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ALKINIST -あるきにすと- 2014年11月

Metema 

ハルツーム以北の砂漠地帯と比べたら魅力は乏しく、交通量は多く道は狭く、1日の余裕もないビザ期限に追われながらの歩行は面白いものではなかったがエチオピア国境までの570キロを10日で歩き抜けた。

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一面褐色だった景色から少しずつ変化していき、砂漠では土壁だった家々も茅葺き屋根に変わり、アフリカ色が濃くなっていった。
やはりこの変化をゆっくりと肌で感じれるのが徒歩の魅力か。

砂漠地帯を歩き抜き、有人地帯になったかと思いきや砂漠並に水の確保は難しく、思う事も色々とあった。

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一つだけ言うならこの水を飲めないならアフリカを歩こうなんて考えるなって事か。


1ヵ月で1500キロを歩くというハードな日々ではあったけどビザ切れ当日にエチオピアとの国境に到着。
「観光地」という意味での見どころは乏しく、多くの旅行者は足早に通り過ぎていくようだけどもったいないなと思う。自分もまたビザ期限に追われて足早に駆け抜けていったわけだが、スーダンの自然や人は濃厚な経験を与えてくれ、学ばせてくれ、本当に良い国だった。

黒人に紛れてエチオピアへと続く一本道を歩いていけば、自分一人だけが呼び止められてスーダンの出国手続き、そしてエチオピアへの入国手続き。
周りの連中はパスポートチェックも荷物チェックも一切なし。自由に往来する彼らにとって国境を越えるなんて特別な事ではなく、日常の一コマでしかないのだろう。

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国境を越えてエチオピア側にあるメテマに宿をとった。
10年前にアフリカを訪れた時もここで一泊した。本来なら記憶に残る事のないはずの小さな国境の町だが、その夜はアテネオリンピックの開会式があり真っ暗闇の中テレビに群がるエチオピア人と共に過ごしたことをよく覚えている。
当時の写真を見てみたら未舗装路でアフリカの片田舎という感じだが、ずいぶんと立派な町になっている気がした。

エチオピアに入った途端、言葉や文字、通貨が変わり、スーダンでは禁止されていたアルコールも売られている。
特に禁酒を意識していたわけではないけど、カイロを発って以来2カ月少しアルコールを口にしていなかった。
2カ月も酒なしなんて聖人になった気分だが、よく考えてみたら富士山に2カ月籠っていた時も酒なしだった。今年は1年のうち4カ月も酒なし生活だったのか。

スーダンでの疲れをとるべくメテマでは1日休養した。
さっそく公用語のアムハラ語を覚える。
ありがとうはアムスギナルフ、いくらですかはワゴーシントヌー。

砂漠越え 

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何気なく眺めていたミシュランのアフリカ地図に諸都市の気温や降水量が載っている事に気付いた。そして知った驚愕の事実、ハルツームの11月の平均最高気温36度。
とんでもなく暑いではないか!

手元のガイドブックには「11月から2月はパーフェクトな気温だ」などと書かれていただけにこの時期は30度を下回るのだろうと勝手に考えていたのだけれどハルツームをなめてはいけない。
確かに11月から気温は徐々に下がり始めるのだが、最も涼しい1月でさえ最高気温32度。なんと30度を下回る月はないらしい。日に日に暑さが増していたのは砂漠という環境のせいだと思っていたけれどそういうことだったのかと納得。
ちなみに掲載されているアフリカ北東部、アラビア半島の他都市と比べてもハルツームの気温に匹敵するのはソマリランドのベルベラくらいでしかない。
世界で最も暑い場所の一つでなかろうか。

エジプトの東方砂漠でも思ったけれど、あれだけ準備期間がありながら事前の情報収集を怠るから暑さに苦しむ事になるのである。厳しい冬の前にカナダを訪れたり、豪州だって猛暑期だったりいつも行き当たりばったりで計画性がないのだ。
そして全く進歩がない。

今回も8月下旬に外せない予定が入っていたから歩行開始が9月になったわけで、できる事なら本の刊行を終えた7月にでも歩き始めたいと思っていた。酷暑のその時期を避けれた事だけは本当に良かった。

