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ALKINIST -あるきにすと- 出会いラッシュ

出会いラッシュ 

ブーっとクラクションを鳴らされ、ドライバーから手が振られる。
手を上げてそれに応える事数回。


今日はやけにクラクションを鳴らされるなと思いながら歩いていると、前方からの車がゆっくりと停車。
「なんか今日すげえな」と改めて思いながら、その車を眺めてみると、助手席のおばちゃんが笑顔で手を振っていて、しかもそのおばちゃんの顔は見覚えがあった。

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「マサー!!!」と興奮気味に車から降りてきたおばちゃんとその家族。
おばちゃんと運転席にいたご主人はわざわざ自己紹介をするまでもなく知っている人だった。

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2009年4月、中国・新疆ウイグル自治区で出会ったクリス・マルゴ夫婦。
当時のブログには「西安以来2ヶ月振りに英語で話す」とある。
彼らと出会ったのはハミ-ピチャン間。延々と無人の荒野が続く中、現れた1軒の商店。
久々の商店に興奮、そして商店前に置かれていた2つの自転車を見てさらに興奮。
英語を話すのが2ヶ月振りなら、旅行者に会うのも2ヶ月振りの事。
店内で食料を買っていた彼らに話しかけた。


彼らのルート、自分のルートなどを話した。
当時の懸念はトルクメニスタンビザ、彼らもまた中央アジアからイラン、トルコへ抜けるルートを予定していたので、トルクメビザについて「どうするの?」って尋ねた。
この時は10分程度の会話だったか。

自分の方が早くこの商店をあとにしたのだけど、すぐに追いつかれ、あっという間に抜かれ、すぐに彼らの背中は小さくなっていった。新彊の茶色い景色の中に消えていった。


徒歩と自転車では機動力の差は歴然。
その後ウルムチでもカザフスタンでも会う事はできなかった。
もしかしたらビザ待ちでビシュケクで足止めをせざるを得ないのではないかとも思ったけれど、やはり会う事はできなかった。

彼らとコンタクトを取ったのはウクライナ・オデッサに滞在中の時。
彼らからはブログ、メールアドレスの書かれたカードをもらっていたのでブログにアクセス、確かその時はスイス辺りにいたと思う。そしてメールを送り、ウェブ上で8ヶ月振りの再会を果たした。

その後しばらくは音信普通だったけれど、予定外の北米徒歩横断をする事になり、オタワ到着後にメール。
「バンクーバーに来たら我が家に寄りなさい」というありがたいお言葉をいただき、その後トロント出発辺りからカナダ横断のルートのアドバイスをいただいたり、メールのやり取りが続いた。

基本的にはネット環境があればクリスに「着いたよ」とメール。
実は前日、ウィスラーを出発する前にメールを送信したばかりだったのだけど、ウィスラー方面へドライブへ出かけた彼らと嬉しい再会を果たしたのだった。

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2年半前、無人の荒野の商店前で10分程度の会話を交わした彼らと彼らの国にて再会。
あの商店から西へ西へと2万キロ近く歩き続け、彼らの街・バンクーバーはもう目の前。



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実はウィスラーから出会いに恵まれまくっていて、偶然声をかけていただいた方のお宅にお世話になり、その後もたくさんの方々と出会う事ができた。

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写真を載せたいところだけれど、誰からも掲載許可をいただいてないので、日本人の方から差し入れにいただいたおにぎりを載せます。

家主の方がこの怪しい風貌、リヤカーを引いた姿を見て声をかけてくれなければ、その後の出会いもなかったわけで、とにかく感謝です。

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差し入れその2。
日本人女性の方からいただきました。
本当にありとうございます。


今日は3週間前にヨーホーの辺りで見たという人から声をかけられ、「バンクーバーまで乗せてやる」とわざわざUターンしてきてくれた車に声をかけられ、出会いに溢れた1日だった。

「Why do you walk?」
「ノーセンキュー」と断ったぼくに何度も黒人ドライバーは尋ねてきたのだけど、ここで車に乗ったら全てが無になるのです。100万ドルの笑顔で彼からの「Why?」攻撃をかわした。

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こいつらとも今回でお別れかな。