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ALKINIST -あるきにすと- カザフ・キルギス

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KYRGYZ-KAZAKHSTAN 

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<写真>
キルギスの野原しんのすけ。
かなりのイタズラ坊主だった。

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<写真>
かわいい兄妹。

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<写真>
カザフスタン・シャルカルを目指して歩く。
ここからきつい行程となる。

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<写真>
砂漠の様な砂地の道へと変わる。

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<写真>
トラックも砂煙を巻き上げながらこの道を走る。

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<写真>
車が通らない無人地帯にて車軸トラブル。
中国製車軸には悩まされ続けた。
道具がないので応急処置さえ出来ず、アラルへ戻るしかなかった。
いつ来るのか分からない車が通るのを待ち続ける。
いつ車が来てもいいように、テントを張らず、シュラフにもぐり込み、ひたすら待ち続けた。
一晩待ったが、車は一台も通らず。

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<写真>
来るか分からぬ車を待ってもしょうがないと、最寄の町を目指す。
水を捨て、軽量化し、荷物を少しずつ運ぶ。
1時間に進める距離はわずか1キロ。
3時間ほど歩いたところで、ヒッチハイクに成功。
その後、このドライバーのトラックに乗り換え、アラルへと敗走。
唇をかみしめるしかなかった。

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<写真>
あり得ないくらいボコボコな道。
あまりにボコボコなので何度かブチギレた。
があああああっと、ムダに何度か叫んだ。

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<写真>
ボコボコな道ならまだ何とかなるも、道に消えてしまわれては、どうしようもない。

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<写真>
大雨の後、砂地の道は泥道へと変わった。
何もないカザフスタン、雨をしのぐ場所さえなく、テントを張ろうか、歩き続けようかと悩んでいるうちにびしょ濡れ。
体を震わせながら、人間の無力さを感じた。

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<写真>
霧深い翌朝。
ぬかるんで、タイヤは泥道にめり込む。
リヤカーを引く腕に思い切り力を入れ、歩き始めた。

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<写真>
基本的に道脇で昼食。

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<写真>
食事中、牛たちに囲まれた。

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<写真>
雨に打たれた日。
コーヒーを飲み、体を温めた後の夕食。
テント外では雨が降り続けていた。

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<写真>
基本的には無人地帯でのテント泊。
時には民家にテントを張らせてもらい、ガソリンスタンドや浄水場でもお世話になった。
「泊まっていきなさい」と誘われることもしばしば。

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<写真>
お世話になった家族に見送られ出発。

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<写真>
カザフスタンでは数え切れないほどの親切を受けた。
何でこんなに優しいのでしょうか。

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<写真>
毎日何度も車が停車し、話しかけられる。
顔を殴る仕草をし、「強盗に遭っていないか?」とかなり頻繁に聞かれた。
ぼくから見れば、牧歌的でピースフルな国だけど、強盗は多いらしい。

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CROSS JOURNEY 

キルギスでの話。

国境はもう目の前。
余った通貨を使い切るべく、カフェにて少し早い昼食をとる。
順調に消えていくキルギス・ソム、あとはお菓子でも買おうかと席を立とうとした瞬間、欧米人サイクリストが視界に入ってきた。
彼もこちらに気付いたようで、手を振れば、こちらへやって来た。

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スイス人・パスカル。
スイスからいくつかの国を経て、ウクライナ、ロシア、そしてちょうど今カザフスタンの旅を終え、キルギス入りしたとの事。

まさにこれから自分が進もうと思っているルート。
そんなルートを走り抜けてきた彼と出会えた事が無性に嬉しい。

「こんな旅行者のいない辺鄙な国境のカフェで出会い、お茶を飲み、話すというのも面白いものですな」
と、パスカル。

うんうん、と頷き返す。


出会いに大きいも小さいもないけれど。
徒歩と自転車。
共に人力で旅しているという事で、妙な親近感を感じてしまう。

大抵の場合、ほんの5分程度、会話を交わし、

「グッドラック」

と、互いの旅の成功を祈りつつ、
互いの来た方向へ向け、走り、歩き去るのだけれど、
旅空の下、偶然とも必然とも言える出会い。

2つの旅が交差する。

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その度に、いいなあと思う。

人力の旅っていいなあと。



7月末のビシュケク出発以来、出会ったのはパスカルと以下の方々。

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<写真>
名前忘れたけどイングランド人。
彼もロシアからカザフ入り、上海を目指すのだとか。
「ユーアークレイジー」と言い、走り去っていった。

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<写真>
イングランド人・ティファニー。
カザフスタン歩行中、バイクはかなり目にし、手を振ったりもしてくれるのだけど、わざわざ引き返してきてくれたのは彼女達だけだった。

