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ALKINIST -あるきにすと- 2011年08月
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The StarPhoenix / EDMONTON JOURNAL掲載 

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The StarPhoenix(カナダ・サスカトゥーン) 2011年8月4日掲載



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EDMONTON JOURNAL(カナダ・エドモントン) 2011年8月16日掲載

1面に大きな写真を掲載していただきました。
歩行中の取材ではなかったので、リヤカーの荷台に荷物はなく、カメラマンに「荷台に乗れ」と言われ、言われるがままに乗った写真。
カルガリーの新聞にも掲載されるとの事。

エドモントン3泊目 

エドモントン3泊目。

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1泊30ドルもする決して安くはない宿ではあるけど、とてもきれいでスタッフも親切で居心地はよろしい。まあ30ドルも払ってんだから当たり前なのだけど。

4ヵ月半も滞在したトロントのクソ宿には南京虫がたくさんいて、バックパック内に巣食っていた。
10年近く使っているバックパックで、濡れようが汚れようが全くケアせず、もうかなりくたびれた感じで、そこに南京虫襲来ときたものだから買い換えることにした。

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バックパックじゃなくてダッフルバッグだけどレインカバーも併せて購入し46ドル。
今後はダブルダッフル体制です。

バックパックは捨てていこうと考えていたけど、10年近くも使用して一緒に色んな国を訪れた相棒なわけで、捨てる事ができないでいる。踏ん切りがつかない。
こういう思い出の詰まったものでも躊躇なくポイッと捨てられる人がうらやましい。


エドモントンではダッフルバッグを買って、車輪のメンテナンスを自転車屋に頼んで、穴の開いたマドルガピークを日本に送ったくらいであとは宿でゆっくり過ごした。
シャワーとベッドとネットとリラックスが目的の滞在なので予定通り。

車輪のメンテナンスなどしなくてもバンクーバーまで何とかなると思うのだけど、ちょっとした不安があったので万全を期すためにあえてプロに依頼。
安くはないけど安心を買うというか、無難に北米は終わらせたいので。

横断する人達3 

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ウィニペグのゲストハウスで2週間ほど働いていたフランス人サイクリスト。
モーテルやキャンプ場など宿泊に金をかけないという点で価値観が一致。そんな事もあってかここで過ごしたのはわずか4泊ではあったけど彼らとはよく話した。

ガソリンスタンドでシャワーを浴びれるというのを教えてくれたのは彼ら、ぼくはオンタリオの湖は澄んでてきれいだから水をかぶりなさいとアドバイスしておいた。
彼らに見送られウィニペグを出発した。



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ウィニペグ近郊で出会ったカナダ人・デイレン。
バンクーバーからここまで20日と言っていた。早い!

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別れ際にいただいた。



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ルート16を歩き始めてから初めてのサイクリスト。
フロントバッグ横にはベアスプレーが装備されている。



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サスカトゥーン近郊でおよそ2週間振りのサイクリストに遭遇。
カルガリーからジャスパー、エドモントンを経由してトロントまで走行中のクリス。

ルート17、ルート1では連日かなりのサイクリストと出会ったのにウィニペグ・エドモントン間、24日でわずかにこれだけ。
これまで出会ったサイクリストと話した際、走行ルートを尋ねてみれば、皆がウィニペグ・カルガリーとを結ぶルート1を走っていたのでエドモントンルートは少ないだろうと予想してはいたけど本当に少なかった。

Edmonton 

着こうと思えばこの日のうちに到着できたけど、急ぐ必要は全くないし、何より日没近くの到着は好きじゃなく、翌日午前中の到着でいいと考えていたのでいつも以上にのんびりと歩いていた。


ウィニペグから23日、1300キロ。

普段は全く気にしないけど、いざこうして数字にしてみるとけっこうな日数を要したなと思う。
気付かないうちに疲労も溜まっていたかもしれないし、いつも日の出頃から歩き始めるので睡眠不足もあったのかもしれない。さらに時間に余裕がある分かなりだらけた感じだった。

