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ALKINIST -あるきにすと- 凍傷日記

凍傷日記 

1月23日

5:30 起床

道路から丸見え、墓地の隣というロケーションとは言え、前日テントを設営した場所は、雪が少なく、ところどころ土がむき出しになったテント設営に適した場所だった。
日没まで歩き続け、ようやく見つけたテント設営地。

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オデッサで買ったスコップ(ちりとり)は、いつの間にか荷台から姿を消し、
マリウポリで断熱マットを破棄して以来、マットなしで眠る日々。

クッションの利いた快適なエアーマットなど、別にどうでもいいのだけれど、
失って気付く断熱マットの必需性。

高性能なシュラフであっても、断熱マットなしで眠れば、地面に熱を奪われ、あまりの寒さに目を覚ます事もしばしば。雪上にテントを張った日など本当に悲惨。
ヴァルナでも断熱マットを探し歩いたが、エクササイズマットしか見つからず。
テント内でエクササイズするわけにもいかず、とりあえずはシュラフ下にジャケットを敷き、なんとか寒さをしのいでいる。

風が強い夜だった。
何度か目を覚まし、その度に寒さを感じ、シュラフにもぐり込む。

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翌朝。
一夜にしてテントの周りは雪に覆われていた。

昨夕のテント設営時、地面は凍り、テントのペグは打てず。
代わりに紐をリヤカーに結び、何とか前室を作ったが、やはり強度不足。
不幸にもテント入口が雪の吹き付けてくる側。
強風に煽られ、フライシートはめくれ、前室内の荷物、シューズ内にも雪。

シューズ内の雪を払い、外へ出て、積雪量などを確認。
ブルガスまでは90キロ。
この中を歩く事ができるのかと不安を感じ、降り積もった雪を見て途方に暮れる。
この先テントを設営できるか確かでなく、ヴァルナへ戻ろうかと弱気になる。

テント内にてパンにチョコクリームを塗り、朝食。
チョコクリームはシュラフ内で温めておいたので凍ってはおらず。
飲料は全て凍結。
ダウン、レインジャケットを着用。


7:45 歩行開始

こんな雪の中、テントは張りたくなく、雪上でテントを張ろうにもスコップがなく、最悪夜間歩行、ブルガスまで一気に歩く事も覚悟しての出発。

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すぐにブルガスへの距離標識。ブルガスへ87キロ。
雪は降ってはいたものの、道路はしっかりと除雪されており、歩行には問題なし。
むしろ前日より歩きやすいくらい。

これなら雪が降って良かった、と罰当たりな事を考えた。


11:30 町に到着。

出発時より天候悪化。
警察に声をかけられる。

町外れのカフェでコーヒーを飲み、休憩。
「どこへ向かっているのか」と尋ねられ、「ブルガス、トゥーキー」と答えると、「私達はトルコ人なの」とおばちゃん。
「メルハバ」とトルコ語で挨拶する。

コーヒー片手に窓の外を見れば、吹雪。
外は寒いが、ここは暖かい。
気候的なものだけでなく、人の温もりも感じる。

ここからイスタンブールへは400キロとの事。

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手持ちの飲料は全て凍っているので、ジュースを購入。
ヴァルナで用意しておいたパンも凍りつき、お菓子を食べながら歩く。

相変わらずの吹雪。視界は非常に悪い。
一時的に雪が止んでも、強風のため、道脇に降り積もった雪が地吹雪となり、視界を遮る。

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温度をチェックすると-10度。

一日を通してアップダウンが多く、ピークは16時30分頃から始まる。
後に地図を確認すると、やはりこの辺りが最も厳しい山だった。
雪上の歩行はリヤカーを引く腕、足にも負担がかかる。

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ヴァルナ-ブルガス間、
アップダウンの少ない平地、穏やかな気候の中、黒海を眺めながら歩けると目論んでいたのだが。ヴァルナ以降、海など見えず、ひたすら山が続く。

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満面の笑みでこちらを見つめる季節外れのリゾートホテルの看板。
その看板を見ながら、「話が違うではないか」とぼやく。


17:00 村到着

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ホテルがあれば泊まるつもりでいたが、20キロ先の町までないらしい。

カフェに入り、コーヒー。

「どこから来たんだ?」「どこへ向かってる?」

歩行中の姿を見たという人から色々と尋ねられ、コーヒーをごちそうになる。

ここで改めて地図を確認。ブルガスへは60キロ弱。
何かの間違いではないか。朝の時点で87キロ、予定ではあと50キロ弱なのだ。
何度も地図上の数字を計算するも、やはり60キロ弱。
予想以上の距離にがっかり。

ブルガリアに限らず、距離標識というのは必ずしも正確なものではないのだが、
車で走る10キロと徒歩での10キロは当然ながら全くの別物。
これまで何度うんざり、がっかりさせられた事か。


