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ALKINIST -あるきにすと- 2009年05月

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国境を越えたら 

国境を越えたら、そこはカザフスタン。

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当然ながら、国境を越えれば国が変わり、EU圏を除けば通貨も変わる。
これまで何度も何十回も国境を越えてきたけど、変わるものと言えばその程度で、劇的な変化を感じた事はほとんどない。

しかしながら、この国境の変化は凄まじい。
ついさっきまで漢字で溢れていた町はキリル文字に変わり、
どこにでもウジャウジャいた漢人の姿はなく、カザフ人、ロシア系の人達が町を行き交う。

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思えば中国での5ヶ月間、
漢字が溢れる地を歩き、
似たような顔立ちの人々に囲まれ、
米や麺を主食とする馴染み深い食文化など、
異国とは言え、多くの接点があった。

キリル文字で書かれた標識を見ながら、
一人どこかへ放り出されたような、妙な寂しさを感じるのと同時に、
始まったという気もする。

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カザフスタン入国後、約35キロ歩いて到着したジャルケント。
カザフスタンの通貨・テンゲの手持ちはなく、翌日、銀行で両替するまでは何も買う事ができない。
とりあえず物価を把握しておくか、と数軒の商店を覗いて周った。
コーラ飲みたいなあと思いながら値段を尋ねてみたり。

適当にブラブラしていると、ついさっき「あなた中国人?」と尋ねてきたロシア系マダムが手招き。
「私が買ってあげるわ」と、ついさっきまで物欲しそうに見ていたコーラを手にしていた。
物乞いに思われたのか、とちっぽけなプライドから、
「お金はあるから。明日両替するから結構です」
と断るも、
「それは明日でしょ」とマダム。

「ウェルカム トゥ カザフスタン」
歓迎の挨拶と共に、ぼくの手にはコーラが手渡されていました。

なかなかいい国ではないか。

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コルガスへ 

ウルムチで取材を受けた際、

「中国を一言で表すと?」

という質問を受けたのだが、迷う事なく、「謝謝、再見」と答えた。

一言じゃないし、今思えば、やや的外れ的な答えなのだけど。
でもやはり、中国での5ヶ月間というのは、どう考えても、「謝謝」であり「再見」なのである。

数え切れないくらいに受けた親切に対する感謝。
幾度となく重ねた出会い、別れの際に交わす言葉。
最も多用してきた中国語、
この2語に尽きるわけです。

そんな中国での歩行も残り28キロ。
コルガスまで28キロ。

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最後の最後、カザフスタン入り直前に車輪のトラブルに見舞われたものの、5ヶ月近く大きなトラブルに遭う事なく、歩く事ができた。
ここまで4800キロ近くを歩いてきたのは、自分の足であり、あるいは信念だったりするのだけど、これまで出会った多くの方々の協力あってこその中国横断だった。
彼らの協力なしでは中国横断などあり得なかったかと。
無事に中国横断を終えつつある、
とりあえず今は、その事にほっとしている。

最後なんで色々書きたいところなのだけど、色々あり過ぎて、全くまとまらず。
これまで多用してきた2語で締めようかと思います。

「また戻っておいで」「またいつか会おう」
そんな言葉を何度も掛けられた中国での日々。
またいつかお会いしましょう。
再見。

皆さんのおかげでここまで歩く事ができました。
本当にありがとう。
謝謝。

ウイグル人、カザフ人の方々にもホシュとラフマットを。

残り28キロ、
中国での最後の歩行。

これからコルガスへと向かいます。



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<写真>
中国最後の町コルガスに到着。

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<写真>
町にはキリル文字で併記された看板が多い。
ロシア系の人もちらほら。

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<写真>
中国側国境施設。
警備兵の許可を得て撮影。
この先はカザフスタン。

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<写真>
中国元を多く余しているので、倹約生活から開放されセレブな生活。
部屋にトイレ・シャワーが付いていて感動。

記録更新 

やや長さが異なるものの、イーニンで入手した車軸により車輪復活。
再び歩き始めたコルガスへの道。

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美しい湖畔の景色を眺め、

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雄大な山々を眺め、

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ポロをごちそうになり、

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ひたすら下る。

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イーニンへの往復、そして今回徒歩でと、この道を通るのは3日連続。
分かっていた事だが、延々と下りが続くものの、悪路がきつい。

