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ALKINIST -あるきにすと- 2016年10月

南米大陸踏破後の報道 



5月24日 日本経済新聞夕刊


共同通信社によって配信
http://www.nikkei.com/article/DGXLASDG21H57_U6A021C1000000/
毎日新聞
http://mainichi.jp/articles/20161021/k00/00e/040/236000c
朝日新聞
http://digital.asahi.com/articles/ASJBB6QCYJBBPUUB008.html

Equator 



10月20日正午過ぎ、エクアドル・キト近郊にある赤道記念碑に到着。
南米大陸縦断はウシュアイアからこの赤道記念碑を目指すと明言してきたので、ひとまずここで南米大陸の歩行は終わり。
南米は予定より時間がかかったけど、大きなトラブルに見舞われる事もなく、何もかもが順調でパーフェクトだった。喜びよりも無事に歩き抜けた事にほっとしている。

南米での歩行距離は11300キロ、2009年からの総歩行距離は63300キロ。

キトへ 



マンコラから国境を越え、10日歩き続けていたのでアンバトにて1日休み。
宿は中心から離れたところだったので、街歩きなどする事なく、食事と買い物のため宿周りを少し歩いたくらいで完全休養。

翌日、キトへ向けて出発。アンバトからは約140キロの距離。
しばらく歩くと遠くにアンバトの中心が見えた。そこそこ大きな街で、見るからにごちゃごちゃしているし、坂も多そうだし、中心部を回避できたのは良かった。

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キトへの道は分離道路で片側3、4車線はあるので歩きやすい。
道沿いに町や村などなく、たまに現れる町に寄るなら高速道路を下りるように道を外れるしかない。
道沿いに食堂がある事を期待したが全く何もない。
食料は全く携帯していなかったのでとても困る。バナナでも持っとくべきだったと悔やむ。

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15時半になり、ようやく現れた小さな食堂で遅い昼食をとる。

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中心部へはさらに20キロあるはずだけど、確実に近付くエクアドルの首都キト。

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夕日を浴びるコトポクシ。

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2日目。
前日は65キロとがっつり歩いたからか、足が重い。
いつもなら難なく上れるはずの坂も何度か足を止めた。

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夕方、キト郊外へ入る。
ここから中心へは約20キロ。
キト到着前夜は山の中でキャンプするも雨が降る。

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3日目。
山から街へと入fる。
キト中心部が近付き、朝のラッシュと重なり、徐々に増えていく交通量。

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キト旧市街へ到着。

Ambato 



平地を北上してキトの手前から山に入る事もできたけど、湿度の高い気候が嫌だったので早々にアンデス山脈へ入る。
テントを張らせてもらったGhaguarfata は1000メートルのところに位置し、蚊もいないし、過ごしやすい気候となった。
アンデスに入れば青空が見えると思っていたけど、エクアドルのアンデスは10月から雨季のようで、ペルーの時のように終日青空というわけではなく、曇りの時間が長い。

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延々と続く上りに心が折れそうになり、ようやく勾配が楽になったと思ったら降り始めた冷たい雨にまた心が折れそうになる。
歩くのをやめたくなったけど、何とか47キロ歩き、2700メートルのところにテント。

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夜は蛍が乱舞していた。

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翌日は雨で濡れたテントを乾かしながらの歩行。
一晩足を休めたものの、疲れが残っており、歩き始めより足が重い。

前方の高い位置に道路が見え、「あそこまで歩くのか」と思う。ようやくそこに達し、上りが終わったかと思いきや、前方には更なる上り坂が待ち受けている。
足の疲労のため、リヤカーを引くのが困難になり、途中から押し始めた。負担がかかる筋肉の部位が少し異なるからか、わずかであるが楽な気がする。
それでも100メートル、あるいは数十メートルしか歩き続ける事はできず、何度も足を止め、文字通り一歩一歩上っていく。

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キトの標高が2850メートルなので3000メートルくらいまでは上るだろうと思っていたけど、この峠の最高地点は3858メートルでした。

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500メートル一気に降下。
そろそろどこで夜を過ごすか考えないといけない時間なのだけど、雲行きが怪しい。
この先の町の宿に泊まる事も考えたが、食べる事が必要不可欠なのと違って、泊まる事は不要であり無駄な出費と考えているのであまり宿には泊まりたくない。

シャワーを浴びようと思えばガソリンスタンドで水シャワーを浴びれるし、ネット環境が必要ならWiFiを備えたレストランもある。
絶対に宿が必要というわけではない。そんなわけでこの日はテント泊。幸い雨は降らず。

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キトまで200キロを切った。

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正面に見えるのはエクアドル最高峰チンボラソ。

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この先アンバトまで山はないと聞き、安堵していたのだが、3100メートルのところから2900メートルまで下り、3600メートルまで上昇。そして2700メートルまで下るという山はなくともアップダウンはあるというルートだった。

