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ALKINIST -あるきにすと-

Jocoro 



国境まで20キロ、ホンジュラス最後の歩行。
もう少し歩きたかったなと後ろ髪を引かれながら国境へ。

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数台のバスと同じタイミングで国境に到着したので長い列ができていた。
こんな時に心配なのがリヤカーと荷物。
怪しげな両替商がうろうろとしているのでリヤカーごと建物の中に入れる。

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そしてエルサルバドルへ。
ホンジュラスが長い列だったのに対し、こちらは前に1人いるだけで、あの列は一体何だったのかと思う。
ホンジュラス入国時もニカラグアは人がいないのに、ホンジュラスでは並ばされた。
人を捌くのが下手なのかもしれない。

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数年前、知人のサイクリストが首都サンサルバドルで身ぐるみ剥がされ、ボコボコにされたという事件があったので、中米の中で最も不安を感じているエルサルバドル。

外務省が出している安全情報を読めばとても歩きたいとは思えない国だけど、ここ最近通過した何人かのサイクリストの話だと総じて「ノープロブレム」。
徒歩で南北アメリカ大陸縦断した例もいくつかあるが、エルサルバドルで事件に巻き込まれたという話は聞かない。
全ては運次第か…。


エルサルバドル入国後、Jocoroという町を目指すが、上りと暑さで体がきつい。
商店が点在し、冷たいものを買える事は救い。
中米では袋に入った水をよく飲んでいるが、0.5リットルの水2つで25セント。

終盤はきつかったが、17時半、Jocoro到着。
消防署があればテントを張らせてもらうつもりだったが、ここに消防署はなく、ガソリンスタンドもテント拒否。
ホンジュラス同様、ガソリンスタンドに銃を持った警備員が常駐しているのを見ると、この国の治安の悪さを物語っているようで不安になる。
その後覆面で顔を隠した4人の警官が男を尋問していて不安は増長される。
日没は近いし、酷暑の歩行で体は疲弊している。

あとどれだけ歩けるだろう……
今夜はどこで眠るのだろう……

しばらく歩くとレストランがあり、その裏には広い敷地があった。
テント設営のお願いをしてみれば、この土地の所有者に連絡してくれ、なんとかテントを張る事ができた。

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レストランにて夕食。
味のないドリトスの上に肉やチーズが載せられたもの。
多分メキシコ料理。

ホンジュラス3日目 



ホンジュラスでも日本の支援で造られた橋を何度か目にした。

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路面状態は前日に比べたらましだけど、路肩はやや狭い。

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ニカラグアから物価が下がったため、自分で昼食を用意する事もなくなった。
昼時のタイミングで食堂が現れるわけではないので、どのタイミングで昼食をとるのか判断が難しい。
常に食事をとれる場所があるとは限らないので、食堂などが現れなければ空腹のまま歩くしかない。
少し早い時間だったが、次の町まで距離もあるし、タコスを食べておく。

水を補給させてもらおうと思ったが、「飲用できる水はない」との事。

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すると隣の自動車整備工場から声がかかり、ミネラルウォ―ターをくれた。
今日もホンジュラス人は優しい。


食後、歩行再開するも、とにかく暑い。
これ以上歩くと危ないと思い、木陰で横になる。

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直射日光を浴びた温度計は40度を指していたが、実際の気温は37度。
この辺りが暑さに耐えられるかどうかのライン。
過去に何度か熱中症を経験していて、数日体調が悪くなり、歩けなくなる事は十分分かっているので無理はしない。
無理したつもりはなかったパナマでも同様の症状になってしまったから何とも言えないのだけど。

その後Nacaome通過。少しでも国境に近付くべく、歩き続けた。
夕方、水場が現れ、水を汲んでいる人がいたので、タンクを持って行くが、「飲めない」と教えられた。
するとそれを見ていた工事現場の作業員が水をたくさんくれた。

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グラシアス。

ネガティブな印象と不安しかなかったホンジュラスだが、人の優しさを感じる事が多く、世界で最も殺人発生率が高いという事実を信じる事ができない。
この国に対する印象は良い意味で裏切られている。


なかなかテント設営場所が見つからないまま歩き続けていたら雨に見舞われた。
雷を伴い、かなり激しい。
バーの前で雨宿りをさせてもらうも、どんどんと時間は過ぎていき、雨が止む頃にはすっかり暗くなっていた。
今夜はどうしようと不安を覚えたが、またまた救いの手が差し伸べられ、隣接する家の屋根下にテントを張らせてもらう。

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ホンジュラスの人には本当に助けられてばかり。
わずか130キロ歩くだけでは物足りず、もう少し歩いてみたいという気持ちも芽生えたが、翌日は予定通り20キロ先のエルサルバドルへ向かう。

そういえば2010年にイスタンブール滞在中、サッカー・トルコ代表の試合を観戦したが、相手はホンジュラスだったと唐突に思い出した。

ホンジュラス2日目 



明るくなり始めた5時過ぎより歩行開始。
一晩足を休ませたのに足が重く、まるで50キロを歩いたような感覚。
昨日暑い中を歩いたからか?大丈夫だろうか?と不安を覚えるが、2時間も歩けば気にならなくなった。

