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ALKINIST -あるきにすと- 2010年11月
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縁 

カナダにいるのだからカナダ人と接するのは当然なのだけど、最近カナダ人と連絡をとりまくっている。連絡をとっている相手は旅先で出会ったカナダ人。

歩く旅をしていると訪れる先は旅行者が立ち寄らないであろう辺鄙な田舎が主。

時速5キロの旅。
歩いているからこそ訪れる事のできる小さな町や村、そこで出会う人達。
むしろそれを望んでいて歩いているのだが、本当に旅行者などめったに会わなくて、カザフスタン後半でサイクリストと出会って以来、イスタンブールへ至るまで5ヶ月も旅行者と会わない事もあったり。
今こうして改めて思い出してみても、旅行者との出会いって少ないなあと。


そう言えばOTTAWA CITIZENのKelly Egan氏の記事。
彼の記事の何が嬉しかったかって、この時速5キロの旅をよく理解してくれている事。

ブログに目を通し、その内容を紹介してくれているのだけど、


「ブログをスクロールさせればあなたはウイグルの美しい山や人、テントで暮らし,ラクダを飼っているカザフ族に砂丘、サンライズやサンセットを見る事ができる。エッフェル塔やベルリンの壁、ビッグベンなど月並みな私の旅行アルバムのような写真を見る事はできない。遥か遠くで暮らす、ごく普通の人々、多くの食べ物やお茶、辺鄙なところに設営された彼のテントを見る事ができる」


適当な訳だけどそんな事が書かれていて、この人よく分かってるではないかと思う。
何のために歩いてるかって、歩いているからこそ訪れる事のできる小さな町や村、そこで出会う人達。それに尽きる。
エッフェル塔もベルリンの壁もビッグベンも、そんな観光地なんてバスや飛行機で行きますから。今の自分にとって観光地とか全く重要ではないです。


で、ぼくのこれまで出会った数少ない旅行者、めったにメールアドレスも交換しないのだけど、アドレス交換した相手のカナダ率が高い事に気付く。

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殺風景な乾いた景色が続いたウイグル自治区。
ハミ・ピチャン間を歩行中に現れた小さな商店で出会ったカナダ人サイクリスト。
「バンクーバーに着いたら遊びにおいで」との事。
社交辞令かもだけど、空気読まず遊びにいきます。


写真を探すのが面倒なので、写真はなしだけど、ビシュケクで出会ったカナダ人。
彼はカザフスタン在住なので会う事はできないけど、「オー先日までトロントにいたのに」との事。友人に連絡してくれるらしい。

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オタワに着いた先日、「今どこにいるの?まだ歩いてるの?」と約8ヶ月振りのメールを送ってきたピーター・サラ夫妻。そういえばピーターはカナダに住んでいたと言っていた。
こちらからメールをしようと思っていた矢先、絶妙なタイミングでの近況を尋ねるメール。
彼からのメールによるとトロントで育ったらしい。
「トロントに日本人と結婚した友人がいるから、興味があればメールして」との事。

コソボでスパイ容疑をかけられ、拘束された時、色々と気遣ってくれたのもカナダから派遣されていた警官。初めて訪れた海外の国もカナダ。


縁を感じます。

OTTAWA CITIZEN掲載 / YAHOO CANADAデビュー 

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OTTAWA CITIZEN(カナダ・オタワ) 2010年11月7日掲載

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写真は大きめ、大きめっていうかクソでかい。
目を細め、遠くに視線をやっております。そうしろって言われたんで。

どれくらいでかいかって、

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これくらいでかい。

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これまでもたくさんの国々で自分について報道していただいたのだけど、それは歩行期間、総歩行距離、あるいは最終目的地、その国についての感想、歩行中のトラブル、まあこんな感じでした。報道ってそういうものだと思います。

ただ今回はちょっと違っていて、記事を書いたKelly Egan氏は単にぼくの旅を報道するだけではなく、どこかエッセイの様な随筆的な感じで記事が書かれていて、例えばぼくが当ブログで書いた中国、カザフスタンで感じた事なども英訳されて紹介。
とにかく自分の旅についてよく理解してくれています。とても面白い記事でした。

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YAHOO CANADAにもデビューです。

新規スポンサー獲得 

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THERM-A-RESTなどで有名なアウトドアメーカーCASCADE DESIGNS よりご支援いただける事となりました。
日本の販売代理店ではなく、アメリカの本社からのご支援です。
ありがとうございます。

