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ALKINIST -あるきにすと- 2009年04月

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乱風 

らんぷう?

公安が打ち込んだ携帯電話の画面には「乱風」の文字。
「はて?」と一瞬考えるも、

「なんだ強風か」と、
「ただの風ではないか」と、納得。

その乱風が曲者であるなんて全く考えてもおらず。

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トルファンを出発して数キロ、
延々と続く大型トラックの長蛇の列があった。
事故でもあったのだろうかと思いながら、トラックの間を通り抜け、歩く。

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数キロ歩いて辿り着いた先は国道の収費所。
「乱風」につき、道路閉鎖中。

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歩くのもダメとの事で、リヤカーを先頭に置き、待機する。


先頭で待っている人達は何時間も待っていた様で、
暇で暇でしょうがなかったらしく、


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あっという間に周りを囲まれ、質問攻め、暇つぶしの相手とされてしまう。



待つ事1時間30分。

ようやく規制解除。
ロスした1時間半を取り戻すべくペースを上げる。

歩き始めこそは風など気にならなかったが、次第に吹き荒れる風。
強風どころではない、未だかつて経験した事のない様な風。

まさに乱風。

しかも最悪な事に向かい風。

姿勢を低くし、風の抵抗を最低限に抑えないと前に進めない。
一歩一歩がとても重く、平地であるにも関わらず、勾配のきつい山道を歩いているかのよう。
普通に立っているだけで吹き飛ばされてしまうし、休憩のため道脇に停めたリヤカーは風の勢いで後退する、50キロ以上の荷物を積んでいるのだけど。
のんびり休憩さえもできやしない。
リヤカー共々何度か危うく吹き飛ばされそうにもなった。

こんな風を正面から受けながら、何度も足を止めたくもなるのだけれど、
実際に足を止めまくったのだけれど、
身も心もボロボロにさせながら、何とか歩き続ける事6時間、およそ30キロ。
最低限の距離を歩き、かなりの疲労が溜まっている事から歩行終了。

周囲には宿などなく、一面荒野。
遥か遠くに建物らしき影が見えるも、そこに宿があるかなんて確かでないし、これ以上歩く気力は残されてない。
さすがにこの風の中テントを張る気にはなれず、道路下の通路へ。

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風の強い日など、これまでも何度か泊まる事を考えた道路下の通路。
人目につかないという利点を持つこの通路は絶好の野グソポイントとなっており、ひどい状況で、とても一夜を過ごそうなどとは思えなかったのだけど、今回は奇跡的にもきれいな通路。

ただ、この通路の中をも風は吹き抜け、ガソリンストーブを出し、何か作る気にはなれず。
悲惨な状況ではあるけれど贅沢は言えない。
人目につかない場所を確保し、ゆっくりと足を休める事ができるだけでありがたく思わねば。

通路を吹き抜ける冷たい風。
たまらずバックパックにしまっておいたフリースを取り出し、さらにはジャケットをも着用。
マットとシュラフを取り出し、携帯していたラスクを数枚かじって夕食。

新疆時間午後6時30分、
オレンジ色に染まっていく荒野をぼんやりと眺めながら眠りに就いた。

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しかし天井低いなあ。

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マドルガピーク 

うろ覚えで曖昧な記憶ではあるけれど、
昔、西安からローマまで、シルクロードを走って旅をされた方がいて、
何度もランニングシューズを修理しながら、一足のシューズで走り抜けられたとか。

そんな話を聞けば、かっこいいなあと思ってしまう。
何がかっこいいって、一足のシューズで走り抜いたって事が。

今回の計画を準備しながら思ったのが、一足の靴でユーラシア大陸を歩き抜けたらという事。
ボロボロになった靴を何度も何度も修理しながら歩き抜けたらと。
何千キロもの距離を共に歩けば、当然愛着は沸くだろうし、消耗品とは考えたくはない。

影響されやすいんです。

上海から歩くこと約4000キロ。
そんな過酷な旅を支えてくれているのが、コロンビア・マドルガピーク。

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ゴアテックス仕様のため、雪や雨の中でも足を濡らす事なく安心して歩く事ができるし、
トレッキングシューズだから未舗装の道路だったり、山道も問題なく歩けてしまう。

ソックスやインソールも素晴らしい物を使う事ができ、これら3点が生み出す相乗効果は特筆すべきものがある。

しかしながら4000キロもの距離を歩けば、少しずつ傷み始めるのも当然の事。
ここ最近、特に気になっており、そろそろ修理が必要かなと考えた。

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そして訪れたのがトルファンのバザール。

もうここまで来ると、市場なんて表現は似合わない。
ウイグル帽や色鮮やかな絨毯を売る店、ポロにケバブ、サムサ、マントゥの屋台など、シルクロード的雰囲気、香りが漂っている。

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そんなバザールの人ごみを掻き分けながら、靴修理の職人が集まる一角へと向かった。
今回はウイグル人の職人さんにお願いする事に。

