ブックマーク
ALKINIST -あるきにすと- 11 September

11 September  

当初の予定だと、本日9月11日前後にもカナダ入国のつもりだったけれど、ホームステイというか居候生活は続いていて、15日目。もう数えるのも面倒になってきた。

IMGP9023_convert_20100912045053.jpg

リスボンからロンドン経由でフィラデルフィアへ向かう機内。普段飛行機に乗って緊張する事などないのだが、緊張とか不安とか全くなかったと言えば嘘になる。
機内持ち込み荷物にしても、規制が緩和されたのか、持ち込み不可だろうと思い、チェック前にあらかじめライターを職員に渡すも、リスボン、ロンドン共に「問題ない」と返された。
ロンドン行きはまだしもアメリカ行きの便は本当に問題ないのかね。

アメリカ行きという事で、頭の片隅にはあの9.11の事があり、どうしても意識してしまう。


フィラデルフィアが近付き、着陸態勢に入った時、前方に座る乗務員の眼光がとても鋭く、思わず目を逸らした。別に悪い事をするつもりなど全くないけど、彼の鋭い眼光を見ているだけで重たい気分になった。
そう言えば、機内食など配られる際、ふと横を通過した彼の腕を見れば、鍛え上げられたかのような立派な腕で、もしかしたらアメリカ行きの乗務員は特殊な訓練を受けているのではないかと、そんな事を思った。
飛行機が無事着陸し、機内ではどこかの大学のサッカー部の集団の拍手が響き渡った。
無事着陸して拍手なんて、これもまた初めての事。


2001年9月11日、ぼくはカンボジアにいて、ゲストハウスのテレビに映る旅客機がビルに突っ込む映像を何が起こっているのかよく分からぬまま眺めていて、すぐ側で欧米人女性が泣いていたのを今でもはっきりと覚えている。
英語のニュースからは完璧に状況を把握できないので、その後バンコクへ戻り、日本の新聞が置かれた日本食レストランへ毎日通い、何が起こったのかをしっかりと理解し、状況を把握した。
日本への帰路、エアインディアというインド系航空会社を利用したのだけど、当時はターバンを巻きヒゲをたくわえたインドのシーク教徒とムスリムの区別がつかず、何人かのシーク教徒が乗る飛行機でややびびりながらの帰国となった。


あれから9年、2010年9月11日、ぼくは今、同時多発テロが起こったアメリカにいて、9年という年月を振り返ったり、色々な事を思うわけです。


たまに「言葉が通じない中、現地の人達とどうやってコミュニケーションをとるのか?」と尋ねられるけど、ここまでアメリカも含め21カ国、16000キロ歩いてきて、多くの人達と出会い、接してきて、肌や目の色、宗教に文化、言葉、国籍や民族が異なっても、根本的な部分、人のやさしさというのは皆同じもので、言葉が通じなくても何とかなるもので、現地人の家に泊めさせてもらう事も何度もあったし、助けられ、救われた事など数え切れないくらい。たくさんのやさしさに触れてきてた。
言葉通じぬとも彼らの笑顔、やさしさは同じものだった。

今一度そんな事を思い、平和について考え、祈る9月11日。