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ALKINIST -あるきにすと- 2010年04月

コソボでスパイ容疑をかけられた 

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「What are you doing? Where do you go?」

何をしてるんだ、どこへ行くんだと、強い雨の中、リヤカーを引き、国境へやって来た怪しげな東洋人にかけられた言葉、口調はどこか冷たく感じられた。

「コソボを歩きに来た」

そう答えると、「そうか、そうか」と穏やかな感じになり、多くのポリスに囲まれ、写真を撮られ、せっかくなので一緒に記念撮影。

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この国への第一印象は悪くない。


数年前まで紛争をしていた国という事で、荒廃した土地、長年の紛争に疲れた人々、この国に対するイメージはそんなものだったのだが、国境からの道は山々に囲まれた緑豊かな美しい所であった。

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小雨の中、山道を歩いていると、老人に声をかけられ、パンをいただいた。

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「アルバニア語は話せるか?」「話せない」
「セルビア語は?」「話せない」
「中国人か?」「日本人だ」
「NATOか?」「ツーリストだ」


この程度の会話だけど、楽しい。
どうやったらNATOにに見えるのでしょうか。

「プリシュティナへ向かうのだ」と言うと、「タクシーで行け」とタクシーを電話で呼ぼうとしたおじいちゃんに「歩いていくのだ」と止め、再び山道を歩き始めた。

このおじいちゃんに限らず、コソボにはフレンドリーな人が多い。
「Where are you from?」と何度も尋ねられ、その度に足を止めた。


おじいちゃんにはNATOだと思われのだが、翌日はちょっとした事があってスパイ容疑で警察に拘束。
リヤカーごとパトカーに乗せられ、Ferizajという町の警察署へ連行された。
地位が高いらしい片山さつき似のおばちゃん婦警の指示で、ポケットのものを全て出し、入念なボディチェック。
靴の中まで調べられ、指紋が付かぬよう手袋をはめ、荷物も全て隅々までチェックされる。

ビデオテープが出てきた時、「やはりこいつは怪しいぜ」みたいな事を言い、ガソリンが出てきた時は、「やはりこいつは工作員に違いない」みたいな事を言っていたのだけど、残念ながらスパイでも工作員でもないのだ。怪しいものは何もない。

屋外でリヤカー荷台に積まれた荷物をチェックされた際、他の警官がタバコを咥えたのを見て、「吸っていいか?」と尋ねると、「お前はダメだ」と言われる。外へ出るときも逃げないように腕を掴まれたり、完璧に容疑者となっていた。

若い警官は、「ジャパンはグッドだが、チャイナはバッドだ」と言った。
日本がコソボの独立を認め、中国は認めていないという事も関係しているのかもしれない。
EUの大半、日本、アメリカ、カナダなど主要国はコソボの独立を認めているのだが、セルビアはもちろん、民族問題を抱えるスペイン、ロシア、中国、その他多くの国々は独立を認めていない。
彼はグッドだと言ったけど、理不尽な拘束を受けている間、こんなアホな国の独立など認める必要はないと思っておりました。

ここの警察署にはルーマニア、ハンガリー、カナダから派遣されている警察もいて、ルーマニア警官が非常に気遣ってくれ、「ムツメスク」とルーマニア語でお礼を言うと、とても喜んでくれ、握手を求められた。ルーマニアへの好感度大幅アップ。


なんだかんだで6時間あまり拘束された。
容疑は晴れ、荷物をチェックした警官とガッチリと握手し、ようやく解放された。
拘束中は最悪国外退去となるのではと思ったし、こんな国もう歩きたくないわとも思ったけど、「コソボを歩くのはノープロブレムだ」との事なので、引き続きコソボを歩く事にする。

拘束された場所まで10キロ程歩いて戻り、歩行を再開する。
このスパイ容疑のおかげでこの日は20キロしか進めず。
スコピエからプリシュティナまで2日を予定していたのに3日もかかってしまった。

まだかまだかと長い坂を上り終えた後、目の前に現れた街がコソボの首都プリシュティナだった。

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(写真)
歩行中はのどかな風景が続き、紛争の跡は見られないが、唯一目にしたのが戦車の速度規制標識。

