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ALKINIST -あるきにすと- 嵐

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嵐 

ウドムサイからハノイへの670キロは大部分が山岳地帯でアップダウンのない日はわずか2日程。多くの山を越え、豪雨に見舞われ、体調不良もあり、とてもきつい毎日であった。

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2日目の夜、雷と強風と共に強い雨がテントを襲った。
自然をなめていた訳ではないけど乾季なので全く雨は降らず、ここ最近はフライシートをかぶせる事もせず、完全に油断していた。

フライを取り付けに外へ出れば、あまりの強さにあっという間に体は濡れた。
焦りもあったし、強風にフライはあおられ、ライトを持ち出す事もしなかったため、フライの取り付けは難航。その間にも雨を浴び続けていたけど、耐え切れなくなってフライの取り付けを断念しテント内へ逃げ込んだ。
ライトを持って再び外へ出る事はできなかった。豪雨と強風がとにかく凄まじかった。

普通の雨でさえフライシートなしでは耐える事ができないのに、この豪雨に耐える事などできるはずもなく、あっという間にテント内は水没。
天井、側面から雨はどんどんと侵入し、水溜りができた。
さらにはテントごと吹き飛ばされるんじゃないかというくらいの強風。
飛ばされないよう必死にテントを押さえ続け、早くおさまってくれと祈り続けた。



雨といえば思い出すのはカザフスタンの無人地帯で見舞われた雨で、あの時はどうする事もできないまま雨を浴び続け、結局風邪をひいてしまった。
フラフラになった体で次の町に辿り着くまで長かったけど、ここもまた山岳地帯。
次の町までは遠いし、山を越えていかないといけない。ここで風邪をひく訳にはいかず、濡れた体を拭き、乾いたシャツに着替え、ジャケットを取り出して体を温め、その後はテント内に溜まった雨水を外へ出した。

夜明けまではまだ時間があるし、睡眠をとらないといけない。
しかし濡れたテントで横になるわけにはいかず、テント内の荷物にもたれかかり座ったまま眠る。
上半身は温かいけど、下半身は着替えても濡れるだけなので朝まで濡れたままの状態だった。

数時間後、稲光と共に再び雨雲がやって来て、強い雨に見舞われたけど、フライは取り付けてあったし何とかしのぐ事ができた。

IMGP9485_R.jpg

嵐が過ぎ去った翌朝。
木が折れていたり、崖上からの落石など、至る所でこのような光景が見られた。
無事に朝を迎える事ができて本当に良かったなと思う。

IMGP9490_R.jpg

しかしこの日も勾配のきつい上り坂に苦しみ41キロしか歩けず。
歩行終了前に新たな上りが現れるも、それ以上は歩く事ができず、耐える事ができず、早々にテントを張り、翌日に備える。


2日目、3日目と45キロ以上は歩く事ができなかった。
4日目はベトナム入りを予定していたので少しでも早く着いておきたく3時前より歩行を開始。
しかし闇の中を切り裂く雷鳴と稲光に不安を感じるのは当然の事で、また嵐なのかと前日の恐怖がよみがえり、これは遠くの空に違いないと現実逃避をしてみる。


とにかく不安だった。
この辺りには建物もなく雨から逃げる事はできないし、崖沿いの道なのでテントを張れる場所も少ない。
無難にいくならテント内で夜明けを待つべきだったのだが、悩み葛藤しつつも坂を上り始めた。

わずか1.5キロを歩いた所で一瞬の判断だった。
雷が近付いている気がした。幸い道脇にわずかなスペースがあったのでテントを張った。
するとその5分後、月のおかげでわずかに明るかった周囲が一気に漆黒の闇に包まれ、パラパラと空から雨が降り始め、すぐに激しい降りになった。

まだ朝3時。ラオスの山奥の道脇のテントの中でじっと雨に耐える姿がなんかとても惨めなものに思え、「こんなところで何をしているのか」と自問した。

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