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ALKINIST -あるきにすと- 2013年04月
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脱出ルート確保 

東ティモールから始まった東南アジアの歩行も気が付けばもう10ヶ月。
歩行距離も約1万キロに達した。そんな東南アジアも残り200キロを切っている。

この先は1号線が中国国境までつながっているので1号線を歩く予定。
過去何度か書いているけど、大都市を出る際、目指している場所へ至る道へ迷わずに辿り着けるかというのはとても重要な事で、今回もハノイ中心部から1号線へのルートをチェックしたのだけど、橋を徒歩で越える事ができるか不確かであった。

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ひっきりなしにやって来るバイクの波に人ごみ、減速する事なくクラクションを鳴らし突っ込んでくる車。こんな所で右往左往したくないので散歩を兼ねてルートの下調べをする事にした。

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1号線へは橋を渡る必要があり、最も中心部から近いのがこのチュオンズオン橋。
徒歩で渡れるか不確かなのもこの橋だったのだが、見た感じ十分な幅がある。
それにここはベトナムである。ベトナム人はルールは守らずモラルも低く、リヤカーを引いて渡っても問題ないような気がしたが、「徒歩では渡れない」と橋を渡る前に警察に制止された。

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徒歩、自転車の通行不可の標識もあったし、時間帯にもよるかもしれないけど警察が常駐している感じだったので、この橋の通行は断念。

ここから少し北のロンビエン橋なら通行可能と教えられ、確認に向かう。

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バイクはやや多いけど、幅は問題なし。ハノイ脱出ルートを確保。

Hanoi 

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2度と歩きたくはなかったベトナムではあるけど、北部の山岳地帯を越えてハノイ。

これまで訪れた国の中で最悪に近い国だったのに、「もう2度と来る事はないでしょう」なんて捨て台詞も用意していたのに、北ベトナムはぼったくりも少なく、立小便をする人も大激減。ケツ出してるおばちゃんなんて皆無。
大型車やバスは相変わらずクソだけど1号線と比べたらまだましで、フエ以南と比べたらストレスは遥かに少なく、別の国に来ているかの様だった。

危うくここを歩かずにベトナムを去るところだった。
大嫌いだったこの国を見直す事ができて本当に良かったと思う。
だからと言って南の評価が上がったわけではないけど。



今泊まっているホテルが旅行会社も兼業しているのでやたらとハロン湾ツアーの勧誘をしてくる。
10日位前は行ってもいいかなと考えていたけど、今はハロン湾へ行きたい気持ちよりも面倒な気持ちの方が余裕で勝っているので行きません。

北ベトナムを訪れなければ間違いなく再訪する事はなかったけど、ハロン湾はまた次の機会にでもと思い、ハノイの街を適当に散歩している。

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宿の近く。

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ホーチミン廟。

ハノイへの道 

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Tuan Giaoではこの先に上り7キロ、下り7キロの峠があると教えられていたけど、実際は上り下り合わせて計25キロもの峠越えだった。
7日目のこの日は1500メートルの峠越え。勾配はきつくなかったが、さすがに病み上がりの体に25キロのアップダウンは楽なものではなく56キロ。


8日目以降は残り330キロを5日で歩くと決め、ひたすら歩き続ける。
67キロ、68キロ、58キロ、66キロ、76キロ。
最終日以外は連日のアップダウン、10、11日目は霧に包まれた雨の山中を歩いた。

1日平均66キロというペース。
1日ならまだしも5日連続というのは初めての事。簡単な事でないのは明らか。
歩けるかは自分でも不確かであり、できるところまでという感じで挑戦してみた。

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ほぼ予定通りだったけど、10日目に58キロしか歩けなかったのは土砂崩れによる通行止めで1時間の足止め。さらには霧に包まれ、雨が降る闇の中、見通しの悪い山道を歩くのは危険と判断し、早めに切り上げたから。

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路肩のない狭い道。
晴れていても見通しの良くない道路であるが、さらに霧でさらに視界は悪く、危険度は倍増。ひどい時は20メートル先さえ見えなかった。
後方からの大型トラックやバスに怯えながら歩いた。

命がけなんて大袈裟な表現はしたくないけど、ベトナム人ドライバーに命を預けるというのは命がけという事なのである。

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最終日は76キロを歩き、首都ハノイへ。
上って下りまくった日々はもう終わり。ここはもう海抜0メートルに近い所なのだ。

ウドムサイからハノイへの12日間はとてもハードで心が折れそうになった。
できない人はやめる理由を考えるけど、やめる事ができない自分はただひたすらハノイへ着いたら何を食べようかと考え歩いていた。

最後の試練は乗り越えた。
ここから上海へはフラットな道だ。

嵐 

ウドムサイからハノイへの670キロは大部分が山岳地帯でアップダウンのない日はわずか2日程。多くの山を越え、豪雨に見舞われ、体調不良もあり、とてもきつい毎日であった。

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2日目の夜、雷と強風と共に強い雨がテントを襲った。
自然をなめていた訳ではないけど乾季なので全く雨は降らず、ここ最近はフライシートをかぶせる事もせず、完全に油断していた。

フライを取り付けに外へ出れば、あまりの強さにあっという間に体は濡れた。
焦りもあったし、強風にフライはあおられ、ライトを持ち出す事もしなかったため、フライの取り付けは難航。その間にも雨を浴び続けていたけど、耐え切れなくなってフライの取り付けを断念しテント内へ逃げ込んだ。
ライトを持って再び外へ出る事はできなかった。豪雨と強風がとにかく凄まじかった。