この日もまたポカポカとした暑過ぎる事のない良い気候で昼を過ぎた辺りから瞼が重くなって、何度もあくびをして。

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「もう今日は歩くのをやめてその辺にテントを張ろうか」などとあまりのだるさに良からぬ事を考えながら緩やかな上り坂を上り終えた時、目の前に現れたビル群。

もうエドモントンまで30キロと分かっていてもこうして目標物としてビル群が現れたのは気持ち的な部分でとても大きくて、ついさっきまでの眠気やだるさ、倦怠感は一蹴された。

ウイグルとかカザフスタンとか、無人の荒野の先にうっすらと見えた町影。
環境あるいは状況は全く異なるけど、目指していた場所が姿を現し「救われた」と思った時の事がよみがえってきた。


坂を下り、エドモントンのビル群は姿を消したけど、モチベーションは俄然高まり、この日のうちに到着してしまおうかとも考えたのだけど、この日は早めに歩行を終え、予定通り翌日の到着を目指す事にした。

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ウィニペグから24日目の今朝はいつもより1時間早く歩き始めた。
10キロ、15キロと歩を刻み、さらに大きくなっていくビル群、さらに近付くエドモントン。

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24日、1300キロ。
やはり遠いなあと思うけど、ウイグルもカザフスタンもロカ岬も気が付けば目的地に着いていた。今回もまた同じく、気が付けばという感じか。

このダウンタウンのビル群を見た瞬間は嬉しくて、ただ嬉しくて、この24日の苦労や色々なものが報われたとそんな事を思った。

Alberta 

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アルバータでの歩行も非常に順調。
最高速度110キロというルート16を西進中。
最高速度110キロとはいえ自動車専用道路ではなく歩行可能だから安心してください。

しかしながら危ないし怖い。

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なので対向車を正面から見る様に左車線を歩行中。
思い切り進入禁止の標識が立ってるけど、カナダ人も安全のため左車線を歩けと言うし、自分にとってもこちらの方が安全。

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1日に何度かトラックや車からクラクションが鳴らされ、手が振られ、ごくたまに現地人から声をかけられ差し入れをいただき、

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たまに現れる町のスーパーで食料などを確保するという日々。


サスカチュワン後半から蚊が増え始め、アルバータに入ってからまたさらに激増。
先日なんか歩行中10時間近く蚊を払い、叩き続けた。
この日どんな景色を見たかなど覚えているはずもなく、あっという間に時間が過ぎていった。

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州境を越えても基本的にはサスカチュワンと似たような景色が続く。
いやサスカチュワンどころでなくマニトバ、ウィニペグの手前からおよそ1300キロ、広大な草原が続いている。

オンタリオからマニトバへ入り、森を抜けた瞬間、一面草原や菜の花畑、小麦畑が広がり地平線を見渡せた時は衝撃的だった。
今度は逆に1300キロ超も続いている草原から山岳地帯への変化、一瞬にして変わるのか、少しずつ景色を変えていくのか、どのように変化するのかとても興味深い。

ちなみに州境を越えてからは木が増え、これまではほぼフラットだったが何度も緩やかなアップダウンを繰り返した。

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国立公園近くを通過した際は森の中を歩いた。
道路沿いには延々と柵が設けられ、柵の先にはバイソンの群れ。
しばらく歩くとまたいつもの何もない草原に戻ったけれど、木と森とアップダウン、山岳地帯に近付いているのを感じる。

もうすぐ草原は終わる。

Lloydminster 

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昨日は昼過ぎから雨が降り始め、降ったり止んだり、歩行終了時までレインウェアを着たままだった。短パンだと肌寒く、レインパンツをはいたままシュラフにもぐり、眠る。

テントから出て空を見上げれば雲一つない快晴ではあったけど、今朝もまた肌寒い朝で、快晴にも関わらず歩行開始から数時間はレインウェア上下を着用して歩く。
まだ8月なのに秋半ばの様な寒さで、これから向かうロッキーはどんな寒さなのだろうか。

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昼過ぎにLloydminster着。
この街はサスカチュワンとアルバータとの州境の街。
大きな4本の赤い棒が建っているだけだったけれど、そこを越えアルバータ入り。