アップダウンが多く、体調万全ではない体には楽なものではない。
幸いにも終日曇り空という絶好の天候だったのは本当に良かった。

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ホンジュラスの道はひどく、穴がいくつも開いている。
中南米はどの国も路面状態は良かったのでダントツのワースト。
道幅はそこそこ広いので、この路面状態は特に歩行に影響を与えるものではなく、ボコボコの道と両脇に鬱蒼と茂る緑の景色はなかなか良かった。

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シャベルを手に道路を補修する少年達を何度か目にした。
賃金をもらって本格的に道路補修しているわけではなく、穴に土を詰めるだけの簡単な作業。

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しかし全くのボランティアでもなく、ここを通過する車に手を差し出し、チップをもらうらしい。

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皆止まる事なく素通りしていたけど。

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しばらく歩くと道脇で肉を焼いていて、多くの人で賑わっていたので立ち寄る。
値段を尋ねると40レンピーラ。格安というわけではないので迷っていたら、「俺が払ってやるから食えよ」と現地人。
ごちそうになるのも申し訳ないので、「自分で払うから大丈夫」と伝える。

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バーカというらしい。
食後、お金を払おうとしたところ、「料金はいただいてるわ」と店のおばさん。

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相席だった人が支払ってくれていたのだった。
ありがとうございます。グラシアス。


ホンジュラス国内での歩行距離は約130キロ。順調なら2日半の予定。
その間にある唯一大きな街Cholutecaを難なく通過。

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53キロを歩いて歩行終了。
警察の駐在所の近くにテントを張らせてもらう。

Guasaule 



コスタリカは快適な道とそうでない道の割合が半々くらいだったが、ニカラグアは90パーセントくらいは快適な道だった。
決して裕福な国ではないので、日本や欧米からの支援で道が造られているのかもしれない。

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日本によって造られた橋は度々目にした。

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ニカラグア最終日なのだけど特筆すべき事はなく、途中民家で水を補給して、あまりに暑いので2度程、頭から水をかぶる。この子達はその家の子供。

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国境まで数キロのところで雨に見舞われ、雨宿り。
この辺りはやたらと自転車タクシーが多く、1人のおじさんドライバーも屋根下に逃げ込んできた。

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ニカラグアとホンジュラスとの国境線は川。
そこに架かる橋も日本の支援だった。

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そしてホンジュラス入り。

インターネットで世界の殺人発生率ランキングを検索すればいくつかのサイトが出てくるが、多少の違いはあれど、ホンジュラスとエルサルバドルは殺人事件の発生率が高い国の上位3カ国に必ず入っている。
世界の殺人発生率 国別ランキング


友人のサイクリストはニカラグアからエルサルバドルまで船を使ってホンジュラスを避けた。
別のサイクリストは「エルサルバドルが危険だ」と判断し、エルサルバドルを避けてホンジュラスをたっぷりと走った。
どちらも安全な国ではないだろうが、人によって言う事が違うので少々困る。

ホンジュラスを回避する事も考えたけど、3日もあれば歩き抜ける距離だし、ルート上に大都市はない。
何よりこの国を見てみたいという思いがあったので、ホンジュラスを歩く事に決めた。

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ニカラグアは意外にも安全だったので、ここからが本当の戦いだと自らを鼓舞する。
本来ならば暗くなってからの越境は避けるべきなのだが、翌朝出入国で足止めされるのは面倒だったので、ホンジュラス入りしたのは日没後の事。

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数軒の安宿があったが、どうせ寝るだけなのだからとテント設営場所を探してみる。
数台のバスなどが停まったよく分からない施設にお願いしたところ、許可をいただけたのでテントを張る。
「2ドル払え」と言われたけど「ない」と答えたら、それ以上何も言われなかった。

テント設営後、国境付近にいる両替商を探して両替。
レンピーラというホンジュラスのお金を得て、食堂にて夕食。
1ドル=22レンピーラ、瓶コーラは11レンピーラ。ニカラグアでは1ドルで3本買えたのに、コーラの値段が上がったのはショック。

Mocoron 



レオンからしばらく歩いたところで日本人サイクリストと遭遇。
グアテマラで自分の噂を聞いていたらしい。
共にアラスカから南下、グアテマラで出会い、中米は危険なのでコロンビアまで一緒に走るとの事。

あまり日本人サイクリストと会った事はなく、中国で1度、チリで2度、そして今回が3度目。
パタゴニアを歩いていた時は「日本人っぽい人」を数回見たけど、向こうから話しかけてこない限りはこちらから声をかける事はしない。
あとチリ・ビーニャの宿に滞在中、2人のサイクリストと会った。

これまで出会ったサイクリストで最も多いのはフランス人。
特に南米、パタゴニアにはウジャウジャといた。

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作業中の現地人。

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コーラ休憩。
1本10コルドバ(1ドル=30コルドバ)、3本で1ドルなので安い。