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コロンビアから南下中のニュージーランド人フーゴ。
記憶が正しければニュージーランドの自転車乗りと会うのは3度目。

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夕方、アンバト到着。
宿代節約のため、日没後も歩き続けてテント設営場所を探すのだけど、「夜は危険だ」と現地人。首を掻っ切るジェスチャーをして「殺されるぞ」と言われた。しかも2人から。
10ドルケチって全てを失うわけにはないので、おとなしく街へ戻り、宿に泊まる。

エクアドルの人は穏やかでフレンドリー、不快な事など何一つなく過ごしているので、気が緩みかけていたところがあった。やはりここは南米なのだと忘れてはいけない。

Ghaguarfata 

夜、雨が降った。
強い降りではないけど、起床時も雨。
この辺りは道がやや狭い事もあり、雨が降り薄暗い中を歩くのは危ないと判断。明るくなるまでテントで二度寝。



テントを張らせていただいたおばちゃんに挨拶して出発。
クリスチャンの彼女は十字を切って見送ってくれた。神のご加護を期待するも、すぐにタイヤの空気がない事に気付き、パンク修理。


雨は依然降っていたが、雨具は着用しない。
刺すような陽射しが照りつけていたペルー北部から一転、エクアドルに入ってからは連日の曇天、湿度が高くじわじわと汗が滲み出る不快な気候。ゴアテックスの雨具であっても身に着けたくはない。

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全く写真を撮る事のないまま、夕方Naranjalに到着。
宿はどこも10ドルとペルーに比べて宿代が高くなった。アルゼンチン、チリに比べたら全然安いのだが。
3往復かけて荷物を運び、リヤカーを折り畳みと宿に泊まるのは面倒だが、リヤカーごと敷地内へ運べるという素晴らしい宿だった。

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濡れたテントを乾かす。

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宿近くのパン屋はマルガリータは美味しいし、パンもまた絶品だった。
どうせなら長期滞在する時にあってほしかった。確実に毎日通ったはず。
食もまた一期一会か。

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エクアドルの道路には速度計が設置されている。
徒歩のスピードであっても表示。軽く走ってみたら8キロだったし、なかなか正確。

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ガソリンスタンドでテント泊。

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少しずつキトに近付いている。

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この辺りの道脇ではフルーツ屋をよく目にするようになった。
赤道に近く、高温多湿の気候から絶対にフルーツが美味しいという確信がある。
赤道直下という地理、気候に温厚な現地人、ボルネオによく似ているなと思う。

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以前商店でバナナを買った時は1本5セントだったが、ここでばら売りしているかは不確かなので50セント渡すとこれだけくれた。赤いやつは多分サービス。
品種が異なり、商店で買ったもののより小さいが味は断然こちらの方がいい。

町でを買いそびれた時、ラーメンを作る際の水がない時など、いつもならどうしようかと思うのだが、ここではバナナがあるから大丈夫かとなる。
沿海部では海産物が獲れるし、水も豊富なのでミネラルウォーター4リットルが1ドルと格安だし、フルーツも豊富で自然に恵まれた国だなと思う。

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この先のルートを確認した際、マンゴーに目がいき「絶対にうまいだろうな」と何度かちらちら見ていたら、マンゴーを2つくれた。

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別のフルーツ屋のおじさんからはバナナの差し入れ。

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テントを張らせてもらった村ではパパイヤをいただく。


「どこから歩いてきたんだ?」と村のおじさんに尋ねられたので、南米大陸の地図を広げ、ウシュアイアを指差せば当然ながら驚かれた。
普段南米大陸の地図を見る事など全くないのだが、改めてウシュアイアからエクアドルまでの軌跡を振り返ってみれば長い道のりだったなと思うのである。

El Bonito 



ペルー最終日の147日目は16キロ歩いて国境へ。
5月にペルーに入国した時は「やっとペルーに着いたか」と思ったけど、147日も滞在すれば「やっと終わったか」となる。

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南米大陸5か国目のエクアドル入国。
ちなみに前日、南米大陸を歩き始めてから1年を迎えた。

エクアドル入りしてまず最初の感想はクロワッサンが美味しいというものだった。国境の商店で売っていたクロワッサンの食感、風味ともに素晴らしかった。
ペルーでもクロワッサンやパンをよく食べていたけど、エクアドル入りした直後、あっさりとそれらを上回るものと出会ってしまった。
しかもここは一流ベーカリーではなく国境の商店。
この先エクアドル滞在中のパン屋巡りが楽しみになった。


