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ALKINIST -あるきにすと- 2010年11月

Havelock 

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オタワ出発から5日目、現在地Havelock。
オタワで3週間過ごしている間に寒さは増し、日照時間も短くなり、朝夕の寒さと長い夜に気が滅入る。

以前読んだ極地冒険家の本に、-40度を経験すると-20度は暖かく感じるみたいな事が書かれていて、へーっと思った事もあったけど、-5度だろうと-10度だろうと寒いものは寒いというのが10ヶ月前に-20度を経験した自分の感想です。
10ヶ月も前の話だし、現在着用しているウェアもあの時と比べれば貧弱なので、一概にそうとも言えないけれど。でもやっぱ寒いものは寒い。

恐らく最も寒い時で-10度弱。
グローブを装着していても指先はかじかむ。
凍傷を負った3本の指が特にズキズキと。
この3本の指は凍傷を負って以来、他の指と比べ、熱を帯びていない。
この氷点下の中でさらに冷たくなったこれらの指には特に気を使い、右グローブにはカイロを入れている。

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昨日から左足首に痛み。
これまで疲労を感じる事はあっても足に痛みを感じる事などなかったのに。
理由は明白で不慣れな砂利道と雪上の歩行が原因と思われる。
どこかで足を休めるべきであるのは確か。
でも足を引きずりながら、時折感じる痛みに顔をしかめながら歩いてます。
トロントまであと4日程です。
耐えてください。

オタワ22泊目 

オタワ22泊目。

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当初はこの街で働きながら越冬という予定だったけど、職と刺激を求めて10日ほど歩いてきます。

春までの間、無職でもニートでも問題ないといえば問題ないのだけど、オタワ面白くないです。刺激が足りないです。
昨冬長居したイスタンブールでは街を歩けばその辺の現地人がペラペラ話しかけてきたり、毎日色々な発見もあったり、楽しく刺激的で有意義な毎日でした。
イスタンブールと比較するのは極端だと思うけど、オタワなんか誰も話しかけてきません。その辺のおっさんにいきなり「5ドルくれ」と言われたくらいで。

大きすぎず小さすぎず、というのがこの街に着いた時の印象。
確かに自分好みのサイズではあったけど、会う人皆に「いい街ですねー」と言い続けてきたけど、それはあくまで仕事だったり生活の基盤があってこその事なのだと今となっては思います。仕事を持って暮らすならオタワはいい街だと思いますし、ここで出会った人達も皆親切でした。

しかし、無職やニートにとっては優しくない街で、時間のつぶし方に苦労する街で、職探しが一段落した先週くらいから宿に引き篭り状態が続いておりました。
宿から一歩も出ない日は普通にあるし、唯一の外出は近所のスーパーだったり。
ダメ人間になっておりました。決して安くはない宿に滞在し続け、時間を無駄に過ごしてる現状にちょっと自己嫌悪気味でした。

これはまずいという事で明日からトロントへ向かいます。
暖かい部屋でグータラ過ごす方が楽には違いないけど、寒空の下の歩行にキャンプ、歩行中に出会う人。少なくとも今よりは刺激に溢れてるはずです。

中国を徒歩横断したドイツ人の動画 

オタワでの生活は特に書く事もないのでお気に入りの動画を紹介しておきます。
北京からドイツまで歩いて帰ろうとしたドイツ人の中国徒歩横断中のヒゲの成長記録。
何それって感じなのだけどその言葉通りです。見れば分かる。
くだらないけどこういうのは大好きですね。グレイトおすすめ。

ハミやピチャン、トルファン・ウルムチ間の乱風など、懐かしい景色もあり、中国が恋しくなった時、まずはこの動画を見ております。
ちなみに彼は事情があってドイツまでの歩行は断念したらしい。

ぜひご紹介したいワールドウォーカーがもう一人いるのですが、それはまたいずれ。


キムチ 

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すでに2週間も滞在していて、さらに1週間分の宿代を払っているので、少なくとも計3週間の滞在は確実。
ウィークリープライスで1日あたり5ドル安く長期滞在中の現在。良い客かは分からないけど、少なくとも悪い客ではないと思います。