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のどかです。
ネガティブな印象しかなかったニカラグアだけど、夜間の外出、首都マナグアを避ければ問題ないという印象。

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61キロ歩くも、テントを張れる場所はなかなか見つからなかったが、Mocoronという小さな集落が現れた。
遠くの空では厚い雲に稲光が見える事もあり、民家にお願いして屋根下にテントを張らせてもらう。

明日1日歩けばホンジュラス。強雨やトラブルがない限りはニカラグア最後の夜になるはず。
教会に民家、ニカラグアではいつもテント設営場所を提供していただいた。

Leon 

21キロ歩いてレオン到着。
グラナダから2日半歩いただけなのだが、ここもまたニカラグア屈指の観光地なので2泊しておく。宿も5ドルと安いし。



中米で最も大きなカテドラルが町の中心にあるのだが、外壁を塗り替えたばかりという感じの真新しい外観は個人的にはイマイチ。

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横の方は積み重ねてきた年月を感じさせ、趣がある。
絶対にこの状態で残した方が良いと思うのだが。

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しかし残念ながら、横壁も現在塗り替え中。
そのうち大きくて白いだけのつまらないカテドラルになるでしょう。

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のんびりと1日半の休養をとる。

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グラナダでもそうだったのだけど、宿のキッチンで美味しいものを調理するとかでなく、無性にサンドウィッチが食べたく、グラナダ、レオンと食事は常にサンドウィッチだった。
酷暑の中米でハム、チーズを持ち歩くのは難しいので、こういう時に食べておきたい。

危険な首都を抜ける 



グラナダを早朝に出発。

ここから北上するには首都マナグアを通る必要があるけど、ニカラグアで最も危険な街なのでできれば避けたい。
50キロ程遠回りになるが、首都を回避できる道を歩く事も考えたけど、上りもあるし少々面倒だ。

マナグアの中心を歩かなければ大丈夫だろうと判断。
宿のスタッフに安全にマナグアを抜けるルートを教えてもらい万全を期す。
グラナダからマナグアへは40キロ。朝から不安と緊張感が入り混じる。

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マナグアが近付くにつれ、交通量は増えていき、道も広くなった。
宿のスタッフに教えられた道を曲がり、順調に安全ルートを進んでいく。
交通量こそ多かったが、特に雰囲気の悪い場所もなく、悪そうな人もおらず問題なく首都を通過。

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そしてマナグアの西外れへ。ここまで来れば安全地帯か。
今回のマナグア歩行、何があるか分からないので万一に備え、ルート近くの宿をチェックしておいた。
この辺りにも宿があったはずだが、まだまだいけそうだったので先を目指す。

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とにかく暑く、16時の時点で36度。
額からは大粒の汗が流れ、シャツに大きなシミ。

スーパーで買い物をし、水を補給し、野宿に備える。
人目につかないテント設営場所を求めて歩き続けるが、そんな場所は一向に現れず、バラック小屋が並ぶスラムのような小さな集落が現れた。
そしてその先にあったのが教会。
人目につかない場所がないなら、人目につく安全な場所で眠りたい。
テント泊のお願いをしてみたところ、快諾してくれた。
外でテントを張るつもりだったが、建物の中へ案内してくれた。

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蚊が侵入してくるのでテントを張ろうとしたところ、「その必要はない」と蚊取り線香を持ってきてくれた。
しかしやはり蚊が気になって眠れないので、結局テントを張る。
夜は強い雨。室内で寝させてもらい、本当に良かった。

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翌日の昼食。コーラと合わせて80コルドバ。
ニカラグアに入ってからトルティーヤというトウモロコシの粉で作られた薄いナンのようなものが添えられるようになった。
主食の米があるのにこれをどうやって食べれば良いのかと戸惑うのだが、この先しばらくはトルティーヤが広く食べられている国々が続く。

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食堂の子供達。


歩いている人間にとって雨は天敵で、ものすごく嫌なもの。
雨季の中米を歩いている事を後悔する事もあるが、グラナダを発ってからは雨が降るのを待ち望んでいた。
というのもグラナダで傘を買ったから。
レインウェアと違って着脱の必要がないので楽だし、素早く取り出す事ができる。
カナダ横断中に出会った徒歩旅行者ジャンもレインウェアではなく傘を持っていた。

昼を過ぎ、次第に怪しくなっていく雲行きに心を弾ませる。
そして雨が降り始め、傘をさすのだが、横風に耐えられず、即破損。

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一気に興醒め。
ふざけんなよ。150コルドバ(5ドル)もしたのに、金返せよ!
ブツブツ文句を言いながら、雨の中を歩き続ける。

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夜は前日に続き教会。
無人だったが隣の家の人に許可をいただく。
教会裏にテントを張っていたが、「雨が降るから」と正面の屋根下にテントを張る事を勧めてくれた。
道路から丸見えなのが怖いけど、「安全だ」という言葉にほっとする。