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ALKINIST -あるきにすと- ウクライナ・モルドバ
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2度目の冬 

上海を出発したのが1月の事。
なんだかんだで季節をぐるりと一巡。
気が付けばもう冬。

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ここ数日、寒い日が続き、雪舞う日もあったのだけど、
朝からの雪で真っ白に染まったオデッサの街を見て、冬の訪れを実感。

本日の最高気温、-3度。
週間予報によると、今週末の最高気温は-11度なんだとか。

50度近い猛暑に苦しんだカザフスタン、熱中症の恐怖と闘った夏が懐かしい。
あの時は、「早く冬になれ」と思ったものだが、
勝手なもので、もうすでに「早く夏になれ」などと思っている。

寒いとは言え、白く染まったオデッサの街はどんな風に変わっているのか興味があった。
ダウンジャケットにニット帽、手袋。
出来る限りの防寒対策をとり、街へと出かけた。

白い息を吐きながら、注意深く歩く。
連日の歩行で磨り減った靴底では、注意して歩かないと滑ってしまうのだ。

点滅する青信号、
走って渡る事もあるけど、今日は慎重に立ち止まる。

初めは苦痛に感じた寒さも、慣れてしまえば苦にならない。
まだ歩いた事のない通りに足を運び、何か面白いものがあれば足を止める。
いつもとは違った真っ白な景色だったからかもしれない。
ブラブラ、フラフラと気が付けば、3時間程歩き続けていた。

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真っ白に染まったオデッサにて

2度目の冬が始まった。



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Odesa 

地図を広げてみれば、オデッサはイスタンブールとほぼ同緯度に位置する事が分かる。
黒海を挟んで、対岸はトルコ、イスタンブール。
にも関わらず、このウクライナという国、オデッサという街は、トルコ、イスタンブールと比べると、遥かに遠いという印象を受ける。

距離的にはそう大きくは変わらないはずなのだけど、
アジアに属するか、ヨーロッパに属するかの違いによるものだったり、
あるいは情報量。
ウクライナについて入ってくる情報はトルコのそれに比べれば、遥かに少ない。

ウクライナに関する知識と言えば、
真っ先にシェフチェンコが浮かび、続いてチェルノブイリ、キエフにドネツクといった諸都市、
ああ数年前に革命なんかがあったっけ、という程度でしかなかった。

正直なところ、今回、ルート変更をするまでオデッサという街の存在を知りませんでした。

オデッサの皆さん、ごめんなさい。

そんなオデッサの名所は、この階段らしい。

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上から見れば踊り場だけ、下から見れば階段だけしか見えないのだとか。

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へぇ。



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TOKYO 

ブラブラ歩きが楽しい。
レトロなトラムが街を走り、これまで訪れてきた中国やカザフスタンとは異なる街並みや雰囲気。

ガイドブックもなければ、地図もない。
どこに何があるのか分からないものの、毎日あてもなく歩いている。

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そんなオデッサの街歩きから戻る先はトーキョー。
トーキョーなんたらっていうホテル。

オデッサに東京。

なぜにこの洒落た港町に東京なんていう極東の大都市の名前をつけたホテルが存在するのか。

過疎化が進む寂れた田舎町で見る「パーラーラスベガス」なんて大袈裟な名前のパチンコ屋くらいの違和感を感じる。不釣合いこの上ない。

経営者が日本人というわけでもなければ、
レセプションに日本語が通じるわけでもない。
日本の新聞もなければ、衛星放送も視聴できない。
ウクライナ人がウジャウジャ。
レセプションには提灯が吊らされ、壁には扇子が掛けられているも、
どちらかと言えば中国風。

チェックイン時、「なんでトーキョーなの」と尋ねてみれば、

「ジャパニーズスタイル」なのだとか。

ジャパニーズスタイル、よく分からない答えだけど、
部屋へ入って納得。

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首都圏によくあるカプセルホテル風って事でしょうか。

狭いけど、一応は個室なので居心地は悪くない。
テント張る日々だったので、雨・風をしのげる環境っていうのは本当に素晴らしいなと。

でも、荷物が多いので、足の踏み場もなければ、
ベッドの上はこんな感じに。

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我ながら汚い。

この狭い部屋で、久々に荷物を整理してみれば、
ダッフルバッグの中からは、ネズミの死骸が2体。

泣きたい。

実際のところ、このクソ狭い部屋に泊まったのは2泊のみ。
今後しばらくの宿代を支払っているからか、広い部屋へと移る事ができた。

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極楽極楽。
WiFiも使い放題で、最近は部屋に引き篭ってます。外寒いし。

