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ALKINIST -あるきにすと- 2016年07月

リマへ 



首都リマまで276キロ。

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治安の良くないペルーでは日没が近付くにつれ悩ましい毎日を繰り返している。
テント設営場所をどこにするのか、どこが安全なのか…。

人目につかない場所というのがテント泊の鉄則であるけど、そういう場所がない場合、逆に人目について確実に安全を確保できる場所にテントを張る。
この日はガソリンスタンドの片隅にテントを張らせてもらう。

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誰かと会う度に「この辺りは安全か?」と確認する。
基本的に「セグーロ(安全)」という返事が返ってくる。「リマは?」と続けて質問すれば、「ぺリグロ(危険)」と皆が口を揃える。リマを安全と言う人に会った事がない。

ある人が「ピスコまでは安全だが、その先は安全ではない」と言った。
そのピスコを抜ける。さようなら安全地帯。

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道路の料金所にテントを張る。
お金があって狙われやすい場所だからか、警察や銃を持った警備員が常駐しているので安心できる場所。

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料金所にあった距離標識。リマへ187キロ。

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歩行距離を稼ぐためギリギリまで歩きたいところだけど、テント設営を快諾してくれたガソリンンスタンドがあったので無難に少し早く歩行を終える。

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ガソリンスタンドのお客さんにツナ缶3缶をいただきました。

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何もない砂漠地帯がしばらく続く。料金所の警備員に「気を付けろ」と言われた場所。
クスコで会った現地在住の日本人からもバス強盗が起こる場所と教えられ、「徒歩でも狙われる可能性はあるかも」と言われていたところ。

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なかなかテント場所を見つけられないまま海辺へ。
週末に加え独立記念日だったからか2組のキャンプ客がおり、ここで夜を過ごすとの事。
集落の人も安全と言うし、便乗してテントを張る。

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高速道路の管理団体が変わり、”RUTAS DE LIMA(リマへの道)”。

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アンデスに比べ沿海部は物価が高めなのだけど、ペルーに入って最もおいしかった食事。

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ケイコはよく目にするけど初めて現れたケンジ。

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リマ入り前日。ていうかもうリマの都市圏に入っている気がする。
テント場所が見つからないまま歩き続け、料金所近くにテントを張る。
道路すぐ側であり、「大丈夫か?」と思うも、「自分がいるから大丈夫」という警察の言葉を信じて就寝。

Ica 



前日のテント設営時、荷台に積んでいた水がなくなっている事に気付く。
周囲を見回すも見つからず。
空腹を感じていたので、夕食は米を炊いてラーメンをガッツリと食べるつもりだっただけにショックだ。携帯している食料はほとんどなく、オレンジを1つ食べただけ。
起きていたら空腹を感じるのでさっさと眠る。

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翌朝、少し歩いた先に村があり、サンドウィッチを買い、腹を満たす。
相当な空腹だったようでその後も何かを見つける度につまみ続けた。

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パンク修理時にスポーク折れに気付いた。1本どころでなく5本。
1本欠けているだけでも他の場所に負担がかかり良くないのに5本も折れているとは…。
普段車輪のチェックを全くしないし、こちら側のタイヤがめったにパンクしないので全く気付かなかった。

この状態でアンデスを越えてきたのか、過酷なアンデス越えでこんな状態になったのか定かではないが、新たなスポークを入手する事は急務。
車輪に悪影響を及ぼし、その結果タイヤの摩耗が早くなるので。

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昼頃にイカ到着。
宿を見つけた後、早速自転車屋探し。
リマ・ナスカ間で最も大きな町であるイカなのだけど、数軒の自転車屋を見つけるも、同サイズのスポークは見つからなかった。
うーむ、スポーク5本が欠けている状態でリマを目指すしかないのか……。

400キロもの距離を車輪は耐えられるだろうか?
リマでスポークは手に入るだろうか?

新たな不安要素が露呈したが、悩んでいてもしょうがなく、イカ近郊の砂漠へ足を運ぶ。

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ワカチナオアシス。

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北アフリカの砂漠の町のよう。

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これまで砂漠は色々と見てきたけど、ここの砂漠もまた圧巻でとても良かった。
今回はけっこうな期待を抱いていたけど、それ以上に応えてくれ、大満足。

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巡礼者 

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「クラウアシで見かけたよ」と声をかけてきたトラックドライバー。
クラウアシで初めて見て以来3度目にしたのだとか。
クラウアシを通ったのはもう10日以上も前、ここから600キロも離れたところ。
長距離歩行をしていると、同ルートを走るバスやトラックドライバーと何度か遭遇し、声をかけられる事がこれまでも度々あったけど、こういう出会いもまた嬉しい。



その後十字架や太鼓を持って砂漠地帯を歩く5人組と遭遇する。
話を聞いてみるとチリ・アリカから1カ月以上も歩き、ペルー北部の「何とか」という場所を目指しているらしい。
1日50キロは歩く巡礼の旅。
結構速いペースで歩くので、この日は彼らの背中を追って歩いた。

