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ALKINIST -あるきにすと- 2011年05月

歩行再開6日前 

昨日胸部X線検査へ行ったわけだけど、早くもビザを取れてしまいました。
仕事早過ぎです。

しかしクリニック探しなどに時間を取られること数日、その間に航空券の価格が高騰し、当初考えていたカナダビザ期限の10月20日辺りの航空券は100ドル程上がってしまった。
その前後の週は特に問題ないものの、なぜかこのビザ期限の週だけが異様に高騰するという不運としかいえない状況。
16日なら高くはない価格なので、10月16日のカナダ出国を検討しているところ。
カナダドルの現金がたっぷりあるので、ネットでカード払いより多少高くても、旅行代理店で現金払いをしたいので時間的余裕のある今のうちに航空券を買ってしまおうかと考え中。


今日は来年申請しないといけないタックスリターンの代行を業者に依頼。
申請すれば払い過ぎた税金が戻ってくるのです。
ちなみに2010年分も自分で申請したのだけど、12月にわずか1ヶ月働いただけなのだが200ドル近いお金が戻ってきました。どんだけ取り過ぎてんのかと。
わずか1ヶ月でこれだけの額、今年1月から5月までの還付金がどれだけになるかってけっこうな額になるはずです。
来春はカナダ国内にいないし、どこにいるのか分からない住所不定の身なので無難に業者に頼む事にしました。代行手数料33ドル。


2週間程前にPCを修理に出しました。
USBを挿入したら電源が落ちたり、PCを起動させてもファンは回ってるのに画面が真っ暗なままだったり、信頼していたはずのASUSがボロボロでした。
ようやく本日、修理を終えたPCを持ち帰り、これである程度の出発準備は整ったと思っていたら、今度は無線LANの不調。購入店へ逆戻り。


歩行再開6日前。
まずまず順調です。

今後は中国に5ヶ月滞在していた過去を隠そうと思う 

目の前の北米横断と並行して、いやそれ以上の労力を北米後の計画に注いでいる。


色々と検討し、某国ビザを申請したのが10日前。
ビザ取得後、航空券もさっさと買ってしまおうと考えていたのだが、未だにビザが発給されていない状況。


あまりに時間がかかるんで問い合わせてみたところ、

予想外の胸部X線検査を求められた。

それまではビザ発給されないのだとか。


これまで各国のビザ申請すること数え切れず。
ビザ発給に健康診断だとかX線検査を求められたことなどないし、米国にビザ申請拒否はされたけど、ビザ発給拒否をされた事はない。


あーもしかして、原発とか放射線の影響ではないかと思い、もう2年以上日本に帰っていない事を説明すればいけるんじゃないかと思ったけど、そんな理由ではなくて、何が胸部X線検査の理由かって、ジョングオでした。チャイナでした。中国でした。

ビザ申請時、過去5年間に3ヶ月以上滞在した国を記入する必要があり、正直に中国とカナダと申告したものの、中国が結核多発国に指定されていて、思い切り引っかかってしまいました。
中国含め、この国が指定する国々に3ヶ月以上滞在した場合、胸部X線検査が求められるらしいのです。

昔、英国入国時、パスポートにコレクションされたイスラムの国々のビザやらスタンプで少し揉めた事があるけど、中国が問題になるなんて想定外すぎる。

X線検査を受けないとビザ取得できないと分ってたならビザ申請してないし、中国に3ヶ月以上滞在した事が問題ならそんな事は正直に申告しなかったしというのが正直なところ。


しかし安くないビザ代はすでに支払い、返金不可。
これを捨てるのは非常に痛い。


そんなわけでここ数日、この国指定のクリニックに問い合わせ、足を運ぶ毎日でした。
トロントには2つのクリニックが指定されていて、最初に尋ねたところが驚愕の280ドル。
もう1つが35ドル+事前に別のクリニックへ行き用紙をもらうという面倒な行程を経る必要があり、多分総額150ドル前後。

高いです。たっかいです。
280ドルとかビザ代を余裕で上回ってるし。
総額150ドルならギリギリ出してもいいけど、できれば抑えたい。


トロントにはこれ以上指定された放射線クリニックはないので、リッチモンドヒルというトロントの隣にある町のクリニックと先週末からメールと電話でやり取りをしていた。
当然ながらカナダの医療については全くの無知でX線検査を受ける際は事前に別のクリニックへ行き何とかという用紙をもらう必要があるのか、その辺り全く分りませんけど、このクリニックは「そんなもん要らん、50ドルだ」と言うので、本日行って参りました。

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地下鉄とバスを乗り継いで約25キロ離れたリッチモンドヒルへ。

