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ALKINIST -あるきにすと- 2014年12月

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G/Shanoo 

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前日の疲労が残っているのか、足取りが重く感じられた。
1300メートルの上りに比べたらこの程度の上りなど大した事ないと自分に言い聞かせるも、何度も足を止めながら進む。

疲労、勾配など要因はいくつかあるけど、標高が高くなって酸素が薄くなった事もその一つか。

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標高は3000メートルを超えていた。
リヤカーを引いて3000メートルを超えるのは中国、台湾に続いて3度目。
この2日で1900メートルの高低差である。

今夏に働いていた富士山八合目の山小屋から須走口五合目まで下山した時の高低差は1400メートル。
舗装路とはいえ、それを上回る高低差を荷物満載のリヤカーと共に歩いている。

山小屋では「高山病になるから無理せずゆっくり動け」といつも社長が言っていたけれど、もっとペースを落とすべきなのだろうか。

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標高3000メートルの所に中国系のセメント工場があり、中国人労働者の姿も見えた。
工場の壁には中国語のスローガンが書かれ、入口には春節の飾りが貼られ、アフリカにいながら中国を歩いていた時の事を懐かしく思った。
工場の隣に警察があり、テントを張らせてもらう。

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歩行後にテントで飲むビールは最高だ。
不思議なものでテントで飲むコーヒーもまた最高だし、たかがインスタントラーメンであってもうまい。今はやめたけどテントで吸うタバコもうまかった。

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Abay Gorge 

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のどかな風景の先に待ち構えていたのは、今年最後のヤマ場である大地溝帯

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ここを境にアフリカ大陸が分断されると言われている。

数十万年後という気の遠くなるような話だけど。

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向かいの谷との間にある亀裂が大地溝帯。まさに地球の割れ目。
谷底まで下り、向かいの谷を上らないといけないのだけど、想像以上の高低差である。
20キロかけて1200メートルを下り、20キロかけて1300メートルを上るという行程。

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腕時計の高度表示はどんどんと数字を減らしていき本当に1200メートルまで下ってしまった。ここまで下れば陽射しのきつさを感じる。
谷底には日本が支援して造られた橋が架かっているが、歩行者は通行不可で左の古い橋を渡らされる。

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この辺りは道路も全て日本が整備している。

前方遥か上を走るトラックが見え、本当にあそこまでいけるのだろうかと唖然とする。
足を止めて汗を拭い、ふと腕時計を目にしたとき、「12.25」という表示に気づき、今日がクリスマスである事を知った。そんな華やかな響きとは遠い所にいて、汗を流していた。
クリスマスにこんな激坂を上っているなんて、神からの素晴らしいプレゼントだと皮肉ってみたけど、ここまで散々足を止めまくったからであり自業自得なのである。

疲労もあり150メートル上っただけで歩行終了。この先水を補給できるか不確かなので節水し、クリスマスディナーはバナナとサムサだった。

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翌日も早朝からひたすら上り続ける。
1日で1200メートルを上った事などこれまでにあっただろうか。

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向かいの谷からこちら側を見た時、本当に上れるのだろうかと自分でも半信半疑であった。
最悪リヤカーなどをこの先の町にでも置いて歩こうと思っていたけど、荷物満載のリヤカーと共に歩き抜く事ができた。

我ながらよく歩いたなと思う。
汗を流し、自分の足のみで上った事に対するご褒美。
1日遅れのクリスマスプレゼントはこの絶景でした。

Debre Markos 



3歩進んで2歩さがるってわけではないけど、1日歩いて1日休むペース。
バハルダールを出たのはかなり前に思えるが、10日目にしてやっと250キロ進んだ。
スーダンなら4日で歩いている距離だ。

警察沙汰があった事もあるけど、スピードが上がらない最大の理由はアディスアベバでのケニアビザ取得があるから。
年末年始に大使館がビザ発給業務を行っているか不確かなので急ぐ必要はないかなと。



ようやくアディスアベバまで300キロを切った。
当初はクリスマス頃の到着を予定していたけど、年内に着ければと思う。
いや絶対に年内に着いておきたい。

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夕方町に着き、宿かキャンプか迷った末に宿を選ぶ。
エチオピアの宿はバーやレストランを併設している事が多いのだが、バーにて炭酸水を発見。
昔は全く好まなかったが、カザフスタンを歩いていた時に頻繁に差し入れられ、それ以来飲めるようになった。