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彼らと接して最も驚いたのはチリから歩いてきたという事実、荷物の少なさや信仰心でもなく、その足元だった。クロックスにサンダル、靴を履いている人が1人もいないという…。

Nasca 

12日間の疲れを癒すべく、何もする事なくナスカで1日休養。
翌日歩行を再開。



ナスカの町を抜ければこんな景色が続き、上空を旋回するセスナが現れ始める。

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かの有名なナスカの地上絵がここにはあるのだ。

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あまり興味がなかったのでもちろんセスナなどに乗らなかったが、ここにはミラドール(展望塔)があるので一応見ておく。

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ここから見えるのは「手」

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「木」

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地上絵のど真ん中を貫く道路。
地上絵発見以前にパンアメリカン・ハイウェイの建設は進んでおり、地上絵の一部はハイウェイにかき消されたり、消滅したのだとか。

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ミラドールから降りて見る「トカゲ」の尻尾部分。

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道路の向こう側にある上半分。

世界遺産に指定され、観光資源という事で今はしっかりと保護されているが、1000年以上も前に書かれたものが今も残っているというのはなんだか胡散臭い気がするというのが正直な感想。

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ナスカの地上絵を貫く道路を歩けたのは良かったというくらいで、感動とか喜びはあまりないです。

ナスカへの道 4 



10日目。
プキオを出て300メートル程上るが、意外にもその後は緩やかに下っていく。

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そして昼前にLucanas着。
商店で買い物をし、昼食をとる。

商店でこの先の道について尋ねると「ナスカまでひたすら下りだ」と予想外の答えが返ってきた。念のため食堂でも尋ねてみると「上りはあるけどポキート(少しだけ)よ」とお姉さん。
地図を見れば4300メートルの峠があると記載されていたが、地図の高度は誤りなのだろうとニンマリ。
クスコから続いた上りももう終わりなのかと余裕を感じながら昼食。

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再び歩き始めれば、正面の山の上の方を走るトラックが見え、もう嫌な予感しかない。
目を凝らしてみれば、クネクネトした九十九折の道が山にへばりついており、これのどこが「ポキート」なのかとぼやき、ひたすら下りなんて嘘じゃないかと商店のオヤジを呪いたくなった。

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ナスカへの最後の上りが始まった。

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上ります。

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これまでの上りと同じく、勾配はそこまできつくないので余裕はある。

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夕方、料金所が現れたのでここにテント。



11日目。
早朝、テントを片付け、出発準備をしていたところ、料金所の警備員のおじさんが「これお前だろ」と新聞を手渡してきた。
ペルーで取材を受けた事はないし、「何言ってんだ」と思いながら紙面に目をやる。

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「は?」と思った。
本当に載ってるではないか。
しかしもう一度言っておくけど、ペルーで取材を受けた事はない。
この写真は2013年に上海に到着した時、共同通信が配信したものだし、記事もそこから抜粋されているようだった。上海後のアフリカ大陸縦断については全く触れられていない。

記事を読み進めていくと、「現在リマにいて、日本人宿に泊まっていて、セビーチェを食べて」というような事が書かれているけど、自分はこの時アンデスの山中にいたし、日本人宿に泊まる予定もないし、セビーチェもまだ食べたことはない。
なぜこのような意味不明な記事になったのか、思い当たることが一つあるけど割愛する。

これから治安の悪い首都リマ、サイクリストが度々襲われているペルー北部を目指すが、「歩いている日本人」がいるという話が広く知れ渡っているようなので不安が少々。
数年かけて徒歩で地球一周したことがこの記事で触れられているのでお金を持っていると思われてもおかしくない。
アフリカに南米、治安の悪い国では目立たないように慎重に行動してきたのだが、こういう形で多くの人に知られるようになったのは本当に迷惑だし不愉快な事だった。

面識のない第三者によってもたらされた災難。これが原因で何か起こっても彼らは無関係を装い、自分は自己責任なんて言葉で片付けられる。なんて理不尽なんだろう。

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約400メートル上り、峠の頂上へ。
クスコからここまで上り坂で足を止める事はほとんどなかったが、最後は勾配がややきつめで何度も足を止めながらゆっくりと進んだ。

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最後の峠を越え、あとはナスカまでひたすら下るのみ。
峠を越えてからしばらくはビクーニャが多く生息する場所を抜ける。

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前方数百メートルのところで停車していたトラックドライバーがこちらに手を振り、「これ置いていくから」とジェスチャー。
オレンジの差し入れでした。グラシアス。
4100メートルの峠を越えた後は2700メートルまで降下。