ベッドの上で色々と作業していたところ、宿のスタッフがやって来て、腰を低く、申し訳なさそうな感じで話しかけてきた。
7人だか8人の中国人の集団が来るのだけど、その彼らを1室にまとめたいから他の部屋へ移ってくれないかと。

せっかくいい感じで作業してたのに中断しないといけないし、他の旅行者と比べ荷物はとても多いし、ベッド周りを片付けて細々としたものをまとめないといけないし、何より面倒だし、部屋を移る事のメリットなど全くない。
2週間も滞在している上客に部屋移れとか勘弁してほしいです。
しかも以前南米からアフリカへ移動させられ、2度目の移動とかほんとうんざりです。

「部屋移るの2度目だよ」
一応一言言って、部屋を移る準備を始めた。
うんざりしながらも素直に従うあたり、やはり悪い客ではないと思います。

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アフリカからアジアへの大移動。5往復くらいしたはず。

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南米、アフリカ、アジアと部屋を移ってきたけど、最も窮屈な感じ。
ああやっぱりアフリカから出るんじゃなかったと思い、ベッドに腰を下ろす。

南米ではアマゾン、アフリカではカサブランカ、そんな感じで各ベッドに名前が付けられていて、アジア部屋も同様にタージハマルとかペトラとか心躍るようなツーリスティック名前が付けられているのだけど、

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なんでぼくのベッドだけキムチなのですか。

西果て 

今後の北米大陸徒歩横断は下記2ルートのいずれか。


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ルートA 

オタワ→バンクーバー 4400キロ

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ルートB

オタワ→バンクーバー→フェアバンクス→プリンスオブウェールズ岬 約8000キロ

余りにウェールズが僻地すぎてグーグルマップのサービス対象外だったりする。
距離を測定できません。ちなみにオタワからフェアバンクスへは6900キロ。



宮本輝の小説の舞台になったり、連日多くの人達が訪れる観光地でもあるロカ岬。
ここがユーラシア大陸の最西端である事を知っている人は決して多いとは思わないけど、少なくもないと思います。知っている人は知っているというか。

でも北米最西端について知っている人は、「ウェールズ」って即答できる人はどれだけいるのか。
試しに「ウェールズ」と検索してみれば、英国のウェールズがズラリと並ぶ。
次へ次へとマウスをクリックしても、北米最西端・ウェールズの情報は現れない。
「北米最西端 ウェールズ」「アラスカ ウェールズ」って検索しないと出てこない。
出てくる情報もほんのわずか。

そんな数少ないウェールズの情報は以下の通り。


人口 : 57 世帯 152 人 ( 2000 年人口調査)
一世帯当たりの年間平均所得 : 33,300 ドル、一人当たり 14,877 ドル
飲料水 : 地下水と近くの河川の水を利用
夏季の平均気温は7 .2 ℃、冬季はマイナス 23 ℃
生徒数 49 人の学校、診療所、教会、雑貨屋がある
飛行機と船でしか村に行けない
アラスカ州政府所有の非舗装滑走路 (1,200 m) がある
冬季は凍結したベーリング海峡を滑走路として利用
主な産業は漁業


アラスカの西果てに暮らす人達。
極寒、過酷な環境下で暮らす人達。
この村にはどんな人達が暮らしているのだろうか。
何でここの人達はこんな辺鄙な所で暮らしているのか。

ものすごくそそられます。
そそられまくってます。

たった今判明した事実 

米国ビザの取得ならず、「そんなわけで米国ビザを取得する事はないし、ビザ免除プログラムでのカナダからの米国入国も不可能だし、今後米国へ入国する事はなく、北米徒歩横断はカナダで終える事に決まりました。目指すはバンクーバーです。」と前回書きましたけど、どうやら間違っていたようです。


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在日米国大使館HP「ビザ免除プログラムに関するよくある質問」によると、


カナダまたはメキシコから陸路で米国に入国できますか?