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<写真>
マカト近郊で出会ったオランダ人・コーエン。
久々の旅行者との遭遇に、逃してなるものかと、思い切り手を振り、止める。
彼はその後、同ルートを進み、ぼくの出会ったカザフ人とも多く出会ったとの事。
なんか嬉しいです。

タカダ 

「サムライ」だとか「ニンジャ」「トーキョー」といった言葉はカザフスタンに限らず、世界的にメジャーで、これまでも渡航先でこれでもかというくらい掛けられてきた言葉なのだけど、カザフスタンでは「タカーダ」とやたら声を掛けられる。
いやホント、かなり頻繁に。

数年前までは「ナカータ、ナカータ」が主流だったものの、
いつの間にやら流行は「タカーダ」に。

僕の知っているタカダ姓の著名人でまず思い浮かぶのが「高田純次」なのだけど、
カザフスタンでタカダ旋風を起こす程のコメディアンとは思えず。

日本を離れ8ヶ月目、サッカー日本代表の救世主「タカダ」が現れたのか?
あるいは映画スター、アイドル・・・
やや情報から遠ざかり気味の現在、カザフスタンで旋風を起こす謎の「タカダ」の正体を色々と思い浮かべながら歩行を進めるも、なかなかタカダの正体はつかめず。


タカダさん、あなたはいったい誰なんですか?


カザフスタンの草原で、謎のタカダ氏に問い掛けてみる。

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そしてもう一つ。
カザフスタンでやたら言われるのが、「ブシドー」。
「ブシドー」とはもちろん「武士道」の事。

あんたらよくそんな難しい言葉を知ってるな、と思いつつ、
手を胸に当て、神妙な顔つきで、


「武士道とは日本人の心なのです。我々日本人は今でも武士道精神を受け継いでおります」



などと偉そうに説教してみるのだけれど、何か様子が違う。
ファイティングポーズで「ブシドー、ブシドー」と連呼するカザフ人。

どうやら格闘技イベントの武士道だった様で、こちらで大流行しているらしい。
先日、熱中症でダウンしているなど、延々と武士道のDVDを見せられ、正直参った。

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ヒョードル弟やセルゲイだとか数年前のロシア人の試合が編集され、全て勝ち試合。
熱中症に面白くもないDVD、KO負け寸前でした。


で、この「タカダ」と「武士道」から導かれた一つの答え。

「タカダ」とは高田延彦ではなかろうか。
現役を退いている彼がここまでタカダ旋風を巻き起こしているとも思えないのだけれど。
今後も調査を続けてみます。

あと、「ヤマザキ」とも言われましたが、真っ先に浮かんだのは山崎邦正。
こちらも調査を開始してみます。

星に願いを 

ビシュケクに戻ってきている。
酷暑から逃れるためでも、何かトラブルに見舞われたからでもなく、カザフスタンビザ再取得のために。

できれば西へ抜けたかったカザフスタン。
2ヶ月ビザしか取得できず、しょうがなく北上していたものの、
ちょっと思う事があって進路を西へと方向転換する事に。

しかしながら、西へ抜けるには2ヶ月という期間では到底足りるはずもなく。
カザフスタンビザは延長不可、
一度国外に出てビザを取り直す必要があり、非常に面倒で億劫。
戻る気など全くなかったものの、無事にユーラシア大陸徒歩横断を遂行させるためには戻らざるを得なかった。


トルキスタン出発前夜、
詳細な理由については割愛するも、ある事がきっかけで、不安と恐怖心に支配され、明け方まで延々と悩み、考え続け、全く眠れず。
これまで6000キロもの距離を歩いてきて感じることのなかった恐怖心を今になって初めて感じた。

翌日、気持ちを切り替え、色々なものを振り払っての歩行再開。
トルキスタン郊外で現れたロシア・サマーラへの標識。

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「2101キロ」
一見途方もない距離のようにも思えるのだけど、
サマーラへの距離が明確になり、昨夜の不安がウソの様に気持ちは高まり、
炎天下の歩行も苦にならない。

「北へ北へ」

と、順調なペースで進む。


そして28キロ地点での車軸折れ。

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炎天下、陽射しを遮るものなど何もない草原のど真ん中で途方に暮れてみる。

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ついでに頭も抱えてみる。


こんな記念撮影してるくらいなんで、それ程切羽詰った状況でもないのだけれど、
このタイミングでの車軸折れ。
下駄の鼻緒が切れたかの様な不吉な前兆を感じる。
これはビザ再取得を促すシグナルではないのかと。

幸い予備車軸を用意していたものの、道具が不足していたのであくまで暫定的な応急処置で、さらに15キロ歩いて歩行終了。

この日はカザフ人のお宅にお世話になる。
与えられた寝床は屋根の上。

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この家の息子達と川の字。
布団に入り、空を見上げれば無数の星、満天の星空。
そんな星空を見上げながら、ビザの再取得を決心。
どんどんと流れ落ちていく星に願いを込めてみた。


