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ALKINIST -あるきにすと- 2012年06月

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Dili 

以前ブルガリアで会ったイタリア人ライダーに今後の行程を尋ねられ、東ティモールへ向かう事を伝えたら、「ディリに友人がいるからコンタクトをとれ」とありがたい事を言ってくれたのだが、申し訳ないけど最初からそういう出会いを予定に組み込むの事はできれば避けたくて、彼に返信する事なくディリにやって来た。


宿や通貨、公用語など、一切の情報を持たずにやって来た東ティモール。
空港からリヤカーを引いて歩いていると安宿の看板を見つけたので、そこにチェックイン。
スタッフ曰く「ディリ唯一の安宿」らしい。ちなみに通貨は米ドルだった。

しばらくして英国人のオーナーと会い、歩いている事など話すと「イタリア人のライダーは知っているか?」とオーナー。
偶然というか必然というか縁あってというか、このオーナーこそコンタクトをとれと言われていた人だった。狭い世の中だなと思いながらも、これにはちょっとビックリ。


現在も引き続き、オーナー・ダンの宿にいる。
北米にも豪州にもなかったボロい部屋。
色褪せたシーツ、硬いベッド、天井をグルグルと回るファン。
東ティモールを訪れるのは初めてだけど、どこか懐かしい感じがする。

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食事は適当にその辺の安食堂に入る。
壁に貼られているメニューの文字はアルファベットではあるけど、意味はさっぱり。
何が出てくるのか分からぬまま、メニューを指差してオーダーし、わくわくしながら待つ。
これまで口にしたものは大変美味しくて、ハズレはない。

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ディリに到着した日はゆっくりと過ごして、2日目はビザ申請用の写真を撮りに行って、3日はインドネシアビザを申請して、4日目の今日はブラブラ歩く。

ビザ関係の用事なんて大した労力、時間がかかる訳でないが、

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写真の背景が赤でないと受け付けないとかで、けっこう細かい。
好印象を与えるよう、写真屋においてあったしょぼいジャケットを着て撮影。

米国のESTA、カナダ、豪州のワーホリビザと全てオンラインで済ませたのでとても楽だったけど、大使館に足を運んでビザ申請なんてカザフスタン以来だった。こんな事でさえ懐かしさをおぼえる。



特に何があるという訳でもないけど、久々のアジア圏、しかも中国、中央アジアとは異なる部分が多いし、あえて一切の情報を持たずに来た自分とっては未知な国な訳で、路地裏を歩いているだけでも新鮮で、新たな発見に出会いに溢れ、楽しんでいるディリでの日々。

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「コイツは一体何者だ」と、彼の姿を横目に見ながら5メートル通過するも、引き返して「写真撮らせてください」と懇願。
日本からの支援物資なのだろう。空港から市内への道でもたくさんの古着を売る店がいくつもあったけど、それらもまた支援物資かと推測。

「これはなんていう意味なんだ」と胸を指差し尋ねてきたので、「サイタマサカエハイスクールだ、ナイスなハイスクールだ」と説明しておいた。

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バイクに乗った人達は意外にも皆ヘルメットを着用しているし、信号も数ヶ所で目にしたが、交通に関しては無法地帯。車、バイク優先、道を渡るのにも一苦労。
ディリを出てしまえば問題なく歩けるだろうけど、それまでは注意が必要。


アジア縦断は7月4日から始まる。

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東ティモールの歩き方 

ダーウィンを出てからおよそ1時間、窓からは青い海だけが見えていた。
変化のない景色を眺めても面白いものではないし、思いを巡らす事もできず、読みかけの本をひたすら読んでいたのだけど、ふと窓を見れば遠くに山が見え、雲の間からは海岸線が見え、ティモール島南端に達した事が分かった。


東ティモールへの第一印象は山。
この国に対する情報などほとんどなく、海に囲まれた島国という事で海、ヤシの木、南国をイメージ。山など全く想像してもいなかったが、雲海の間を割って姿を現した山の存在感は圧倒的だった。

その後も飛行機から見下ろす景色は延々と山。
ところどころに舗装路ではない小さく細い道が見え、そこを走っている車もわずかではあるが確認できた。


そして人々が暮らしているであろう集落も見る事ができた。
自分の全く知らない環境下で暮らす人達。
ここは何という場所なのか、そもそも名前はあるのか。
どんな人達がどんな風に暮らしているのか。

好奇心は尽きる事がないし、ここまで3大陸を歩いてきたわけだけど、歩く理由、その根底にある部分は全く変わらない。

できる事ならこの集落を訪れてみたいと思うのだが、延々と続く山を見れば、東ティモールの地を踏む前に戦意喪失。当初は東ティモールを歩いて一周する予定だったが、着陸前の時点で予定を白紙に戻した。

