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ALKINIST -あるきにすと- 2012年09月

ラブアンの休日 

今日はボルネオに戻るつもりだったけどラブアン島脱出失敗。
なんだかんだで5泊目。
宿の隣の食堂で昼・夕食を毎日食べているのですっかり顔を覚えられ、常連になってしまった。


これからボルネオ島に戻ってコタキナバルまで残り約150キロ。
3日も歩けば到着できる距離で、コタキナバルに着けばボルネオ島の歩行は終了。
ティモール島から始まった島巡りも終了。

ラブアン島が気に入っているわけでもなく、ビールが安く飲めるからでもなく、さっさとコタキナバルまで歩いて島巡りを終わらせたいのだけど、腰が重い。
上海への過程とはいえ、どれだけ島を歩いても上海に近付くわけでもなく、そんな実感は沸かず、正直なところ島巡りには飽きていて、今のモチベーションはとても低い。
ここで島巡りを終え、コタキナバル行きフェリーに乗ってしまおうかと思ってしまうくらいモチベーションは低い。

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今日は宿でゆっくり過ごし、ビールの飲み比べをした。全てデンマークビール。

遠い昔の話 

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早朝出発してラブアン島南部を半周。
歩行距離20キロ。昨日と合わせラブアン島1周60キロ。


昨日ラブアン島を半周し、今日のうちにボルネオ島に戻るつもりでいたけど、延泊してでも訪れておきたい場所があった。

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4時間少し、20キロ歩いた先に現れたのは平和公園。
実際のところ、昨日も足を運んでいたけど、モニュメントなど見向きもせずに、思い切り素通りしてしまった場所。


第二次大戦中、日本軍がボルネオ島を統治していたという事をクチン滞在中に知った。

終戦までに日本軍は4700人以上がボルネオで戦死または戦病死した。
今いるラブアン島、ブルネイ湾でも戦闘があり、日本軍は1200人以上が戦死した。


ラブアン島のラヤンラヤンビーチには馬場正郎中将が降伏文書に署名した場所も残されており、そしてそのすぐ側に日本政府も協力して建設された平和公園がある。

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「さきの大戦においてボルネオ地域およびその周辺海域で戦没した人々をしのび平和への思いをこめてこの碑を建立する。」と書かれている。


国のために命をかけて戦い、二度と祖国の地を踏む事なく散っていった方々を敬い、手を合わせ祈りたいと思い、再訪したわけです。

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昨日免税店を歩き回り、日本酒を探したけどとても高く、ワンカップみたいなものは見つからないし、チョーヤの梅酒もあったけど、これでいいやと思ってスーパードライをお供え。
お供えする前に半分飲んでしまった。兵士の皆さんごめんなさい。
線香は売ってないので、中国寺院でお香を買った。

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日本軍降伏地点。

ここで馬場正郎中将が降伏文書に署名。
ここには戦争中の残虐行為を取り調べるための収容所があり、戦争法廷がここで定期的に開かれ、戦争犯罪の疑いのある日本軍人たちが裁判にかけられたらしい。


67年前。自分が生まれる前の遠い遠い昔の話。
クチンやラブアン、当時の町並み、風景は大きく変わったに違いないけど、降伏地点前にある海や潮の香りは当時と変わっていないはず。ボルネオの気候、ジャングルも当時と変わらないままだと思う。


自分と同じ様に汗を流しながらこの道を歩く事もあったのかな。
激しい雨に打たれながら、ジャングルの中で身を潜め、敵の襲来に怯える事もあったのかな。


ジャングルに囲まれた道を歩きながら考える事もしばしば。
不思議なものでボルネオに身を置き、そんな事を考えていると、67年という長い年月があるにせよ、ここにいた日本兵はそう遠くない存在に思えてくる。

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当時と変わらぬ海を見ながら思う。

馬場正郎中将は降伏文書に署名した時、この海を見て何か思ったのだろうか。
収容所に収容されていた日本人も同じように海を眺め、祖国の事を思っただろうか。

Labuan 

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ラブアン島北部を半周してきた。
歩行距離40キロ。
面白い事は特になし。

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食事をとった際、ドリンクを頼まない自分に氷の入った冷水を出してくれ、スープを2杯出してくれた事に感謝したくらい。

明日島を出るつもりだったけど、延泊して島の南半分を歩いてみる。

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ラブアン島はフリーポート、免税島なので街の至る所で免税店を目にする。
ビールが高いマレーシア。ここまでは密輸入された闇ビールにお世話になっていたけど、さらに安いので本当に助かる。

大好きなビールを毎日たくさん飲めて幸せです。

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今日の飲み比べ。
フィリピンのサンミゲルは初めて飲んだけどうまい。
ブルーアイスっていうのもサンミゲルのビールだけど、これも悪くない。
Jazはイマイチ。

ちなみにお値段は、
ブルーアイス(1.4RM)、サンミゲル(2RM)、スーパードライ(2.3RM)、Jaz(1.2RM)。
100Yen=3.9RM

安かったのでついつい10RMのアルゼンチンワインも買ってしまった。
ボルネオにビールを何本持ち込めるのか確認しなきゃです。
免税店を回る度に確認するも、6本、12本、24本と答えがバラバラ。
いかにもアジアって感じです。

ラブアン島へ 

バンダルスリブガワン最終日の昨夕、KFCで地図を睨みながら今後の行程を確認。

バンダルでの滞在も予定より1日短縮する事になり、コタキナバルまでは5日で到着できるけど、すでに航空券は確保済み、シンガポール行きの日も決まっていて、ペースが順調すぎて時間を余している現状に頭を抱えた。

