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ALKINIST -あるきにすと- 2010年02月

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priceless 

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サッカーチケット 30TL

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ステッカー 5TL

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ユニフォーム 18TL

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スタジアムでの興奮 priceless

なんてMasterCard風に始めてみます。


イスタンブール滞在の目的の一つであるサッカー観戦へ行ってきた。

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Turkey Super Ligi
Galatasaray-Kasimpasa SK

トルコを代表するサッカーチームとして挙げられるのがガラタサライ、フェネルバフチェ、ベシクタシュの3チーム。いずれもイスタンブールを本拠地としている。
今回の目的はガラタサライ。数年前まで稲本潤一選手が所属していたチーム。
ちなみに元日本代表監督ジーコが指揮をとったのがフェネルバフチェです。

昔、ガラタサライのチャンピオンズリーグを観戦して以来、その際にサポーターが歌っていた歌のメロディ、「ガ~ラ~タ~サラ~イ」とガラタファンの男達の太い歌声が今尚耳から離れないでいる。日本で生活してても時々思い出すくらいに。

今回、イスタンブール行きを決心させたのは、あのスタジアムの雰囲気をもう一度味わいというのが決め手になっている。ガラタサライ-ベシクタシュのイスタンブールダービー、ヨーロッパリーグと2月は本当に熱い日程だったのだ。
残念ながら、イスタンブールに到着した25日、ガラタサライ、フェネルバフチェ共にヨーロッパリーグ敗退が決まってしまったものの、2月末から3月にかけて、以下の試合観戦を予定している。


2.28 Galatasaray-Kasimpasa SK
3.3 Turkey-Honduras
3.7 Fenerbahce-Antalyaspor
3.10 Besiktas-Istanbul.B.B
3.14 Galatasaray-Ankaragucu
3.21 Kasimpasa SK-Besiktas or Fenerbahce-Gaziantepspor
3.24 Fenerbahce-Vestel Manisa (Turky Cup)
3.28 Galatasaray-Fenerbahce


観戦しすぎですか?
イスタンブールに長居しすぎですか?
療養中なのであしからず。
宿代はもう3月28日までを支払済みです。フフフ。

ガラタサライ-フェネルバフチェのイスタンブールダービーを観戦したら未練なくイスタンブールを去れるかと。

3月3日はAマッチ、トルコ代表の試合。
チケットは7日のものまで購入済み。

ガラタサライ主催試合30TL、フェネルバフチェ主催試合22TL。
いずれもゴール裏、最安のチケット($1=1.5TL)。
3日のトルコ代表戦は10TL。カテゴリーは3つくらいしかなく、リーグ戦と比べ割安なので、最も高いチケットを購入。

さすがにガラタサライの試合のためにトルコ国内を移動する気はないので、イスタンブールでガラタサライの試合がない時はフェネルバフチェ、ベシクタシュの予定。雨が降ったら行かないけど。


これまで会ったトルコ人ともサッカーの話をする事が多く、約6割がガラタサライファン、残りの4割がフェネルバフチェ、ベシクタシュを応援している人達という感じで、やはりガラタサライの人気が圧倒的。今日はこんな犬とも出会った。

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ガラタサライ、フェネルバフチェ、ベシクタシュ以外にもイスタンブールに本拠地を置くチームが2チームあり、今日のカシムパシャもその一つ。ある意味イスタンブールダービーなものの、ガラタサポーターに圧倒されていた。

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ほぼ満員のスタジアムの中、カシムパシャサポーターが陣取るのは上写真の左端の人口密度が低い部分。

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バックスタンドも、

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ゴール裏も、ガラタサポーターで埋め尽くされている。

ゴール裏だけでなく、メイン、バックスタンドのサポーターも声を張り上げ、男達の歌声が絶え間なく響き渡り、スタジアムは揺れ、当然ながら雰囲気は最高。やばいです。
安いゴール裏の席でこの雰囲気を味わうつもりで来ていたのだが、嬉しい事にとても見やすいスタジアムで試合もしっかりと楽しませていただいた。

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まさにpriceless。お金で買えない価値がここにはある。


試合内容は省略。
ガラタサライ所属選手ってほとんど知らないのだけど、数少ない知っている選手のキューウェル、バロシュは怪我で欠場。監督のライカールト、ケイタくらいしか分からなかったものの、背番号30が光っていた。
メキシコ代表ジョバニ・ドス・サントス。ワールドカップは要チェックです。