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(写真)
アルバニア系が大部分を占めるため、アルバニアとの関係が非常に強く、いたるところでアルバニア国旗を目にした。

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(写真)
プリシュティナにて。
大体察しはついたのだけど、近くにいた警官に確認してみると、紛争で亡くなった方の写真らしい。スパイ容疑で拘束されましたけど、プリシュティナの警官はとても親切で紳士的です。

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(写真)
宿の部屋からの風景。

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選択肢 

カザフスタンではロシアへ行くしか選択肢がなく、ロカ岬へとつながる道がなく、色々と悩まされたけど、さすがはヨーロッパ。

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セルビアにコソボ、アルバニア、ギリシャ、ブルガリア。
マケドニアはこれらの国々と国境を接していて、次どこへ向かうと悩むところ。
選択肢に溢れていて、地図を眺めるのが楽しい。

ではそろそろ出発します。

Skopje 

朝食は9時からと宿のスタッフから聞いていたのだけど、9時になっても全く準備されてなく、10時頃になりようやく朝食をとる事ができた。
「なんなんだこの宿は」と、文句を言ってやろうかと思ったのだけど、もしやと思い、壁に掛かった時計を見てみれば、腕時計より1時間遅れた9時。

ウクライナからおよそ5ヶ月、同じ時間帯で過ごしてきたが、マケドニア入国後4日目に気付いた時差。

クレバ・プランカのホテルでも同様に朝食は9時からと聞いていたのに準備されてなく(それどころかホテル内に従業員不在だったけど)、ふざけんなと思いながら9時過ぎに歩き始めたのだが、マケドニア時間ではまだ8時だったという事。彼らは何も間違っていない。


歩く日々を過ごしていると、朝から晩まで歩き、空腹を感じたら何か口にし、暗くなったら眠り、その繰り返しで、時間などたいした意味を持たない。
バスに乗るなんて事もなく、見たいテレビがあるわけでもなく、会社へ向かう事など当然なく、時間とは無関係な生活。

時間に拘束されない生活というのもいいものだ。
そんな事を改めて思った朝だった。

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ここスコピエでも時間に拘束される事なく過ごしているのだが、いや唯一の拘束は宿で食べる朝食・夕食の時間。それ以外は好きな時に街を歩き、空腹を感じたら何か口にし、疲れたら帰る、そんな生活を送っている。


2日程、この街を歩いてみたのだが、この居心地の良さは何なんでしょうか。

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旧市街を歩けば、青空を突くかのようにモスクのミナレットが建っていて、道を行き交う人はスカーフを頭にかぶっている女性だったり、口髭をたくわえたおじさんだったり、トルコを出て1ヶ月も経っていないのだけど、アジアに戻ってきた、そんな気さえする。

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バザールに足を踏み入れた途端、目の前の風景に懐かしさを感じた。
果物、野菜、雑貨、工具に衣類、様々なものが売られ、両手に袋をさげた人が狭いバザールの通路を歩く様は中央アジアを思わせるかのような雰囲気、光景。

マケドニアではキルギスやカザフスタンと同様にキリル文字が使われているので、尚更中央アジアを思い出してしまうのだ。
店主はマケドニア人だったりアルバニア人だったりするのだが、「写真を撮れ」と何度か声をかけられ、お礼にバナナやオレンジをくれたり、とてもフレンドリー。

目が黒い人も多く、欧州でありながらアジアを感じさせてくれる。

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ちなみにスコピエに限らず、果物、野菜が売られている青果エリアを歩くのが好き。
鮮やかな色をしたオレンジ、真っ赤なリンゴやトマト、新鮮な緑黄色野菜など色とりどりで、それらが店先に山積みされている中をブラブラとあてもなく歩くのは楽しい。

内陸国なので魚を見る事はなかった。
これもまた中央アジアのバザールと共通する点。
街の規模、街から山が見えたり、どうしてもビシュケクと重なってしまう。

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「中国人か?」「ジャッキーチェン」

第一声はたいていこんな感じだけど、バザール以外でも声をかけられる。
フレンドリーなマケドニア人と共有する時間が心地良く感じられる。

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街を適当にブラブラすれば、彼らの日常を垣間見る事ができる。