とは言え、自分の足でこの道を歩ける事は非常に嬉しくあり。

だからという訳じゃないけど、1日の歩行記録更新。
歩行距離約63キロ。

左ふくらはぎが悲鳴を上げている。



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<写真>
車輪故障前はひたすら上りが続いた。
疲労が蓄積、一歩も動けなくなる。

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<写真>
自動車道の両脇はフェンスや有刺鉄線で囲まれ、道路を外れてテントを張るという事ができない。
スペースがあったフェンス下から荷物を道路外へ運ぶ。

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<写真>
そしてテント設営。
素晴らしいロケーションに癒される。

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<写真>
GIANTの店でも同型の車軸は見つからなかったので、イーニンでの車軸探しをあきらめる。
車輪修理中。

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<写真>
復活したリヤカーと荷物を預かってくれた店主。

イーニン 

イーニンに来ている。

ルート上から外れるイーニンに。
コルガスより遠い場所に位置するイーニンに。
訪れる予定など全くなかったイーニンに。

コルガスを目の前にルート変更しただとか、イーニンの街を見たかっただとか、そういう事ではなく、イーニンを訪れた理由、

それは車軸がぶっ壊れたから。
真っ二つにポッキリと折れてしまったから。

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前日より気になっていた車輪の違和感。
当初はボルトの締め付けが悪いのだろうと考えていたのだが、
昼食後、20キロ先の町を目指し、「さあ行くか」と意気揚々に食堂を出る。
気になっていた車軸の事を思い出し、チェックしてみれば、ボルトはしっかりと締まっていたものの、車輪を外して判明した事実、


車軸折れ。


コルガスまであと100キロ、
カザフスタンまであと100キロ、
中国での歩行残り100キロというところでのトラブル。

たまならい。

なぜこのタイミングでトラブルに見舞われるのか。

見なかった事にして、先へ進もうとも思ったのだが、ここでしっかりと修理しておかないと、この先さらに大きなトラブルにつながりかねず、新しい車軸を探す事にした。

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しかしながら、トラブル発生地は商店が2軒あるだけの小さな村。
こんな所に車軸を売っている店などあるはずなく、荷物を預かってもらい、バスに乗り、イーニンへと向かった。

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車窓からは湖畔に咲き乱れる黄色いタンポポの絨毯、雄大な山々、
本当ならこの日のうちに到着していたであろう町、
それらをバスの車窓から眺める事になってしまった事が本当に悔しくて。

ただ幸いだったのは、中国ビザに余裕があり、切羽詰った状況ではなかった事。
そしてこのタイミングでのトラブルであった事か。

もし昨朝、車輪をチェックしていれば、沢山の荷物を抱えたまま、周囲に何もない高速道路のど真ん中で途方に暮れていた事だろう。
それに関しては前向きに捉えたいと思った。
本当に良かった。

車軸復活後、歩くであろう道。
延々と悪路が続いていた。
その道をバスが走る事、およそ3時間、
イーニンに到着。

日が傾きつつあり、西日に照らされたイーニンの街、
どこに何があるか分からぬ、勝手の知らぬ街での車軸探しが始まった。

とりあえず、3軒の自転車修理屋を回った昨日、
同様の車軸は見つからず。
次第に暗くなり、並行して探していた宿探しも難航。
10件近くの宿を訪れるも宿泊拒否の連続。
ものすごい強風が吹き荒れ、さらには雨が吹き付ける。
何もかもがうまくいかず、途方に暮れる。

24時間営業のファーストフード店、あるいはネット屋でもあれば、そこで一夜を過ごそうと、寝床探しを開始したところ、幸運にも1軒の宿に辿り着く事ができた。

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1泊10元、4ベッドある部屋の先客はすべて中国人。
贅沢は言っていられない。
雨風をしのげる場所を見つけられた事がありがたい。

そしてイーニン2日目の朝、
できれば今日のうちに荷物を残してある村へ戻りたい。
そして明朝から歩行を再開できればと。
しっかりとした車軸を見つける事ができればいいのだけど、最悪の場合、代用品でごまかして。

ではそろそろ車軸探しへと出かけます。

ウルルン2日目 

朝起きてみれば、自分のテントではなく、彼らのテント。
寝場所までお世話になってしまった。

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明るいテント内、
電灯を点けたまま眠ってしまったのか、と一瞬思うも、
そういやここ電気ないわ、と気付く。

