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ALKINIST -あるきにすと- 2010年08月

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フィラデルフィアから2日目 

出発前夜、今になってアメリカの治安が気になり、犯罪データをチェックしてみると、これから立ち寄る予定であった10万人程度の町でさえ、年間の殺人事件16件、強盗497件、暴行259件、窃盗1423件という恐ろしい数字が出てきました。
約2週間滞在したフィラデルフィアはというと、驚愕の殺人331件、強盗9618件、暴行9784件、窃盗12845件。これわずか1年での数字です。

ちなみに人口1億2千万の日本での殺人発生件数は2009年で1097件、その約3分の1の発生件数があったフィラデルフィアの人口はわずか150万人程度でしかありません。
いかに日本が平和であるかが分かります。

フィラデルフィアを歩いてみて、安全なイメージしかなく、年間殺人331件なんてとても信じられないのだけど、アメリカ人曰くベリーデンジャラスで「Killadelphia」なのだとか。

アメリカっていうと銃社会で日本より治安は悪いという程度にしか考えていなかったけど、いざこの数字を目にすると、恐ろしく治安の悪い国なのだと思い始めました。
よその国に首を突っ込む暇があるなら、自分の国の治安をどうにかするべきではないかと。派遣している軍をアメリカの治安維持にあたらせるべきでないでしょうか。

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歩行中、何度か話しかけてきたアメリカ人、2度の職務質問を受けた際、ポリスに、今後のルート上の治安について確認すれば、答えは皆共通していて、「街は危ないが、今歩いているような田舎はベリーセーフだ」との事。
その言葉にひとまず安心し、当初立ち寄るつもりだった10万人規模の町の通過はやめ、ひたすら田舎を歩く事に決める。実際フィラデルフィアから離れると、緑豊かなのどかな景色が広がり、確かに平和そのもの。

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とは言っても昨夜のテントはこれまで200泊以上過ごしてきたテントで初めて不安を感じ、なかなか眠る事ができず。中国で初めてテントを張った時、カザフスタンの無人地帯、ロシアでも感じる事のなかった不安。
ちょっとした理由もあるのだけど、ぶっちゃけ昨夜は怖かった。


何事もなく朝を迎え、フィラデルフィア出発から2日目。
まだ70キロほどしか歩いていないけど、素敵なアメリカ人と出会い、誘われるがままに家にお邪魔し、早くも足を止めております。

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2,3日お世話になる予定。

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ではそろそろ 

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出発します。

The Philadelphia Inquirer掲載 

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The Philadelphia Inquirer(アメリカ・フィラデルフィア) 2010年8月26日掲載

こちらの新聞社でカメラマンをされている日本人の方には大変お世話になりました。
改めて感謝です。

写真は5枚提供しましたが、中国のものでもカザフのものでもフランスのものでもなく、ロカ岬到着時のアホっぽいやつが採用されました。
一応岬近くのモニュメント前でちゃんとシャツを着て正装したものもデータ提供してたんですが、アメリカの新聞にデカデカと半裸写真が掲載されてしまいました。

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ポルトガルのウェブニュースでも使われてたし、世界中に半裸を晒しまくっています。

スタバ 

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車輪を取り付けました。

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髪を切りました。

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英気を養いました。

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歯医者も終わりました。

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今はスタバで今後のルートを確認中。


まだいくつかやるべき事が残ってはいるものの、ようやく明日、出発する事ができそう。
すでにアトランティック・シティから北米横断は始まっているけど、リヤカーを引きながらの歩行はこれからという事もあり、正直、色々と不安な事もあるけど、よく考えてみると、中国でもカザフスタンでもロシアでも、あるいは欧州各国でも、その国を歩く前というのは少なからず不安を感じるのが常だったので、いつも通りといえばいつも通り。

そう考えると、いくらか不安が和らいだ。
さて、どう歩こうか。どこへ行こうか。
エスプレッソを飲みながら思案中。

自転車屋と歯医者 

アトランティック・シティから北米徒歩横断はすでに始動しているのだけど、未だにフィラデルフィアから出る事ができず。
なんだかんだでアメリカに到着後、フィラデルフィア滞在は計11泊目となった。


歩行再開に備え、自転車屋で車軸交換を頼んでいて、その受け取りは本日。
しかしこの自転車屋、あれだけ「両輪とも新しい車軸に交換をしてくれ」と、念を押していたにも関わらず、「車軸をチェックしたけど、問題ないので交換しなかった」と、クリーニングのみされた車輪を返された。