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ティモール島南端から北端の海沿いに位置するディリまで延々と山が連なっていた。
ディリのすぐ側まで山が迫っている。

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東ティモールで最も標高の高い山は3千メートル近いらしい。

ディリから南下すれば険しい山々、東西を海岸線に沿って進むなら、多少のアップダウンがある程度だと現地人に教えられた。


東ティモールを一周する気はもうなくなった。
ティモール島東端のTutualaまでバスなどを乗り継いで行き、ディリを経て、ティモール島西端のインドネシア・クパンを目指すか。
あるいはディリからそのまま西進し、クパンを目指すかの二択。

ティモール島を横断してみたい気持ちはある。
東ティモールの首都がディリである事をどれだけの人が知っている?
そんな国の東端のTutualaなんて誰も知らないだろう。
自分が惹きつけられるのは観光地なんかじゃなくて、そんな所なので。

しかしディリからTutualaへの直通バスなどなく、最悪バス2本を乗り継いで、さらには車をチャーターしないといけない。とてもとても面倒だ。

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とりあえず今日はバスターミナルというか、建物など一切なしのバスの発着場所を探す。
どのくらいの頻度でバスが出ているのか知りたかったけど、そんな事聞いても無駄だとすぐに分かった。

発着時間なんて存在しないだろう。人が集まれば出発する。


出発前のバスを眺めながらシミュレーション。
ダッフルバッグとバックパックは屋根の上でいいけどリヤカーはどこに載せようか。
荷物代としていくら必要なのだろうか。

車内を覗いてみれば、狭い座席に人がギッシリ。
超狭い通路、座席下には荷物がガッツリ。
ああこんなバスには乗りたくないなあ。

Tutualaまで行きたいのだけど、どんどんと歩行意欲が削がれていく。


この国をどう歩こうか。
現時点での予定は未定。
問題はTutualaへの移動手段と、クパンから次の島への船の予定。
そして自分のモチベーション。

ルートは無数にあるので、地図を見ながら検討し、悩む。
そんな喜びを今は感じている。



(昨日掲載された毎日新聞のウェブ版はこちら

毎日新聞掲載 

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毎日新聞 2012年6月28日掲載(ウェブ版はこちら


ユーラシア大陸横断、北米大陸横断に続き、豪州縦断も記事掲載していただきました。

ただいまアジア 

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これまで国際線を使う事数え切れず。
着陸後、空港のターミナルビルに飛行機を横付けするというのが一般的だと思う。
バスに乗せられた事も何度かあるけど、歩いて空港施設へ向かうのは初めての経験だった。

ビザを取り、パスポートに入国スタンプを押され、荷物を受け取り、入国。
他に到着便はなく、何かもがスムーズだった。


「タクシー、タクシー」と1メートル進む度に声がかかる。
こういうの久々だなとむさくるしいおっさん共の顔を見ながら嬉しく思った。

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タクシーは使わず、とりあえず街まで歩いてみる事にした。
客を捕まえられなかったタクシードライバー達、さらには暇そうな連中に囲まれながら空港内でリヤカーを組み立てる。

リヤカーを組み立て、空気を入れ、荷物を積み込めば、南国特有の熱気で額からは汗が流れた。
ああこの熱気の中をこれから歩くのかと思うと少しうんざりで、でもやっぱり楽しみで胸が高鳴る。

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街の中心までどれだけの距離があるのか分からなかったけど、中心へはこの道をひたすらまっすぐと教えられ、24カ国目の歩行が始まった。

もうこの日はここにやって来る飛行機がなかったのかもしれない。
客を捕まえられず、よう分からん日本人のリヤカー組み立てショーを堪能したタクシードライバー達は一斉に帰宅。後方からクラクションが鳴らされ、手が振られた。


タクシードライバーが去った後は子供達に捕まる。

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欧州や北米、豪州を歩いても子供達に話しかけられ囲まれる事ってほとんどなかったし、記憶にないし、こういう無邪気な笑顔を見るのって本当に久々な気がした。

道路沿いの風景などを見てもこれまでとは全く異なり、何を見ても楽しく、新鮮で興味深い。
ここへ来たのは初めてだけどどこか懐かしさを感じ、来て良かったなと心から思った。

日本とは景色が異なるけれど、でも欧米でも豪州でもなく、こここそが自分の属する場所、居場所なのだと思った。来たというよりは、アジアから欧州、北米、豪州と歩いてきた自分にとっては戻ってきたのだという思いが強く、とても嬉しく、感無量である。

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アジアへ戻ってきた。
東ティモールの首都ディリにおります。

スチュアートハイウェイでの日々 

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ポートオーガスタよりスチュアートハイウェイの歩行が始まった。
ここに立った時に見据えた先はアリススプリングスでもダーウィンでもなく、まずはピンバだった。最初の補給地点であるピンバに辿り着く事が全てだった。
その日1日、目の前の一歩に全力を尽くした。