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トロントの外れのフィンチ。
このヤングストリート沿いを歩きトロントを脱出するので、また来週今度は徒歩でやって来ます。バスから歩道の有無などをしっかりと確認。

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50ドル払って胸部X線検査終了。所要時間10分。

不安解消 

約半年、足を止めているとはいえ、ユーラシアを歩き抜いたこの足に不安は全く感じない。
リヤカーにタイヤ、その他装備品も同様。不安要素は見つからない。


唯一不安があるとすればそれは車輪。カザフスタンからロシアへかけてポキポキと折れ、無人地帯で何度か立ち往生せざるを得なかった車軸トラブル。
いつ通るか分らぬ車を一晩待ち続ける事もあったり、今思い出してみてもとにかくひどかったとしか言えない思い出。

しかしながら、やはりああいったトラブルに見舞われたからこそカザフを歩き抜いた時に大きなものを得られたのだと、今トロントで優雅にコーヒーを飲みながら思ってみたりもするけど、「もう一度経験するか?」と問われれば、それは絶対に嫌です。


当時、予備の車軸を持っていても、それを交換する際の工具類を持っていなかったという間抜けな状況だったのだけど、それは単純に自分の知識、経験不足で、あれ以降オデッサでより丈夫な車輪に換え、フィラデルフィアでも北米歩行前に無難に車軸を交換、予備車軸も入手と、一応はあの教訓を生かしているのだが、実は未だに工具を持っていない。あの悲惨な経験が生きていない。

これからまた西を目指し歩くわけだけど、バンクーバーへ至る約5000キロ、車輪修理できる場所は非常に少なく限られていて、もし万が一車軸にトラブルが起きた場合、そこが何もない山の中で、たまに通過する車に助けを求め、しかもリヤカーごと荷物を運んでくれる車が条件で、荷物を預かってくれる所を見つけて、車輪を抱えてどこかの街へ修理に向かう、なんて事を考えていたら、あのカザフでの経験がリアルによみがえってきた。

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そんなわけで買いました。

これを買うだけで不安が解消されるなんて安いものです。

歩行再開16日前 

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午前中はフライシートの補修とシュラフの陰干し。
シュラフからは酸っぱい香りが漂う。臭いというか酸っぱい。

40キロ、50キロを歩いて、足を洗う事さえできずに靴下を脱ぎ、シュラフに潜った日々。
そんな毎日が凝縮された酸っぱさ。そしてこれからも蓄積されていくに違いない。

このナンガさんからご提供いただいたシュラフ、使用可能限界温度-37度というどこかの登山隊も使用するような優れもので、さらには重量約1500グラムと決して重い訳ではない。
ロシア、ウクライナ、そして極寒のブルガリアではシュラフに潜っている限りは寒さを感じず重宝した。その暖かさ故、朝なかなかシュラフから抜け出せず苦労する毎日だったけど。
夏場はシュラフに潜らず、上からかぶせて使用。
夏は暑過ぎず、冬は暖かく、1年を通して使用している。

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午後からは必要なものを買い揃える。

短パン 22.54ドル

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エアマット収納袋 11.5ドル
ゴムひも×2 3ドル



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帰宅時、デモ集会に遭遇。
エジプト、リビアに続き、今度はシリア。

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イスラム圏で相手に足の裏を見せる事は相手を侮辱する行為です。
靴裏で殴るのも同様。

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ネジと洗車 

雨や雪の中を歩き続けるうちに、リヤカーのネジが錆びてしまうという事がこれまで何度か。

ネジが錆びた結果どうなるかというと、いくら力を入れても回す事ができなり、リヤカーを折りたためなくなってしまいます。
それはつまり、折りたたみリヤカーの利点が失われてしまうという事で、折りたたんで宿に持ち込む事もできなくなるし、飛行機に乗せる事もできなくなるという事。

折りたためないリヤカーはただのリヤカーという事です。


オデッサでは怪力ウクライナ人に、ヴェネチア近くでは修理工場に助けを求め、そしてトロントにて3度目のネジ外し。
オタワ辺りから力を入れてもなかなか回らなくなっている事に気付き、越冬している間に全く回らなくなり、折りたたむ事はできるけど、組み立ての際ネジを締める事ができないという現状。

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このネジを外す工具など持っていないので、歩行再開までに修理工場など探し、修理する必要があったのだけど、ダウンタウンの中心近くにも関わらず自動車修理工場を発見。
早速持ち込んだ。

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3分ほどで2つのネジを外してもらう。無料。
新しいものはリヤカー製造元のナガノさんからいただいているので交換する。

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そして帰宅後は洗車。
覚えているだけでビシュケク、リスボンに続き3度目の洗車です。