オデッサ以降、より太く丈夫な車軸を使用していて、中国では4500キロで車軸が折れたけど、今のものは現時点で約6000キロ問題なし。
しかしすでに6000キロをこの車軸で歩いていて、今後北米をストレスなく歩くためにも不安要素は排除しておきたく、車軸交換の依頼をしたわけで、今は問題ないとかそんなの車軸交換をしなかった理由にはならないのです。なんのためにあれだけ念を押したのか。
数日待たされ、さらにはクリーニングだけの割には請求する額も高いし。

いくら自転車屋の職人が「問題ない」と言っても、それはあくまで現時点での事。
今後1000キロとか2000キロという長い目で見れば、やはり時間的余裕のある今のうちに交換しておいた方が良いに決まっているのです。

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もうこんな苦労はしたくないのです。

カザフスタンの二の舞だけは絶対に避けたく、「大丈夫、大丈夫」と言う自転車屋のオヤジに「換えろ、換えろ、今すぐ換えろ」と対抗。
すると逆ギレ気味のオヤジは「金はいいから行け」みたいな事を言い、結局無料でクリーニングされた車輪を返されたのだった。

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無料でクリーニングされた車輪を受け取り、出費も減ってラッキーなどとは思えず、また別の自転車屋へ持ち込んで車軸交換を依頼した。
依頼通りに交換してくれ、作業時間も短い。最初からここへ持ち込むべきだった。

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アメリカへ来て6年のメキシコ人メニ。
結局またクリーニングされたばかりの車輪を彼はクリーニングし、車軸を新しいものに換えてくれたのだけど、ディスカウントしてくれ、オヤジの店の半値以下で作業してくれた。
グラシアスです。


とりあえず車輪問題は片付いたのだが、足止めをさせている最大の理由である歯医者。
本日二度目の診察の後、明日からでも歩くつもりでいたけど、後日もう一度診察に行く事となり、出発はまた延期。


早く出発したいようなしたくないような。
出発延期が嬉しいような嬉しくないような。
そんな気分。



そんな風に思うのはきっと宿の居心地が良いからに違いない。
でも早く出ないと、すぐに寒くなる。朝夕は冷え込んできた。

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偉大な人民 

さすがにカザフスタンの無人地帯にはいなかったけど、中国人ってどこにでもいて、ロシアのカルミキア共和国というよく分からぬ場所だったり、モンテネグロやイタリアなどでも、わざわざ車を停め、「同胞よ、何をしてるんだ?」と、何度か中国人に間違われ、話しかけられた。
日本食レストランはなくても中華レストランはよく目にするし、ユーラシア大陸西端のリスボンにも中国人コミュニティがあったり、最西端のロカ岬でも中国人の団体がいたり。

ここアメリカでも、アトランティック・シティのマクドナルドの客の3,4割は中国人だったし、フィラデルフィアへの道中の小さな町にも人民の姿があった。
ほんとどこにでもいらっしゃいます。

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先日、街を歩いていて見つけたチャイナタウン。
道行く人の大半は中国人、懐かしい中国語が飛び交い、店やレストランの看板も漢字。

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10TH STは十街。ここでは道路標識も中国語が併記されている。


ウイグルを含め4800キロを歩き、5ヶ月を過ごした中国。
彼らの支えなしに中国を歩き抜くのは難しかったし、彼らの温かさに触れ、数え切れない程の親切を受け、「謝謝」という感謝の気持ちを今でも忘れずに持ち続けている。

上海からの過程を振り返ってみれば、どの国にも良い思い出や経験、素晴らしい出会いはたくさんあるけれど、総合的に一番楽しかった国は中国。
どこにでも安い旅社があり、どこで食べても食事は美味しく、非常に楽でした。
一方で山あり吹雪あり、無人地帯ありと自然の厳しさを感じる事もでき、改めて考えてみても、総合的に評価するなら中国が最も楽しかった。
不快な事が最も多かったのも中国ですが。


そんな愛する中国人民のチャイナタウンに毎日足を運んでいる。
フィラデルフィアの皆さんには申し訳ないけど、ここが一番楽しいし、落ち着くのです。

昼食もチャイナタウンの食堂。

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初めてこの食堂を訪れた時、懐かしい匂いがした。
中国と変わらぬ円卓を囲んでの食事風景だったり、雰囲気だったり。
中国で5ヶ月を過ごし、日常と呼べるものもあったわけだけど、そんな日常を思い出す。

忘れられないのが料理が運ばれた時の匂い。懐かしい中国の米の匂い。
中国で嗅ぎ続けてきたものがここにはあった。

味は中国で食べるものと比べても遜色ないレベル。
チャーハンに関しては、中国で食べたものよりも美味しかった。
もっとも中国では一番安い卵とネギのチャーハンが主だったからかもしれないけど。
これは焼豚入り。