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待つ事十数分。


靴底に釘を打ち付けられた時は、体の中にボルトを入れられるような錯覚に陥ったけど、今後も一緒に歩くためには仕方のない事。

蘇ったマドルガピーク。

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今後もよろしくお願いします。

ウイグル自治区宿事情 

全行程徒歩という性質上、通過する町や村ではそこに1軒だけしか宿が存在しなかったり、基本的に選択肢はない。

「シャワーがほしい」なんて論外で、手や顔を洗う水があれば、それで満足しないといけない。
たまに通過する大きな街などで、蛇口から水が出れば、
「おおっ」と思わず感嘆の声を上げ、それは本当にありがたい事だと思ってしまう。

そんな苦労がありつつも、無人地帯を除けば、労せずに宿にありつけてきたのだけれど、ウイグル入りを前にした瓜州から宿探しが困難になってきた。


外国人の宿泊拒否。


民族問題を抱える新疆ウイグル自治区。
昨年の北京オリンピックの時期にはカシュガルで襲撃事件が起こったり、新聞やテレビなどで取り上げられる事もしばしば。

私見ではあるけど、この民族問題に介する外国人の排除というのも宿泊拒否の一因ではないかと思う。

ハミの宿でも、パスポート、ビザ情報を顔写真と共に、メールで公安に送信したりと、かなり徹底しているし、トルファンのバスターミナルなんてバスに乗る直前、空港の様にX線による荷物検査やっているくらいだし。

なんて書けば、常にテロの危険に怯える物騒な所にも思えるのだけど、実にのどかな所。

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ピチャン、トルファンでも宿泊拒否の連続、雨嵐。
外国人が宿泊可能な高そうな兵館を紹介され、宿探しに疲れ、気が滅入ってしまう。

幸運にもピチャン、トルファン共に、あきらめて次の町を目指そうとしていた矢先に宿を見つける事ができたけど、どうにかならないものか。

7年振りのトルファン。
郊外に点在する観光地へは行かないので、適当にバザールをウロウロしたりとのんびりと過ごしている。
特にやるべき事もないので、街歩きついでに数軒の宿にて聞き込みをしてみた。

まずは7年前に滞在した吐魯番大飯店。

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立派な外観だけど、当時ドミトリー(多人数部屋)があった。
現在はないらしい。1泊160元。

その他数軒の旅館、旅社、招待所を日本人である事を明かした上で尋ねるも、宿泊拒否。
「どこどこの兵館へ行け」と言われる。

兵館への宿泊も限られている様で、言い値1泊50元という所があったくらい。

トルファン、そしてウイグル自治区、本当に良い所なんだけど、宿事情に関しては確実に悪化している。

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<写真>
田舎のウイグル式の宿。
中国人とザコ寝。


ちなみに現在滞在中の宿、恐らくは中国人と思われているのではないかと。

「1泊いくら?」「10元」「じゃあ3泊」

中国語でこれだけの会話しかしてないので。
3日分の宿代を支払った後は放置状態。

1泊10元とコストパフォーマンスは抜群。
まあ値段相応ではあるけど。

ベッドは汚いし、

トイレは悲鳴を上げたくなる様な状態だし、

外へ出ようとしたら、


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宿主外出中につき、



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外から鍵をかけられてるし(涙)

笑えない。

沈まぬ太陽 

ウイグルの一日は長い。
午後8時であるにも関わらず、陽はまだ高く、明るい。

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それもそのはずで、中国国内に時差はなく、北京や上海といった沿海部が基準の北京時間があるのみ。
上海から4000キロも離れた地で使われる北京時間、
どうしても違和感を感じてしまう。

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<写真>
バス停。
公共交通機関は北京時間が使われているらしい。


そのため、この地で暮らすウイグル人達は、北京時間より時計の針を2時間戻した新疆時間を作り、生活している。
ぼくも彼らに倣い、時計の針を2時間戻した(針ないけど)。

幸か不幸か、この沈まぬ太陽のおかげで、歩行距離を稼げたり、歩かざるを得なくなったり。
歩行に与える影響も小さくはない。

北京時間午後21時30分。
ようやくトルファンの街が闇に包まれた。



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<写真>
トルファンでできた友達。
彼の名はアータ。
ウイグル語で「友達」は「ドゥストゥム」

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<写真>
ぼくのケバブを焼いてくれている。
かわいい奴です。

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<写真>
話しかけられ、足を止めれば、あっという間にウイグル人に囲まれる。
「ヤフシムシズ」と声をかければ、同じ様に返してくれる。
些細な事だけど、そんな事が楽しかったり。

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<写真>
西遊記に出てくる火焔山。

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<写真>
トルファンは葡萄の産地。
道脇には干し葡萄を売る店が多数。