※あくまでビザの再取得が目的なので、ビシュケクには3泊のみ。20日からの歩行再開を予定。



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<写真>
ビシュケク行きバス。
見た目は普通の大型バス。

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<写真>
バス車内。
2列計8席しかない座席、後ろはこんな感じ。
おばちゃん達熟睡中。
ビシュケクへ衣料品の買い付けへいく怪しげなバスに乗り込んでしまったらしい。

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<写真>
ガソリンスタンドで迎えた朝。

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<写真>
暑さのあまり、木陰で放牧サボリ中。
その気持ちはものすごく理解できる。

酷暑と熱風と熱湯 

ビシュケクから約600キロ、現在地トルキスタン。

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シュムケントを出てから、連日の猛暑に悩まされる。
この暑さに何度殺されると思った事か。

あまりに暑いので温度計を見てみれば、

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何ですか、この気温は。

草原を吹き抜ける風は熱風。
まるでドライヤーの様。

携帯しているペットボトルの水は熱湯。
水分摂取は欠かせず、50度近い草原のど真ん中で熱湯をガブガブと飲む。
朦朧とする意識の中、コーヒーにして飲むには少しぬるいとくだらない事を考える。

何か冷たい飲料、いや冷たくなくてもいいのでせめて常温の飲料がほしいのだけど、
周囲は見事なまでの無人地帯、

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この先にあるのかさえ分からぬ町を求めて歩き続けるしかない。

あまりの暑さにダウンしたのが数日前の事。

吹雪の中、あるいは嘔吐しながら山を越えたり、これまでも色々と無茶な事をしてきたのだけれど、嘔吐感、朦朧とする意識、ふらつく足元。
今回は体の異変を察知、
熱中症というやつでしょうか。

さすがにこれはまずいだろうと、
カザフの草原で死ぬわけにもいかないので、急遽、歩行を中断。
幸いにも、しばらく歩いた先にカザフ人の住居があり、静養させてもらう。

このカザフスタンを縦断できるのだろうか。

横になり、陽射しを遮る木々の葉を見上げながら、不安を感じる。
暑さが和らぐ秋まで歩行を見合わせようかと考えるも、そんな事をしてたらすぐに厳しい冬がやって来てしまうわけで。

体調が回復した現在、相変わらずの酷暑の中、熱風が吹きつける中、熱湯を飲みながら歩き続けている。

とりあえず今後も、無理せず歩きます。

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※最悪ウクライナ到着まで、ブログの更新などできない可能性あり。あしからず。

いざカザフへ 

なんだかんだで1ヵ月半近く足を止めていたものの、
今夕、カザフスタンビザを受領予定。
それにより、全てが整い、明日より歩行を再開。

歩行再開に備え、バザールにてマドルガピークを補修。
靴を見せ、トントンと靴底を叩く仕草で、靴を修理したい事を伝え、修理屋へ案内してもらう。

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靴底の修理はできなかったものの、最近気になっていた糸のほつれを修理。

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針と糸を使い、器用に縫い合わせていく職人はまだ21才。
あっという間に計4ヶ所を直してくれた。

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カザフスタンの地図、テント設営の際に使う金槌も準備。
金槌は衝動買い。
ただ、ペグを打つ際、手頃な石がその辺にない事もたまにあるので。

コーヒーに紅茶、ラーメンに米。
食料もしっかりと揃える。

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髭を剃り、近所の床屋で髪も切る。


準備は整った。
今後、キルギス内を100キロ歩き、カザフスタンの青空の下へ戻ります。



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<写真>
ビシュケク滞在中、毎日通い、お世話になった日本センター。
本やDVDを借り、日本の新聞もここでチェック。

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<写真>
スイス人のバックパック。
こういうのを見ると、なんか嬉しい。

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<写真>
こちらでは1本からタバコを買うことができる。

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<写真>
スイカ屋。
車のトランクにはスイカがたくさん。

カザフロード 

プッツリと切れてしまった絹の糸。
シルクロードはもう終わり。

今後はカザフロード。
総距離2089キロ、歩行期間2ヶ月。
カザフスタンを縦断、ロシアを目指します。

カザフスタンの地理に詳しい人じゃなきゃ分からないと思うけど、今後の予定。

ビシュケク→タラズ→シュムケント→トルキスタン→クズルオルダ→アラル→アクトベ

ヤマ場はアラルからアクトベ手前までの400キロ。
地図を見る限り、何もない。
本当に何もない

※カザフスタン3ヶ月ビザが取れた場合、アクトベの西、ウラリスクまでを歩き、ロシアへ向かうつもり。

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