もうしばらくオデッサのトーキョーに滞在予定。

船乗りと港町 

港町オデッサ。

オデッサの台所とも言えるマーケットを歩いていると、
昔、船乗りをしていて日本を訪れた事があるという男に話しかけられた。

「トーキョー、ヨコハマ、コーベ」

「ナゴヤー、オノミチ」

間髪入れず、彼の口から飛び出す日本の地名。
それらの都市に寄港したのかは定かでないけど、
ガーっと一方的に喋り終えた後、

「いい国だった」

どこか懐かしそうに彼は呟いた。

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平日にも関わらず、果物や魚、肉などを手に提げた多くの人々が行き交うマーケット。
人ごみを掻き分けながら、あてもなくブラブラと歩いていると、
懐かしい潮の香りにつられてか、海産物が売られる一角へ辿り着いた。

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ずらりと並ぶ海産物、潮の香りがプンプンと漂う。
やはりここは港町なんだと実感。
これまで数々のバザールやマーケットを訪れたけど、決して見る事のできなかった光景。

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「食べてみなさい」

と、おばちゃんが小さな魚を渡してくれた。
日本を出て以来、魚を口にする事はあっても、全て淡水魚だった。
久々に口にする海水魚。
口に入れた途端広がるしょっぱい潮の風味、香り、味わい。
懐かしいの一言。
そして、うまい。

別の店からは、
「これは日本語で何て言うんだ?」
と、声がかかり、
「カレイ」と答えれば、

またすぐ別の店から声をかけられる。
そんな事を何度か繰り返した。

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何気ない一日。

でもいつか船乗りのおっちゃんみたいに、この港町での日々を懐かしく振り返る時が来るんだろうな。

9800km 

上海-オデッサ間、
ここまでの歩行距離、約9800キロ。

節目の1万キロはもう目前。

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ロカ岬まで1足の靴で歩き抜きたい。
そんな事を考え、トルファン、ビシュケクで修理をし、履き続けてきたマドルガピーク。

無人地帯が続くカザフスタンにて、日に日に底に開いた穴が大きくなり、インソールを傷つけ、さらには足を傷つける可能性もある事から、エンバ手前にて、このマドルガピークと共に歩く事をあきらめた。

修理できる所があれば良いのだが、たまに現れる小さな町や村では見付ける事が出来ず。

上海から約7200キロ地点の事。

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その後しばらくしてからようやく見付けた修理屋でも修理は不可能と言われる。

どうしても修理してほしくて、復活させたくて、「お願いします」としばらく食い下がるも、
「新しい靴を買いなさい」と修理屋。

残念ながら、予備シューズを履いての歩行を続けている。

靴と共に歩行を支えてくれているのがソックス。
ここまで計6足のソックスを使い回して歩いてきた。

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ご覧の通り、ひどい状態。
こんな状態でも工夫次第で履けてしまうし、マメも未だにできず、疲労も感じない。
影のMVP的歩行グッズだったりする。

ただ、問題が一つ。
現地人の家に招かれた時など非常に困る。
さすがにこの大きな穴の開いた靴下を人様お見せする訳にもいかないし、
脱げば臭い。

シェバさん、はじめまして 

競馬場の牛丼なんかを「うまい、うまい」と喜んで食べる、基本的にまずくなければいいと考えている人間なので、旅先でのグルメなど全く興味なく。

基本的に観光地だとか遺跡だとか世界遺産なんかもそれ程興味がある訳じゃなく、これまでもルーブル美術館のチケット売り場まで行ったものの、面倒なので入らず、ナイロビまで行っておきながらサファリに参加しなかったり。

そんなぼくの数少ない楽しみがサッカー観戦でして。
いよいよ本場の欧州。

ウクライナではサッカー観戦の日程に恵まれていて、
国内リーグのウクライナ・プレミア・ディビジョンに加え、
先日のWCプレーオフ・ギリシャ戦、ヨーロッパリーグのシャフタール・ドネツク、
さらには9日のチャンピオンズリーグ、ディナモ・キエフ-バルセロナ戦。

