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ALKINIST -あるきにすと- いま、会ってきました

いま、会ってきました 

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約7年振りの再会。

ご夫婦にはお子さんができ、奥さんは基本的に家にいるらしく、お会いする事はできなかったものの、トルコ人の旦那ファティさんとお会いし、写真を渡す事ができた。

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覚えていてくれてありがとう。
チャイを飲みながら、当時の話などで盛り上がり、色々な事がよみがえってきました。

あの時は宿でグータラ、行動範囲も極めて狭く、堕落した日々を過ごしていたようにも思えるけど、幸せな毎日でした。毎日夕食の材料の買出しに行き、皆で夕食を作り、洗い物係を決めるじゃんけんをして、適当に過ごし、馬鹿馬鹿しく、くだらない事が多かったけど、あれから7年経った今となっては“なんでもないような事が幸せだったと思う”と、ロードの歌詞に激しく共感できるのです。
この日々を大切に思っているからこそ、未だに当時宿で共に過ごした面々とつながっているのだと思う。


ファティさんは7年前から日本語は話せたが、さらに上達していた。
相手がトルコ人だからと意識してゆっくり話すでもなく、日本人と話すのと同じ様に会話。
奥さんの近況、変わりはないか尋ねてみれば、7年前の写真を見ながら、「この時よりまるくなった」と。
イスタンブールに日本語を話すトルコ人は数え切れないが、「太った」でなく「まるくなった」と表現できる人間がどれだけいようか。これって何気にすごいと思う。

一応、相手が女性なので断っておきますが、「まるくなった」と言ったのはファティさんです。ぼくじゃありません。


お子さんは4歳にしてバイリンガル。
ファティさんとはトルコ語で、奥さんとは日本語で話すのだとか。
また当時よく宿に来ていたお父さんもお元気との事で、ファティ一家の近況を知る事ができた。

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別れ際、7年振りにファティさんを撮影。

「また7年後に持って来て」とのファティさんの言葉に思わず笑った。

でも、メールでも郵便でもなく、またいつかイスタンブールを訪れ、近況報告と共に写真を手渡せたらと、そんな事を強く思うのです。