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ALKINIST -あるきにすと- 2015年10月
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Rio Grande 

リオ・グランデでやるべき事は1つ。
ガソリンストーブの修理、最悪の場合は新規購入。

ストーブを使う際、ポンプでタンク内に空気を送り込み内部の圧力を上げるのだけど、ポンピングできなくなってしまったのが到着前日の事。ポンピングできなければ火が点かないし、調理する事はできない。キャンプ生活をする者にとって非常に悩ましい事態。
幸いにもリオ・グランデに近い所にいたのでここで何とかしようと考え、66キロをがっつりと歩いてこの街へとやって来たのでした。

ウシュアイアと違い旅行者はほとんどいないリオ・グランデ。
果たしてどれだけの規模の街なのか、アウトドアショップがあるのかと不安を感じていたのだが、ウシュアイアより全然でかい街だった。歩きながらアウトドアショップも2軒目にしたし。



予想外に大きく、宿がどこにあるのか分からなかったのだけど、宿の経営者と思しき男に声をかけられ、辿り着いたのがここ。
スペイン語の会話帳を駆使して「バラート(安い)?」と尋ねてみれば、悪くない料金。
「連泊すると安くなりますか?」なんていうフレーズもあったので、たどたどしいスペイン語で尋ねると20パーセントもディスカウントしてくれた。よって本日休足日。

ストーブの件はインターネットで調べ、分解してスペアパーツを入れる事で解決。
MSRの代理店であるモチヅキの担当者の方よりメンテナンスパーツをいただいていたのだった。アフリカでは全く出番がなかったけれど持ってて良かったメンテナンスパーツ。



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遅い人たち 

「See you on the road(路上で会いましょう)」

3人のサイクリストより機動力は劣るので、一足先にトルゥインを出発。
3時間ほど歩いたところでジュリアン現る。
ガッチリと握手、「グッドラック」と声をかけ彼の背中を見送る。



デジ達もすぐに来るだろうと思いきや、彼らがやって来たのは出発から7時間半後の事。
自転車に問題を抱え、トラブルが起こる度に足止め。メンテナンスしながら走っているようで、ウシュアイアからトルウィンへも徒歩と同じ2日かかったらしい。

途中トレッキングなどを楽しみながら、コロンビアまで2年かけてゆっくりと進む予定の彼ら。
「またどこかで会おう」と握手してお別れ。次第に小さくなっていく彼らの背中を見送る。

しかしその1時間後、何もない平原の中、道脇に2人の姿があり「自転車に何かあったの?」と尋ねてみれば、親指を立てて「問題ないよ」とアピール。
よく見たらお湯を沸かし、ティ―タイムを楽しんでいるようだった。
お茶の誘いを受けたけれど、日没は近いし、テント設営場所を探さないといけないので先を急ぐ。

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ちょうどテント設営場所を見つけたタイミングで彼らもやって来て、「同じところにテントを張るよ」とデジ。
「またどこかで会おう」とお別れしたばかりなのに一緒にテントを張る事になるとは……。


翌朝、テントには霜が張り付き、指先がかじかむ。たまらず手袋を装着。
ウシュアイアを出た初日は吹雪。
峠越えをした後は雪を見る事もなくなったが朝の気温は0度前後。
ペットボトルの水も少し凍っている。
リオ・グランデまで60キロ超の歩行だったので早めに出発。
もちろんデジたちは眠ったままだ。


午前中のうちに追いつかれるだろうと思っていたが、彼らはやって来ない。
いつものようにゆっくりとしているのだろう。
午後には追いつかれるだろうと思ったが、彼らはやって来ない。
どこかでティ―タイムを楽しんでいるのだろう。
さすがに夕方には追いつかれるだろうと思ったが、彼らはやって来ない。