なんて幸せな時間なのだろうか。



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<写真>
モスク。

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<写真>
バザールのチャイ屋でごちそうになった。
トルコと同じグラスに注がれたチャイ。
トルコを思い出させてくれる味。

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<写真>
ジャパン。
救急車に貼られていたジャパンステッカー。

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<写真>
トルコ資本のスーパー、ラムストール。
トルコでは行った事ないけどカザフスタンに続き、マケドニアでも買い物。

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<写真>
アジア食品コーナー。
パスタを品定めしてたら、「ヘイ、スシボーイ!これを探してるんだろ」と、店員にここへ連れてこられた。

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<写真>
食料購入。
インスタントパスタを買ってみた。
ラーメンの袋にはハングル文字。

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<写真>
イスタンブールで買った米やパスタ、コーヒーはまだ封を切ってなく、またムダに食料を買い揃えた感じもする。

好感度急上昇中 

マケドニアを訪れるのは2度目。

観光地に2泊、首都に数時間いた程度では、好きとか嫌いとか、そんな感想を持つまでにはいたらず、良くもなく悪くもなくといったところで、たいした印象も持ち合わせていなかったのだけど、2日ちょっと、110キロ程この国を歩いてみれば、自分好みの国である事が分かってきた。

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緑豊かな山々、時折現れるオレンジ色の屋根をした家々、そこで暮らす素朴な人々、
ニワトリが放たれ、牛が放牧され、のどかで、牧歌的で。
日本の原風景的な、故郷を思い出すような懐かしい景色もあったり。

今ではすっかりお気に入りの国になってしまった。

歩いてきて良かったと何度も思った。
歩いているからこそ出会える景色というのはこれなんだと何度も思った。



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縁あってマケドニア人のお宅でお世話になる。

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<写真>
ハラショーな3兄弟。
ブルガリア語、セルビア語は理解できても同じキリル文字のロシア語は分からないらしい。
でもところどころでマケドニア語とロシア語は通ずる部分もあるようで、適当にロシア語を交えてコミュニケーションをとる。

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コーヒーだけでなく、美味しいマケドニア料理までいただく。
停電になったので写真はないけど。

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土砂崩れ現場を片付けている作業員。

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確かに土砂崩れ現場は多かった。

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清流だったら最高なんだけど、濁ってます。

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<写真>
高速道路侵入。
今回は料金所もあって止められるかなと恐る恐る通過したのだけど、杞憂に終わる。
パトカーも余裕の無視。自転車も普通に走っていた。

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<写真>
高速道路で感じる春。

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Kreba Palanka 

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周囲を山々に囲まれたこの小さな村はそんな名前なのだとか。
宿の主人に聞くまで知らなかったけど。

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昨日に続き、山道に打ちのめされ、さらには冷たい雨。
息を切らし、何度も足を止めた国境への上り坂。
額からは汗がしたたり落ち、汗で濡れた体からは湯気が立つ。
乱れた呼吸を整え、また歩き始める。

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朝から14キロ程、ひたすら上り、ようやく現れた国境への標識。

ブルガリアに滞在すること、延べ44日。
色々とあったけど、この1キロで終わり。
最後くらいはかっこよく終わろうと思ったのだが、さらに勾配のきつい坂で、顔を歪め、ヒーヒー言いながらゆっくりと進み、国境に到着。


出入国手続きを終え、10カ国目マケドニアの地を歩き始めた。

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振り返ればブルガリア。

マイナス20度、雪山で凍傷を負い、入院。不安に押しつぶされそうになった事、
ハンティングクラブ、ドクター、多くの方々の助けがあって、再び西を目指せるまでに回復した事、歩行中たくさんの人に声をかけてもらった事、

まあこの国では色々とありました。

現地の方との出会いはもちろん、凍傷なんて悲惨な経験もしないがいいに決まっているけど、今となっては貴重な経験だったと思います。

ソフィアを出てからも2日と少し、先日のテレビ放送のおかげで、たくさんの嬉しい出会いがあり、最後の最後までブルガリア人の温かさに触れる事ができました。
感謝、感謝、感謝です。

