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ALKINIST -あるきにすと- 2013年04月

雨と大気汚染と公安 

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朝から雷雨。
前日は雨を避け、半日で歩行を切り上げたのにまた雨から1日が始まるなんて最悪な気分だ。

窓から外の様子をうかがえば、何度も闇の空を稲光が切り裂き、雨が降り続けていた。
歩けるだろうかと少し不安を感じ、出発を遅らせる事も考えたけど、歩くしかない。
宿の主人を起こして扉を開けてもらい、レインウェアを着用して出発。
「おい雨だぞ」と主人。そんな事は分かっている、しかし歩くしかないのだ。


この程度の雨で足を止めたくはなかった。
どうしても足を止めさせたいのであれば、マイナス20度の寒波でも呼んできなさい。


雨は2時間振り続けたけど、豪雨という程のものでもないし、問題なく歩けた。
今履いている靴がゴアテックスじゃないので、すぐに雨が滲みこみ、ソックスが濡れてやや不快ではあったけど。

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約30キロ歩いたところで突然視界が悪くなった。
これが噂の大気汚染か。

こんな演出は不要なのだよと思いつつ、マスクを装着する。

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霧のような雲のようなものが風に流されているのが確認できたけど、それは霧でも雲でもなくて工場の煙突から出てきていた。
この辺りは工場がいくつかあったけど、この2つの煙突がひどかった。

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煙突の風上にくれば問題ないけど、ひどすぎやしないか。
自分は通りすがりの旅行者にすぎないけど、ここで生活している人もいるのだ。


雨ニモマケズ大気汚染ニモマケズ64キロヲアルキ

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床屋が経営している宿に到着。

公安がやって来て写真を撮られた。
公安が泊まっている宿に来るのは稀で、2009年に1度あったと記憶している。
省によって違いはあると思うけど、新彊や今いる広西チワン族自治区では、例え安宿であってもチェックイン時にパスポートをスキャンされ、公安へデータが送られている。

柳州 

南寧から61キロ、61キロ、72キロ、59キロ、そして今日は23キロ歩いて柳州に到着。

ここ数日ずっと天気が悪くて青空はしばらく目にしていない。
今日も朝から雨が降ったり止んだりを繰り返し、最近はハイペースだった事もあり、半日で歩行を切り上げる事にした。たまたま見つけた食堂が宿を兼業していて、そこの中年夫婦の声がでかく、訳の分からん中国語で攻められ、タジタジだった。

中国ではフェイスブックやYou Tubeへのアクセスがブロックされるのだけど、今回の中国滞在3度目のネット接続では遂にブログにもアクセスできなくなってしまった。
3,4日歩いてまた足を止める予定だけど、中国内で今後どれだけブログにアクセスできるかは分かりません。


むむむ。

南寧 

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広西チワン族自治区の首府・南寧で1日半の休み。


何がある訳でもない人口200万人超の大都市だけど、何でも揃っているし、ゆっくり休み、英気を養う分には良い所だった。より詳細な地図を買い、念のためマスクも買っておいた。

南寧に限らず、中国の大都市にはウォルマートやカルフールなど大型ショッピングセンターが郊外でなく中心にあるのでとても助かる。
この2日は宿近くのウォルマートに通った。


中国の街って東南アジアのようにゴチャゴチャしてなく、道路幅も広いし、リヤカーを引いて歩くのは全く苦にならない。明朝は問題なく出発できるでしょう。

ここから上海へは歩行日数40日くらいで着けるはず。
今後4、5ヶ所で休みをとりながら上海を目指す。

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今朝、ニュースで日本の右翼分子が我らの釣魚島海域でどうこうと報道していた。
こんな報道がされてはいるけど、これまでのところは全く問題なく、平穏。
4年前と何ら変わりはない。

322号線を歩行中 

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4年振りに中国に戻ってきた事は素直に嬉しいけれど、感情が昂る訳ではなく、いつもの様に黙々と淡々と歩いている。


すでに2009年に5ヶ月かけて中国を横断しているので不安などないし、その時の経験も生かす事ができている。この国の歩き方、人、宿、治安、テント設営場所など、この国を歩いた経験がなきゃ分からない。

経験なんて誰かに教わるものでなく、教えられる事でもないし、中国だけでなく、これまでの4年間の経験というのは本当に大きなものだなと改めて思っている。

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これまでは基本的にテント泊だったが、中国の有人地帯ではテントを張るべきではない。
公安の敷地内にテントを張らせてもらうなどあり得ないし、面倒な事が起こるのを避けるため、入国後5日のうち4日は宿に宿泊した。たいていの町には宿がある。