一体何をしているのだろうか……と思っているうちにリオ・グランデに到着した。
ここで1日足を休める事になったけど、彼らとはまたどこかで会えそうな気がする。

Tolhuin 

10カ月半歩いたアフリカで出会ったサイクリストはわずか2組4人だけ。
いやしかしすごいですパタゴニア。2日歩いただけで5組8人のサイクリストをすでに見かける。



ウシュアイアの100キロ北に位置するトルウィンを目指していたところ、村の5キロ手前でサイクリストに声をかけられた。
同じくトルウィンに滞在するという彼に「パン屋に行くの?」と尋ねれば「イエス」と彼。
「お前もか」と思わず苦笑い。

トルウィンは普通の旅行者はまず立ち寄らない小さな村なのだけど、ここにはサイクリストによく知られたパン屋がある。
善意でサイクリストに寝床を供給し続けるラ・ユニオン。

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案内された部屋の壁にはこれまでここでお世話になった世界各国のサイクリストのメッセージが書かれていた。

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今日のお客は自転車3台とリヤカー1台。

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村の手前で出会ったジュリアンと朝、手を振って追い抜いていったデジとその彼女。皆フランス人。

案内してくれた若い男はパン屋のオーナーの息子と思いきや、「アイアムサイクリスト」と彼。
ドイツ人の彼は自転車での旅を中断し、7カ月ここで働いているのだとか。
ここに来るまで話せなかったスペイン語はすっかり上手くなり、人間やればできるものだと感心する。

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ドイツ人とこの日やって来た4人の旅行者、ベッドは3人分しかないので床にマットレスを敷いて眠る。今日は暖かな部屋で眠れます。グラシアス。

世界の果てのさらに果て 



南米大陸縦断のスタート地点は歩き始めた空港か、ウシュアイア中心部にある「世界の果て」と書かれた看板からかと思考を重ねていたのだが、世界の果て・ウシュアイアのさらに果てにあるこの場所から南米大陸縦断が始まった。

地図を見てもここより先に道は存在しない。
ルート3の終着点であり、アラスカへと至る道もここから始まるのだとか。
馬鹿と煙は高い所が好きという言葉があるけれど、自分は大陸の端が好きなのだ。

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バスでここに来る事もできるらしいが、リヤカーも一緒でないとここを訪れる意味がない。
という事で空荷のリヤカーを引くこと23キロ。さらに復路と合わせて46キロ。
2カ月振りの歩行に疲労困憊だったが、国立公園なだけあって景色は良かった。
緩やかなアップダウンが続き、熱を帯びた体は汗ばむ。好天だったので余計に暑さを感じ、Tシャツになって歩く。

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南米大陸縦断始まりました。

Ushuaia 

厳しい冬が終わり春になったとはいえ、機上から見下ろすパタゴニアの景色は一面真っ白。
南米での不安の一つはパタゴニアの寒さであり、歩き始めの1カ月が最も厳しい気候になるに違いないと防寒具をしっかりと用意。
気合を入れて空港を出たのだが、想像以上に暖かな気候に拍子抜けしてしまった。
フリースの上にジンバブエにて2ドルで購入したジャケットを着るも、歩き始めれば体が汗ばみ、すぐにジャケットを脱ぐ。
ダウンジャケットに手袋など持ってきているが出番はあるのだろうか……。
厚手のフリースをもう1枚持とうか迷ったが、持ってこなくて正解だった。

ウシュアイア滞在中の今はむしろ暑さに悩まされている。
部屋のヒーターは温度調節不可で常に室内は暑く、Tシャツ短パンで過ごし、就寝時はトランクス1枚で眠る。



首都ブエノスアイレスまで3250キロなのに対し南極圏までわずか1250キロという世界最南端の都市ウシュアイア。
「世界の果て」などと形容されるので、荒涼とした殺風景な街をイメージしていたが、思っていたより大きかった。周囲を山々に囲まれ、自分好みの街である。

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到着翌日の今日は長距離移動の疲れをとるべく特に何もせずに過ごす。
荷物を整理して、リヤカーを少しいじり、宿周辺を散歩したくらいか。

