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ALKINIST -あるきにすと- ヘイリーマムヌーン

ヘイリーマムヌーン 

「ヘイリーマムヌーン」

ぼくの口から出た感謝の言葉は、ロシア語のスパシーバでなく、ペルシア語であった。

今回の窮地を救ってくれたのはイラン人。
いや、イラン人だけではない。
イラン人が指揮を取り、アルメニア人がタクシーを呼び、グルジア人ドライバーのタクシーで修理屋へ運んでもらい、ロシア人職人から車輪を購入。
その他、タジク人やベナン人にもお世話になり、国際色豊かなものであった。

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前日の修理屋にて、ロストフのバザールについて教えてもらった。
しかし、ここでは同サイズの部品は手に入らず。
その後もあきらめず、バザール内で聞き込みをしていると、救いの手を差し出してくれたのはイラン人・エーベであった。

彼の指揮の元、上述した方々の助けを受け、

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とても自分一人では見つけられなかったであろう修理屋に辿り着く事ができた。

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何とか車輪を入手できた。

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ただ残念な事に、これまで使用していたタイヤ・チューブとは若干サイズが合わず、
やや小さいものしか手に入らず。
また、亀裂が入ったタイヤ、スポークも1本欠けていたりと、手に入れたものは中古品。

しかしながら苦労の末、ようやく見つけた車輪。
文句どころか、ここまで助けてくれた方々に対する感謝の気持ちで一杯であった。

再びロカ岬を目指し、歩く事ができる。
その事が本当に嬉しかった。


当初予定していたシルクロードルート。
今となってはカザフスタンやロシアを歩き、たくさんの出会い、経験を経て、
このカザフ・ロシアルートを歩く事ができて良かったと思っている。

シルクロードに対する未練など微塵もないのだけど、
こういう形で大好きなイラン、イラン人と出会う事になるとは、おかしなものだなと思うわけです。



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車輪を手に入れ、荷物を預かってくれていたロシア人の元へ戻る。
温かく迎えてくれたクーガアスとその友人達。

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<写真>
クーガアスは寝床まで提供してくれ、シャワーにおいしい食事も与えてくれた。
久々に感じる家庭の温もり。

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<写真>
「寒いからこれを着ていきなさい」
別れ際、彼はジャケットを渡してくれた。

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<写真>
クーガアスと母。
車輪トラブルがあって彼らと出会う事ができた。
そう考えると、今回のトラブルも悪くはなかったかなと思える。
ロカ岬に到着した時、思い出すべき顔がまた増えた。