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上を見上げれば、天窓から射し込む陽光。
生活の知恵か。


彼らの朝。
ラクダミルクを求めてやって来たおばちゃんのために乳を搾り、放牧へと出かける。
残念ながら、昨夜やって来た公安との約束でここを去らねばならず、放牧へ出かける男衆と握手。
「朝飯食って行け」と言う彼らに甘え、朝食を頂き、歩き始めた。

しばらく歩くと、
放牧へ出かけた彼らが遥か遠くから手を振っているのが見え、思い切り振り返した。
またいつか戻ってきたい、そんな事を思いながら。

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電気、ガス、水道など、「ない」という事が前提の中暮らすカザフ人一家。
しかしながら、現代文明の波は彼らの元まで押し寄せておりまして。

放牧へ出かける際は、馬に乗って出かけていくも、車、バイクを所有。
そんな事にいちいち驚きはしないけど、
ラクダの世話をしている際、鳴り響くメール受信音。
各自携帯電話を所有、メール受信の度に携帯電話を睨み、指先で器用に文字を打つ。

マサイ族ですら携帯電話を持つ現代なのだけど、
食事時も携帯電話を手放さず、食事そっちのけでメールする姿には、なんだか悲しくなった。

モノが溢れ、何不自由なく暮らす日本から来た者の勝手な言い分なのかも知れないけど、
携帯電話やパソコン、様々なものが発達し、便利になる一方で、失われていくものを垣間見た様な気がした。


文明社会と古き良き生活、うまく共存してくれる事を切に願う。


※彼らが携帯電話をどこで充電しているかは不明。



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<写真>
貴重な水。

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<写真>
水を飲むラクダ。

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ウルルン1日目 

無人地帯。

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国道から外れてしまい、悪路を進む。
時には砂漠に残された轍の上を歩きながら。
砂の中に沈んだタイヤ、リヤカーを引く手にも力が入る。
目指す町は40キロも先、周囲には砂漠が広がり、町はもちろん、宿も商店もない。

「今日もテントか」

そんな事を思い、テント設営地を探す中見つけた3つの大きなテント。

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テントの主はこの地で暮らすカザフ人。
隣にテントを張ることを快諾してくれ、彼らとのウルルン生活が始まった。

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電気もガスも水道もない環境、収入源であるラクダの放牧をし、昔ながらの生活を続ける彼らの暮らし。
彼らにとっての日常が自分にとっては非日常、
見るもの全てが興味深く、新鮮なものであった。

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二十頭を超えるラクダが放牧先から戻ってきた。
その周りをうろちょろしていると、
「危ないぞ」「蹴られるぞ」
と、彼らの声、ジェスチャーで示してくれた。
どうやらラクダの後ろを歩くのは大変危険な様で。

彼らの日課、
放牧後の乳搾り。
ラクダからミルクが取れるとは知らなかった。
この様に後脚をロープで縛り、乳を搾る。

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その後飲ませてもらったラクダミルク、
数日置いて発酵させたものなのか、酸味があり、ヨーグルトの様。
一杯飲み干すとすぐに二杯目が注がれる。
腹は大丈夫だろうか、そんな事を思いながら二杯目も飲み干した。

電気がなく、暗いテント内で野菜を切る若奥さん。
不便だろうと、バックパックに入れたままになっていたロウソクを10本提供。
ガスもない彼らの生活、
テント周辺の枯れ枝を集め、燃やして調理する。

3つあるテントの1つがリビングダイニングになっており、2本のロウソクが灯す暗い中、彼らと共に料理を囲んだ。

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主食はナン、大皿に入った料理を皆で食べる。
「もっと食え、もっと食え」
と料理を勧められ、もてなしてくれた。
その後、彼らの友人達がやって来て、延々と宴は続いた。

ゆったりと流れる時間。
そんな時に思い出すこの言葉。


星野道夫 「旅をする木」

「ぼくたちが毎日を生きている同じ瞬間、
もうひとつの時間が、 確実に、
ゆったりと流れている。
日々の暮らしの中で、
心の片隅にそのことを意識できるかどうか、
それは、
天と地の差ほど大きい。 」