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それまでの道はナイル川に並行していたのに対し、地図を見る限りハルツーム以北300キロは無人の砂漠地帯であるようだった。この区間は砂漠のど真ん中を突き抜ける事になり町の記載は一切ない。やはり水のない所は人の住む場所ではないのだ。

実際のところ小さな村が3つくらいと数軒のカフェがあったもののそれらがいつ現れるかは不確かだった。カフェでは常に次の補給地点までの距離を尋ねていたが30キロと聞いていたにもかかわらず50キロ先なんてことは常であり、彼らの言う事は話半分に聞いていた。渇きに苦しみながら30キロを歩いたのにそこには何もなく、さらに4時間も歩く事になるなんて拷問以外の何物でもない。

正午近くになれば携帯している水は全て熱湯と化す。
あまりの暑さに水をかぶればまさにホットシャワー。
熱湯など飲みたくないのでお茶にしてみたけど、不快な口触りに変化はない。やはり暑い時に熱いものなど飲みたくないのだ。

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スーダンでの滞在期間は限られているのでのんびりとするわけにはいかず、夜明け前から正午まで40キロを歩き、最も暑い時間帯の3時間を休憩。その後また20キロを歩く事で歩行距離を稼ぐ。

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そんなハードウォ―クを続ければ疲労は重なり、体調を崩して歩けなくなった。
しかしながら有人地帯で体力が尽きるのとは話が違うのだ。歩けなくても最低限水のある場所までは辿り着いておく必要があり、10数キロを歩いて小さな小屋に到着。
体調不良を察してくれた小屋の主が一室を与えてくれた。

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屋外にはヤギの皮で作られた水入れが置かれている。
上温湯隆のサハラ横断挑戦時にもヤギ皮の水入れが装備品にあったと記憶している。
40年経った今でも砂漠の民にとっては必需品。そんな事に感動してしまう。
この皮製の水入れには何度もお世話になったが保冷効果は抜群であり無人の砂漠を歩く上では不可欠であると実感。
そして何より砂漠の民の助けがあるからこそ歩き抜けたのだと身をもって感じている。


連日何台も通り過ぎていく大型バス。
エアコンが効いて快適に違いない車内をうらめしく思う事もあるのだが、この暑さを体感し、水のありがたさや人の優しさに感謝の念を持ち、砂漠に足跡を刻み続けた事は何物にも代えられない経験なのだと思う。

出会いと再会 

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エジプトでは徒歩による完全踏破にこだわった結果、東方砂漠とかいう辺鄙な場所を歩く事になりサイクリストなどと遭遇する事はなかったのだけど、南北に一本の道が貫いているだけのスーダンでの出会い。

サイクリストなど人力で旅している人に限らず、バイクや車を自ら運転してる人達との出会いというのも嬉しいものだ。宿とかキャンプ場での出会いではなくて、「なんでお前こんな所にいるんだよ」ってシチュエーションがいい。

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ミニクーパーのデンマーク人と、

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バイクのオランダ人。
失礼ながら名前を聞き忘れた。

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イギリス人ジョンソンとオーストラリア人の女性。
5月に中国を出発し、ケープタウンを目指している。どのようなルートをとったかは定かではないが、恐ろしいスピードだ。

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6日後、少し遠回りしていた彼らを追い抜いていたらしく再会を果たす。
「ひどい暑さだ」とジョンソン。「まったくだ」と相槌を打ち、「今日は何時間走ったの?」と尋ねると6時間という答えが返ってきた。走行距離は120キロ超。
12時間かけて60キロを歩いてきた自分からしてみたら「なんじゃそりゃ」と言いたくなるようなスピードである。
追い抜いては追い越され、翌朝も彼らと出会い追い越される。

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そして再会がもう一つ。
10年前にスーダンを訪れた際、大型トラックをヒッチハイク。
トラックの荷台に乗って砂漠を突き抜け、その後運転手宅で2日お世話になったのだが、無謀にも町の名前と数枚の写真を手がかりにガイドブックにもグーグルマップにも載っていない小さな町で暮らす彼らの元を再訪する事を試みた。

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電波少年的なやり方であったが再会を果たす。
詳細は書かないでおくけど、スーダンを再訪した甲斐があったというものである。