さっそくエクアドルの道を歩き始めれば、やたらと追い越しする車が多いのだけど、ウィンカーを使用する車が多い事に驚き、クラクションが全く鳴らされない事に感動した。
ペルーではこちらが避けなければ当たっていただろうという事が数回、キレる事数え切れず。ペルーのドライバーは本当にひどかった。

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午後、チリ人サイクリストと遭遇。
トルヒーヨで噂を聞いたとの事で「歩いてる日本人だろ」と言われた。
トルヒーヨからここまで徒歩で14日、2日の休息日を合わせて計16日かかっているが、彼は5日で走ってきたのだとか。
再び走り出した彼の背中はあっという間に小さくなり、見えなくなった。

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「この先は首絞め強盗が多いから気を付けろ」と現地人に脅されたエクアドル初日は空き地にテント。
隣の工場のライトがテントを照らし、蚊もいるし、あまり良い場所ではなかった。
危険なペルーを無事に抜けたので緊張が解けかけていたけど、まだまだ気を抜くわけにはいかない。

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エクアドルでは米ドルが通貨として使われているのだけど、2日目午前中の時点で手持ちの米ドルが5ドルという小学生の財布の中身と変わらないような額しかなかった。
両替するためだけにマチャラという街に立ち寄る。両替のために同じ道を往復するという事になり2時間近く要した。
その後初めて現れたキトへの距離標識。

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道路の両脇には広大なバナナ園が延々と続く。
途中途切れる場所もわずかにあったけど40キロくらいは続いたのではないか。

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東南アジアやアフリカでも目にしたバナナの木だけど、それらと違うのはバナナが袋で保護されている点。バナナ園の人に尋ねるとやはり輸出用らしい。

ひたすらバナナ園が続き、テントをどこに張ろうかと悩んでいたら、夕方遂にバナナゾーンが終了。
有人地帯になるのだけど、人目につかない場所というのは皆無。前日、前々日と2日続けて蚊が多い場所にテントを張ったので、いかにも蚊の多そうな茂みの中も避けたい。

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小さな村に到着し、テント設営場所を求めて歩いていたら、「うちに張っていいよ」との声がかかり、庭にテントを張らせていただく。

2002年のサッカーワールドカップの時、エクアドル代表が鳥取市でキャンプをしていたという事はおそらく鳥取県民くらいしか知らない話。せっかくなのでそのネタを振ってみるも、「ふーん」という程度で全く盛り上がらず。
南アフリカ人に「ワールドカップ前、日本代表がうちの街でキャンプした」なんて言われても「へー」としか言えないので、そんなものなのだろうけど。

ちなみにエクアドルに派遣されたJICA隊員によれば、当時代表だった選手がスポーツ省の大臣になっていて、鳥取の話で盛り上がったのだとか。

南米大陸での歩行距離は10800キロに達した。アフリカ大陸縦断での距離と同じ。

Tumbes 



マンコラ出発。
PUENTE INTERNACIONALというのが国境。
頑張れば2日でも行けそうな距離だけど、無理せず2日半と予定。

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道脇で用を足していたら、近くの家の人が声をかけてきて、パパイヤをくれた。
立小便を注意するでも、不快感を示すでもなく、差し入れをくれる優しいペルー人。

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30キロ歩いてCancas。
桟橋では水揚げされたばかりの魚が仕分けされていて、上空にはそれを狙うカモメ。
旅行者が多くツーリスティックなマンコラよりは、ローカル色が濃くて旅行者がいない小さな漁村の方が好みです。

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海沿いの道を歩いていくのだけど、ホテルが点在し、危険な雰囲気は全く感じない。

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ビーチにテント。

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ラーメンを食べながら水平線に沈む夕日を眺める。
きれいな夕日だったんだけど、テント内でゴマ油をこぼしてしまい最悪だった。

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ルート上に点在する村などにはモニュメントが建てられている。

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特筆すべき事がないままTUMBES到着。
あえて何か書くとしたら、ペースがあまり良くないという事か。
危険地帯を歩いた時は意識せずとも早足になるのだが、ここでは最低限のペース。

国境まで25キロの場所。ここで1泊し食料を買っていくつもりだったのだけど、大型スーパーはないとの事でここに留まる理由がなくなった。少しでも国境に近付くべく北上を続ける。

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今更だけどペルー名物インカコーラ。
自分でお金を払って飲むのは3度目。
これを飲むなら普通のコーラを飲んだ方が満足度は高いが、レストランで水を補給させてもらったお礼も兼ねて。

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ペルー146日目の夜は道路から離れた茂みの中。
安全な場所なのだが、最悪な場所でもあり、食器を洗うためわずかな時間テントの入口を開けただけでたくさんの蚊が侵入。
閉め切ったテント内は暑いし、蚊に刺されてかゆいし、悲惨なペルーラストナイト。