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12日目。
ナスカへの道、最終日。

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高度が下がるにつれ暑さは増し、景色も変わってきた。

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あとはもう下るだけなので余裕過ぎる。

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コロンビア人のサイクリスト軍団。
フエゴ島で車が止まり、熱いコーヒーを差し出してくれたのはコロンビア人だったし、バリローチェ手前で声をかけてきたバイクもコロンビア人。そういえば喜望峰でもコロンビア人に声をかけられた。コロンビアの人ってとてもフレンドリーで非常に興味がある国。

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ナスカ近郊で後ろを振り返ればクスコ方面への距離標識。
我ながらよく歩いてきたものだ。

3400メートルのクスコから3700メートル→2000メートル→4000メートル→1950メートル→4500メートル→3200メートル→4100メートル→700メートルとアップダウンの連続だった。

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クスコから12日目、ナスカに到着。

ナスカへの道 3 



8日目。
高い場所からは集落などを見渡せる。
この地上絵っぽいのはすべて石で造られており、主にアルパカなど家畜の囲い。

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こんな感じで石が積み重ねられている。

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荒野に延びている線も石で造られた家畜用の囲い。
インカの石材建築は有名だけど、ここでも石の文化。
さすがはインカ帝国を築いたインディヘナの末裔。

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大きなアップダウンはなく4400~4500メートルの間を歩き続ける。
地平線へ向けて伸びていく道、青い空に白い雲。最高の景色だ。

南米での歩行距離が8000キロを超え、2009年以来の歩行距離も60000キロを超えた。


素晴らしい天候だったのだけど、次第に雲が空を覆い始め、陽射しが遮られた。
標高4500メートル。風は冷たいし、パラパラと雪まで降り始めた。

そんな時、前方からサイクリストの姿。
挨拶を交わしただけで通り過ぎて行ったのだけど、両親と12歳前後の2人の男の子の4人家族のサイクリストだった。家族でこういう旅ができる事をうらやましく思い、4500メートルの高地を走る少年にエールを送る。

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荒野に現れた村。

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食堂を兼ねた商店で昼食。

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死角はないが道路から離れた場所にテントを張る。
2晩続けて4400メートルの所にテント。
夜の冷え込みは厳しく、朝はテントに霜が張り付いている。

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9日目。

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確実にナスカは近付いている。

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遥か下に見えるプキオの町。
またあそこまで下るのか…と溜息を吐く。
プキオからナスカへの間には4000メートル超の峠があるというのに…。

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結局プキオは3200メートルだった。
クスコから9日目にして初めての宿に泊まるが、最低レベルのボロ宿を選んだのでシャワーは浴びる事が出来ず。

ナスカへの道 2 



4日目。
ひたすら下る。
少しずつアバンカイが近付いてきた。
高度を下げたくなく、何とか3000メートルくらいでおさまってほしいと思ったが、アバンカイの中心に着いた頃、2500メートルまで下がっていた。

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アバンカイで出会ったスイス人サイクリスト。
カナダを目指しているとの事。

アバンカイはクスコ・ナスカ間で最も大きな町なのだが、昼食をとっただけで素通り。
アバンカイを抜けた後も下りは続き、1950メートルまで高度を下げた。
前日と合わせ50キロ超の下り、4000メートルの所から下り続けた。

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日没前に到着した小さな村の商店前にテントを張らせていただく。

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この先のルートについて尋ねると、Chalhuancaまではフラットだがその後上りらしい。
「フリオ(寒いよ)」とおばさん。
地図を見てみれば確かに4300メートルと峠の高度が記載されていた。
うーむ、思っていた以上の高さである。

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テント場所を提供してもらえただけでもありがたいのに、テントに夕食を持ってきてくれた。
グラシアス。ありがとうございます。

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5日目。
Chalhuancaまではフラットとの事。
この日のうちにChalhuancaに着く事はないので上りはないはず。
こういうボーナスデーに歩行距離を稼いでおこうと気合を入れて歩く。

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初めて現れたリマへの距離標識。

フラットと聞いていたが、じわじわと苦にならない上りがあり500メートル上昇。
2000メートルからいきなり4000メートルの峠を越えるよりは全然いい。

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約62キロがっつりと歩く。
ちなみにクスコを出て以来、55キロ、55キロ、52キロ、56キロとアップダウンがあるにも関わらずいいペースで歩けている。

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6日目。
Chalhuanca着。
視覚的にきつそうな九十九折の上りは現れず、前日に続きじわじわと800メートル上る。

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7日目。
1時間程歩いたところで遂に九十九折の道が現れた。
この時点で3500メートルになっていたし、山を見上げれば上りの終わりも見えたし、精神的にはかなり余裕。

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楽ではないけど、きついという程でもない上り。

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アルパカ。

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結局4500メートルまで上がる。

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ボリビアでは海抜4000メートル超のラグーナルートを歩いたがほぼ無人地帯だった。
しかしここには4500メートルの場所で暮らす人達がいた。