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ALKINIST -あるきにすと- 2017年05月

Quepos 

今回ケポスという聞いた事のない町に立ち寄る事にしたのはここに手頃な料金で泊まれる安宿があるからで、ここに何があるかなどよく分かっていなかったのだけど、マヌエル・アントニオ国立公園への拠点となる町らしい。



国立公園・自然保護区の総面積は全国土の1/4を超えるコスタリカ。
紙幣もこの通り動物だらけ。

動物好きなので、一応国立公園へ足を運んだものの、無理に行く必要もなかった気がする。
現地人は1600コロン(約3ドル)なのに16ドルという外国人料金は本当にふざけている。

国立公園を訪れた日も含め、ケポスでは丸3日のんびりと過ごす。



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久々のサイクリスト 



ケポスまで101キロ。

コスタリカに入ってからマイナス1時間の時差が生じる。
これまで5時半に起き、6時過ぎに歩き始めていたのが、コスタリカでは4時半起、5時出発、早い時には19時半就寝となり、まるで老人のよう。超健全な響きがある。
5時を過ぎて徐々に明るくなっていくのだが、現地人の朝も早く、動き出している人が多い。

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Palamar Norteからは路肩が広くなり、とても快適。

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南下中のドイツ人サイクリスト。
中南米を走るサイクリストは意外と多く、エクアドルから歩行再開しての2カ月で30人くらい目にしたが、あくまで目にしただけで、わざわざ引き返して声をかけてきたのは彼だけ。
30人のサイクリストは皆南下であり、北上していたのはオタバロを発った日に見た1人だけ。
南北アメリカ大陸は南下が流行っているらしい。皆が皆目指しているわけではないと思うけど、「世界の果て」と形容されるウシュアイアはゴール地点として相応しいとは思う。


前日にムダにネットをして夜更かししたのが悪かったのか、暑さにやられたのか、ちょくちょくあるアップダウンに疲弊したのか、体が動かなくなり、何度も休憩しながらUvitaまで歩く。
何とか屋根下にテントを張る許可をいただいた直後、豪雨となり危機一髪だった。



翌日、体調が心配だったが、うっすらと雲がかかり、歩きやすい天候だったので問題なし。
ビーチは点在しているが、商店はあまりなく、民家で水の補給をさせてもらうと、なんとペットボトルに冷水を入れてくれた。

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夕方、キャンプに備えて、民家にて水を補給させてもらうとまた冷水。
庭にあるヤシの木を指さして「飲むか?」とおばちゃん。ココナッツジュースとクッキーまでくれた。

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ケポスまで9キロの所でテント。
町まで行けなくはないけど、遅い時間に到着してただ寝るだけというのは宿代がもったいないので。

Palmar Norte 

パナマシティへと至る道は路肩がなかったり、狭かったり、工事区間が多かったり、歩きにくかったのだが、その後国境へ至る道は数年に及ぶ大規模な工事のおかげでとても快適だった。



コスタリカに入ると一転してこんな感じになる。
歩きにくいが、交通量は多くない。
道の両側に広がる鬱蒼とした緑は東南アジア、中でもボルネオ島を思い出させ、退屈だったパナマの景色に比べ、面白くなった。

国境から少し歩いたところで警察車両が停車。
職務質問なんていつ以来だろうってくらい久々の職質。
本当にいつ以来だろう。中南米では記憶がないし、アフリカでもなかった気がする。
コスタリカは中米で最も安全な国なのだが、早くもその片鱗を見せつけられたかのよう。
パスポートチェックの後も警官は荷物に興味を示し、面倒だなと思ったので、「マリファナとか持ってないから」と言ったら、即解放される。

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職質後、しばらく歩いたところで激しい雨。バス停に逃げ込む。

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中米は5月から10月までが雨季。タイミング悪すぎるとしか言えない。
東南アジアの雨季のように雨が降る時間が決まっているならまだいいのだけど、中米の雨は不規則なのでとても厄介。

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コスタリカ初日のテントは橋の下。
雨宿りを終え、歩行再開後も雨が降り、夜間の雨が心配。あと前夜の雨で濡れたテントを乾かす必要があった。
比較的安全な国と言われているけど、テント設営場所はやはり気を使う。
このすぐ近くに川が流れており、夜に雨が降って増水したらまずいかなと少しばかり不安を感じた。