後半はグダグダで同点に追いつかれたものの、終わってみれば4-1の大勝。
先日のヨーロッパリーグの同点ゴール、そして今日の勝ち越し、ダメ押しとケイタが素晴らしすぎます。いつになったらこんな選手が日本に現れるのでしょうか。

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試合終了後、スタジアムの外に出てからも、「オ~ガラタサラ~イ」と男達は勝利の歌を歌い続けた。
そして今、頭の中で「オ~ガラタサラ~イ」がリフレインしている。

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野次馬 

歩いていると、カメラを持った十数人の集団に遭遇。
なんだなんだと近付いてみれば、

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微妙なポーズで悩ましげな表情をしたモデルを撮影していて、これはもしかしたらトルコの売れっ子アイドルなのかもしれないと、便乗して撮影してみる。

で、カメラマンの1人に「彼女はトルコで有名な女性なの?」と尋ねてみると、

「ハッハッハー」と笑われた。んなわけないだろって感じで。

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あなたは一体何者ですか?


新市街を歩いていると、

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カメラに囲まれたおばちゃんがいて、

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また別の集団がいて、

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プラカードに何が書かれているかさっぱり分からぬも撮影してみる。

さらに歩いていけば、

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警察がいて、
何か面白い事が起こりそうな気がして、
写真撮るなと怒られて、

もう少し歩いた先に、

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デモ隊がいて、

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「何のデモ?」と尋ねてみても、トルコ語はさっぱり分からなくて、
でも一応撮影して、

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デモ隊に加わった。

ただいま、イスタンブール! 

ブルガス出発から8日目。
イスタンブールに到着したのは陽が沈み、暗くなった19時頃。

いや、「イスタンブールに」と言うよりは「旧市街・スルタンアフメットに」と言った方が適切かもしれない。

イスタンブール入りしたのはちょうど昼頃。
標識もなく、いつイスタンブールへ入ったのか分からなかったけど、気が付けば郊外に入っていた。
上海以来の大都会・イスタンブール。
この街が大きいという事は分かっていた事だが、ここまで広く、スルタンアフメットが遠いというのは大誤算だった。

イスタンブール手前から交通量は急増。
片側3車線の道路を猛スピードで車が走り去っていく。

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路肩が非常に狭い場所もところどころあり、そんな場所では車輪が路側帯からはみ出し、普通車でさえ恐ろしいのに、大型車が真横を通り過ぎる際は、生きた心地はしなかった。

「神よ、わたしをスルタンアフメットまで生かしてください」


イスタンブール郊外でスルタンアフメットへの距離をトルコ人に尋ねてみれば、「10キロ」という返答。
2時間程で歩ける距離なので、余裕ではないかとにんまりしたのだが、実際歩いてみれば、これのどこが10キロなのかと愚痴らずにはいられない。

10キロ歩いても着く気配がなく、また別のトルコ人に尋ねれば、今度は「5キロ」と言う。5キロ歩いても着く気配がなく、またさらに別のトルコ人に尋ねれば「2キロ」と言う。

ここでようやく理解した。
この人達ってけっこう適当なのだと。
アジアっぽいとでもいうか。

その後も何人もの人に尋ねてみれば、ポリスは19キロと言い、初老の男性は2キロと言い、タクシードライバーは10キロと言った。どれが正解なのか全く分からず。


結局19時まで30キロを歩いた。

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あとどれだけ歩けば着くのか分からず、車やバスに注意しながら歩く事に神経を使い、心身ともに疲れ、いずれまたこの道を歩き、イスタンブールを脱出するのだと思うと、早くもうんざりした気分になる。

とりあえず今後、ミラノだとかバルセロナ、マドリッドといったイスタンブールと同規模の街には絶対に行かないと誓う。


アザーンが街に響き渡る中、7年前の記憶と照らし合わせながら、スルタンアフメットへ向けて歩き続けた。多くの人が行き交う中をリヤカーを引いて歩き続けた。


「ニホンジン?ナニヤッテルノ?」
久々の日本語での会話は日本人相手でなくトルコ人。
昔はうざく感じていた日本語を巧みに操るトルコ人も今となっては懐かしく、かわいいもので。足を止めてしばし雑談。

「チュウゴクカラアルイテル?ゼッタイウソダー」

うっさい!

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そしてようやくブルーモスクとご対面。

ただいま、イスタンブール!