スーパーへも行ってみたが歩行中の主食であるインスタントラーメンはなく、歩行中何を食べるべきなのか考えているところ。
思った程寒くはないが、暑いわけでもないのでハム、チーズも携帯可能なのはよろしい。あと1リットルワインが1ドルもしないのは嬉しい。

南米への大移動 

五大陸目の舞台は南米大陸。
スタート地点は世界最南端の都市であるアルゼンチン・ウシュアイア。
東京からウシュアイアへの航空券は確保済みなのだが、気が遠くなるほど遠い。


まずは東京からUAE・ドバイまで11時間。
ドバイで4時間の乗り継ぎ。
その後、ブラジル・リオデジャネイロ経由でアルゼンチンの首都ブエノスアイレスへ19時間。
ブエノスアイレスで11時間の乗り継ぎ。
ブエノスアイレスからは2ヵ所を経由してウシュアイアまで6時間半。
東京からウシュアイアまで51時間半の長い長い移動である。



9月30日@東京
リヤカーを含む荷物の総重量は70キロ超。


10月1日
ドバイから西へはサウジアラビア上空を飛行する。
昨年エジプト・アレクサンドリアへ向かった際も見た景色であり、今回はちらっと見ただけでうとうとと眠りに落ちていった。

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眠りから目覚め、ふと窓の外に目をやれば砂漠の中を一本の川が伸びていた。
フライトモニターで現在地を確認すればスーダン・ハルツームの北を飛行中であり、ナイル川であると確信する。
川の近くには小さな町や幹線道路も見え、「絶対にここ歩いてるよな」と思う。
上空から見下ろす砂漠は圧巻で、こんな所をよく歩いたものだとしみじみ。
2カ月前にアフリカを去ったばかりだけど、久々に目にするアフリカの大地に心を奪われた。

サハラ砂漠上空を抜けていくのかと思いきや、スーダンからチャド、カメルーンを経て大西洋へと抜けた。
チャドからは下界に緑が見え、時折集落も現れた。「どんな人が暮らしているのだろうか」と未訪である中央、西アフリカに想いを馳せる。


日本の真裏はブラジル東の大西洋上らしい。
そんな場所を通過して、さらにリオデジャネイロを経由してブエノスアイレスに到着したのが19時30分。日本時間だと日付が変わり2日7時30分である。
南米の地を踏むまで東京から34時間を要した。この日は空港泊。

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10月2日@ブエノスアイレス
出発一週間前にアルゼンチン航空から出発空港と時間が変わったという連絡を一方的に受けていたのだが、70キロ超の荷物を持って空港間移動はしたくないので、すでに同空港発の別便に変更済み。

当初はウシュアイアまで約3時間の直行便だったが、バリローチェ、エル・カラファテを経由し、6時間半かかる便となった。
ちなみにバリローチェもエル・カラファテも歩いて寄る予定の町である。

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バリローチェを離陸した後、眼下には素晴らしいパタゴニアの景色が広がっていた。
こんな所を歩くのかとモチベーションは急激にアップする。
しかし春のパタゴニアは一面真っ白でとても寒そうだ。

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パイネ、アタカマ砂漠と同じく南米のハイライトと考えているフィッツロイも見えた。
歩いてここを訪れるのはいつになるのだろう。

ウシュアイア手前で強風に煽られてか、これまで経験した事がないくらいに思い切り揺れた。
怖い……。これだから飛行機は嫌いなんだ。移動は徒歩に限ると再確認。そして祈る。
祈りが通じ、何とか無事にウシュアイア到着。東京から51時間半の長い長い移動だった。

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さっそく空港でリヤカーを組み立てる。
アフリカから戻ってきてからは製造元のナガノさんのところへ送りメンテナンスをしてもらっていたので2カ月振りの再会。

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南米初歩き。空港から町への約6キロを歩く。

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