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ALKINIST -あるきにすと- ウルルへの道

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ウルルへの道 

オーストラリアの地理に詳しい人じゃなきゃ分からないと思うけど、現在豪州中央を南北に貫くスチュアートハイウェイを南から北上している。
そしてそのルート近くにウルルがある。
エアーズロックと言ったほうが分かりやすいかと思います。

ルート近くと言っても、広大な面積の豪州だからこそ近く見えるだけで、実際はハイウェイから260キロ西へ行かないといけない。ルートを迂回するとかでなく、ウルルを目指すなら260キロ西へ行き、その後また同じ道を260キロ歩き、ハイウェイに戻る必要がある。

つまりウルルへ向かうなら往復520キロ歩く必要があるという事。

IMGP1661_R.jpg

連日、こんな単調な景色の中を歩き続ければ、

IMGP1832_R.jpg

それはもう退屈で退屈で、さっさとこんな環境から抜け出したくもなる。

Coober Pedyからの歩行で、キンバリーへは行かず、ダーウィンで終わるという事を考え始めた。
ダーウィンで終わるとなれば、それはそう遠くない話なので、その後の上海へと至るルートを考えたり、無人地帯を歩いているとは言え、もう心はここにはない。


豪州縦断を決意し、ルートを考えた際、ウルルを訪れる事を考えていた。
「絶対に」とかそんな強い決意ではないけど、まあできたらという位に。
ダーウィンで終わる事を考えてから、ウルルはどうするかと迷っていたけれど、そんな迷いはこれを見た時に吹き飛んだ。

IMGP1857_R.jpg

ノーザンテリトリーに入り、初めて現れたダーウィンへの距離標識。
ダーウィンまで1772キロ。

ウルルへ行けば往復520キロが必要な訳で、それはダーウィンへの距離の3分の1弱に値する距離。
もう早く終わらせたくもあったので、ウルルへの分岐まで70キロに迫ったこの日、ウルル行きの中止を決意した。


決意したはずだったのだけど、




IMGP1906_R.jpgIMGP1907_R.jpg

ああやはり結局はこうなるのかと、ニヤニヤしながら分岐のErldundaにあるロードハウスへ。水とかプリングルスとか、僻地プライスで売られているロードハウス。

ここでおばちゃんに「ウルルとこことを結ぶバスはあるか?」と尋ねてみる。
ウルルへの往路260キロは歩く事ができても、同じ道を戻るだけの復路は歩きたくなかった。
復路を歩かないでいいなら、ウルルへ行くのもいいかなと考えていた。
しかしおばちゃんの返答がどんなものであってももう心は決まっていたのだけど。
「路線バスはないけど、金を払えばツアーバスに乗れるだろう」とおばちゃんは言った。

IMGP1902_R.jpg

ウルル行き決定。


アデレードを出てからは日照時間は長くなく、1日50キロペースで歩いていたけど、そのペースだとウルル観光の拠点となるYularaまで5日かかってしまう。
時間をかけたくなかったので、1日60キロペースで歩き、4日でYulara到着を目指す事に決めた。

いかにして10キロもの歩行距離を伸ばすかというと、早朝出発しかない。
いつもより2時間早く起き、ライトで照らしながら出発準備。
月明かりはなく、満天の星空の下を歩くのは最高だった。
流れ星がありえないくらいに落ちていき、東の空が少しずつ明るくなっていけば、オレンジ色に染まった地平線付近と豪州独特の木のシルエットがとても美しかった。

IMGP1989_R.jpg

日没後もまた素晴らしい。
豪州の景色には飽き飽きしていたけど、歩行を終えた夕方から星空、そして陽が昇るまで、数少ない毎日の楽しみだった。

IMGP1996_R.jpg

ある朝はライト片手にテントを片付けているとサソリと遭遇した。

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職質も受けた。

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59キロ、64キロ、58キロ、62キロ。
ほぼ60キロペースで歩き続けた。
ひたすらウルルを目指し続けた。


この道中、テントの中でロードハウスでもらった旅行会社のツアーパンフレットを眺めた事があったのだけど、2泊3日のアリススプングからのツアーで350ドル。
25ドルの入場料、食費、キャンプ代、もちろん往復、さらにはウルルだけでなくキングスキャニオンも含まれての値段。

これを見た時は、何日もかけて徒歩で何をやっているのかと思ったけれど、ウルルまで徒歩で辿り着くという事が自分の意地でありプライドだった。

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そして4日目、ようやくウルルが姿を現した。

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