カナダでの歩行は残すところアルバータとブリティッシュコロンビアのみ。
アルバータに入早速新しい地図を取り出した。
ぼくはこの2州が1つになった地図を使うので、これが北米最後の地図。

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今はスターバックスで1番安いコーヒーを飲んでいます。

サンダーストーム 

最近は天候に恵まれているなと青空の下で思ったのは昼過ぎのこと。

しかし西へ進むにつれ、上空に雲が目立ち始め、前方の空はどんよりなんてものではない不吉な真っ黒な雲、その中を何度も稲妻が切り裂いた。

この後歩いてもあと1時間程度、歩行中もしくは夜中に雨に見舞われるだろうと覚悟を決める。
ちょうど小さな村を通過し、どこかに屋根のあるテントを張れそうな所はないかと目を凝らすが何もない。ガソリンスタンドやカフェなど雨宿りできる所さえなく、道沿いにつぶれたガソリンスタンドが1軒あるだけだった。

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その少し先でのんきに雨雲の下へ突入する写真を撮って遊んでいる時だった。

1台の車が停車し、「サンダーストームだ!村へ引き返せ!」とドライバー。
親指と人差し指で丸を作り、「こんなのが降ってくるぞ」と彼は言った。

彼の言う「こんなの」が何なのかよく分からなかったけど、同じ様に丸を作り、「こんなのが降ってくるのですか?」と問い返してみた。
助手席の女性は「そう、こんなのが降ってくるから早く引き返しなさい」と言った。
「こんなの」とはどんなのなのか相変わらずよく分からなかったけど、どうせ大粒の雨なんだろうと思い、「村へ戻ります」と彼らの助言に従う事にした。

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村までは1キロ程、10分もあれば戻れる距離なのだけど、強風にあおられた真っ黒な雲が上空を覆い、突然真っ暗になった。
やばいなこれと思った途端、激しいなんてものではない雨が降り始め、あっという間にびしょ濡れになった。

なんとか村に着いたはいいけど、この村に雨風をしのげるような所はなくて、つぶれたガソリンスタンドの壁に隠れてみたけどそんな事をしても全く意味はなく、「どうすりゃいいんだ」と思いながら数軒の家が並んだ方へ向かう。
ガレージのようなものがあればしばらくの間屋根下に入りたかったけど、どこも扉が閉ざされて期待外れ。その間も延々と降り続ける雨に打たれ、何もかもが濡れていた。

やばい、やばいと思っていると追い打ちをかけるように、あのドライバーが親指と人差し指で作った丸「こんなの」が降ってきた。飴玉くらいの大きさのヒョウが上空からガンガン降ってきた。
幸い体に当たったところでたいした痛みを感じるわけではないけど、雨にヒョウに強風、雷からとにかく逃れたかった。

1軒の家の入口上に屋根があるのが見えたので、駆け込んでインターフォンを鳴らした。
出てきた女性に「天候が落ち着くまで屋根下に避難させてほしい」と伝えると、彼女は「中へ入りなさい」と言ってくれた。
しかし何もかもが濡れ、シャツやズボンからはポタポタと雨雫がしたたっている状況。
「濡れているので屋根下でけっこうです」と一度は断ったけど、やはり「入りなさい」とタオルを持ってきてくれた彼女の厚意に甘える事にした。

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外を見れば緑色の芝上に真っ白なヒョウが無数に転がっていた。

安全な屋根下で激しく降り続ける雨とヒョウを見ながら思い出したのはカザフスタンの無人地帯で激しい雨に見舞われた時の事。
草原に地平線、サスカチュワンの景色はカザフスタンの様だと思ってはいたけど、あの時と同じ経験をする事になるとは思ってもいなかった。
今回は逃げ場があって良かったけど、あのドライバーの助言なしに歩き続けていたらと思うとぞっとする。

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そういえばカザフスタンで最も好きだったもの、最も大切な思い出は草原の民との出会いだった。あの過酷な自然の中、何度も手を差し伸べてくれたカザフ人達。

サスカチュワンの草原の民も同じ様に親切でした。
突然雨宿りをしに来た上に、泊めさせていただいて何てお礼を言ったらよいか。

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