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ALKINIST -あるきにすと-

Panama city 

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大陸本土に上陸し、パナマシティ南のパンアメリカンハイウェイより歩行を再開。
最初は広い路肩があったものの、すぐになくなる。中米の道が狭い事は聞いていたけど「歩きにくい」というのが率直な感想。

南米ではアルゼンチン以外、基本的に広い路肩があり、ストレスなく歩く事ができた。
毎日路上で10時間も過ごすのだから、ストレスなく歩けるか否かっていうのはとても重要。
道はイマイチだけど冷たい水を差しいれてくれたり、パナマ人に対する印象は良い。

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初日のテント。
何年テント生活をしても、治安が良くない南米でテントを張ってきても、新しい国での最初のテントは少し緊張するし、設営場所にも気を使う。

ハイウェイから死角ではなかったけど、見えにくい場所。
すぐに闇に紛れるはずだし、大丈夫だろう。そういう部分は経験が裏打ちしてくれる。
周囲には家など何もないところなのだが、日没後、ハイウェイ上に橙色の街灯が灯り、パナマの国力を見せられたかのよう。

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瓶コーラ1本45~50セント。
パナマに入ってから物価は上がり、南米で躊躇なく買っていた1.5リットルのコーラが買えなくなった。
パナマ入りしてから暑さは増し、休憩の度に商店へ駆け込み、冷たいコーラを飲む。
1.5リットルのものを買うより割高だけど、その都度冷たいものを飲んだ方がいい。

まったく食欲なく、とにかく喉が渇いた。
体が熱く、冷たいもので熱を冷ましたく、5本のコーラを飲む。


終盤は何度も足を止め、明らかに体調がおかしい。
暑いのは暑いけど、強烈な陽射しを浴びた記憶もない。しかし熱中症のような症状。
足を止め、どこかにテントを張りたい気分だけど、すでに都市圏に入り、テントを張れる場所などなく、歩き続けるしかない状況。

フラフラの体で日没前に何とかパナマシティに辿り着き、目星をつけていた宿へ向かうがベッドの空きがないという非情な宣告。その場にへたり込んでしまった。
闇の中、宿を探し回り、何とか投宿。
しかし体に力が入らず、荷物を運び入れるのも宿の人の助けを借りたほど。その後嘔吐。

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パナマシティでは2日滞在したけど、世界遺産の旧市街に足を運ぶ事もせず、ひたすら静養に努める。

コロンビアの歩行開始 



国境の町イピアレスで1日半休養を取った後、コロンビアの歩行を開始する。

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とりあえず目指すは314キロ先のポパヤン。

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この先厳しい上りが待ち受けていることを考えれば全然楽観できないのだけど、絶景に溜息。コロンビアのアンデスも素晴らしい。

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唯一の難点は道が狭い事。
切り立った断崖に造られた道路なんでしょうがないのだけど、カーブが連続する中、トラックやバスの通行も多いので少し怖い。
イピアレスから1000メートル下り。その後上りに変わるのだが、きつくて全然歩けない。
足を止める回数が増え、道脇に座り込む。さらに上の方に続く道路が見え、戦意喪失。

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車の整備工場の小屋を借り、テントを張る。
46キロと歩行距離自体は歩く事ができるのだけど、上りに慣れるにはまだ時間がかかりそう。

コロンビアへ 



土曜市翌日の日曜日、昼過ぎに出発。
4カ月も荷物を預かっていただき、ありがとうございました。

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この先大きなアップダウンがある事は分かっているので、このなまった体で上れるのか不安。

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歩行再開初日は27キロ歩き、ガソリンスタンドでテントを張らせてもらう。
テントを張るのもストーブを使うのも久々で懐かしい感覚。

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2日目は下り。
オタバロから1000メートルくらい下っている。

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2日連続のガソリンスタンド泊。
この先は山。上りが待ち受けている。


3日目。
歩き始めて間もなく上り。
足が重くて一度足を止めれば、その後クセになり何度も止める事になる。
ペースは全く上がらず4時間で11キロというスローペース。
歩行を中断する11月以前ならもっと楽に上れてたんだろうかと思う。
今の体じゃ無理なんじゃないかと思った。

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そんな時に差し入れしてくれる人がいて、

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眺めの良い景色が現れる。こういう景色を眺められるのは人力だからこそ。
頑張ろうと思える。
結局この日は2800メートルまで1000メートルの上り。

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4日目は車輪の部品が破損。
自転車屋があるとは思えない小さな町でタイミングよく自転車屋が現れてくれ、部品を交換。

初日27キロ、2日目42キロ、3日目29キロ、4日目36キロ。
上りやら自転車屋やらで時間を食ってるからだけど、歩行距離は思うように伸びない。
焦らずいくしかない。

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5日目。国境まで20キロの所から歩行開始。

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コロンビアは近い。

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そして国境着。ありがとうエクアドル。

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そしてリヤカー引いて50か国目のコロンビアへ。

Otavalo 

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昨年11月以来歩行を中断していたカヤンベ近郊の赤道へ約4カ月振りに戻る。
南米大陸のゴールと定めていたキトの赤道記念碑に到着し、南米大陸縦断は一応終えた形にはなっているのだけど、もう少し歩いてみる事に決めた。

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キトの赤道記念碑と同じく、実際の赤道はややずれた場所にある。
国名が「赤道」のくせにお粗末な話だ。入場料2ドルかかるので外から写真のみ。

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リヤカーなし、最低限の荷物だけだったが、この4カ月、まったく歩いていなかったので20キロを過ぎた辺りから疲れを感じ始める。

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37キロ歩いてオタバロへ。
先住民インディヘナが多くとても落ち着く町。
この4カ月、リヤカーと大きな荷物はずっとここに残していた。

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オタバロでは毎週土曜日に土曜市が開かれ、自分にとって3度目の土曜市を迎える。
中心部から離れたところでは朝から動物市、中心部では民芸品が主だが、少し外れた場所では衣料品などが売られており、荷物軽量化のため、ここで不要なものを売りさばく。

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本格的な歩行再開準備も着々と進む。

共同通信社によるネットニュース 

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http://this.kiji.is/168616352920995318?c=39546741839462401

共同通信には歩行開始前の2008年末より記事を配信していただいている。
エジプト、南アフリカでは外信部の記者の方に取材していただが、それ以外は鳥取、東京、大阪、上海と広江さんがわざわざ取材に訪れ、記事を書いてくれた。
現在は科学部とかいう自分のやってる事と全く関係ない部署にいらっしゃるのだけど、継続して取材してくださるのは本当にありがたいです。

日本海新聞掲載 

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11月1日 日本海新聞掲載

南米大陸踏破後の報道 



5月24日 日本経済新聞夕刊


共同通信社によって配信
http://www.nikkei.com/article/DGXLASDG21H57_U6A021C1000000/
毎日新聞
http://mainichi.jp/articles/20161021/k00/00e/040/236000c
朝日新聞
http://digital.asahi.com/articles/ASJBB6QCYJBBPUUB008.html