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スチュアートハイウェイ上の歩行は基本的には長い無補給区間を歩いた。
途中、ガソリンスタンドやレストランなどを兼ねたロードハウスが現れ、そこで水などを補給した。
ロードハウスが1軒ポツンと建っているものから、小さな集落を形成しているもの、あるいは町だったり様々。

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アリススプリングスまでの前半は最長250キロ、他にも200キロ弱の無補給区間がいくつかあった。
長い無補給区間を歩き抜き、ロードハウスに到着する度にハンバーガーとビールで祝杯をあげて自らを労い、「また次のロードハウスまで頑張ろう」と鼓舞。
ハンバーガーとビールは長い無補給区間を歩く上でのモチベーションだった。

アリスからダーウィンまでの後半は無補給区間が短くなり、それまでと比べるとロードハウスのありがたさが薄れたし、辿り着いた時の喜びもなく、そのまま素通りする事さえあった。
苦労して辿り着いた前半の全てのロードハウスは名前など覚えているけど、後半は名前すら覚えていない所が多い。

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日本人旅行者が多いからか、日本語で注意を促している。

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しかしこのフォントはないだろうと思うのだが。
州か国かは分からないけど、国土交通省の様な公的機関が作ったのだろうと思われる。
この斬新なフォントの標識は1ヶ所どころじゃなく、10ヶ所以上はあったと思う。

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確かに轢死体は多かった。

動物は牛以外にもカンガルー、馬、羊、ラクダ、エミュー、ディンゴと呼ばれる野犬、猫がいた。

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歩行者なので動物に注意する必要はなかったが、たまに2車線にまたがってオーバーサイズトラックが走っていて、こちらに注意を払う必要があった。



参考動画

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最も注意すべき天敵ロードトレイン。

ノーザンテリトリーは130キロが制限速度で、こいつらはこのスピードで真横を通過する。
ちなみに全長50メートル以上。前から後ろから、何台ものロードトレインが走っている。

後方からの対向車があれば路肩を外れたし、基本的には道を譲っていたが、対向車が全くない場合、そのまま路肩を歩いていたら、ロードトレインは避ける事など全くせず20センチ、30センチ横を通過するなんて事もしばしば。

スチュアートハイウェイ上に3ヶ月近くいたので何度か自分の姿を見ているからか、対向車がなければ逆車線にはみ出して通過してくれる優しいドライバーもいるけど、これまで3年超歩いてきて、最も不快なドライバーの国だった。個人的には中国以上。


カナダを歩いていた時、カナダ人徒歩旅行者と会ったけど、豪州をすでに歩いていた彼はこれから豪州へ向かうという自分に「豪州のドライバーは最悪だ、気をつけろ」と言ったのだが、実際に歩いてみて納得。

これまで歩いてきた国々のドライバーがあまりにも優しくて、歩行者優先なんて言葉に甘えているのでしょうか?それともこの国は他の国々と価値観が異なるのでしょうか?

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日の出前から日没近くまで歩き、テントを張りながら北を目指す日々。

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延々と単調な景色が続く中、雲が現れるという程度の変化でさえ嬉しく感じられた。

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250キロの無補給区間。
何もない中、突如現れたレストエリア。
宿泊可能で5回くらいはここにテントを張った。
ウルル前後からキャンピングカーなど旅行者の車が急増し、居心地は良くなかった。
ブッシュで夜を過ごす方が断然良かった。

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メリットは雨水タンクがある事。
3度くらいは洗髪した。

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南オーストラリアからノーザンテリトリーへ。

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人との出会いは多くはなかったけど嬉しいもの。

バイクを止め、話しかけてきた台湾人夫婦。
色々と気遣ってくれ、お世話になった。謝謝。
またしばらく進んだ先でウルル観光などを終え、戻ってきた彼らと再会した。

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こちらの方とも2度会った。
ラーメンやチョコレートなど差し入れてくれた。

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池袋で英語の先生をしていたリーさんは日本語を話した。
色々と差し入れてくれたけどカボチャは賞味期限が10日も過ぎていた。

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東京Tシャツ。

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ダーウィンは遥か先。

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アリスから北はレストエリア、ロードハウスなどとても多かった。
豪州を北上するのであればアリス以降は楽だけど、物足りなさを感じるかもしれない。
これまで以上に全然面白くなく、このつまらぬ環境から早く抜け出したくなり、

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やる気を失う。

キャサリンまでは早く終わらせたく、1日12時間歩行だったけど、キャサリンで完璧にやる気を失い、その後は1日35キロくらいのスローペースで進み、昼過ぎには歩行終了、テントを張った。

