでコーヒーの口直しに飲む炭酸水も悪くはない。




Dembecha 



昨日は夕方に町が現れたので警察署の敷地内にテントを張らせてもらった。
エチオピアの安宿はダニや南京虫が多い。田舎なら尚更。
ダニや南京虫の餌食になるリスクを背負って安宿に泊まるよりは自分のテントの方が絶対に快適である。
しかも警察署でのキャンプだ、安全面も文句なし。
と思いきや、夜になれば警察官は皆帰宅し無人となる警察署。

夜間に事件事故が起こる可能性もあるわけで、1人くらいは常駐しているだろうと考えていたが、これがエチオピアである。
しかも警察署の敷地内は出入りが規制されているわけではなく、なぜか空手教室があり、テントを張った夕方の時点で子供や何者か分からぬ男が徘徊していた。

それでも50キロを歩いた疲れからうとうとしていたら、テント周りを歩く足音や物音が聞こえ、時折テントの側壁に人影が映し出された。一瞬で目が冴え、三脚を手に取り武装する。


何事もなく再びうとうとと眠りに落ちかけていたら、足に何やら動きを感じた。
「来たか」と思い、ライトを足に向ければ思った通り南京虫がいて指でつぶす。
アジスアレムでは3日テントで過ごしたが、その時から腹回りや足などに虫刺されの跡があった。
真っ先に南京虫の可能性を疑い、なぜまた突然にと思ったのだけど、おそらく寝袋の収納場所をバックパックに変えたからだろう。安宿に泊まっている間に南京虫がバックパック内に侵入し、さらに寝袋に巣食ったのだ。

襲われるかもしれないという恐怖、さらには南京虫のせいで深夜まで眠る事ができず朝を迎えた。まだ暗い6時前だが1人の警官が出勤していて筋トレ中、日曜日だからか空手教室も朝練中だった。



本日は昼前まで歩き、快適そうな宿を見つけたので南京虫の駆除という名目で足を止める。

Addis Alem 

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ゴンダールから3日半歩いてバハルダールで4日半休み、
バハルダールから1日半歩いてダングラで1日半休み、
なかなか足が進まないなと思っていたら、ちょっとしたトラブルがあって、ダングラから1日歩いてアディスアレムで2日の足止めを食らう。

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現場検証中のエチオピア警察。

警察の敷地内にテントを張らせていただいたり、各地でお世話になっているけど、こういう形で警察のお世話になるのはウクライナ以来2度目。



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エチオピアの田舎で自家用車を目にする事はほとんどないのだけど、警察までもが車を持っていないという衝撃の事実。移動の際はミニバス。

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ティリリの警察署。

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罪を犯した者はこの中に勾留され、10人くらいの男がいた。
入り口には南京錠すらなく、見張りに一声かければ犯人のみでトイレへ行ける。昼休みになれば見張りを一人だけ残して警官達は皆がランチタイム。簡単に脱走できてしまいそうな環境である。

2人の少年を誤認逮捕して2日も拘束するわ、犯人をぶん殴るわ、これがアフリカか。