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コスタリカ2日目。
景色は本当に自分好みで最高。

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コスタリカは中米で最も治安が良くて、最も物価が高い国。
2日目にして初めて商店へ入り、物価をチェックすると、0.5リットルのコーラが850コロン(1.5ドル)という値段に驚かされる。
物価が高いと思っていたパナマですら1ドルだったのに、1.5倍に跳ね上がり、強烈なインパクトを与えられ、早く歩き抜かなければという気分になる。
ちなみに瓶コーラもパナマでなら大瓶を買えた値段で小瓶が買えるという感じ。

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コーラを飲んだ後、商店前のテーブルで用意していた昼食を食べる。
不憫に思われたのか、商店のお姉さんがお菓子をくれた。

GPSはもちろん、中米は紙地図すら持っていない。
パナマで入手したロンリープラネットに掲載されている地図だけが頼り。
大雑把なのであまり使えないけど、ないよりはまし。
パナマはパンアメリカンハイウェイを歩いていれば迷う事なくコスタリカまで来れたけど、ここでは少し不安なので何度か道を確認する。


ケポスを目指しているのだが、自分の把握している距離と50キロくらいの誤差があるような気がして、少しでも距離を縮めておこうとPalamar Norteまで63キロがっつりと歩き、テント設営場所探し。
安全と言われるコスタリカの小さな町なのだが、現地人曰く「安全ではない」との事。

まずは消防署へ行くも宿泊拒否。テントを張れるスペースもなかったので仕方ない。
教会を紹介され、行ってみるもここでも宿泊拒否。
教会がテントを張って眠る場所でない事、100パーセント自分の勝手である事は十分に承知しているけれど、助けを求めて訪れた宗教施設に助けてもらえないというのは正直なんだかなという気分になる。

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教会で紹介された警察署横にテントを張らせてもらう。
夕食を作っていると先程やり取りした教会のシスターが来て「教会でテントを張るか?」と言ってくれたけど、今更そんなこと言われてもというのと、少しありがたかったのと気持ちは半々。

警察署前の広場には公衆WiFiがあり、コスタリカの先進国ぶりを垣間見る。
誤差があると思っていたケポスへの距離も問題なかった事が判明。

Paso Canoas 



朋あり、遠方より来る。

中米を訪れている知人とDavidで会う。
この日は夜行バスで移動予定のため日中は時間があり、一緒に歩きたいとの事で22キロ歩いた。

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2009年以来、6万キロ超を歩いてきたが、海外を歩き始める前は日本を中長期的に、いや短期的にも1日歩き続けた経験すらなかった。
さすがに何の経験もないまま歩くのはまずいと仕事休みの週末に徒歩トレーニングを始めた。最初は20キロから始め少しずつ距離を延ばしていったが、普段全く歩かなければ20キロですらきつく感じられた。
そんな事を思い出しながらの休憩。

中国を歩き始めてからはインターネットの歩き旅サイトで推奨されていた1時間に1回の休憩をとり、足裏にまめができるのを防ぐため靴下は脱いで乾燥させるという事をしていたけど面倒ですぐにしなくなった。
歩行前後のストレッチもやらないし、歩くのに慣れてきてからは休憩の頻度も減っていった。
今となっては休憩の必要はなくて、足を止めるのは昼食時、写真を撮る時、誰かと話す時くらい。

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知人と別れた後、さらに10キロ歩いてテント。

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差し入れをいただいた。
パナマシティだけを見るならパナマは先進的で他人の事に干渉しないクールなパナマ人を勝手にイメージしていたが、パナマの人は親切でフレンドリーだった。

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コスタリカとの国境まで20キロ程なのでパナマ最後の夜となる。
近くの商店でビールを買い、お疲れさまディナー。ここもやはり中国人経営の店だった。


ここには2軒のガソリンスタンドがあり、裏には屋根もあったが小便臭いのでここで寝る気にならず。もう1軒の方にテントを張った。
夜は雨。フライシートを付けていなかったので、飛び起き、フライを装着するため外へ出た。
小便臭い中での安眠とどちらが良かったか。

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翌日、国境へ。
国境施設というのは基本周りに何もないのだが、ここはパソ・カノアスという町の中で2国が分断されている。
めったにないパターンなので面白い。

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地面に引かれた線が国境。
このすぐ前にはコスタリカの警察が立っていて、赤色のタクシーがうじゃうじゃいた。
コロンビアもパナマもタクシーは黄色だったので猛烈な違和感。
国が変わるのだという事をタクシーの色によって強く意識させられた。