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ALKINIST -あるきにすと- 2012年08月

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ボルネオはゆっくりと 



クチン4泊目。今日も雨。
朝から延々と降り続けていた。

歩行中に降られるよりは休みの日に降ってもらっておいた方がいいけど、それにしてもボルネオの天気は悪い。
今後も雨による足止めはあるでしょう。テントも屋根下に張りたい。


今日は部屋にこもって今後の行程などを確認。

シンガポール行きは10月上旬。
2ヶ月前に50キロの荷物込みで8000円という安チケットを購入済み。
今後1ヶ月少しでコタキナバルまで約1100キロ。
日程に余裕があり過ぎとも思ってもいたけど、雨による足止めの事も考えれば、悪くはないかなと思う。

当面はクチンから400キロ離れたシブを目指す。

ボルネオはゆっくりいきます。

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THE BORNEO POST掲載 

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THE BORNEO POST(マレーシア・クチン) 2012年8月29日掲載

Kuching 

手持ちのマレーシアリンギットは20ドル分しかない。
当初はクチンには寄らずにスリアンという小さな町で両替などをするつもりでいた。

しかし、安宿を見つけられず拠点となる場所がなく、さらにはインドネシア歩行時に少し体調を崩し、復調と雨に打たれての悪化を繰り返しながらそれでも歩き続けてきたけど、スリアン到着時はフラフラで体に力が入らない状態。

マレーシア通貨の入手はもちろん、何より体調を回復させたく、態勢を整えるため、ボルネオ縦断のルート上から少し外れる事になるけどサラワク州の州都クチンへやって来た。



ここまでマレーシアを100キロ歩いたけど、国境を越えた途端バイクは激減し、インドネシアでは常に響いていたクラクションも全く聞かず、空気もきれい。そして慎重過ぎるくらい超安全運転のドライバーと歩行環境に関しては文句なし。素晴らしすぎる。

飯もうまいし、人も親切だし、入国時にパスポートの顔写真とあまりに違うんで別室に連れていかれた以外は完璧。あとはなかなか止まらない咳を治すだけ。

ボルネオは今日も雨 

起床後はテントの外へ出て空を見ながら小便をする。

豪州を歩いていた時はこのわずかな時間の間にも流れ星を見る事ができたし、満天の星空を眺めながら歩くのは毎日の楽しみだったけど、今となっては空が雲に覆われ星が見えない事に、ほっと安堵する毎日。


理由は単純に暑いから。


これまでの3島でも基本的には快晴続きだったけど、さすがは赤道直下のボルネオ、他の島とは暑さのレベルが違う。

快晴の中を1度歩いたけど、この日はアップダウンが延々と続いた事もあり、暑さとの二重苦であった。
昼過ぎに現れた商店で休憩。歩行意欲を失い、そのまま歩行終了。

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商店脇にテントを張らせていただいた。
この島の人達もまたとても親切だ。



豪州でも同様に暑かったけど、豪州の無人地帯では暑さよりも雷雨を恐れていた。
隠れる場所さえない無人地帯で雨に見舞われるよりは、強烈な陽射しに照らされ続けた方がはるかに良かった。

ここが豪州と異なるのは無人地帯でなく、逃げ込む場所が多数あるという点。
強烈な陽射しを浴び続けるよりは曇っていた方が断然良いし、雨が降れば気温を下げてくれるので小雨くらいなら大歓迎という気でいる。


ポンティアナから歩くこと5日。

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マレーシアとの国境に到着するも、それと同時に国境のゲートが閉ざされた。
どうやらこの国境は昼夜問わず開いているわけではなくて、わずかの差でこの日のマレーシア入りならず。


国境近くにテントを張る事になったが、上空を見上げれば、赤く染まった空に黒っぽい雲も混じったなんともいえぬ空模様。
少なくとも自分よりはこの辺りの天気に詳しいであろう現地人に、空を指差し「明け方まで雨は降らないですかね?」とジェスチャーを交え、尋ねてみると、「問題ない」との返答。

その言葉を信じ、安心してテントを設営。荷物をテント内に入れた後、外でゆっくりしながら、再度上空を見上げてみたのだが、やはり怪しく感じ、不安は解消されない。

テントを屋根下に移動するべきか考えているうちに、突如強い風が吹き始めた。
中国でもカザフスタンでも経験した雨の前兆だった。
風と共に雨の匂いが漂ってきて、小さな雨粒が地面に落ち始めた。
これまでの経験上、すぐに強雨が来るのは明らかだった。

