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ALKINIST -あるきにすと- 2012年11月
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「T」から「C」へ 

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食堂に立ち寄り、ミルクティを飲む事がマレーシアでの日課だった。
ナシレマを食べた後、濃厚なミルクティをゆっくりと飲む事から1日が始まった。


ちっぽけではあるけれど、国境が近付いた時の懸念はタイでミルクティを飲む事は可能なのかという事だった。
できればナシレマもと言いたいところだけど、あれはマレー料理なのであきらめていたし、タイに入国後はやはり姿を消した。

肝心のミルクティはというと、食堂内をじっくりと見回してみれば、練乳の入った缶が置いてあり、よしこれなら大丈夫だなと思う。

そして食堂のおばちゃんにミルクティを飲みたい事を伝えるもここはタイ。



「ミルクティを飲みたい」



そんな簡単な事でさえ伝えるのは難しい。


マレー語でお茶は「テ(Teh)」といい、練乳を入れるならテ・ススといった。
隣国タイなら通じるかもと「テ」と伝えてみるけど全然ダメ。英語の「ティー」も通じない。


幸いデジカメの画像の中にミルクティを撮ったものがあったので、それを見せれば、「カフェー」とおばちゃん。
「違うよ、カフェじゃないよ」とジェスチャーで伝えれば、「じゃあこれでどうだ?」とおばちゃんは缶に入ったものを見せ、匂いを嗅がせてくれた。

缶の中には自分が望んでいる紅茶が入っていて、おばちゃんはこう言った。



「チャー」



「チャー」なんて日本語と同じ様な響きではないかとちょっぴり感動。

そういえば沢木耕太郎の深夜特急でも、茶、チャイなど「C」から始まるアジア、「T」で始まるヨーロッパと、アジアとヨーロッパとの境界をお茶で例えていたなと思い出す。

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マレーシアからタイに入った事以上に、この「T」から「C」への変化は日本への距離がまたさらに縮まった事を感じさせてくれ、濃厚なチャーを飲みながら一人ニヤニヤした。

4号線を歩行中 

ジョージタウンから国境まで2日半。
ボルネオから2千キロを歩き、約2ヶ月に及んだマレーシアでの日々も終了。

思い返してみれば2千キロ超歩いた国って多くはなくて、カナダ、中国、豪州、カザフスタンに次ぐ総歩行距離だった。
親切で穏やかな人達、美味しい食事、ボルネオのジャングルが思い出。

2ヶ月もの間、本当にテリマカシです。

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そしてタイへ。

マレーシア国境に近いタイ南部でにイスラム教徒を目にする事も多いけど、お経を唱えるお坊さんと手を合わせて祈るタイ人を見れば、仏教圏へ戻ってきたのだなと実感。

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国境を越えての変化。
通貨、言葉、文字、宗教、食事など様々だけど、文字は全く読めなくなり、英語も話せる人はいなくなった。

意思の疎通を図る上では時間がかかるし、不便な部分もあるのは確か。
しかし、その分多くの言葉を交わし、じっくりと相手の表情をうかがいながらコミュニケーションをとればより深く接する事ができ、これはこれで良いものだなと思う。

個人的にはこういう環境って大好きです。

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基本的には現地人にすがらず、林などにテントを張っていきたいのだけど、タイに入ってからも雨は多く、どうしても屋根下にテントを張らざるを得ないので、警察署、学校、民家の軒先など、現地の方にお世話になることは多い。

ちなみにシンガポールを出てからの29日のうち26日が雨。

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言葉通じぬもとても親切なタイ人。

テント設営のお願いを快諾してくれ、バス待ち所で眠るつもりが家の軒先で眠らせてくれたり、「夕食は食べたか?」「水を浴びるか?」とジェスチャーとタイ語を交えて尋ね、常に気遣ってくれ、差し入れも何度かいただいた。

そして酒好きなタイ人。
テントを張った後、「まあ飲めよ」という事は何度あったか・・・。4度か。
ビールも安いし、大抵の場所で冷えたビールを入手できるので歩行後の一杯がとても最高。


ここまでタイを歩くこと6日。
感謝以外の言葉は見つからない。

正直、タイにそれ程期待はしていなかったので良い意味で期待を裏切られている。

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食事はタイ語は話せず読めずなのでウィンドウの料理を指差し、ご飯に盛ってもらう。
料理はうまいという前に辛い。とにかく辛い。
氷の入ったグラスを渡してくれるのはありがたいけど、常に口の中はヒリヒリ。
料理に関してはマレーシアの方が好きです。

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現在は4号線を歩行中。
1キロごとに石標が設置され、タイ語は全く読めないけど、恐らくバンコクへの距離が書かれている。昨日達した1000キロ地点には大きなモニュメントがあった。

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バンコクまで最短距離で750キロ。
4号線をのんびり歩けば900キロ。
どう歩こうか。


※ジョージタウンで修理した靴は3日でダメになっております。

タイに備える 

これからまたマレー半島に戻って、あと3日も歩けばタイ。


タイビザを取得しました。
タイバーツを少しだけ両替しました。
洗濯をしました。
シャワーを浴びました。
ひげを剃りました。
チューブの修理をしました。
インスタントコーヒーを買いました。
地球の歩き方をもらいました。
ゴロゴロしました。


ジョージタウンでは目前に迫ったタイ入国に備えた。
そして最重要任務だった靴の修理。


この靴は豪州・アリススプリングスから5千キロ近く履き続けているのだけど、そろそろ靴底に穴が開いてしまう状態。
予備シューズは持っていないし、シンガポールやKLならまだしもペナン島で自分の望む靴を探すのは難しい。
これから半島に戻ってバンコクまでの1300キロを今の状態で歩き抜くのも不可能。


バンコクまでのつなぎとしてランニングシューズを購入する事も考えたけど、靴職人を探し、修理してもらう事にした。
しかしジョージタウンを散策した際、靴修理屋を探しながら歩いたけど、全く見つからず。
そして今日は現地人に尋ねながら靴修理屋を探してみた。


「次の信号を右折した所にある」

そんな情報をもらい、言われた通りに行ってみるけどそれらしきものは見つからない。
また別の人に尋ねてみたけど、やはりその方向を指差した。
そしてまた別の人は「12時以降に来い」と言った。


そして12時を過ぎてから再びその場へ戻ってみれば、ああなるほどなと。

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道脇に店を構えているわけではなく、歩道の隅で営業する職人さんだった。
看板を探しながら歩いても見つからないわけだ。

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破れてしまった側面を応急処置し、磨耗した靴底にラバーを貼りつけて修理してくれた。
修理を終えた靴を見て、不安要素はひとまず解消された。
この靴でバンコクまで辿り着けるか不確かだけど、修理を重ねて歩くしかない。