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ALKINIST -あるきにすと- ボリビア

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Copacabana 



3人での徒歩旅を終え、再び1人になる。
チチカカ湖の北側を歩くつもりでいたけど、不安要素がいくつかあり、気が進まなくなったのでコパカバーナを経由してペルーを目指す事に。

この2日間、リヤカーの荷台は荷物満載だったため、自分1人分の荷物だと随分と軽く感じられ、自分のペースでスイスイと進んでいく。

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40キロ弱歩いて対岸が見えてきた。しかし橋は架かっていない。

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バスなどもこのような渡し船で対岸へ渡る。

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動力には極力頼らないというのが自分の旅なのだけど、不本意ながら渡し船で対岸へ渡る。
フエゴ島から南米大陸本土へ船で渡った時以来の動力。
絶景続きだったので、このルートを歩けたのは良かったと思う。

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崖上の道が延々と続き、テント設営場所はなかなか見つからなかったのだけど、チチカカ湖を見下ろす場所にテントを張る。
1人で歩くのも、テントを張るのも3週間振りの事。

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2日目。今日も上りが続く。

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最高地点は4251メートル。

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コパカバーナが見えてきたけど、なぜかここだけどんよりとした雲が空を覆っていた。
50日超に及んだボリビア滞在だけど、ここが最後の町。

グラシアス、ボリビア。明日ペルーに入ります。

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Huarina 



これまで約6年、6万キロを歩いてきたけど、ロシアを歩行中、犬が20キロ付いてきたのを除けばずっと1人。
カザフスタンで会った若者、豪州では同行取材の依頼があったり、稀に一緒に歩いてみたいという人もいたけど全て断ってきた。

3週間のラパス滞在を共に過ごし、一緒に祭りに行った人から「一緒に歩いてみたい」と言われ、チチカカ湖への約70キロを共に歩く事となった。

1人は2009年にキルギスでも会っている二胡奏者のヨシさん。
彼はウガンダ滞在中にマスクを買っており、自分がアフリカ縦断中に同じマスクを購入した時、「南米でコラボしましょう」と言われていた。残念ながらウガンダで買ったマスクは今回持ってきていなかったのだけど、南米のニットマスクで念願のコラボ。

もう1人は書道家のフミちゃんという女の子。「一緒に歩こう」と言い出した張本人、変人。
それをヨシさんに伝えたところ、「面白そうだから俺も行く」と言い、今回の3人旅となった。

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彼らの荷物も荷台に積み込めばこの通り。100キロ超。

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交代しながら急勾配の坂を歩き、ラパス脱出。

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時速3キロペースで2時間、6キロ歩いて、高台にあるエル・アルト着。
ラパスの街を見下ろす。17泊したラパス、さようなら。

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その後はフラットな道が続く。
普段は食事をとる時、写真を撮る時、現地人に声をかけられた時以外は足を止める事はないのだけど、歩行初心者の2人がいるので1時間歩いて休憩というペースで進む。

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撮ってもらいました。

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ワイナ・ポトシとリャマ。

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34キロ歩き辿り着いた初日の宿。
宿っていうか小屋の中にマットを敷いて川の字で眠る。

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2日目。
疲労困憊のフミちゃん。
休憩の度にぐったりとし、バスを使った方が良いんじゃないかと思ったけど、頑張って2日間歩き抜いた。

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2日目も35キロを歩き、目的地のHuarinaに到着。
70キロの3人徒歩旅は無事終了。
本当にお疲れさまでした。

ラパスでの日々 

気が付けばラパス到着から21日が経過。
祭りを見るため、5日程ラパスを離れていたとは言え、予定外の長居となった。
1泊6ドルで個室に泊まれるし、街歩きも面白いし、知人と7年振りの再会があったり、別の知人が日本から来たり、あるいはビーニャからここまで頑張り続けた反動からか、すっかり腰が重くなってしまった。


以下適当に写真。



コパ・リベルタドーレス、ザ・ストロンゲスト―サンパウロ戦を観戦。

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試合会場は標高3650メートルに位置するエルナンド・シレススタジアム。
あまりの過酷さにメッシが嘔吐した事もあるらしい。

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2009年にキルギス・ビシュケクで会った二胡奏者の旅人と再会。

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さらには日本から知人がラパスへやって来た。
新しい靴、パソコンなどを持ってきてもらうも、チリ・サンペドロ以来ネット接続できなかったパソコンが突如復活し、現在無駄にパソコンを2台携帯している状況。