色々と考えた結果、急遽予定を変更する事にした。


当初はインドネシア・ポンティアナからマレーシア・コタキナバルまで徒歩のみでボルネオ縦断をするつもりだったが、ブルネイからラブアン島を経由してボルネオ島のマレーシア側へ渡るルートもある。
予定より歩行距離は70キロ短くなるけど、時間はつぶせるし、ラブアン島を歩いて1周してみるのも悪くはない。

ボルネオが最後の島となる予定だったが、予定外のラブアン島へ向かう事となった。



首都を脱出。
25キロ歩き、フェリーターミナルがあるMuaraへ。

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フェリーのスケジュールも料金も不確かだったけれど、1日数便あるらしく、2時間後に出航するフェリーチケットを購入。

数十人いた乗客の中で最も荷物が多かった。
リヤカーを引いてイミグレを通過、ブルネイ出国。

考えていた以上に小さな船だったけど、リヤカーは折りたたみ、荷物を一つ一つ船内へ入れた。


約1時間で5島目となるマレーシア・ラブアン島到着。
到着後は宿探しのため1時間も歩き回り、まだ着いたばかりで何も見ていないけど、ごちゃごちゃとした街、ブルネイではあまり見かけなかった中国語の看板が懐かしい。
マレーシアに戻ってくるのは6日振りでしかないんだけど、ブルネイよりこちらの方が落ち着くのは確か。

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宿のシーツはドラえもん。

Bandar Seri Begawan 

ブルネイの首都、バンダルスリブガワン。
長過ぎて覚えられない。

入国時、イミグレーションで「どこへ行くんだ?」と尋ねられたけど、首都の名前をまだ覚えていなかったのでボルネオの最終目的地であるコタキナバルと返答。

2日程かけてようやく暗記。
その後も「どこへ行くんだ」と尋ねられる事があったけどスラスラとバンダルスリブガワンと答えられず、「バンダル・・・スリ・・・ブガワン」とゆっくりと頭の中で確認しながら答えている。



ガイドブックがないので何があるのかよく分からないけど、最大の見所は多分ここ。
これまで多くのイスラム国を訪れ、多くのモスクを見てきたけど、トップ3に迫るくらいの美しいモスク。
残念ながら歴史を感じないのでトップ3には入らなかったけど、ベスト5入り。

日中酷暑のバンダルスリブガワンだけど、モスク内部はエアコンが効いていて超快適。
エスカレーターもあり、近代的。アラブの富裕国にはありそうだけど、これまで訪れたモスクにエスカレーターがあったのは東南アジアで最も大きいスラバヤのモスクとここだけ。

「金曜日の礼拝時は何人くらいのムスリムがお祈りをするのか?」と優良旅行者的な質問を係員にしてみたら3千人らしいです。

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バンダルスリブガワンでは予定していたユースホステルが満室だったので、その3倍もするけどバンダルで最も安いホテルに滞在中。ベッドが2つあってテーブルも2つあって無駄に広い。
移動が面倒なのでユースに移る事はなく連泊。

そろそろオージードルが底を尽きかけている。


ここでタイビザを取得するつもりでいたけど、歩行中に見つけたタイ大使館は街から10キロも離れていたので面倒になり、ここでの取得断念。
宿代も安くないので3日滞在するつもりだったけど、明日出ます。

王国へ 

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27カ国目ブルネイに入国。

さすがは産油国。豪邸はよく目にするし、日本と変わらぬ綺麗な車も走っている。
物価もやや高くなったけど、2日目からは広い路肩がある片道2車線の分離道路になり、ストレスなく歩く事ができた。


しかし3日目は朝からどんよりとした怪しい空。
陽が出ていないのは嬉しいけど、遠くの空には稲光が見え、雨に見舞われるかもと不安を感じた。
たまに下道との分岐が現れるけど、それ以外は道脇に家も店もなく、雨に降られたら逃げ場もなくどうしようもない環境。

しかし幸いな事に下道への分岐が現れ、迷う事なく下道へ移動した。
ハイウェイと比べれば路肩はないし、片側1車線の対面通行だけど、商店や食堂など逃げ込める場所が多数あるのはとても助かる。

食堂に入り朝食をとっていると雨が降り始めた。
時折激しく降った雨は20分程で止んだけど、あのままハイウェイを歩き続けていたら悲惨な事になっていた。
温かいミロを飲みながら、雨の降り続ける外を眺め、良い選択だったと思う。

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下道を選び、雨から逃れられただけでなく、いくつかの出会いもあった。

声をかけ、家へ招いてくれ、コーヒーをご馳走してくれたオスマン氏。
「リヤカーにつけろ」とブルネイ国旗や水4本など色々とくれた。

ライダーはわざわざUターンし、冷たいジュースを持ってきてくれ、もう一人の方からも水をいただいた。

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マレーシアとの国境から120キロ歩き、首都到着。

今日もオフ 



今後のルートを確認したり、その他色々な雑用に追われたり。
大半の時間を宿で過ごしたけど、なかなか有意義なオフだった。

色々と悩みつつも中国までのルートはほぼ確定。
いきなりインドへ行くとかサプライズはありません。
シンガポールから上海まで長くて1万キロくらい。

現時点での総歩行距離約29200キロ。
地球一周に相当する4万キロに達するか微妙なところ。