酷暑のエジプト、スーダンを歩いていた時、冷たいものが欲しいのだけど、コーラなどは甘ったるいし水という気分でもない。そんな時何度も頭に浮かんだのが炭酸水だった。
できればあの砂漠地帯で飲みたかったけれど、エチオピアでコーヒーの口直しに飲む炭酸水も悪くはない。




Dembecha 



昨日は夕方に町が現れたので警察署の敷地内にテントを張らせてもらった。
エチオピアの安宿はダニや南京虫が多い。田舎なら尚更。
ダニや南京虫の餌食になるリスクを背負って安宿に泊まるよりは自分のテントの方が絶対に快適である。
しかも警察署でのキャンプだ、安全面も文句なし。
と思いきや、夜になれば警察官は皆帰宅し無人となる警察署。

夜間に事件事故が起こる可能性もあるわけで、1人くらいは常駐しているだろうと考えていたが、これがエチオピアである。
しかも警察署の敷地内は出入りが規制されているわけではなく、なぜか空手教室があり、テントを張った夕方の時点で子供や何者か分からぬ男が徘徊していた。

それでも50キロを歩いた疲れからうとうとしていたら、テント周りを歩く足音や物音が聞こえ、時折テントの側壁に人影が映し出された。一瞬で目が冴え、三脚を手に取り武装する。


何事もなく再びうとうとと眠りに落ちかけていたら、足に何やら動きを感じた。
「来たか」と思い、ライトを足に向ければ思った通り南京虫がいて指でつぶす。
アジスアレムでは3日テントで過ごしたが、その時から腹回りや足などに虫刺されの跡があった。
真っ先に南京虫の可能性を疑い、なぜまた突然にと思ったのだけど、おそらく寝袋の収納場所をバックパックに変えたからだろう。安宿に泊まっている間に南京虫がバックパック内に侵入し、さらに寝袋に巣食ったのだ。

襲われるかもしれないという恐怖、さらには南京虫のせいで深夜まで眠る事ができず朝を迎えた。まだ暗い6時前だが1人の警官が出勤していて筋トレ中、日曜日だからか空手教室も朝練中だった。



本日は昼前まで歩き、快適そうな宿を見つけたので南京虫の駆除という名目で足を止める。

Addis Alem 

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ゴンダールから3日半歩いてバハルダールで4日半休み、
バハルダールから1日半歩いてダングラで1日半休み、
なかなか足が進まないなと思っていたら、ちょっとしたトラブルがあって、ダングラから1日歩いてアディスアレムで2日の足止めを食らう。

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現場検証中のエチオピア警察。

警察の敷地内にテントを張らせていただいたり、各地でお世話になっているけど、こういう形で警察のお世話になるのはウクライナ以来2度目。



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エチオピアの田舎で自家用車を目にする事はほとんどないのだけど、警察までもが車を持っていないという衝撃の事実。移動の際はミニバス。

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ティリリの警察署。

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罪を犯した者はこの中に勾留され、10人くらいの男がいた。
入り口には南京錠すらなく、見張りに一声かければ犯人のみでトイレへ行ける。昼休みになれば見張りを一人だけ残して警官達は皆がランチタイム。簡単に脱走できてしまいそうな環境である。

2人の少年を誤認逮捕して2日も拘束するわ、犯人をぶん殴るわ、これがアフリカか。

Dangla 

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4日半もいたバハルダールから脱出。

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6日振りのインジェラはワット(具)も豊富で悪くはない。

「マネーマネー」言われる事も、子供に追いかけられる事もなく、エチオピアにいたらこんな些細な事でも幸せを感じられる。じつに良い一日であった。
と言いたいところだが、民家近くにテント設営の許可をもらおうとしたら「金を出せ」とおばちゃん。さらに歩き続け、小屋の隣にテントを張らせてもらう。

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写真左側に人影が見えるように、道路からは丸見え。
許可をもらったとはいえテントを張った小屋は無人。
すぐに闇に覆われるのでそれ程心配はしていないけど、もっと慎重になるべきか。

日中は陽射しがきつく、短パン半袖、帽子は欠かせないけれど、標高2000メートルの朝は寒い。
ジャケットを着て外へ出てみれば結露でテントには水滴が付着、今朝の気温は10度。
エジプト、スーダンでは熱帯夜も多く、テントにフライシートをかぶせてなかったけれど、エチオピアに入ってからはフライシートを使っている。

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気候的な理由はもちろん、民家など人目に付く場所にテントを張らせてもらっており、フライシートを使わなければこんな感じなので視線を遮るためにも必要だ。