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ケーブルカーで高台にあるエル・アルトへ。

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エル・アルトでは毎週木、日曜日に大きなマーケットが開催されている。

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現在ラパスのケーブルカーは3路線あり、こちらは黄色ライン。
運賃3ボリ(約50円)と安く、何度か空中散歩を楽しむ。

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エル・アルトからの眺め。
現在滞在しているのがビル群の辺りなのだけど、ラパスを出る際は400メートル上り、エル・アルトまで戻る必要があるのでとても面倒だ。

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歯医者。

ラパスへ 



オルーロから首都ラパスを目指す。
約230キロ、日に日に日照時間は短くなっているが、頑張れば4日で着けるかという距離。

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オルーロからは片側2車線の分離道路となり、路肩も広々でとても歩きやすい。
路上で1日の大部分を過ごす者にとって路肩の広さはとても重要。
広ければ安全だし、不快なクラクションを鳴らされる事もない。
南米3カ国目だけど、路肩に不満があったのはアルゼンチンのみ。

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ボリビアでも基本キャンプ生活。
ラパスまでの3泊のうち2泊は道路下の通路にテントを張る。
もう1泊はテント設営場所が見つからないまま小さな村に辿り着いたのだが、村人は皆「安全だ」というので村の中に堂々とテントを張らせてもらう。
絶対に人目につかない場所、あるいは確実に人の目につき安全を確保できる場所というのがテント設営場所の条件。

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5~10キロ置きに村や町が現れるが、たいていは何もない小さな村であり、食事をとれる場所は多くはない。
レストランに入る事はほとんどなくて、こういう青空食堂が最近のお気に入り。

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アルゼンチン・コルドバからペルー・リマを目指しているイギリス人サイクリスト。
カラファテ、サンティアゴで会ったサイクリスト・トムから自分の事を聞いていたらしい。

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雨季はすでに終わっているので雨は降らないものと思っていたけど、オルーロ手前では自分にとって2カ月半振りの雨が降り、その後もパラパラと雨に打たれる事が多い。
ラパスから50キロ地点で迎えた朝も雨がテントを叩き、その後雪へと変わる。
予想外の雪。やはり標高4000メートルは侮れない。
この日のうちにラパスに着きたかったので雪と雨の中を2時間程歩く。

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そしてラパスが見えてきた。

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写真で見た事のあるすり鉢状の街だけど、レンガ造りの家々が密集する景色は圧巻。
視覚でこれだけの衝撃を与えてくれる街はあまりないのではないか。

衝撃といえば、すり鉢上のエル・アルトという街で真横にいたインディヘナの婆さんが突然しゃがみこんで小便を始めたのも驚いた。ボリビア人はベトナム人並に大胆な人達である。

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中心部のサンフランシスコ寺院に到着。

悪天候だし、疲れもあり、夕食は宿周辺で売られていた屋台のハンバーガーで済ませたのだけど、こいつが原因で夜は思い切り嘔吐。
水は生水、現地人と同じものを食べ、食当たりなんてほとんど経験がないのに……。

Oruro 



チリのある宿の宿帳には名前、パスポート番号だけでなく、「好きな国」という項があり、カザフスタンが直感的に思い浮かんだので書き込んだ。
宿帳をパラパラとめくってみれば、自分が書き込んだ数ページ前まで「嫌いな国」という項があり、圧倒的に多かったのがインド、次いで中国。
そして目についたのがボリビアという国だった。

「フレンドリーで親切な人が多かった」と自身の経験を前置きした上で「ボリビアを嫌う人は少なくない」と出会った日本人サイクリストは言っていたし、わずかながら不安を感じていたボリビアだけど、この国を嫌いになる要素は見つからない。

最初の2週間はほぼ無人地帯の4000メートル超の高地、ウユニ塩湖で過ごし、この国の自然の素晴らしさを知った。
それ以上に魅力的なのは人。
先住民インディヘナの比率が高い国であり、カラフルな民族衣装に身を包んだ女性が多い。
難解なスペイン語でコミュニケーションをとり、時には差し入れをいただく。

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牧歌的な風景が広がる田舎を歩く限り、治安は問題なさそう。

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そんなのどかなボリビアの片田舎で遭遇したスイス人サイクリスト・プルー。
彼もまたチリから4900メートルの峠を越えてきており、共に経験した苦労話で盛り上がる。
この日は偶然にも彼のテント設営場所を見つけたので同じところにテントを張る。
1年の自転車旅はボリビアの首都ラパスで終えるらしく、時間も余しているので超スローペース。翌日、翌々日も路上で出会う。