普通の雨でさえフライシートなしでは耐える事ができないのに、この豪雨に耐える事などできるはずもなく、あっという間にテント内は水没。
天井、側面から雨はどんどんと侵入し、水溜りができた。
さらにはテントごと吹き飛ばされるんじゃないかというくらいの強風。
飛ばされないよう必死にテントを押さえ続け、早くおさまってくれと祈り続けた。



雨といえば思い出すのはカザフスタンの無人地帯で見舞われた雨で、あの時はどうする事もできないまま雨を浴び続け、結局風邪をひいてしまった。
フラフラになった体で次の町に辿り着くまで長かったけど、ここもまた山岳地帯。
次の町までは遠いし、山を越えていかないといけない。ここで風邪をひく訳にはいかず、濡れた体を拭き、乾いたシャツに着替え、ジャケットを取り出して体を温め、その後はテント内に溜まった雨水を外へ出した。

夜明けまではまだ時間があるし、睡眠をとらないといけない。
しかし濡れたテントで横になるわけにはいかず、テント内の荷物にもたれかかり座ったまま眠る。
上半身は温かいけど、下半身は着替えても濡れるだけなので朝まで濡れたままの状態だった。

数時間後、稲光と共に再び雨雲がやって来て、強い雨に見舞われたけど、フライは取り付けてあったし何とかしのぐ事ができた。

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嵐が過ぎ去った翌朝。
木が折れていたり、崖上からの落石など、至る所でこのような光景が見られた。
無事に朝を迎える事ができて本当に良かったなと思う。

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しかしこの日も勾配のきつい上り坂に苦しみ41キロしか歩けず。
歩行終了前に新たな上りが現れるも、それ以上は歩く事ができず、耐える事ができず、早々にテントを張り、翌日に備える。


2日目、3日目と45キロ以上は歩く事ができなかった。
4日目はベトナム入りを予定していたので少しでも早く着いておきたく3時前より歩行を開始。
しかし闇の中を切り裂く雷鳴と稲光に不安を感じるのは当然の事で、また嵐なのかと前日の恐怖がよみがえり、これは遠くの空に違いないと現実逃避をしてみる。


とにかく不安だった。
この辺りには建物もなく雨から逃げる事はできないし、崖沿いの道なのでテントを張れる場所も少ない。
無難にいくならテント内で夜明けを待つべきだったのだが、悩み葛藤しつつも坂を上り始めた。

わずか1.5キロを歩いた所で一瞬の判断だった。
雷が近付いている気がした。幸い道脇にわずかなスペースがあったのでテントを張った。
するとその5分後、月のおかげでわずかに明るかった周囲が一気に漆黒の闇に包まれ、パラパラと空から雨が降り始め、すぐに激しい降りになった。

まだ朝3時。ラオスの山奥の道脇のテントの中でじっと雨に耐える姿がなんかとても惨めなものに思え、「こんなところで何をしているのか」と自問した。

Tuan Giao 

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基本的にはテントを張りながら歩き、歩行中に宿に泊まる事はめったにないのだが、まさかの3日連続の宿。

ベトナム入りした一昨日は52キロ歩くも、昨日40キロ、今日37キロと思うように距離が伸びていないのは上り坂とか足の疲労とかが理由でなく、暑さにやられたから。
思えば一昨日は暑いのに帽子もかぶらず歩いていた。カザフスタン、カナダ、ボルネオの時と同じ様な熱中症の症状。


これだけ過去何度も同様の症状を経験していたならどうするべきかはよく分かっていて休むしかない。それだけの事。しかし今回ベトナムでの滞在期間が15日と限られていたり、その他いくつか理由があって足を止める事はできない。

それにしても過去何度も経験している症状なのに我ながら学習能力がないなと思う。

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ラオスから延々とアップダウンを繰り返し、階段を上るのにも苦労するくらいに足の疲労はひどい状態。
昨日はそれに加えて食欲なく、少し吐き気を感じながらも何とか700メートルを上り切り、600メートルを急降下。

坂を上っているとリヤカーは重力に従って下へと落ちていき、足と腕で支えるが、勾配のきつい所ではもう耐える事ができなくなった。
試行錯誤した結果、最近は引くのではなく、スーパーのショッピングカートの様に押し上げている。同じ上りでも使う筋肉が異なるのでこちらの方が楽に上れる。


この先どれだけのアップダウンが続くか分からず、「この体でハノイまで辿り着けるのだろうか」と不安になる。
「バスを使ったら、せめて荷物だけでも」なんて頭を過り、珍しく弱気にもなったけど、「ここが最後の試練なのだ、最後のヤマ場なのだ」と言い聞かす。

ここを越えれば上海へはフラットな道が続くのみだ。


強烈な陽射しを浴びながらの最後の5キロは本当に危機感を感じた。
山を下った先にある小さな町の宿に到着した時は立っているのもきつく、地べたにしゃがみ込み、しばらく動く事ができなかった。


一夜明けた今朝の体調は万全ではなかったけど歩く。
できれば50キロ。無理なら37キロ先のTuan Giaoまで。
それも無理なら歩ける所まで歩いてテントを張ろうと考えた。

幸い今日は大きなアップダウンはなし。
もう少しいけそうな気もしたけど、無難にTuan Giaoまで歩き、午後の数時間を休養にあてた。


これまでの経験上、明日辺りから体調はずっと良くなるはず。
体調は昨日よりも確実に良いし、食欲も戻ってきた。



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Tuan Giaoへの道。
明日以降延々と7キロ上りが続くとの事。

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水田。

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ベトナム北部はこんな髪型の女性が多い。

Dien Bien Phu 



豪雨に見舞われ、上り坂に苦しみながらもベトナム入り。
疲れているので近況報告のみ。もう寝ます。