テントから荷物を出し、すぐ近くのマーケット内へ運び、テントもそのまま移動させた。

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テントを屋根下へ移動させた瞬間、ザーッと強い雨がやって来た。
強いなんてものではなく、まさにバケツをひっくり返したかのような雨。
まだ外にリヤカーなどが置かれていたため、多少の濡れを覚悟し、雨の中へ入っていったが、ほんのわずかな時間でさえ、あっという間に全身がびしょ濡れになり、髪からは雨雫がしたたる程だった。

屋根を叩く雨音を聞きながら夕食をとった。
幸い屋根下にテントを張る事ができたけど、もしあのまま越境していたら、屋根のある場所を見つけていただろうか。そう考えると寸分の差で越境できなかった事は結果的に良かったと思う事ができた。

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マレーシアに入ってからもありがたい事に曇り続けた。

前方の空は明らかに雨雲。
何度も稲光が見え、雨を覚悟していたけど、クチンまで20キロを切ったところで予定通り雨に見舞われた。

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小雨のうちは歩き続けたけど、雨脚は強まり、たまらずすぐ側の自動車整備工場へ逃げ込んだ。

英語とジェスチャーで雨宿りのお願いをすると、華人の主人は快諾してくれた。
強まったり弱まったり、延々と降り続ける雨がやむのを地面にしゃがみこんで待っていると、温かいミロを渡してくれた。とてもありがたい気遣い。

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雨のため1時間もの足止めを余儀なくされたけど、ボルネオの雨は嫌いじゃない。

くすんだ空が似合う街 

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ティモールの山やバリの海には青い空が合っていたけど、ポンティアナには青く澄んだ空よりも重く、くすんだ空がよく似合う。


これまで訪れた3島は歩行環境や宗教、文化など、それぞれ異なり、特色があった。

いくつもの山を越えたティモールはキリスト教徒が多かったし、青い海が印象的だったスーパーリゾート地バリは大半がヒンドゥ教徒で独特の祭壇や日々のお供え物などヒンドゥ文化を至る所で感じる事ができた。
ジャワ島以降は数え切れないくらいのモスクがあって、そこから響くアザーンを聞く毎日。

カリマンタン島もジャワ島同様に街中にモスクが点在、イスラム圏にいる事を感じさせてくれるが、華人が多く、中国語の看板を頻繁に目にし、中国寺院もあり、これまでの3島とは異なる。
マレーシアに多い華人の増加、ナシカリーなんていう白米にカレーがかかった料理も現れ、ここがマレーシア領と隣り合わせのカリマンタンである事を実感する。



ポンティアナからマレーシアとの国境までは約250キロ。
国境に銀行や両替所がなければ困るので、前もってマレーシアリンギットに両替し、昨日橋を渡った際に目にした川沿いの集落が面白そうだったので足を運んでみた。

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川辺には高床式の住居が並び、人々は水上生活を送っている。

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自家用車はないけど自家用船を持つ。

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新たな1日が始まった朝、ミシミシと木造の歩道を軋ませながら川辺を歩けば、洗濯をし、食器を洗い、体を洗い、そんな朝の光景を至る所で見る事ができる。
茶色く濁った川だけど、彼らは歯を磨き、この川の水でうがいをする。

この茶色い川で沐浴する彼らを見て、まるでガンジス川みたいだなと思った。
ヒンドゥ教徒にとってのガンジス川の様に神聖なものではないのだろうけど、住人にとって生活する上では不可欠な川。

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彼らの生活はとても興味深く、面白いのだけど、ゴミを川にポイ捨てする人達を見ては、生きていく上で必要な川なのになぜ自らの手で汚してしまうのかと、彼らの行動、価値観は自分にとって全く理解できない事であった。

インドネシアでは価値観の違いを痛感する事が少なくない。
育ってきた環境が違うからと言い聞かすも納得する事はできない。

糞をした後、手で尻を拭くという行為は日本で生まれ育った者にとっては非日常な事だけど、問題なくできるし、紙を使わない分エコと思えるけど、ポイ捨てを正当化する理由は見つからない。


彼らの事を理解しようと、近付こうと、これまで何度も考えてみた。
既存のモラルやルール、秩序、そんなものを全て取り去り、喫煙禁止の場所でタバコを吸い、どこにでもゴミを捨て、唾を吐き、列を乱し、それが当たり前なんだと自らを洗脳してみる。