夕食はストーブを使ってラーメンを作り、食後はコーヒーを飲んでゆっくりするのだけど、朝食、昼食は自分で何か作る事はせず、カフェや食堂が現れたら食事をとる。
何も現れなければ食事抜き。

バハルダールから2日目の今日は10時過ぎに町が現れた。
決して大きくはないけれどガソリンスタンドが2軒、ホテルも数軒。昼食をとるには早い時間だけど、この先しばらく何もないとの事なのでここで昼食をとる事に。

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ノーインジェラデーにしようと「パスタ」と2軒の食堂で言ってみるが、いずれもインジェラしかなく、「パスタならあそこへ行け」と言われたのが、ホテル併設のレストラン。
バハルダールを出てまだ2日目だし安いインジェラでもいいかなと少し考えるも、逃れられる時に逃れておかないと毎日インジェラになってしまうわけで。

レストランへ行ってみたらパスタはなく、ベジタブルサンドウィッチを注文。
ラップトップを持っている人がいたので訊いてみればWiFiがあるらしい。
レセプションで料金を尋ねてみたら良い値段、見せてもらった部屋も値段の割に素晴らしく、早々に足を止めてしまった……。
バハルダールから70数キロしか歩いていないのに何をしているのだろうか。

このホテルへ来るきっかけとなったベジタブルサンドウィッチはまったく美味しくなかった。

停滞とノーインジェラデー 

クリスマスから数日はケニア大使館が休みとなる。
アディスアベバに早く到着しても時間を余す事になるし、さらに今日はサッカー天皇杯の決勝、エイシンヒカリという馬の重賞初挑戦というわざわざ足を止める程の事ではないけど興味があるイベントが重なり、理由をこじつけてさらにもう一泊バハルダールに滞在。

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イスラム圏ではチャイだったが、エチオピアはコーヒー発祥の地なだけあって街を歩いてもカフェが多く、そしてその味も絶品。ホテル併設のカフェへカップ持参で行き、部屋へ持ち帰って朝食というのがバハルダールでの1日の始まり。
コーヒーを啜りながら今後のルートを確認し、ケニア北部の治安状況について調べる。


バハルダールはエチオピア北部の観光地の一つ。
最大の見どころは青ナイル滝だが、街から離れた所にあるため、4日半もバハルダールにいたのに行く事はなかった。

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散歩がてら青ナイル川の源流であるタナ湖に一度だけ足を運んだくらい。

バハルダールに到着する3日前、遥か遠くに大きな海のようなものが見えた。
「海だ」と思ったけれど、ここは内陸。ならば川だろうと自分を納得させたが、テントで地図を広げてみればタナ湖だった。ずいぶんでかいなと思ったがそれもそのはずで琵琶湖の4.5倍もの面積を持つエチオピア最大の湖である。


バハルダールで何もせずにこれだけとどまる事になった最大の理由は居心地の良い宿。
そして食の選択肢の豊富さ。しかしいくら選択肢が多くても、毎日ハンバーガーにサンドウィッチ、ビザなど西洋料理を食べ続ければいい加減飽きてきた。

かといってエチオピアの国民食インジェラはこの先歩行中ほぼ毎日食べる事になるので避けたいところ。決して嫌いではないのだけど、さすがに毎日は食べたくなくて、2日に1度と贅沢は言わないけど、できれば週に2日くらいはノーインジェラデーがほしいと思う。

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バハルダールを目指していた先日の話なのだけど、昼頃に現れた村は人の往来が激しく、食堂の数も多く、ノーインジェラデーになりそうな気がした。

しかし意思疎通は容易ではなく、さらにここは田舎である。
インジェラ以外に食べられそうなものはパスタくらいしか思い浮かばず、食堂が現れる度に「パスタはあるか?」と尋ねてみる。

「ない」「あるけど30分かかる」「ない」と繰り返し、4軒目にして「ある」という返事。

インジェラからの解放に自然と頬は緩んでいたのだが、運ばれてきたものを見て表情は強張り、苦笑いに変わった。

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パスタwithインジェラ。
希望通りパスタは食べれたものの、インジェラからは逃れられず。何だろうこの敗北感。
普通に皿に盛ってくれたらいいのに、エチオピア人よ、どうしてこうなる……。

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ホテル近くの路地で揚げられていたタナ湖の魚を買い、米を炊いて味噌汁を作って昼食。
味噌はカイロの丸山さんよりカイロ出発時にいただいたもの。
スーダンの砂漠を歩いていた時は何度も癒され、救われた。


スーダンでの疲れを癒すためという口実のサボりは今日で終わり。
気持ちも上向いてきたので明日からまたアディスアベバを目指す。

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