できます。陸路で入国する場合には、往復または次の目的地までの航空券は必要ありません。入出国する国境地点の移民当局が、入出国記録カード、I-94Wを発行します。米ドルのみで支払可能な6ドルの料金が必要です。この料金は、ビザの有無にかかわらず、すべての旅行者に請求されます。空路または海路で米国に入国する場合、この料金は、航空券・乗船券の代金の中に含まれています。



との事です。


それなのに「ビザ免除プログラムでのカナダからの米国入国も不可能だし」と考えたのはこれが理由だったりする(外務省海外安全ホームページ


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査証免除プログラムの対象者は、機械読み取り式のパスポートを所持し、観光または商用等、収入を得る活動を伴わない目的で、米国に90日以内の短期滞在をする人に限られ、かつ米国への入国の際には米国と査証免除者の取扱いに関する協定を結んでいる航空会社の航空機で到着し、帰国のための切符を所持している人に限られます。(一部略)


読解力がないのでしょうか。
これを読む限り、査証免除プログラムの対象者は米国への入国の際には米国と査証免除者の取扱いに関する協定を結んでいる航空会社の航空機で到着する必要があるとしか思えないのですが。
日本の外務省に思い切り騙された気分です。


日本からビザ申請のために残高証明を取り寄せていたので手元にあるし、米国内におけるスポンサー書類もあるし、これらを提示すれば入国拒否はされないと思います。
バンクーバーじゃなくて北米最西端、アラスカのウェールズっていう村の近くにあるプリンスオブウェールズ岬を目指すかもです。再考の余地大いにありです。

目指すはバンクーバー 

しぶとくほんのわずかな可能性に懸けてきたのだけど、米国ビザ取得なりませんでした。
カナダでのビザ取得は簡単ではないと分かっていたものの、思い切り玉砕、返り討ちにあいました。
ヒゲ剃って、下着も新しいものに替えて、さわやかにビザ面接に臨んだのに、米国大使館は「NO」と言いやがりました。


「日本でビザを取ってこい」というのが彼らの答え。
「嫌だ」というのがぼくの答え。


米国ビザを取得するためだけに日本に帰るなどありえないのです。
日本に帰国するのは旅を終える時なので。
そんなわけで米国ビザを取得する事はないし、ビザ免除プログラムでのカナダからの米国入国も不可能だし、今後米国へ入国する事はなく、北米徒歩横断はカナダで終える事に決まりました。


目指すはバンクーバーです。


米国ビザ取得はならなかったけど、北米の先、目指す所は変わりませんし、揺らぎません。目先の事だけでなく、ずっと先を見据えているので支障は全くないです。

トルクメニスタンビザが取得できなかった時、カザフスタンの無人地帯で車輪が壊れた時、ブルガリアで凍傷を負い入院、静養を余儀なくされた時、思うようにいかない事はこれまでも多々あったけど、遠回りしたり、引き返したり、時には立ち止まったり。
その都度、臨機応変に対応し、歩き続けてきました。
今回の場合は遠回りどころか4000キロもの距離を短縮する事になったのだけど、それと同じ事だと思います。

いずれにせよ、目指す場所が決まった事ですっきりです。
バンクーバーまで4400キロ。


この2,3ヶ月、米国ビザ取得に向け、多くの人達と会い、お世話になりました。
6週間もお世話になった家族、日本人会名誉会長に無償でお世話してくれた移民弁護士などなど。オタワに来てからも日本語学校校長、さらには面接時に通訳してくださった方、ビザ申請から面接への過程でたくさんの方と出会えたというのは唯一の収穫だと思います。

ユーラシアの歩行では数え切れないくらいに現地の方の助けを受けたけど、北米では現地在住邦人からの助けが半端ないです。異国で感じる同胞の優しさ。心にしみます。

色々とお世話してくださった方々のためにもビザ取得という成果を残したかったけど、ビザ取得できず、申し訳なくも思い、またそれ以上に感謝の気持ちで一杯です。
ありがとうございました。