日没後、歩行を再開。
吹雪の中、20キロ先の町を目指す。
途中、廃屋か有人か何とも判断がつかない建物の陰にテントを張る事を考えた。
しばらく足を止め、悩んだ末、歩き続ける事に。

次第に暗くなっていく山中。
雪のおかげで、真っ暗というわけでなく、周囲の景色は何となくは分かる。
除雪車など、時々車は通った。車が通過する度に道端に寄る。
夜、吹雪の山中をリヤカーを引いて歩く姿はどのように映っているだろうか。

熊など出てきそうな山道。
風に煽られたシートが音を立てて舞い、前方を地吹雪が舞い、その度にびびる。

上りが延々と続き、何度も足を止め、呼吸を整える。
のどが渇く。昼に購入したジュースはペットボトルを振ってみれば、わずかに液体が残っているも、大半が凍っていた。ナイフで凍った部分を削り、穴を開け、なんとか水分確保。
甘く、疲れが取れた気がする。しかしすぐに液体は尽きた。

歩いても歩いても上り坂は続き、疲労を感じた。
下りになり、ようやく上りが終わったと安堵するも、再び上り坂が現れる。
前方、さらに高いところに車のヘッドライトが見え、うんざりする。
あそこまで上らないといけないのかと。

足を止めたいが、周囲は雪深く、テントは難しい。
あそこでテントを張っておくべきだったと少し後悔。

日中は感じなかったが、夜になり寒さを感じた。
-15度。この温度計は正確でないのでもっと寒いかも。


疲れた。もう歩きたくない。のども渇いた。


何度もしゃがみこむ。次第にその回数は増えていった。
100メートル歩いてはしゃがむ。その繰り返し。


こんな所で何をやってるのか。

中国で、カザフスタンで、きつい時にはいつも自分に問いかけている。
もちろんこの山中でも。

この環境から脱するには歩き続けるしかない。


わざわざ車が引き返してきてくれ、乗車するよう勧められるも拒否する。
「10キロ先に町があるから、そこまで歩く」と。
「町まで遠い」とドライバーは言った。2,3度「乗っていけ」と繰り返した。
彼の気遣いはとてもありがたいと思う一方、煩わしさも感じていた。
疲れていた。話をしたくなかった。会話する事で余計な体力を使いたくなかった。
何より今更車なんかという気持ちが強かった。

彼はまだ何か言っていたけど、それは耳に入っていない。
もうこれ以上、話したくはなく、彼の言葉を遮り、感謝の言葉を連呼し、半ば無理矢理会話を終わらせた。とても疲れていた。

車が去った後、こんな環境下でさえも歩く事に執着し続ける自分をアホだなと思い、こんな状況の中、わざわざ引き返してきてくれた彼に感謝した。

正直なところ、ほんのわずかな後悔も。
だって歩きたくないんですから。


20:20 ハンティングクラブ到着

それからしばらくして前方に明かりが見えた。
家かホテルか、あるいはカフェか、定かではなかったが、まさに希望の明かり。
遭難者の様な心境。とにかく水分を摂取したかった。

ドアを叩き、「水をください」とお願いし、雪の少ない敷地内でテント設営の許可をいただく。
リヤカーを見たおばちゃんは「クレイジー」と一言。
室内へ入れてくれ、濡れた衣類を脱ぎ、暖炉前で温まる。
与えられた水を一気に飲み干し、ワイン、コーヒーをいただく。

おばちゃんはとても陽気な人で、得体の知れない怪しげな訪問客であるにも関わらず温かく迎えてくれ、「もっと飲め、もっと飲め」とグラスにワインを注いでくれた。

ペンション、あるいはレストランのような建物。
尋ねてみれば、壁に掛かった鹿の角を指差した。
ここはハンティングクラブなのだとか。


しばらくして、指の異変に気付いた。凍りつき、紫色に変色した3本の指。
感覚はない。凍傷。
すぐに湯に指をつけ、少しずつほぐれていくも、ただただ不安。

17時の時点では異変、違和感は感じなかった。
日没後3時間の歩行で凍傷を負ってしまった。

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スープ、ステーキを与えられるも、指が心配でそんな気分になれない。
ついさっきまで空腹を感じていたのに、食欲はない。


22:00

食後、暖炉の前に座り、凍傷を負った手をあてる。
疲労と不安、ワインの酔いもあって余計にぐったりとしていた。
頭を抱えていると、眠りたいと思われた様で、部屋へ案内された。
トイレ、シャワー付きのホテルのような一室。
ヒーター前で手を温めていると、停電になった。
手探りでベッドへ辿り着き、指先をパンツの中に入れ、温めながら眠る。