この食堂に通うこと3日。
顔を覚えられ、3日目にして話しかけられた。
アメリカ在住だから英語は話せるだろうと思ったけど、この彼は話せず、筆談とほんの少しの中国語での会話。この程度の事でも中国での日々を思い出させてくれる。


そうそう、彼らが中国の中国人と違うのは、会計後、「Thank you very much」とお礼を言う事。中国で「謝謝」などと言われた事など記憶にないのに、彼らはベリーマッチまでつける。違和感感じまくりです。
グラスの水がなくなったら、こちらから呼ぶ前に水を入れてくれたり、アメリカ育ちなだけあって、中国にはないサービス精神を感じる。


こんな風に中国での日々を思い返したりしながら、居心地の良いチャイナタウンで過ごしていたのだけど、まさかこんな出会いがあるなんて思ってもいませんでした。

偶然目に留まった中国商店。

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懐かしい品々が陳列されていたのだけど、どれも割高。
フラフラと店内を巡回し、彼の姿が視界に入った時、
「なんでこんなところにいるんだ」と、思い切り抱きしめました。

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数あるインスタントラーメンの中から出前一丁を選ぶなんて良いセンスだと思います。
そしてその出前一丁を太平洋を越え、アメリカまで運んだ中国人は偉大です。
「お前こんなに食うのかよ」とでも言いたげな中国人店員の視線を感じながら14袋を購入。
またさらに中国が好きになりました。

寿司屋で自爆 

北米はまだ歩き始めたばかりなのだけど、明日8月23日で上海出発から600日。

普段は歩行日数などいちいちカウントしておらず、月初めにまた1ヶ月経ったなと思い、新年を迎えて1年経った事を知る程度。600日っていうのはひとつの節目なのかもしれないけど、何日経ったとか、それ程重要な事ではないです。

でも無理矢理理由をこじつけて、「上海出発から600日記念食事会」をする事にした。

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ヒースローでのトランジット中にしょぼい巻き寿司を食べたけど、でも久々の寿司。
最後に食べたのはいつだったか思い出せないけど、600日より前なのは確か。

先日、街を歩いていて、この店を見つけたのだが、決して安いというわけでもなく、普段ラーメンばかり食べている自分にとっては高級すぎるもので、数日迷っていたのだけど、出発から600日だしと理由をこじつける。
実際に寿司を食べに行ったのはフライング気味の599日目だけど。

この寿司屋は食べ放題で、にぎり、カリフォルニアロールなどから選び、1回のオーダーは20貫まで。カリフォルニアロールなんて邪道なものは頼まず、王道のにぎりオンリー。

この寿司屋へ来たのは、外のメニューを眺めていた時、「SABA」という文字に惹かれたからで、サバは6貫オーダー。残り14貫は適当に。
ずいぶんとサバに飢えていて、長らく食べていない気がしたけれど、イスタンブールで飽きるくらいにサバサンドを食べてた事に今気付いた。そんな昔の事でもないのに。

中国人がにぎる寿司。
シャリがやや硬めだったけど、普通に寿司でした。

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2度目のオーダー。
1度目にウナギを見落としていたので6貫頼み、サバも6貫。非常にバランスが悪い。
タコ、イカ、イクラ、ホッキ、カニなどもあったけど、余り好きではないので頼まず。

メニューを見ると、単品でタマゴ2貫でも4ドル、ウナギは6ドルと高いです。
食べ放題だと24ドル+税、サービス料で30ドル程。


これくらい余裕で食えるだろうと思っていたのだけど、残り10貫からが地獄でして。
無人地帯を歩いている時、食料が尽き、空腹に苦しんでいた時など、何度も頭に思い描き、あれだけ夢見た寿司でこんなにも苦しむなんて。
1貫でも残せば罰金を取られるので、最後の方は無理矢理水と一緒に胃袋に流し込み、この寿司どもに殺されるかと思いました。殺されるっていうより自爆ですけど。

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完食。
食後しばらく歩く事ができず。

今後また600日は寿司なしでも大丈夫。
今はしばらく見たくない。



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こちらは先日見つけた日本食弁当屋。
ユーラシアは日本食レストランなどなかったり、あっても高かったり、やや苦労したものの、北米はどうやら問題なさそう。

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出発準備も着々と。
マケドニア、コソボで出会った米国人に勧められたアウトドアチェーン店REIへ。

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テントシート、帽子を買いに行ったのだが、250ドル衝動買い。
主要アウトドアブランドの大半はアメリカのもので、日本で買うより割安なのでついつい。
あとは歯医者と車輪の問題を片付けるだけ。

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