国立公園から返事がきた 

「国立公園を徒歩で訪れることは可能か?ジャスパー・バンフ間のアイスフィールド・パークウェイを歩行可能か?」

カナダの国立公園に問い合わせていたのだが、1ヶ月以上も経ってようやく返事がきた。


「国立公園の入園に関しては徒歩でOKだよ。でもレンタカーをお勧めするよ!国立公園はとても広く、皆車で来ていて、歩行者などいないよ。」との事。


そして肝心のアイスフィールド・パークウェイの歩行について。
このアイスフィールド・パークウェイってグーグルマップでルート検索した場合、車や自転車だとジャスパー・バンフ間を1本の線で結んでくれるけど、徒歩ルートで調べてみると超遠回りの迂回路が表示されるのみ。

「もしや歩行不可の自動車道では?」という懸念があって、ウイグルで出会ったカナダ人サイクリストに尋ねてみれば「歩行可能」との事だったけど、国立公園から直々に返答をいただいた。



physically possible


物理的に可能という曖昧な答え。



国立公園が言うには、

「ジャスパー・バンフ間は300kmもありとても遠く、車がたくさん通っている中を歩くのは危険だし、さらにはキャンプ場やホテルも非常に遠く離れている。そしてまた2つの非常に標高の高い峠があるのだよ!ツアーに参加するかレンタカーをお勧めするよ」との事。


メールを読み進めていけば、物理的とかそんな難しい話ではなく、2つの非常に標高の高い峠が少し気になるくらいで特に問題なし。
アイスフィールド・パークウェイが歩行可能というのはグレイトなニュースです。



ジャスパー、バンフ、さらにウィスラーも加え、改めて歩行ルートと距離を調べてみれば、4968km。


トロント-サンダーベイ 1290km
サンダーベイ-ウィニペグ 691km
ウィニペグ-レジャイナ 566km
レジャイナ-エドモントン 818km
エドモントン-ジャスパー 361km
ジャスパー-バンフ 290km
バンフ-ウィスラー 823km
ウィスラー-バンクーバー 129km



カナダビザ期限10月21日。

トロント出発予定日6月6日から138日のうちにバンクーバーまで辿り着く必要があります。
銀行口座の閉鎖、大量のカナダドルを米ドルかユーロに両替、リヤカー輸送用のダンボールを探したり、カナダ人サイクリストとも再会したいし、バンクーバー到着後はそこそこ忙しいはず。ビザ期限ギリギリの到着はできれば避けたい。

トロントから4ヶ月、10月上旬の到着が目標。
ジャスパーまでは上記ルートで歩き、その後は時間次第という事になるかと。

最近は目の前の北米横断は放置して、その先の事ばかり考えていたけれど、そろそろ準備していかなきゃです。
とりあえずバンクーバーのカナダ人サイクリストにダンボールの確保を依頼した。

まにとば 

書店を見つけては入店し、トラベルコーナーへ直行、そこに並べられた数々の地図から目当てのものを探す。そんな事を4月頃から繰り返し、書店だけでも5店舗くらい、その他ガソリンスタンドなんかもあたってみたけど一向に地図が見つかる気配なし。

今いるオンタリオからマニトバ、サスカチュワン、アルバータ、ブリティッシュコロンビアと太平洋まで5州にまたがっての歩行。
書店へ行けばそれぞれの州の地図が置いてあって、ブリティッシュコロンビアはあるけどアルバータはない、逆にアルバータはあるけどサスカチュワンがなかったり、1店舗で全ての地図を揃える事はできず、2つの店でそれぞれ地図を購入した。


しかしこれだけ探し回ってもどこの書店にも置いてなく、どうしても見つけられなかったのがマニトバの地図。
サスカチュワン、アルバータ、ブリティッシュコロンビアとオンタリオから遠く離れた所の地図はあっても隣の州のマニトバが買えない不思議。

いやあるにはあるのだけど、プラスチック製の大雑把なものだったり、唯一見つけた紙製のものでもすでに購入した3州のものと違う1ドル安くやや精度が劣るメーカーのものだったり。
こだわりというのか、どうしてもcccmapsの地図が欲しかったのです。


今日もまたふらりと新たな書店に飛び込んでトラベルコーナーに直行。
「Manitoba」という文字をひたすら探すも唯一見つけたのはプラスチック製のもの。
「またお前か、お前に用はないのだ」とぼやきつつも、手に取ってみれば、その後ろにこっそり隠れていた地図を発見。ずっと探し求めていた地図をようやく発見し即購入。

嬉しさの余り、帰宅時の地下鉄では本でも新聞でもなくマニトバの地図を眺めニヤニヤ。
しかし隣といえば隣の州なんですけど、この地図を使うのは1800kmも先の事です。