できれば全部観たいところなのだけど、時速4キロの旅という事もあって、なかなか難しい。
わざわざバルセロナの試合を見るために、キエフまで行く気にはならず。

とりあえず、ここオデッサで行われた試合を観戦する。

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ウクライナ・プレミア・ディビジョン 第15節
FCチョルノモレツ・オデッサ-FCディナモ・キエフ

ウクライナの雄、ディナモ・キエフを我らがチョルノモレツ・オデッサが迎え討つ一戦。
我らがなどと言っているものの、チョルノモレツなんて名前を聞くのは初めてだったり。
(ちなみにボロニンはここのユース出身らしい)

もっと言えば、チャンピオンズリーグの常連、ディナモ・キエフについてもほとんど知らない。
唯一知っていた選手、ウズベキスタン代表シャツキフを楽しみにしていたものの、
ウクライナ人に尋ねれば、「ニエット(いない)」との事。
どうやら移籍してしまったらしい。

シャツキフ移籍は誤算だったのだけど、嬉しい誤算がもう一つ。


アンドリー・シェフチェンコ、古巣ディナモ・キエフに復帰。


ロストフのネットカフェでこの事実を知った時、鼻血出そうでした。
大好きな選手の一人なので。
出場機会を求めての復帰な訳で、ミラン時代、全盛期のシェフチェンコを知る者としては寂しくもある古巣復帰でもあるのだけれど。

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<写真>
2番目に安い30UAH(4ドル弱)のチケット。

そして今日、試合当日。
ついにシェフチェンコとご対面。

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シェバさん、はじめまして。
(アップ中、思い切り股を開いてる白パンがシェバ)

アップ中、ずーっとシェフチェンコを見続けていました。
熱視線を送り続けていました。
ちょっとしたストーカーになっておりました。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


試合内容の詳細は割愛。
13位のチョルノモレツが首位のディナモを攻める場面が多く、チャンスも多かった。
13位とは思えない試合内容。
あれだけのチャンスを決められないから13位なのでしょうけど。
チャンスの度に観衆は沸き、外せば大きな溜息。
(試合後、ネットで調べてみると、チョルノモレツはここまでリーグ最小の15試合9得点。納得してしまう数字。ちなみにディナモは35得点)

逆にディナモにはがっかり。弱い。

試合終了間際、ナイジェリア人が決めて、0-1のディナモ勝利。

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スタジアムの雰囲気、盛り上がりは最高。
やはりサッカーは面白い。

次は日程が合えば、ルーマニアかハンガリーの日本人所属チームを狙います。



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<写真>
スパルタクスタジアム。
ゴール裏の席がない。

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<写真>
警察が立っている場所が通路。
そしてそのすぐ側にベンチ。
サッカー専用ではないけど、見やすいスタジアム。

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<写真>
キッカーはシェフチェンコ。
何度かすんごい突破を見せてくれた。

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<写真>
観衆は多かった。
とても盛り上がった。

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<写真>
ディナモサポーター。

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<写真>
ディナモサポーターの周りを監視する警察。
サポーターを延々とビデオで撮り続けていた。
ディナモサポーターって危ないのでしょうか?
ちょっとでもサポーターに近付くと怒られる。写真もダメだって。

To Odesa 

マリウポリから630キロ。

15日間歩き続け、
15日間テントを張り続け、
オデッサに到着。



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<写真>
マリウポリ中心部。
なかなか雰囲気のいい街でした。

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<写真>
雨のため、無人の建物内にテントを張る。

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<写真>
給油中。

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<写真>
霧のため視界は悪い。
ほぼ毎日、朝は霧。
天気の良い日もわずかだった。

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<写真>
町の入り口にはモニュメントが建てられている。
それぞれ特色があり、面白い。

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<写真>
マリウポリからは、このM-14という道路を歩き続けた。

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<写真>
ものすごくお世話になったミコライフの自転車屋。
ロストフで入手したタイヤがダメになり、さらには車軸も折れる。
ここでは多くの人に助けられた。

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<写真>
オデッサ方面へ向かう。

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<写真>
ミコライフ郊外の公園にてテント。
隣に24時間営業のガソリンスタンドがあり、安全だろうと思っていたのだが、
スタンドの従業員曰く「デンジャー」らしい。