非日常 

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現在滞在中の宿。
ASIAだとかEUROPEだとか、そんな感じで各部屋に名前が付けられていて、

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初日はSOUTH AMERICA部屋のAMAZONベッドで眠る。
その後宿側の都合でAFRICAのCASABLANCAへ、南米からアフリカへ移動。
2階から3階への大移動。


白人に黒人、アジア人でも東アジア系やら褐色の肌を持つ人、宿泊客は様々。
明らかに旅行者でないと思える人もいるし、誰が旅行者で労働者か、2泊しただけではよく分からない。

オタワに到着して3日目。
到着時こそは青空が広がっていたけど、昨日は冷たい雨が降り続け、今日もまた怪しいどんよりとした空。
そんな空をぼんやりと眺めながらタバコを吸っていると、ペンキで汚れた作業服を着た男が話しかけてきた。旅行者でなく労働者である事は間違いない。

「韓国人か?」
「いや日本人だ」

日本人だと答えれば、どうやら日本を訪れた事があるらしく、北海道へ行った事があるとか、京都が良かったとか。
容姿だけでは彼の国籍は分からなかったのだが、彼はカナダ人。
で、話を始めてから1分後、

「お前、今日働かないか?」

メチャクチャな展開だなこれ。
突然の仕事の斡旋。

「ワークパーミット持ってるけど、英語はあまり話せないよ。それでもいいの?」
「ノープロブレムだ。時給10ドルな」

ワーキングホリデービザを取得して、ワークパーミットも持っているけど、働きたくてこのビザを取得したわけではなく、カナダに1年滞在できるからというのが最大の理由。
とは言え、これから越冬するならば、時間を持て余す事にもなるし、その際簡単なバイトでもあればしたいなと思っていたところなので、このよく分からぬカナダ人の仕事の斡旋はありがたかった。

彼の車で向かった仕事先は郊外の一軒家。
庭の落ち葉を拾い、草を刈るというのが与えられた仕事だった。
なるほど、これなら英語が話せなくてもノープロブレムだ。
冷たい雨の中、落ち葉を拾い、草を刈り、大きな袋にそれらを詰めていく。
ひたすら黙々と作業、こういうの嫌いじゃない。

上海を出発してから1年10ヶ月、歩く事が日常となり、かつて日常であった労働は非日常。

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仕事を終えた後、受け取った50ドル。
働いて、その対価を受け取る、そんな当たり前の事がものすごく新鮮に感じられる。

Canadian 

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カナダ歩行初日。
警官にルート416から追い出され、どこへ至るのかよく分からぬ道を歩行中、念のためオタワへの道を確認。

「この道を歩いてオタワへ行けますか」

その時に声をかけたのがウィル。
イミグレ職員、ポリスは別として、カナダ入国後、初めて出会ったカナダ人。

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ただ道を尋ねただけなのに、「寒いだろ、体を温めていけ」と、温かいスープをごちそうしてくれ、

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水にオンタリオの地図まで持たせてくれた。
その後オタワ近郊まで地図を入手できそうな所は全くなかったので、これは本当に助かった。

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カナダ歩行2日目。
氷点下の寒い寒い朝、寒さのあまり口をうまく動かせず、もごもごさせながら、「ルート22へはこの道でいいのですか」と、道を教えてもらう。

しばらく歩いたところで、彼(デイブ)が車でやって来て、「乗っていきなさい」と声をかけてくれたが、もちろん断る。
再度現れた彼は、温かいコーヒーとチョコレートパンを持って来てくれた。
寒さの中で感じる人の温かさ。たまりません。

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名前忘れたおばちゃん。
息子が自転車で旅をしていたとの事、歩いている自分に興味を持ち車を停めてくれた。
「温かいものを食べなさい」とカンパをいただく。

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オタワ郊外で会ったモリー。

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食料をこんなにもくれた。
その他にも「夜は寒いでしょ」と布団を持って来たり、ジャケットやグローブを持って来たり、さすがにこれらは受け取らなかったけど、ありがたいです。