あと2周くらいブルガリア国内を回ってもいいくらいにこの国が好きになりました。

愛してますブルガリア。
さようなら。

Благодаря

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マケドニア入国後はブルガリアで貯めた貯金を使い果たすかのようにひたすら下りが続き、500メートル一気に下る。
この2日間、ひたすら山道を歩いていたからか、足が重く、疲労を感じ、27キロ歩いたところで歩行終了。

昼食をとった所が幸運にもホテルに併設されたレストラン。
ホテルに泊まる事などめったにないのだけど、とにかく疲れていた。


首都スコピエまで100キロ。



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マケドニア入国後、最初に出会ったおばちゃん。
まだ10キロ程しか歩いてないけどいい感じです。

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<写真>
ホテル。

French Walker 

自家用車、バイク、原付、自転車、バックパッカー、
あぁそういえば、ビシュケクにはこれから馬に乗って旅するというイングランド人もいたっけ。

旅の仕方は人それぞれ、決して多くはないけど色々な人とここまで出会ってきた。
しかし、どうしても出会う事のできなかった人。


それは徒歩旅行者。


小さな町や村を抜け、国境を越え、自分と同じ様にこのユーラシア大陸を歩いている人。
そんな人と出会う事はなかったのだけど、ここソフィアにてようやく出会う事ができた。

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フランス人マキシム。
フランスからここまで3ヶ月かけて歩いてきたのだとか。

首に巻いてる白いのとか、服の柄とか、徒歩旅行者と思えない程、洒落ている。
巻き方なんかも洗練されてますね。垂らし方とか、長さの配分とか。
フランス人かっけーと思いながら、色々と話す。


「ルーマニアはどうだった?」 「・・・(沈黙)」

セルビア人のヨビッチさんと会った?」 「誰それ?」


イスタンブールで会ったイングランド人然り、ルーマニアの評判はあまりよろしくないようで。
ちなみにぼくはルーマニアから逃げたのだが、ルーマニア人のお宅でお世話になったり、食事をごちそうになったり、彼らの温かさは知っているつもり。
でもなんていうか、この国を好きとは言えない何かがあった。

そしてヨビッチさん、あなた今どこ???



「Why are you walking?」

ナゼアナタハアルイテイルノデスカ?
彼が投げかけてきた言葉、これまで幾度となく尋ねられてきた言葉。
いつもの様に説明、ああこうして説明するのは何度目だろうと思いながら、歩く理由を説明する。

話し終えた後、少し笑いながら彼は言った。

「me too」

これまでも説明する度に「グレイト」と言ってくれる人がいたり、あるいは英語が通じず、キョトンとしてる現地人がいたり、反応は様々。少なくとも「me too」なんて返す人はいなかった。まあ歩いている人と出会えなかったので当然なのだが。

しかしこれは素直に嬉しい事で。
山道では呼吸を乱し、どんよりとした今にも雨が降り始めそうな曇り空に「降るなよ」と呟き、日没前にはどこで夜を明かすか考える毎日、あるいは寒さに震えたり、自分と同じ様にそんな経験をしているであろう彼が言った「me too」。同意した「me too」。

きつい事もあったりするけど、でも歩き続ける。
歩いているからこそ出会える人達がいて、景色があるから。



最後にもう一つ。

「Why are you walking?」

なぜ歩いているのか?
なぜバスじゃないのか、車じゃないのか?

そう尋ねてきた現地人の方々に一通り理由を説明した後、英語が通じなくてもぼくはジェスチャーを交え、こう言っています。

「歩いているからこそ、今こうやって、あなた達と会えてるんじゃないか」と。

Sofia 

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ソフィアは今日も雨。

ソフィア到着日以来雨が続いていて、傘など持ってないし、レインジャケットを着てまで街歩きをする気もなく、大半の時間を宿で過ごし、このまま街歩きもせずに次を目指すのもなんだかなという感じで、次を目指すといってもまだどこへ向かうのかも決めてない状況だし、

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さらには洗濯物も全く乾いてないし、

数泊延泊する事に決めた。
もうしばらくソフィアです。

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