こちらウイグル自治区沙山公園前派出所 

ピチャンの大砂丘を2時間程満喫した後の事。

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靴の中に入った砂を落としていると、遠くから「パン、パン」という音が。
何事かと思い、音のする方を見てみれば、公安らしき制服を着た男と観光客らしき人達。
観光客の手には銃が握られ、砂漠に向かって「パン、パン」と撃ち込んでいるではないか。
ものすごく慎重な姿勢で銃を構え、妙な緊張感すら漂っている。

公安の制服を着た男に銃、
一瞬目を疑うも、間違いなく観光客に銃を撃たせている。

どうせコスプレ警官がモデルガンでも撃たせているのだろうと思いつつ、近くへ行ってみる事に。

近くにいたウイグル人に、「あれポリスマン?」と尋ねれば、
「イエス」との答え。

現場にはこんなものが落ちており、証拠品として押収。

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空薬莢というやつでしょうか?

コスプレ警官でもモデルガンでもなく、どうやら本物の公安と銃だった様で。
やっぱこの国アホだわ。

サービス精神旺盛な警察官、観光客との記念撮影にも応じておりました。

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白昼堂々と観光地の大砂丘で銃を撃ち込むなんてあり得ない事で(ちなみにここは誰もいない砂丘の片隅どころか砂丘への入口付近)、実際にちょっと前まで自分が歩いていたような場所でもあり、下手したら流れ弾に当たってサヨウナラなんて事にもなりかねないわけで。
ロカ岬を拝む事なく、アホ警官の遊びで死ぬなんてシャレにもならない。

平和市民のぼくは、「こんな白昼堂々と観光地で銃を撃つとは何事か」と抗議する事にしました。



しかし、気が付けば、



抗議どころか、



意気投合してしまい、



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一緒に記念撮影している始末。

アホアホと罵っておきながら、肩組んで、満面の笑みで。
この警官、なかなか面白い奴でして。
中国の両津勘吉だと思って許す事にしました。

しかし、これって本物の銃なんかな?

新疆ウイグル自治区ピチャン 

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小学校・中学校と9年間、春の遠足は鳥取砂丘。
鳥取砂丘までは実家から車で15分程。
そんな環境に育ったからか、砂にはうるさいです。

ちなみにこれまで歩いてきた張掖手前からピチャンへと至る無人地帯、
地図を見れば砂漠記号で囲まれているし、「砂漠」という表現も多用してきたものの、
砂漠とは言い難いというのが正直なところ。
きれいな砂粒の砂漠ではなく、ゴツゴツとした石ころなど、どちらかと言えば「荒野」という表現が的確かと。

以前訪れた敦煌の大砂丘、鳴沙山。
この雄大で美しい大砂丘を再訪する事も考えたものの、ルートを外れる事などもあり、今回は見送る事に。
何よりピチャンに大砂丘が存在するからというのが一番の理由。

そして到着したピチャン。
今日は朝からピチャンの大砂丘を2時間程満喫。
今回初めて入場料を払っての観光でしたが、大変素晴らしいものでした。
以下、何枚か写真を載せておきます。



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街の中心から緑の街道を歩いていけば、目の前に見えてきた大砂丘。

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圧巻の一言に尽きる。

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風紋も美しい。

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観光客の少ない朝の時間を狙って訪れたのは、まっさらな砂に自分の足跡をつけたいから。

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砂山の上からは、大砂丘のすぐ側にある緑に囲まれたピチャンの街が見渡せる。
ここがオアシスであると再確認。

風に吹かれて 

時折すれ違う対向車線を走るバス。
行き先を見てみれば、南陽や平涼など、これまで通ってきた都市へ向かうものも。

南陽を訪れたのは2月上旬。
2ヵ月半も前のことで、あれから3000キロ近く歩いてきた。
街並みや宿、出会った人々、そこで過ごした数日は今でも鮮明に思い出せるのだけど、懐かしく振り返っている時に気付く。

「もう過去の出来事になってしまったんだな」と。

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道脇に座り、周囲を見渡せば、青い空の下、遠くに岩山、そして目の前に道路があるだけ。
強風吹き荒ぶ無人の荒野にて思う。

「今こうして見ている景色も過去の出来事となり、いつかは懐かしく振り返るんだろうな」と。
「強風に顔を歪めながら歩いた日々を笑いながら思い出すんだろうな」と。

過ぎていく時間というものを意識すれば、今という時間を共有しているこの強風さえ愛しく思えてきたのだけど、

確かに一瞬愛しく思ったけど、

その瞬間、ものすごい強風に吹き付けられ、思い切り顔を歪める事に。

やっぱお前なんか愛しくないわ。




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<写真>
カナダ人サイクリスト。
西安以来2ヶ月振りに英語で話す。

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<写真>
ヤギの放牧。
ヤギ飼いの話では1200頭ものヤギが放されているらしい。

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<写真>
テント設営に適した場所が見つからず、堂々とテントを張る日々。

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<写真>
七克台にて。
老人と孫。

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