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100キロ切った。

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もう少し

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あと少し

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久々に楽しい 

ババエスキという町の安宿に到着するも、宿主不在。
椅子に腰掛け、しばらく待っていると、「お祈りをしてたんだ」と宿主が階上から戻ってきた。

ここはイスラム圏なんだと改めて思うのと同時に、イスラム好きなぼくからしてみれば、大好きな場所へ戻ってきた、そんな感じ。

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ブルガリアからトルコへ入り、教会は姿を消し、代わりに現れたのがモスク。
どんな小さな町にでもモスクがあり、青空を突き抜けるミナレットを見て、響き渡るアザーンを聞けば、とても気持ち良く、別世界に来たかの様。
国境を越えただけでこうも変わってしまうとは、宗教の持つ力、人間の信仰心を敬わずにはいられない。

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国境を越えての変化は宗教だけでなく、人も変わった。
外観、見た目的なものだけでなく、その内側、性格というか国民性というか。
どちらかと言えば、他人の事に無関心である人が多かったヨーロッパから来れば、その違いは一目瞭然。

アジアでの歩行と比べ、ヨーロッパに物足りなさを感じる要因は決してぬるい歩行環境だけでなく、人との出会いに物足りなさを感じているからなのだとも思う。
今の自分には、うざいと思えるくらいがちょうどいいのかもしれない。

歩行中、チャイの誘いが何度かあり、車からは数え切れないくらい手を振られた。

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食事をとるためロカンタに入れば、あるいは商店へ入れば、すぐに彼らとの交流が始まる。

「日本人か?」「東京?大阪?」「何をやってるんだ?」

次から次へと質問が飛び、時間が過ぎるのも忘れ、話し続けるなんて事もしばしば。

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「チャイを飲んで休んでいきなさい」

そう誘ってくれた寡黙な男と無言でチャイをすすったりもした。
言葉は通じぬも、こうして同じ時間を共有している事を嬉しいなと思いながら。


トルコ人の温かさに触れる日々を過ごしながら思うのは、わずかな距離とは言え、この国を歩く事ができて本当に良かったという事。トルコでの歩行はとても楽しい。
6日歩いただけなのに、すっかりやられている。

でも欲を言えば、もっと長い距離、トルコ横断をしたかったかな。

4回目のトルコ 

7年前、アジアから中東へ向かう際、初めて訪れたトルコ。
アジア・ヨーロッパ・中東の間に位置する国なだけあって、その後も中東からヨーロッパ、ヨーロッパからアジアへと、その度にこの国を通り抜けてきた。

4回目となる今回は、ヨーロッパから来てヨーロッパへ戻る事になる。


出発前、トルコを訪れる事は楽しみの一つであった。
大好きなトルコの地を歩き、温かい人達と出会えたらと。

しかしカスピ海北回りルートに変更せざるを得なくなり、それと共にトルコ行きは消滅。
西を目指している現在、トルコへ寄れば、当然ながら大きく遠回りする事になってしまうのだ。

トルコへの思いを断ち切ったとは言え、カザフスタンで、ロシアで、ウクライナ以降の国々でも見かけたトルコナンバーを付けたトラック。すれ違う度にドライバーの顔をチェックし、髭をたくわえたドライバーであれば喜び、ほんのわずかではあるけど心が揺れた。


トルコ行きを考え始めたのは、オデッサで今後のルートを考えていた時の事。
地図を広げてみれば、トルコへ至る道に平地が続いていた事が一つのきっかけで、トルコサッカーの熱い日程にも恵まれていた事が後押しし、ちょうど冬だし越冬しようかと、トルコを目指すのもありかなと思い始めた。

そして、トルコまで100キロと迫ったところでの凍傷。
越冬生活が入院・療養生活に変わり、トルコで冬を過ごす必要もなくなったものの、トルコに背を向け、また西へ向けて歩き始めるのはとても悔しく、せっかくなのでトルコで療養生活を送る事に決めた。

なんとかリヤカーを引いて歩けるし、テントの設営・撤去も可能ではあるものの、まだ指は完治していないのです。完治していないけど、療養先へ向かうため、350キロ程の距離を歩くのです。なんかアホらしいけど。


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ブルガリアの出国手続きを終え、しばらく歩けば、赤地に白い月と星のトルコ国旗が見えてきた。
嬉しさ、懐かしさなどが入り混じり、「帰ってきた」そんな風に感じた。

