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ALKINIST -あるきにすと- そろそろ歩行再開

そろそろ歩行再開 

夕食にカレーを作って食べました。
北米に来て以来、チャイナタウンやアジア系スーパーで日本食を手に入れるのは容易で、もう10回くらいはカレーを食べているのですが、当たり前になってしまい、何のありがたみも感じられません。
ユーラシア大陸横断後、リスボンの小汚いアジア食品店で見つけたカレールー。
確か5ユーロ位して高かったけど、ユーラシア大陸横断を祝して久々に食べたカレー。
あの時のものと比べると天と地ほどの差があります。いや大げさでもなんでもなく。


サブウェイとかマクドナルドとか、ファーストフードもたまに食べます。
延々と無人の荒野が続いたカザフスタン。
いつも腹を空かしていました。
歩きながら頭の中で日本に帰ったら食べたいものリストを作ってみたり、あの時は本当にひもじかったです。
ちなみにあの時最後まで頭から離れなかったもの、食べたかったものは赤福でした。
そんな食べたいものリストの中にマクドナルドがあって、その2ヵ月後、ロシア・ロストフで見つけたマクドナルドには本当に感激しました。
今は街を歩けば腐るほどマクドナルドがあります。何も感じません。


WiFiがそこら中飛び交ってます。
宿はもちろん、ファーストフード店とかコーヒーショップへ行けばインターネットに接続し放題です。非常に便利です。
しかしカザフスタンの無人地帯で2ヶ月くらいネットから遠ざかり、家族や友人から安否確認のメールが入りまくってたあの時。
エリスタでようやくネットがつながったあの感動と感激など感じられるはずもなく。


この数ヶ月、雨風をしのげる建物の中で暮らしています。
トイレも水洗です。トイレットペーパーも流せます。
スイッチひとつで明かりが灯せます。
ネオナチとか強盗とか、そんなものに注意する必要もありません。
街を歩いてみれば話しかけてくるのもホームレスくらいです。


何不自由ない環境、モノに囲まれ豊かなようにも思えます。
多分それは幸せな事なのだと思います。
しかし気が付けばモノにしてもインフラにしても、「ある」という事が前提になっていて、時折それがものすごく窮屈なものに感じられるのです。
かつて何もなかった頃、色々と不自由しながらもようやくそれを手にした時の感動、感謝の気持ち、そんなものはここにはありません。何も感じられません。
不感症になっているとでもいうのか、感情などが麻痺しているとでもいうのか。


もうそろそろこの生活にも終止符を打たねばと思っています。
また何もない生活に戻って、たまに触れる文明にウギャーっと感動し、感謝する日々を送りたいのです。色々なものを感じたいのです。
少し足りないくらいがちょうどいいのかも知れません。


歩行再開は5月上旬の予定。