無理だ、できない。

Pontianak 

現在おりますカリマンタン島。
インドネシアではカリマンタンと呼ばれるが、マレーシアではボルネオと呼ばれ、インドネシア、マレーシア、ブルネイの領土があり、世界で3番目に大きな島。

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東ティモールから島巡りを始め、ここまで約1ヵ月半。
歩いた島はティモール、バリ、ジャワの3島。

ビザ延長や2度の船待ちで思うように歩行は進まず、870キロしか歩いていないが、この先しばらくは3カ国をがっつりと1500キロ近くを歩く予定。
マレーシア・コタキナバルまでボルネオ(カリマンタン)縦断をする。



当初はこの島を訪れる予定は全くなかったものの、どうせなら今後訪れる事はないだろうと思われる場所を歩きたいと思い、カリマンタン行きを決意。

一応地図は用意したけど、見所とか何があるのかとか全く知らない。
いやむしろ、そんなものを求めてやって来たわけではないのでどうでもいいのだけど、船内で暇つぶしに地図を広げた時、ポンティアナの所に"Equator Monument"という赤文字を見つけた。

「モニュメントとか興味ないわ」と一蹴するも、いや待てよと。

そういえば南米のエクアドルってスペイン語で赤道っていう意味だったなんて事を思い出したわけです。
もしかしたら英語でエクアトルは赤道を意味するのではないかと思いながら改めて地図を確認。

緯線を見てみれば緯度0度の線、赤道を発見。
ポンティアナが赤道上に位置する事が判明。

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赤道モニュメントの場所を調べ、早速出かけてみた。

ポンティアナの中心の対岸にあり、両岸を結ぶ船もあるが、日曜日の早朝、昨日でラマダンが終わった事も関係があるのか分からないけど、路上で集団礼拝していて、空荷とはいえとてもリヤカーを引いて歩ける状況でなかったので、徒歩で橋を渡り、赤道を目指した。

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赤道直下なだけあって暑さは厳しく感じられ、体中から汗が流れ、何度も額から流れる汗を拭い、シャツは濡れた。考えていたより遠くて3時間以上かかったけど、赤道到着。

南半球と北半球との境界を線で引いてあるものかと思ったが、モニュメントがあるのみ。
モニュメントを1周してみたけど、どこが境界で、北半球に入ったのかすら分からない。
記念撮影用にリヤカーまで持って来たのに、こんなのなら持って来る必要もなかったな。
思っていたよりしょぼく、がっかり。南半球へ戻る。

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復路は両岸を行き来する船に乗った。
庶民の足なだけあって片道10円ほど。
船着場に着くとすでにたくさんのバイクが列を作っていて、その中に紛れ込んだ。
無数のバイクに囲まれる場違いなリヤカーが1台。

モニュメントなんかより人々の生活に触れている方がずっと楽しい。

最後の島へ 

もう2度と乗るものかと誓った3等船。

過酷で悲惨だったクパンからバリ島への移動。
これなら追加料金を払って2等にグレードアップした方が絶対に良いし、やや値は張るものの飛行機を使えば快適で早く、それなりのメリットはある。

3等という選択をした事を悔やみ、次に乗る時は2等にしようと思ったものだけど、次なる島への移動手段で選んだのは飛行機でなく船。
2等でも1等でもなく懲りずにまた3等。

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リヤカーを引いてスラバヤの港に到着。
テロ防止のため、荷物のX線検査を受ける。

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このX線装置、なんと日本からの援助。
ちなみにバリ島の空港、ギリマヌクの港も日本からの援助があったらしい。


今回の船はスラバヤ始発、目指すポンティアナまで丸2日を要するとはいえ、途中どこかに寄港する事はなく、乗下船時の混雑などもないし、前回と比べればましだろうと考えていた。

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思った通り、前回と比べ乗客は遥かに少なく、船室に居場所を確保する事もできたけど、荷物を運ぶのが面倒なので、前回同様入り口近くのフロアにシートを敷いた。
過密状態で色々な匂いが混じり漂う船室よりは快適だと思う。

船は前回のものと同じ構造で船室やトイレ、売店などすべて同じ場所、壁を這うゴキブリも健在。
前回と違ったのはスピーカーから礼拝を呼びかけるアザーンが響き、船内にモスクがある事くらいか。ラマダン月という事で、船内での飲食がやや不安だったけど、皆堂々と食べていたので助かった。

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ティモール、バリ、ジャワに続き、カリマンタン島に上陸。

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