つまらんつまらんと散々文句を言っているけど、星空と朝夕の空、キャンプだけはとても素晴らしいものだった。これだけは認め、絶賛しておく。

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アリスから北ではこんな景色をよく目にするようになった。
これをアリ塚と呼ぶという知識はあっても、何なのかは良く分からなかったけど、今調べてみた。

「土や砂や松葉や粘土など(あるいはそれらの混合物)の堆積でできた山であり、アリが巣を地中に作る過程で入り口付近に捨てたものである。」

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北上するにつれどんどんと大きくなり、ダーウィン手前で見つけたものが自分が見た限りでは最も大きかった。
ちなみに身長180センチです。4メートルくらいあるんじゃなかろうか。

ここ数日の事 

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6月20日

ダーウィン近郊に到着。
地図を見て近くにキャンプ場がある事は把握していたので、シャワーを浴びて汗を流して身を清めて、翌日にダーウィン到着、豪州縦断終了というプランがあったのだが、観光シーズンのキャンプ場はまさかのフル。
そのままダーウィン中心部へ向かうしかなかった。

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この交差点がスチュアートハイウェイの起点。
ポートオーガスタから北上してきた自分の場合、約2700キロにも及んだスチュアートハイウェイ上の歩行はここで終了。
長かったの一言に尽きる。さらにもう一言加えるならとても単調だった。
モニュメントでもあればいいのだけど何もない。


ありがとう、スチュアートハイウェイ。
「お疲れ様」と自分を労いたいところだけど、それはもう少し先の事。


交差点の写真を撮っていると、信号待ちのドライバーからジロジロと見られていたけど、自分にとってここがどれだけ大きな所でどんな意味があるのか彼らには分からないだろうな。


当初はカカドゥ経由で250キロ多く歩き、ダーウィン着のつもりでいたけど、面倒だしこれ以上豪州を歩きたくなかったので、結局最短距離を歩き4日も早くダーウィン入り。

市内のホステルなどを3軒回ってみたけどどこも満室。
出国前の2日は無難に宿を予約してはいたけどそれは5日も先。

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野宿する事に決め、適当に街を歩いてみた。
公園から海が見渡せたし、港もあるらしいけど、まだここでは豪州縦断は終わらない。

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豪州縦断ラストナイトは大きな木の裏に隠れる様にテント。

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いつもはラーメンだけど、スーパーでチキンとワインを買っておいたのでダーウィン到着を祝し、翌日の豪州縦断終了の前祝。



6月21日

北端の海で終わると決めていたので、街から20キロ離れた海を目指した。
海の近くにキャンプ場があったので行ってみるが、1泊45ドルとかありえない。
ホステルの30ドルでさえ高いと思っているのに、テント張ってシャワーを浴びるだけで45ドルなんてなめてんのかと。この日も野宿決定。

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目指していた海近くのトイレに水シャワーがあったので浴びておく。

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青く美しい海が見えた。
リヤカーを引いて波打ち際まで達し、約4800キロの豪州縦断が終了。
総歩行距離は中国と同距離で、大した事ないけど一区切り。
無事に到着した事への安堵、この国をもう歩かなくていいのだという嬉さがあった。
色々あったけれど、最後は素晴らしいものだった。

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海近くの一帯はピクニックエリアになっていて、テーブル、椅子もたくさんあった。
海で1時間程過ごした後、米を炊き、前夜の残りのチキンを食べる。

縦断終了後、日本と連絡を取る必要があった。
モバイルブロードバンド持ちなのでネット環境はあるけど、バッテリーがない状態で電源がほしい。シャワーがあるくらいなのでトイレなどコンセントを探すがさすがに見つからず。

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電源を求め、海沿いのトレイルを歩く。

しばらく歩いた先にショッピングセンターがあり、電力を確保。
最低限の用だけ済ませておいた。

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ガソリンスタンドで水を補給。

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この日はビーチにテントを張る。
夜、空を見上げてみたけど、内陸で見たような満点の星空はもう見る事ができない。

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6月22日

数キロ歩いてトイレにてシャワーを浴びる。
本来ならこの後ファーストフード店で電力確保、ガソリンスタンドで水補給というホームレス的な流れになるところだったけど、幸か不幸か用事があった。

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20キロ程歩いてダーウィン中心部へ戻ってきた。

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10日前に一緒にテントを張ったジョナスと偶然にも再会。

「どこに泊まってるの?」とジョナス。
「ブッシュとビーチ」としか答えられない。

20日と同じところにテントを張った。


ダーウィン到着から4日目、ようやくホームレス生活は終わり、今日から1ヶ月振りのベッドです。

Day1268 Darwin 

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上海出発から1268日目。
オーストラリア大陸北端のダーウィンに到着。

時間がないので取り急ぎ報告のみ。

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