出発の地・上海、
あの時はこんな生活がある事を考えていただろうか。
4500キロ歩き、こんな時間を過ごす事を考えていただろうか。

高層ビルが乱立、多くの人、車が忙しく行き交う大都会。
そんな所に身を置けば、余裕を失い、考えられなかったはず。

東京や上海の人達がマクドナルドやファミレスで時間を過ごす一方、
ぼくらはロウソク2本が灯すテント内でナンを片手に料理をつまむ。

今後、日本に戻り、元の生活に戻ったとしても、
彼らは毎日ラクダの放牧に出かけ、彼らの日常は続いているわけで。
日本で過ごす時間もカザフ人達と過ごす時間も平等なもの、同じものであるにも関わらず、イマイチ実感が湧かないのはなぜだろう。

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料理をつまみながら、ふとそんな事を考え、面白いなあと思った。
そして同時に、彼らと同じ時を共有している今という時に幸せを感じた。

踏みしめる日々 

7日間にも及んだウルムチライフ。

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やや腰が重たいものの、カザフスタン入国日も決まり、歩かねばならぬ状況。
ここでズルズルいってしまえば、当然カザフスタン滞在日数が減ってしまうわけで。

目標としていたウルムチにも着き、カザフスタンビザも取得、
長かった中国での歩行も終わりが見えつつある。

ラストスパート。

宿で出会ったスペイン人サイクリストに見送られ、カザフスタン国境へと歩き始めた。


中国の残り行程、カザフスタン国境までの距離・約660キロ。
ちなみに東京-京都間が600キロくらいか。
決して近い距離ではないものの、残り少ない中国での歩行、
一歩一歩がカウントダウン。
確実に終わりが近付いている。


ウルムチから約35キロ離れた昌吉市、
先日掲載された新聞を読んだ多くの方々に暖かく迎えられた。

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「頑張れ」と声を掛けてくれた中国人サイクリスト。

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わざわざ車を停めて、水を差し入れてくれたご夫妻。

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新聞片手に昌吉市到着を待っていてくれたおばちゃん達は、
食事をごちそうしたいと言ってくれ、お茶を飲みながら色々と話し、
最後には、「泊まっていけ」と言ってくれた。


皆優しい。


ここに書いていたらキリがないんで割愛するが、その後もたくさんの出会いに恵まれ、
そんな彼らに「謝謝」「再見」としか返す事ができない事がもどかしい。

本当に感謝の気持ちでいっぱいです。


そうそう、5月5日の新疆都市報記事掲載、
中国でのいくつかのエピソードなどが記事となっていたわけだけど、
たくさんの反響があったらしく、「反響があった」という事が翌日の記事に掲載。

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内容を完璧に把握する事はできないものの、「感動」なんて文字もあり、そんな風に感じていただいて、本当にありがたい限り。
ぼくとしては、感動してくれた事に感動という感じですが。

今自分がやっている事、歩いてロカ岬まで行くなんて事は、所詮自己満足なわけで、
その中で多くの方々と接し、様々な環境下に身を置き、色々な経験をする、
それらは自分にとって大切な財産であり、今後の糧になるとは思うのだけど、他人に何らかの影響を与える事ができるとは思ってもおらず。
これまで歩いてきた意味が少しはあるのかなと、そんな風にも思える事ができた。

さっさと中国での歩行を終わらせてカザフスタン入りしたいと思っていたが、
去り難い、そんな今の心境。

ビザにも余裕があり、目標としていたウイグル自治区入りを果たした事で、
ハミ以降、低下気味だったモチベーションもすっかり回復。
歩行中の出会いは前へと進む力になる様で。

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歩きながら、これまでの中国での思い出を振り返る事が増えた。

歩行初日、真っ暗になって辿り着いた宿で温かく迎えてくれたおばちゃん、
決して代金を受け取ろうとしなかった食堂の主人、
蘇州の宿、河南省の家族などなど。

挙げていけばキリがないけど、
今でも鮮明に覚えている大切な時間。

今もこうして歩き続ける事で、中国で過ごす時間は確実に減っている。
一歩一歩、噛みしめるではないけど、大切に中国の地を踏みしめる毎日。

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<写真>
国境の町コルガスはもう目の前。

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<写真>
ラクダ横断中。

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<写真>
歩行中のパンクは本当に気が滅入る。
道脇にて修理。

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<写真>
原因はコイツ。

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