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ウユニから9日かけて到着したオルーロ。
宿近くにはマーケットがあり、シャワーを浴びるのも忘れて何かに憑りつかれたかのように歩き回る。
刺激的でこんなにもワクワクするのは久々だなと思う。
首都ラパスをスルーして、30日という滞在期限内にペルーへ抜ける事も考えていたが、この国を足早に駆け抜けるのはもったいないなと思い、滞在期間を延長。

続いて車輪の修理。
オルーロ到着前にスポーク折れに気付いたが、予備スポークは持っていなかった。
オルーロで自転車屋の場所を教えられるもそこはマーケットの一角にある自転車屋が集まる場所で、自転車本体は売っていても整備、修理はできないところだった。

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聞き込みを続け、何とか辿り着いた場所はとても小さな修理屋。

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スポークも新品を揃えているわけではなく、無数のスポークの中から車輪に合った長さのものを探し出す。

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ブレがないように調整してくれ、その仕事ぶりは間違いなくプロの仕事だった。

Salar de Uyuni 



雨季が終わり、水がなくなったウユニ塩湖を渡る。

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ずっと前から訪れてみたかった場所であり、見渡す限り雪原のように真っ白な世界は圧巻の一言なのだけど30分ほど歩けばすぐに飽きてしまった。

当初の予定では塩湖にある島を訪れた後、陸へ向かうつもりだったが、予定を変更し、島には寄らず最短距離で塩湖の踏破を目指す事に決める。
しかし周りに全く何もなく、頼りになるのは腕時計のコンパス機能だけ。どこをどう歩けばよいのか分からない。

チリで会った日本人サイクリストが迷い、2日間も自転車で彷徨い続け、現地人の車に助けられたという話も実際にここに来ればよく理解できる。

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観光地なだけあってツアーのランドクルーザーは多く、ドライバーに目指す村への行き方を尋ねると、「あの山を目指せ」と遠くにうっすらと見える山を指差した。
目指す方向に目標物があるのは本当に助かるが「84キロだ」との言葉に「えーっ」と声を上げてしまった。遠すぎる……。

しかしながら多くのツアーが向かう島へのルートを回避したので、遭遇するランクルの数は激減。
ボリビアに入って以来、ランクルの多さ、ツアー客の視線にはうんざりしていたので、誰に干渉される事なく静かに塩湖を歩けたのは本当に良かった。

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2日連続で寝坊し、のんびりと楽しみながら歩いたので、結局ウユニ塩湖で3夜を過ごした。

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ここでの星空を楽しみにしていたけど、真っ白な塩湖の夜は雪が降り積もった夜と同じようにぼんやりと周囲の景色が浮かび上がり、完璧な闇にならないためイマイチだったが、日の出後の淡い光に照らされる塩湖は日中とは違う美しさがあった。

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ウユニ塩湖に入って4日目、ようやく塩湖の終わりが見えた。
塩湖上での歩行距離は85キロ。



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Uyuni 



悪路の終わりにて記念撮影。
ここから先舗装路になるわけではないけど、地面は固く、時速5キロで歩く事ができる。

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食料が尽きかけた頃、ボリビアで最初の村であるアロタに到着。
人通りの全くない村のメインストリートに閉口してしまう。

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唯一開いていた商店。
南米大陸を南下してくる人はチリやアルゼンチンの先進国ぶりに驚くというが、北上すれば全く逆の印象を抱いてしまう。
噂通りボリビアの商店には値段が表記されてなく、いちいち尋ねないといけないのが面倒。
物価が安い国と聞くけれどチリやアルゼンチンからの輸入品が多く、チリのスーパーの方が安い。
歩行中に食べる行動食、自炊も多い自分にとっては格安という印象でもない。
ボリビアで安いのは宿泊費と外食費。

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ビラビラという村にてボリビア入国12日目にして初めて食べたボリビア飯。リャマの肉で100円くらい。
ボリビアの食事はまずいと聞いていたが、全然いける。
今のところまずいと思ったものは全くなし。

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こういう感じの屋台飯が色々な所にあれば嬉しい。
アルゼンチン、チリは白人移民が多かったが、ボリビアは先住民インディヘナの割合が南米で最も高い国。

悪路を抜けた後は187キロを3日半で歩き抜け、現在はウユニ。
ボリビアでの滞在期間は30日。悪路に苦戦したため、すでに13日目を迎えている。
ラパスに寄るなら延長するし、寄らないのならペルーまでの700キロを一気に駆け抜けるつもり。

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