何もなかった1日のみ、死角を探してテント泊。

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ベトナムとの国境からは322号線を歩いている。

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工事区間が長く、未舗装の悪路が計100キロ以上続いた。

前回の中国横断の際はドライバーがひどかった印象があるけど、ベトナムからやって来た今回は許容範囲内。中国がまともに思えるくらいにベトナムの交通モラルはひど過ぎた。


中国6日目。とても順調です。



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ある日の朝食。

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道脇には大量のゴミ。鶏の死骸もあった。

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道路上で豚を殺し、血を洗い流す事もせずに去っていった。
不衛生な国です。

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少生得奨 超生受罰と書いてある。
少子推奨スローガンはよく目にする。

4年振りの中国 

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2009年5月以来約4年振りに中国へ戻ってきた。
地球を一回りし、3万キロを歩いて中国へ戻ってきた。

約5千キロを歩き抜き、カザフスタンへ向かったあの日は喜びや寂しさが交錯、手応えや自信も得ることができたけど、まさか歩いて戻ってくるなんて全く思っていなかったはず。

しかし私は歩いて戻ってきたのである。

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中国ビザ取得のため、ハノイに2泊延泊する事になったので日程がきつくなり、ビザなしで滞在できる15日目を昨日迎え、今日はオーバーステイ状態だったけど、バレる事なく出国。

中国の入国手続きを済ませた後、10数キロ歩いてピンシャンへ。
宿代を払ったら14元(約200円)しか残らず少し困っています。

明日は両替後、45キロ先の寧明を目指す予定。
これまでのように歩けるだけ歩くのではなく、中国では町から町へ50ー55キロペースで歩く。

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反日デモ、大気汚染に次ぐ新たな刺客は鳥インフルエンザ。
道脇で今話題のニワトリが燃やされていたけど大丈夫なのか。
鶏肉を食べるのは自粛します。

Voi 

ベトナム人の朝は早い。

今朝は5時に出発したが、すでに宿の周辺の食堂は店を開けていた。
今日に限った事ではなく田舎でも4時半とか5時でも営業していたり、開店準備をしていたり、ありがたく何度かお世話になった。
日の出前からカフェで談笑する人達、水田に目をやれば、闇の中をいくつかのライトが動いている事もあるし、とにかくベトナム人の朝は早い。

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先日下調べしておいた橋からは市場が見下ろせた。
まだ薄暗い5時半だったが、すでに多くのベトナム人の1日は始まっていた。

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多くの人が農業に従事する農業国ベトナム。
旅行者相手に吹っかけてくる商売人も多いけど、朝早くから働く勤勉な人達が多い。



休養明けは疲労も回復し、2,3日はとても快調に歩ける。
今日も順調なペース。

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ベトナムで飯を食い損ねる事はめったにないけど、今日は珍しく延々と何もなく、10分程座ってコーラを飲んだ以外は歩き続けた。
基本的に食事の時以外は腰を下ろす事はない。写真を撮ったり、誰かに話しかけられた時に足を止める程度。


ひたすら歩いて今日は70キロ超え。中国まで105キロ。

ハノイは中国語で河内というらしい 

昨日ハノイを去るつもりでいたけど2泊延泊し、ハノイ5泊目。

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ここで中国ビザを取ろうなんて考えていなかったけど、唐突に思い立って中国大使館へ行ってみたら意外にもあっさりと申請を受理された。
しかし30日という条件付。30日で上海まで歩く事は不可能で強気に63日を希望。

「中国国内で延長できる」というおばちゃんに「歩いて上海へ行くのです」と自分の旅を紹介した中国語の新聞などを見せたら、「領事の判断次第であり絶対に取れる訳ではない」と一応は受理された。


当初は南寧から香港へバスで往復し、ビザを取得するつもりだったけど、手間やお金の事を考えたらここでビザを取得した方が遥かに良い。
しかしここ最近の日中関係を考えたらそんな簡単な事ではない気もするし、歩いて上海へ行くから63日のビザくれなんてこちらの勝手な言い分でしかないし、過度の期待はせず、取れたらラッキーという程度に考え、週末は祈りながら過ごした。

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そして今日、念願の中国ビザを取得。滞在可能日数は65日。
中国の大使館、領事館へ足を運ぶのはハノイで3度目。ようやく取れたビザ。


上海まで2500キロ。



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旧市街。
北ベトナム、ハノイへの印象はすこぶる良いです。

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路上の床屋。

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マーケット周辺。

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ハノイ大教会。

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4年以上持ち続けているお守り。
凍傷を負った時も毎日祈ってたけど、昨日はビザが取れるように手を合わせて祈った。