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ALKINIST -あるきにすと- アボリジニ

アボリジニ 

オーストラリアに来て日本の調査捕鯨について尋ねられる事が何度かあった。
正直なところ全くの無関心で、鯨を食べるという事を良いとも悪いとも何とも思わないけど、「なぜ日本人は鯨を食べるのか」という彼らの問いには「自分は食べた事ないよ」と無難に答えておく。

そんな返答に「ブラボー」と言って拍手して喜ぶ人もいたり、彼らの中では「捕鯨=悪」という図式が成り立っていて、考えが凝り固まっている。
そしてぼくはそんな価値観の押し付けを不快に思っている。この国では特に。

菜食主義の人間に言われるならまだしも、牛やカンガルーを食べる人間がどうこう言う事ではないんじゃなかろうか。牛やカンガルーが良くて、鯨がダメな理由を教えてくれませんか。


なんて事を前を行くアボリジニの後姿を見ながら思い出した。
価値観の押し付けを不快に思っている自分が同じ事をしようとしていると気が付いた。

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「おばちゃん、靴履けよ」


ぼくは自分の価値観をアボリジニに押し付けようとしていたのでした。
「靴を履く=正しい」なんてこちらの勝手な価値観に過ぎないのである。

しかしこれは彼らの文化なのか。
路上やスーパーマーケットの店内、裸足で歩くアボリジニをよく目にする。
路上には粉々になったビール瓶が散乱していたりして、危ないと思うのだが。


アボリジニが多く住む内陸を歩いているが、町ですれ違う事はあっても話しかけられたり、大半が無人地帯なので彼らと接する機会はほとんどない。

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会話をした事のある数少ないアボリジニの1人。名前は忘れた。
Erldundaからウルルを目指した時、ロードハウスの出口付近に彼はいた。
アデレードからヒッチハイクで4日かけてここまで来て、ウルルへ向かう車を待っていた彼。
彼は足袋みたいなのを履いていた。


4週間もシャワーを浴びていなかった自分に言える資格があるのか分からないけど、シャワーを浴びない人が多いのか、すれ違った時、きつい体臭が鼻を突くなんて事もしばしば。
何をするでもなく昼間から木陰や地べたに座り込む人達、泥酔している人を見る事もたまにあって、というのが自分の知っているアボリジニ。



時間がある時に何度か読み直している星野道夫の本にこんな言葉があった。


もしアメリカ大陸にアングロサクソンがやって来なかったら……もしこの土地が世界と隔絶されたインディアンやエスキモーだけの世界として残ったら……彼らの歴史はやはりいつの日か今の私たちと同じような近代文明をつくりあげていったのだろうか。


オーストラリアとアボリジニに置き換えて想像を巡らせてみる。


オーストラリア大陸にアングロサクソンがやって来なかったら……

未だに狩猟生活を続けているのだろうか、アボリジナル・アートはどんな風に発達しただろうか、彼らは何を作り上げただろうか、今いるこの町は存在しただろうか、町の景色はまったく別なものなのだろうか……。

厳しい自然環境の中、自分達の伝統を守り暮らす生活と政府から公的扶助を受ける楽な生活、どちらが幸せなのだろうか。

堕落した生活に陥った一部のアボリジニに問いかけてみたい。
彼らはどちらを選ぶんだろう。