「おかえり」ではないけど、国境の職員は「メルハバ」とトルコ語の挨拶で迎えてくれた。
両替所がなく、困っていると、カフェのトルコ人が「両替してやるよ」と。
パンク修理をしていると、その辺のトルコ人が「どうしたどうした」と。

ぼくはやっぱこの国大好きです。



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<写真>
国境を出たところ。

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<写真>
トルコ入国後も山道は続き、ブルガスから3日間、山中を歩き続けた。
4日目、長い上り坂を2つ越えたところで終了。

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<写真>
この国ものどかです。

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<写真>
水を補給。

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<写真>
ババエスキのホテル。

トルコへ 

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山を越えて

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越えて

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そこはとてものどかで

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テントを張って

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町を通過して

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また山を越えて

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一歩も動けなくなって

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テントで休んで

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トルコへ

ブルガスへ 

凍傷を負った翌朝、まずぼくは10キロ離れたネセバの病院へ運ばれた。
しかし、思っていた以上に状態が悪く、そこから40キロ、さらに大きな病院があるブルガスへ救急車で搬送され、1月23日を最後に歩行中断する事となった。

当初は日帰りで戻るつもりで、リヤカーなどほぼ全ての荷物はハンティングクラブに残したままだったが、入院後数日して、猟帰りなのか、仕留めたキツネと共にリヤカーごと荷台に載せられ、運ばれてきた。

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そしてリヤカーごと病室へと運ばれた。
巡回のドクター、掃除のおばちゃんに好奇の目でジロジロ見られたのは言うまでもない。


いずれ歩行を再開する事になるのだが、まずは歩行を中断したハンティングクラブへ戻り、ブルガスへの空白の50キロに足跡を残さないといけない。
そして何より、お世話になった事に対する感謝を伝え、迷惑をかけた事を謝らないといけない。併せて現状の報告、少しずつ回復している事も。

引き篭り生活が続いている現在。
不健康この上ないのだが、

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食事はなるべく野菜を摂取し、

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さらにはドクターから勧められたビタミンなども。

その甲斐あってか、順調に回復中。
そして昨日、「とりあえずブルガスまで歩こう」と思い立ち、ハンティングクラブへ戻り、ブルガスへの50キロを歩く事にした。


スピードスケートの日本人選手の活躍を見届け、朝一で乗り込んだヴァルナ行きバス。
朝日に照らされた黒海が美しく、日の出前に歩き始め、少しずつ変化していく空の色を楽しんでいた日々を懐かしく思う。
3週間も足を止めているうちに、日の出、日の入りの時間などすっかり忘れてしまった。

ブルガスからネセバへの黒海沿岸部は雪など全くないのだが、山へ入った途端、一面銀世界。バスはノロノロと上り坂を進み、しばらくするとハンティングクラブが見えてきた。

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山中に1軒ポツンと建つハンティングクラブ。
「なぜこんな所で下車するのか」と不思議そうな顔をしている運転手に下車する事を伝え、およそ3週間振りの歩行中断地点へ。

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温かく迎えてくれ、親切にしてくれたおばちゃんに会えなかったのは残念だが、オーナーにしっかりと感謝の気持ちなど伝えた。


これまでも沢山の人に助けられてきたわけだが、改めて感謝をしつつ、こうしてまた歩ける事に感謝しつつ、ブルガスへの一歩を踏み出した。

あの夜、ぼくを苦しめた上り坂は15分歩いたところで終了。
あとはひたすら下るのみ。
快調に進んでいると黒海が姿を現した。

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ちなみにブルガスは矢印の辺り。
弓の様な形の黒海沿岸部。その先端に位置する。
ここよりおよそ40キロ。


その後も歩き続け、ブルガスへ。

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だが、ブルガス入りこそしたものの、残念ながら50キロを歩き抜く事はできなかった。

午前中こそ4時間ぶっ通しで歩いたものの、やはり久々の歩行だからか、30キロを過ぎてから極度の疲労、足の痛みを感じ、足を止め道脇に座り込む頻度が増した。
足が痛い、腰も痛い。前方にホテルの建物が見えていたのだが、色々と考えた結果、無理せず5キロ手前で今日はリタイヤ。バスに乗り込んだ。

もちろんこの空白の5キロもしっかりと歩き、上海からの足跡をブルガスまで残します。



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