これまた寒い朝に飲みかけのミルクティーをくれたジェフもいたけど、写真はない。
けど彼もまた色々と助けてくれている。

カナダ人も温かい人達が多いみたいです。

Ottawa 

北上するにつれ、朝夕の寒さが一段と増した。
前方上空に空港から飛び立ったばかりと思われる飛行機が見えた。
カナダ入国から3日、国境近くでガソリンスタンドを見て以来、ガソリンスタンドもマーケットも全く見なかったのだけど、久々のマーケットが現れた。
常に砂利道だった路肩はアスファルトに変わり、さらに歩いていけば歩道が現れる。
片側1車線だった道路は2車線になり、交通量も増え始めた。

オタワに近付いている事を実感する。

10キロ程歩いたところで空港横を通過、さらに歩き続け、ダウンタウンを目指す。
首都とは言え、トロント、バンクーバー、モントリオールに次ぐ第4の街であるオタワ。
レストランや店も増え、次第に街らしくなっていくも、大都市でよく感じる歩行中のストレスは全く感じない。
クラクションも響かなければ、人の流れもスムーズだ。
ダウンタウンも難なく通過。

大きすぎず小さすぎず、ちょうどいいサイズの街だなというのがこの街に対する感想。

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アトランティック・シティから歩くこと約950キロ。
これからしばらくオタワです。

北へ 

前回の続き

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川を越えればそこはカナダ。

イミグレオフィスに向け歩いていると、訝しげな顔でこちらを見つめる職員がわざわざ建物の外まで出てきて出迎えてくれた。
パスポートを見せ、「怪しくないですよー、健全な日本人旅行者ですよー」とアピール。

そしてもう一つ。
実はアメリカ滞在中、アメリカビザ取得と共にカナダビザ取得にも動いておりまして、カナダ大使館からメールで送られてきたレターを提示する。
建物に通され、今後のカナダでの予定やオタワでの滞在先、あるいは所持金の確認を受け、30分程で入国スタンプが押されたパスポートとワークパーミットを渡された。

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冬季歩くか確かでなく、越冬した場合、6ヶ月というカナダの滞在期間で太平洋まで辿り着くのは不可能。
その場合、延長も可能なのだけど、銀行の残高証明が必要だったり、時間がかかりそうな事から、あらかじめ1年滞在可能なビザの取得を考えた。
ワーキングホリデービザってやつです。ホリデーメインですが。

しかしカナダ大使館、仕事早過ぎです。
アメリカから申請書類などを日本に送ったのが10月4日、日本からビザ代の振込みなどを済ませ、書類を大使館に送ってもらったのが14日、カナダ大使館からメールが届いたのが22日。1ヶ月以上は絶対にかかるだろうと思っていたのだが。

これで約1年の滞在が可能になり、太平洋まではビザに悩まされる事なく歩ける事となった。

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そして始まった22カ国目カナダの歩行。
ルート416を北へ、首都オタワへ向け、歩き始める。

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過去3日の悪天候から一転、とても気持ちのいい青空が広がっていて、道脇に設置されたオタワへの距離標識を確認しては到着日などを計算。

この感じだと明後日の昼頃か、そんな事を思いながら歩いていた時だった。
背後からパトカーがやって来て、スピーカーで停止の指示。

「ここはハイウェイだ、なんで歩いてるんだ」

車を降りて来た警官はそう言った。

「この道歩いちゃダメなの?」
「ダメだ」
「じゃあオタワへはどう行けばいいの?」
「知らん」

こちらとしてみれば、国境の前の道をひたすら歩いていただけなのだが、よく考えてみれば、歩行者もサイクリストも渡る事のできない橋からの道なわけで、その道が歩行不可なハイウェイだったとしても何ら不思議はない。

さすがに抵抗するわけにはいかず、幸いにも200メートル手前に小道があった事を思い出し、そこからハイウェイを抜ける事を彼に告げ、ハイウェイ脱出。

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どこへ至るのか全く分からぬ小さな砂利道を1キロ程進むと、これまたよく分からぬ舗装路へと辿り着いた。

ここは一体どこなんだ。

橋を渡っている時から続いていた緊張感、不安もいつの間にか消えていて、気付かぬうちにハイウェイを歩いていた事を今更ながらおかしく思い、またよく分からぬ道に辿り着いた事、この道を歩かざるを得ない事に、ああこれが自分の旅なんだなと思う。

どこへ至るか分からぬ道。
少しずつ傾いていく陽の方角が西なら、じゃあ北はあっちだと、どうにでもなれと思いながら歩き始めた。